宮城県は、海の幸の宝庫。複雑な段丘が、海岸線に大小の豊かな湾を形成する。船を走らせれば、世界有数の漁場である三陸沖は目の前だ。この豊饒の地に旬の食材と人を訪ねる。

世界中からまぐろが届く現在、地域性や旬を感じることのできる数少ないまぐろが生メバチだ。いちばん旨い時期によく獲れ、しかも値ごろ。港町塩竈で「本来のまぐろ」の姿を見た。

その日の一番乗りは、高知県須崎市の「第5勇仁丸」。北東太平洋での漁を終え、船倉一杯にメバチ(メバチマグロ)を詰めて入港した。船長の公文弘一さん(58歳)は、昨年と一昨年、塩竃で一番の水揚げを達成した手練れである。

クレーン車から高々と伸びたアームが、船とせり場の間を振り子のように何度も往復する。

近海生まぐろのほとんどは塩竃に水揚げされる。重さ40㎏以上のメバチの通称はバチ。それ未満のものはダルマと呼ばれる。

近海生まぐろのほとんどは塩竃に水揚げされる。重さ40㎏以上のメバチの通称はバチ。それ未満のものはダルマと呼ばれる。

「大きさも数も去年並みかな。脂の乗りも、口開けとしてはまずまずでした。期待してください。〝ひがしもの〟はこれからますます旨くなってきますから」

出発式の日のせりを恙なく終えた塩釜地区機船漁業組合の鈴木雄治さん(59歳)は、お茶を一口飲んでこう言うと、目尻を下げた。

せりの責任者である鈴木さん。自らメバチの身質や脂の乗りを確かめる。「今年のひがしものもいいですよ。ぜひ味わってください」

せりの責任者である鈴木さん。自らメバチの身質や脂の乗りを確かめる。「今年のひがしものもいいですよ。ぜひ味わってください」

塩釜港は、生まぐろの水揚げ日本一を誇る漁港だ。クロマグロは、今年から制度として始まった割り当て量(日本海1800トン、太平洋1200トン)が上限に達したため、すでに受け入れを終了。この日水揚げされたのは、毎年9月中旬に解禁される、ひがしものと呼ばれる近海のメバチだ。

「正式なブランド名は『三陸塩竃ひがしもの』。上質なメバチにのみ付けられる呼び名です。メバチ自体は年じゅう入る魚ですが、ひがしものと名乗ってよいのは、一定の海域で9月から12月いっぱいの間に獲れた、重さ40㎏以上、せり値がキロ2000円以上のメバチだけと決まっています」

『三陸塩竃ひがしもの』の口開けは一年で最も港が活気づく。この日最大のメバチは109㎏。キロ4500円の値がついた。

『三陸塩竃ひがしもの』の口開けは一年で最も港が活気づく。この日最大のメバチは109㎏。キロ4500円の値がついた。

東で獲れた選りすぐりの大物

その海域とは、北緯30度以北、東経160度前後。塩竃を起点として片道5日から7日の漁場だ。水の冷たい深場を回遊するメバチは、秋にこの水域で秋刀魚や烏賊の群れと出会い、飽食して身に脂をまとう。漁場は冬に向かうにつれ日本列島へ近づく。操業後は短い日数で帰れるので、より鮮度のよいメバチを水揚げできる。

これらのなかでも選りすぐりのメバチを『三陸塩竃ひがしもの』と名付け、地元名物として売り出したのは11年前の2005年だ。

年を越すと漁場は北東から南へ下がり、メバチの呼び名は順に中近もの、中南もの、南方ものと変わる。塩竈から遠ざかるにつれ入港に必要な日数が延び、生まぐろとしての値打ちは薄れる。「東」にこだわる理由はそこにある。

漁法は屈強な仕掛けを使った延縄漁である。一本釣りのように長時間にわたる魚とのやりとりがなく、身質を落とす乳酸(疲労物質)がたまりにくい。船上に引き上げるとすぐに頭部へ穴を穿ち、張りのある太いナイロン紐を脊椎沿いに差し込む。神経締めと呼ばれる、鮮度を長く保つための作業だ。えらと内臓も速やかに除去され、メバチは船倉で冷やされる。

クロマグロの魅力が、やや酸味が効いた深みある味わいであるのに対し、メバチの持ち味は上品な香りと口どけのよい甘い脂。

「味は好き好きですが、おそらく名前を伏せて刺身で食べ比べたら、ほとんどの人がメバチのほうをうまいと感じるはずです。塩竈は人口当たりいちばん鮨屋の多い街といわれていますが、ほとんどの店は値段が手ごろで味もいいメバチを主体に使います」(鈴木さん)

塩釜水産物仲卸市場内にあるまぐろ専門店『だるま佐々木商店』では、キロ単位でメバチを購入できる。?090・3980・58 74(午前中のみ)

塩釜水産物仲卸市場内にあるまぐろ専門店『だるま佐々木商店』では、キロ単位でメバチを購入できる。?090・3980・5874(午前中のみ)

血合下まで細かく脂が差し込んだメバチの腹筋部分。ひがしものを象徴する身質は中トロだ。上品な香りととろけるような旬の甘さは、一度味わうと忘れられない。

血合下まで細かく脂が差し込んだメバチの腹筋部分。ひがしものを象徴する身質は中トロだ。上品な香りととろけるような旬の甘さは、一度味わうと忘れられない。

2011年3月11日の東日本大震災の際は、地形の幸運で東北の他の漁港よりも津波の被害が軽く済んだ。4月7日には早くも市場を再開。あらゆる魚を荷受けし、東北の水産業の支えとなってきた。

「おかげで建物の再建はいちばん最後になりました。せり場の屋根はまだテントですし、事務所も、このとおり仮設なんですよ」

ぼやきの中にも泰然としたやさしさがにじむ。巨大なまぐろを扱ってきた男たちならではの、腹の据わった器量だろう。

塩竃のメバチマグロを味わえる店

そんな塩竃のメバチマグロを味わえるのが、宮城県塩竃市内にある『亀喜寿司』。創業90年、塩竈で最古参の鮨店である。「腹側のへそトロの厚い筋を取り除いて握るはがし中トロはぜひ味わっていただきたい」(店主の保志昌宏さん)。

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【亀喜寿司】
■住所/宮城県塩竈市新富町6-12
■電話/022・362・2055
■営業時間/11時~21時(平日)
■定休日/火曜
■アクセス/JR仙石線本塩釜駅から徒歩約10分。車の場合は仙台駅から約40分。国道45号線沿い。

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「中村雅俊が行く 伊達な海道紀行」
TBSテレビ(関東ローカル)、毎週火曜よる10:54~
毎日放送(関西ローカル)、9月3日より毎週土曜夕方6:56~

取材・文/鹿熊 勤 撮影/宮地 工

提供/宮城県

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