慰労会も終わり、ホーライル侯爵邸を後にしようとして、カズンはヨシュアが青ざめた表情で立ち尽くしていることに気づいた。

「どうした? 今日はもう帰るぞ」
「……カズン様は、先ほどの魔法樹脂のことで何か思うことはないのですか?」
「なに?」

「魔術樹脂なら、魔力を樹脂に変換する魔術式の理解と魔術陣の構築ができれば、誰でも可能です。でも“魔法”樹脂は違う。ホーライル侯爵令嬢エレンは、たった七歳であれだけ完成度の高い生花の封入と、音声記録機能を持たせた魔法樹脂を創成したんです……」

 ヨシュアが魔法樹脂を使いこなせるようになったのは、ほんのつい最近のこと。
 父親の前リースト伯爵カイルから、“既に魔法樹脂の使い方を構築済みの”魔術式を受け継いでからのことだ。

「オレ単独で魔法樹脂を習得しようとしたら、どれほど年数がかかることか。……上には上がおられた……正直、打ちのめされています」
「ヨシュア」

 同年代随一の魔力量を持ち、天才の名を冠される魔法剣士で竜殺しの称号持ちが、項垂れている。
 そんなヨシュアの背中を、見送りに出ていたライルが宥めるように叩いた。

「お前はまだいいほうだぜ、ヨシュア。俺らなんか、たった四代しか経てねぇのに、もうすっかり魔力もすり減っちまっててさ」

 ライルもまた部屋に残って、ヨシュアの悔しさを共有していた。
 そもそも、家宝のあのペーパーウェイトに記録された音声を再生できるほどの魔力を、既に子孫である自分たちは持っていない。
 今となってはホーライル侯爵の一族は、剣技に必要な身体強化と、生活に必要ないくつかの魔術を使えるのみなのだ。

 しかしそれを言うと、カズンとて人ごとではない。
 魔力の質や量は、どのような血筋の元に生まれたかで大部分が決まってしまう。

 父である先王ヴァシレウスは豊かな魔力の持ち主として知られているし、母セシリアはヴァシレウスの曾孫にして他国の王族の直系子孫で、やはり多くの魔力を持つ。

 そんな二人の間に生まれた子供でありながら、カズンの魔力量は平民を多少上回る程度しかない。

 自分もヨシュアのように魔法を自在に使いこなしたかったが、護身術中心の体術と身体強化、身を守る盾剣バックラーを魔術で作るのがせいぜいだった。



「贅沢な悩みですねえ、先輩がた。庶民やボクみたいなほとんど平民の下級貴族なんて、ミジンコ並の魔力しかないんですよ?」

 グレンの冷静な突っ込みに、一同はハッと我に返った。
 そうだ。魔力量に悩んで右往左往するのは王侯貴族の中でも、上位の一部。魔力を持たない者たちのほうが世界的に見ても多数だ。

 それでどうやって生活しているかといえば、魔力を持つ天然の魔石や、魔力使いたちが作る人造魔石を活用する。
 カズンの前世の世界でいうなら、バッテリー的な役割を果たすのが魔石だ。その魔石で、生活に必要な道具を動かして活用している。

「魔力にお悩みのアナタにとっておき! ブルー商会の魔導具はどれも良質な魔石を使い、魔力がなくても自由自在に活用できます! ハイッ、これどうぞ!」

 グレンの実家、ブルー男爵家の商会のカタログを強引に押し付けられた。

「おいおい、こんなん持ち歩いてるのかよ」

 カタログは雑誌と同じサイズで、厚みは5mmほどといったところか。
 表紙には『ブルー商会・魔導具厳選セレクト』とある。

「当然でしょ、こんなに上位貴族の皆さんが集まってる場に手ぶらでなんか来ないよ!」
「し、商魂逞しいな」

 どうやら、ホーライル侯爵やシルドット侯爵家の関係者たちにも同じものを渡してきているようだ。
 カズンは呆れたが、沈み込んでいたヨシュアも毒気を抜かれたようで、カタログを開いて笑っている。
 ありがたく頂戴して、この場は解散だ。帰路につくことにした。