Continue to NEXT WORLD.../SIREN2(サイレン2)/SS   作:ドラ麦茶

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第九十七話 『並行とループ』 観察者A 不明 99:99:99+

 

 

 

第十六話 『咆吼』 一樹守 冥府 5:40:39

 

 

 

 地下に、サイレンが、鳴り響く。

 

 百合が、両手を広げ。

 

「――さあ、守。ひとつになりましょう。これからあたしたちは、ずっといっしょにいられるの。守と、あたしと、お母さんと、いつまでも、いつまでも、いっしょに――」

 

 妖艶な笑みと、邪悪な笑みで、一樹に近づいて来た。

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻。

 

 

 

 

 

 

 姉を追い、蒼ノ久集落から貝追崎へやってきた作家の三上脩と愛犬のツカサは、かつて日本軍が建造した要塞跡をあてもなくさまよっていた。二十九年前、漁師たちの襲撃から逃れた姉の加奈江と幼い三上。彼女たちを追ってここまで来たのだが、その後、まったく手がかりがつかめないのだ。新たな記憶はよみがえってこない。もしかしたら、貝追崎へ逃げたと思ったのは勘違いだったのだろうか? 三上は、そう思い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 自衛官の永井頼人は、上官の三沢岳明と共に四鳴山の頂上を目指していた。山の頂上には巨大な鉄塔があるのだが、現在、その先端が雨雲の中に吸い込まれるようにして消えているのだ。あの鉄塔の先に何かある、と、三沢は言う。何の根拠もないことであり、ただの勘にすぎない。それでも、永井は三沢を信じることにした。この夜見島に上陸して以降、三沢は常に正しい行動をしている。彼について行けば間違いない。永井は、そう確信していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 赤い津波が襲う前に夜見島を離れた警察官の藤田茂は、四キロほど離れた隣の島で夜が明けるのを待ち、日の出とともに三逗港への帰路へ就いていた。すでに上司には状況を報告してある。夜見島では全く繋がらなかった無線が、島を離れた途端高感度で繋がるようになったのだ。無断で行動したことをこっぴどく叱られたし、帰ったらまた叱られるだろうが、幸いクビは免れそうだ。明日からは真面目に勤務しよう。いつかまた、娘と暮らすことを夢見て。そう胸に誓っていた。

 

 

 

 

 

 

 崩谷地区を離れ、夜見島遊園へと向かった占い師の喜代田章子とその連れの阿部倉司は、途中で行き先を変え、島の北部にある貝追崎という地域へと向かっていた。理由は判らないが、章子が修得した新スキル・夜見島ガイドがそう指示したのだ。コロコロと行き先を変えることに文句を言う阿部を無視し、章子は貝追崎へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 一樹守を追って夜見島遊園へやってきた一人の少女が、冥府への階段を駆け下りていた。この下に一樹の気配を感じている。そして、ひとつの邪悪な気配と、もうひとつ、大きな禍々しき気配も。一樹の身が危ない、早く助けなければ。そう思うが、階段の先は漆黒の闇に飲み込まれており、底はまだ見えない。一体どこまで続いているのか想像もつかなかった。このままでは間に合わないかもしれない――少女はそう感じていた。ここに来る途中、遊園地の門が閉ざされていたのが大きな痛手だった。内側から南京錠が掛けられており、それを開けるのにかなり手間取ってしまったのだ。門が開いてさえいれば……そう思わずにはいられなかった。

 

 少女は、走り続ける。

 

 

 

 だが――。

 

 

 

 少女が冥府に下り立つ前に、一樹守の気配は消えた。

 

 

 

 

 

 

 八月三日、早朝六時。

 

 

 

 島に、サイレンが、鳴り響く――。

 

 

 

 

 

 

 ――その、約二十七時間後。

 

 

 

 

 

 

 鉄塔のふもとに集まった闇人の()()を見つめ、異形の生物は美しい岸田百合の顔に満足げな笑みを浮かべた。侵攻の準備は整った。地上にはびこる人間どもを排除し、再び我らが世界を支配する――永遠とも思えるほど長き時間望み続けた故郷への帰還が、ようやく叶うのだ。

 

