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ART | 2024.2.22

浦上満×おおうちおさむ、江戸の大衆芸術『北斎漫画』の色褪せない魅力を語る。

〈art cruise gallery by Baycrew’s〉のこけら落としは、浮世絵師・葛飾北斎による全15編の絵手本『北斎漫画』から抜粋した80点の作品で構成される『PLAY w/ HOKUSAI』。誕生から200年以上になる、江戸の大衆芸術の色褪せない魅力とは? 本展に協力してくれた古美術商の浦上満さんとクリエイティブディレクターのおおうちおさむさんが語り合う。

Photo: Daiki Endo / Text&Edit: Nobuyuki Shigetake / Location: Yamanoue Hotel
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大名から庶民まで。江戸のトレンドになった“暮らしの教科書”。

おおうちおさむ:浦上さんとは日頃からいろんな場所でお会いして立ち話に花を咲かせていますが(笑)、こういったかたちでご一緒させていただくのは2019年のCHANEL NEXUS HALLでの展覧会『ピエール セルネ & 春画』以来ですよね。

浦上満:ということは、4年ぶりですか。あのときは、おおうちさんが本当に素晴らしい空間を作ってくれましてね。

おおうち:リシャール・コラス(〈CHANEL〉前会長)さんの企画展で、春画界の神様的な存在でもある浦上さんの全面協力のもと、江戸時代に日本で描かれた春画と、現代のパリの写真家によるコンテンポラリーな作品をモダンな空間に並列させて。時代と文化、それぞれの対比がすごく面白くハマった展示でしたよね。

浦上:春画や浮世絵ってこの令和でも、まったく古さを感じさせないんですよね。優れた美術作品に共通して言えることですが、重ねた時代が「すごさ」に直結するわけではないんです。

おおうち:古美術商をしている浦上さんがおっしゃるとまた説得力がありますね。

浦上:浦上蒼穹堂では5000年前に作られた中国の陶器なども扱っていますが、「古ければ古いほどすごいんだ!」という意識はまったく持っておりません。逆に、近年の美術作品なのにもかかわらず「なんだか古くさいな」と感じてしまうものもあるくらい(笑)。そういったものは、長時間の鑑賞に耐えられないものが多い印象ですね。

おおうち:とても共感します。一方で時代をこえて現代に受け継がれているものは、どれだけ見ていても飽きない普遍性がある。

浦上:先日、浦上蒼穹堂に漫画家の井上雄彦さんが遊びに来られて、『北斎漫画』やそのほかの浮世絵をすごい集中力で食い入るように見ていかれましたが、同じようなことをおっしゃっていましたよ。あっという間の4時間半でした、と。

おおうち:「何時間でも見ていられる」というのは『北斎漫画』を語るうえでの重要なキーワードですよね。

浦上:おっしゃるとおりです。なぜ「何時間でも見ていられる」かというと、飽きさせない要素が多分にあったからなんですね。これは『北斎漫画』が江戸時代のベストセラーになった理由でもあるんですけども。

おおうち:ベストセラーというと、広くいろんな人たちの手に渡った、ということかと思いますが、当時、この『北斎漫画』って、いわゆる一般庶民が普通に買える値段だったんですか?

浦上:定説はありませんが、現代の貨幣価値で3,000円〜5,000円ほどだったと思われます。値段だけ聞くと安いと感じるかもしれませんが、これを“庶民の”ものであると、枕詞付きで語ってしまうのは避けていただきたいですね。確かに木版画はたくさん数が摺れるので安い価格で流通していたものの、武士のトップである大名や大金持ちの商人もこの『北斎漫画』を所有し、平等に楽しんでいたんです。

おおうち:“庶民”だけが値段の安さで買っていたわけではなく。

浦上:ええ。もっと全方位的に普及したものです。普及具合を示すエピソードとして、江戸時代の女性の目って、少し切れ長に描かれているのですが、摺りが早いものはすーっと綺麗な線で、遅いものでは線が見えなくなって“のっぺらぼう”のようになってしまっているんです(笑)。これってすごい話で、要するにいくらでも売れるから、版木がすり減るほどに摺って摺って、摺りまくったわけですね。

おおうち:ちなみに、この当時の日本の木版画の技術って相当に高かったですよね?

浦上:おそらく世界一だったのでは、と言われています。日本が誇る職人技ですね。にもかかわらず、そのようなことが起こっている。浮世絵には1枚ずつ描く肉筆と、量産できる木版画とがありますが、それだったら一点物の肉筆の方が高価なような気もするし、実際に販売価格は高かった。けれど、19世紀のフランスをはじめ世界中を魅了したのは版画の方と言えますね。また、その優れた木版技術が、識字率の高さなど日本人の教養の底上げにもなりました。

おおうち:素晴らしい。優れた木版技術によって大量生産されたことも、大衆にとっての情報源、暮らしの教科書として普及した理由のひとつだったんでしょうね。きっとみんな、自分たちの暮らしにフィードバックしていたんだろうなって思うんです。「あ、着物はこういうふうに崩して着れば歌舞けるんだね」みたいな。今で言うところのファッション雑誌のような見られ方もしていたんだろうなと。この時代にそういうものって他になかっただろうし、『北斎漫画』を持っているだけでも、トレンディだったんじゃないかな。

浦上:日常生活の中でも楽しんだし、みんなで眺めるようなこともあったようです。

おおうち:現代のマンガのようですね。ただ、厳密にはルーツというわけではないんですよね?

浦上:ええ。“漫画”という言葉を広げるきっかけになったのは『北斎漫画』と考えられますが、正確には北斎が習得した画技や画法を駆使して、興味のあったものを漫然と、アトランダムに描いていったもの、と捉えるのが妥当でしょうね。“漫筆”という言葉もあって、絵の随筆みたいなところもあったようです。どちらにしても、この当時、江戸時代のベストセラーであり、ロングセラーであることは知っておいていただきたいですね。感覚的に楽しむことができる『北斎漫画』ですが、そういった背景を知っていると、見え方が変わってくるかと思います。

グラフィックデザインとして見ても面白い『北斎漫画』。

おおうち:こんなに素晴らしいものが流通していて、なおかつ流行っただなんて。江戸の人たちは目が肥えていたんですね。僕もグラフィックデザイナーとして、アートを長く追いかけてきた人間として『北斎漫画』を拝見しました。立体物の立体感をあえて壊して平面的にして、記号と絵画の狭間のようなところを目指しているように見受けられて、印象派の絵画に通ずる部分があるな、と感じたんです。

浦上:おっしゃるとおりで、マネやモネ、ドガなどの名だたる印象派画家たちも自身の絵画に『北斎漫画』からの学びを取り入れていたようです。美術には国境などありませんから、同じ時代を生きたこともあり、親和性があったんでしょうね。

おおうち:そういうことですよね。当たり前のように美しい風景が目の前にあったヨーロッパの画家からすると、北斎の作品はかなりの衝撃だっただろうな、と容易に想像できます。

浦上:マネ、モネらは彼らにとっての異国情緒に心を奪われたわけではなく、北斎の本質というか、描写力や構図の組み立て方に強く影響を受けたようです。ただ北斎は北斎で鎖国下にありながら、当時の西洋画法を学んで明暗法や遠近法などを習得しました。

おおうち:卓越した技術力に、独自性の高い想像力と表現力とが加わったら、もう最強ですよね。200年前に描かれたものにもかかわらず、新しいものであり続けてる。これは現代にも通ずるコンテンポラリー・アートですよ。“古さ”をまったく感じない。

浦上:想像力と表現力でいうと、今回の展示のメインビジュアルにした『奔虎(読み:はしるとら)』。これは北斎の最晩年の作品で、向かい風が吹く中を駆け抜ける虎を躍動感たっぷりに描いたものですが、同時期の肉筆画『雪中虎図』とも併せて、北斎は晩年の自分を虎に重ねていたのではないかと思われます。自らが絵の中に入り込む、主観性のようなものにも長けていたと考えられますね。

『奔虎』(写真提供:浦上蒼穹堂)

おおうち:これも素晴らしい作品ですよね。個人的には、こうやって効果線を用いて風を可視化しているというか、いかにも“現代マンガ的”な絵は『北斎漫画』の中では少し珍しく感じました。説明的なんだけど、イヤミなく成立している。北斎に関しては、とにかくどの絵もレイアウトが天才的です。すごいですよ。挿絵ひとつとっても本当にうまい。一律に並んでいるように見えても“抜き”や“粗密”、ウエイトのバランスなど、緩急の付け方が巧みですね。

浦上:要素は多いけれど、どこかゆったりして見えるのはそれが理由かもしれませんね。それに、むちゃくちゃにいろんなものが描かれた一枚の絵でも、視線が迷うことなく、スムーズに主題にフォーカスできるように描かれている。まさに天才的なコンポジションですよ。何度見ても素晴らしい。だから飽きない。

おおうち:現代のデザイナーがパソコンでああでもないこうでもないとやっていることを木版画で、しかもこのレベルでやっているってことに、ただただ驚愕ですよ。あとはなんといっても表現力。僕には、端っこに小さく描かれた芋虫ですら個性を持っているように見えます。なんというか、人々や動物の表情や身のこなしがチャーミングなんですよね。

浦上:ただ上手なだけでなく、今にも動き出しそうなほどにイキイキと描かれていますよね。人々の会話まで聞こえてきそうです。

アートにとって最大の称賛は“買われること”。

『風神(『北斎漫画』三編より)』
当展では、本来は和本として綴じられている『北斎漫画』をバラし、額装して展示する。「こうすると一冊丸ごと購入しなくても、好きな絵だけを持って帰ることができますから。本を読む時のように手持ちだったら30cmくらい離れたところからしか見られない『北斎漫画』を、額装すると5mくらい離れたところから眺めることもできる。北斎が描いたままの絵画に戻しているような感覚ですね(浦上)」。ひとつひとつの作品には『USPD(USPDは、Uragami Soukyudo Print Departmentの頭文字。浦上蒼穹堂プリント部門の意)』というロゴをマットにエンボスし、さらにシリアル番号が付く。

おおうち:語り尽くせないほど魅力に溢れた『北斎漫画』ですが、大衆の暮らしに機能する創作物として親しまれた一方で、もともとは大勢いた北斎の弟子たちに北斎の技術を広めるために作られた絵手本だったんですよね。

浦上:ええ。弟子たちのみならず、江戸時代の人たちにとっては絵の教本であると同時に、絵で見る百科事典のような側面がありました。おおうちさんがおっしゃるように、いろんな生活の知恵を得られるように作られたものでもあったんです。そこには版元の意向もあったと思います。

おおうち:なるほど。現代の出版社みたいなものですね。

浦上:それでいてディレクターであり、資本家でもあるわけです。だから、売れてくれないといろんな人たちが困っちゃう(笑)。どんなものを描くかの企画から入って、誰に描かせて、誰に版を彫らせて、誰に摺らせるかってところも考えて、販売までを担っていたわけです。とにかく版元は「売れるもの」を作ろうとして、画力、表現力に長けた北斎を頼ったんですね。そのうえで世間にはどういったものがウケるのか、最先端は何なのか、検討に検討を重ねて作られたものだったと考えると、そりゃ現代に見ても飽きが来ないのも不思議ではありません。

おおうち:そう考えると入手しやすさというか、流通量が多いことにも納得感が出てきますね。ちなみに、浦上さんは何冊ほど『北斎漫画』をお持ちなんですか?

浦上:集め出してから半世紀ほどになりますが、約1,700冊ほど所有しています。

おおうち:すさまじい数ですね(笑)。

浦上:35年前に600冊集めた頃にはもう世界一と言われていたので、世界一になってからずいぶんと経ちましたね(笑)。やはり北斎が伝えたかったものをダイレクトに感じたいとなると、摺りが早くて、保存状態の良い、この2つの条件を満たしたものを集めるほかないんです。そういったものを探し、手持ちのものと比較して「こっちのほうが摺りが早いぞ」「もっと摺りが早いやつがあそこにあるらしいぞ」「まとめて売られているこのなかに摺りが早いものがあるかもしれない」なんて何十年もやっているうちに、これだけの数が手元に集まってしまったわけです。

おおうち:浦上さんは当然購入なさっているわけですが、日本人のアートの購買意欲は、世界的に見ても高くないですよね。

浦上:購入に関しては少し、ハードルが高いようですね。皮肉なもので、美術展に行く回数は世界一、と何かで見ましたが(笑)。

おおうち:一方で、僕は苦手なんだけど(笑)、NFTやアートオークションなど、富裕層に向けたアートビジネスは発達していってる印象ですが、浦上さんは、この現状をどのようにお考えですか?

浦上:富裕層に向けたアートビジネス、特にコンテンポラリーアートに関するものを見ていると、アートでかっこよく儲けよう! アートは簡単で稼げるビジネス! みたいな雰囲気を感じてしまいますが、50年ほど古美術商を営んできた僕に言わせると「そんな上手い話あるわけないでしょ」ですね(笑)。アートって、お金持ちのための娯楽に思われがちですが、そんなことはないんですよ。お金がなくても買いたい人は買います。どんな知識や権威がある人が言葉を尽くし、手を尽くしてその作品の魅力を伝えようとしても、やはり実際に買って、作品と共に生活している人の説得力には勝てないですよね。アートに対する最高の称賛というのは、お金を出して持って帰ることなんです。

おおうち:アートって、持ち主が「良い暮らし」をしていないとしても、ちゃんと愛でている人の部屋にあるとなぜだか溶け込んで見えたりもしますよね。少し脱線しますが、昔の美大生って本当に汚い部屋に住んでるんだけども(笑)、散らかった部屋に1脚だけイームズ(チェア)が置いてあったりするんです。そのイームズが全部を正当化してくれるんですよね。散らかりっぷりから、何から何まで。その人の周辺にあるすべてをクリエイティブなものに変えてしまうような、不思議なパワーがある。

浦上:家具は特に分かりやすい例かもしれないですね。これは詭弁でも誇張でもなく、本物と一緒に暮らすって、そういうことなんですよ。良いものを買って、それを自分の生活空間に置くことで、持ち主の生活も良い方向に導かれていくと僕は思う。毎日の暮らしに本物の美術品があると、審美眼が養われるんですよね。そういう人をたくさん見てきましたし、僕自身もそうです。ぜひとも展示会場での鑑賞のみと言わず、一歩踏み出してきていただきたいですね。

おおうち:今回の展示では『北斎漫画』をフィーチャーしていますが、浦上さんのコレクションからすると、これもほんの一部ですよね? どうしてそんなに集めているのか、やっぱり気になってしまいます。

浦上:当然よく聞かれることですが、こと『北斎漫画』に関して言えば、集め始めた頃は自分自身の好奇心を満たすためだったけれど、今となればやっぱり、正しく伝えていきたいというかね、そういう使命感のようなものがあります。こうやって、北斎が描いた『北斎漫画』を世の中に普及する活動をしてもう30年以上経つわけですが、「北斎さんに見せても恥ずかしくないように」と常に意識しています。天の上の北斎さんに「お前、金儲けのためにやってるのか?」なんて、絶対に思ってほしくないですから(笑)。「しっかりやっています。北斎さん、これからもよろしくお願いします」という気持ちです。

おおうち:浦上さんが日頃からそう意識してらっしゃるのを知っていたから、僕も今回は「北斎さんが見ているぞ!」と思いながら、制作に臨みました(笑)。北斎さんに見せてもまったく恥ずかしくない、是非とも見てもらいたい展覧会にできたかな、と思っています。

『PLAY w/ HOKUSAI』
会期:2024年2月29日(木)〜2024年4月14日(日)
場所:art cruise gallery by Baycrew’s
東京都港区虎ノ門2-6-3
虎ノ門ヒルズ ステーションタワ ー3F SELECT by BAYCREW’S 内