 異形の生物は、集まった闇人達の頭上で、一度弧を描いて舞うと。

 

《――さあ! 子らよ! 機は熟した! 醜き人間どもを根絶やしにし、光によって奪われた我らが故郷を取り戻すのだ!!》

 

 異形の生物の(げき)に、銃で武装した自衛隊員の闇人が、漁具や日用品で武装した島民の闇人が、巨体闇人が、四足闇人が、()を持たない闇霊たちが、両手を振り上げ、あるいは奇声をあげて応じる。

 

 そして、地上をめざし、一斉に鉄塔を登り始めた。

 

 だが、その侵攻を阻むかのように、突如、地面から光の柱が出現した。

 

 闇人にとって光は天敵だ。わずかな光でもダメージを受けてしまう。ある程度ならば治癒能力で相殺できるものの、どんなに黒い布で全身を包もうとも、あるいは殻を利用しようとも、光に対する完全な抵抗力を持つことはできない。

 

 地面から現れたその光の柱は、空を貫くばかりの勢いで伸びあがり、周囲を照らした。

 

 突如現れた強烈な光に、闇人達は恐れおののき、悲鳴を上げて逃げ惑う。だが、不思議なことに、その光は闇人達に苦痛をもたらすことはなかった。懐中電灯程度の光でも消滅してしまう闇霊でさえ、消滅することがない。

 

 害がないことに安堵した闇人達だったが、今度は疑問がわき上がる。この光はなんなのだ? 光の柱には、光源となるものが無い。突如地面から現れ、天へと昇っていった。その姿は、まるで龍のようでもある。

 

 光の柱はしばらく闇人達を照らし続けたが、やがて消える。

 

 そこに、左手に奇妙な土人形を、右手に日本刀を持った少年が立っていた

 

「……お前らみたいなのがいる限り、俺は、何度でも現れる」

 

 少年が刀を頭上に振りかざすと、刀身から青い炎が吹き出し、勢いよく燃え上がった。

 

 

 

 

 

 

第六十話 『闇人』 木船郁子 四鳴山/離島線4号基鉄塔 20:19:42

 

 

 

《……子らよ、その不完全品を始末しておけ》

 

 よそを向いたままそう言い残すと、異形の生物は飛び去って行った。

 

 代わりに。

 

 ビルから、鉄塔から、あるいは階段から、大勢の闇霊や闇人が現れ、集まってきた。人型の闇人の他に、四足歩行をする闇人や、巨体の闇人もいる。あっという間に、何十体もの闇人達に囲まれた。数が多すぎる。ゴルフクラブはもちろん、例え銃を持っていたとしても太刀打ちできる数ではない。感応は一人にしか使えないし、感応中は郁子自身が無防備になってしまう。

 

 郁子を囲んだ闇人達は、ニヤリと笑うと。

 

 一斉に、襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 同時刻――。

 

 

 

 

 

 

 暴言と共に上官の元を去り、一人、夜見島をさまよっていた永井頼人は、蒼ノ久集落で三沢岳明に見つかり、説教されていた。憎らしい相手だが、今は我慢するしかない。三沢の元を去り、一人で行動してみたものの、どこに向かえばいいか、何をすればいいか、まったく判らなかったのだ。自分一人では何もできない。そのことを悟った永井は、極めて不本意ではあるが、もう一度、三沢と共に行動することにした。忌々しいことではあるが、それでも、この得体の知れない島を一人で行動するよりはマシだろう。

 

 

 

 

 

 

 潮降浜の学校の大道具倉庫に逃げ込んだ矢倉市子は、今もそこに隠れていた。学校内から化物どもがいなくなるのを待っていたのだが、いなくなるどころか、かえって多くなっている。それも、ずっと市子を襲ってきたゾンビのような化物・屍人ではなく、全身に黒い布を巻きつけた青白い顔の化物だ。このままでは身動きが取れない。誰かが助けに来てくれるのを待つしかないのだろうか? しかし、いったい誰が助けに来てくれるだろう? 希望は、無い。

 

 

 

 

 

 

 一人で勝手にどこかへ行ってしまった喜代田章子を探す阿部倉司は、瓜生ヶ森にある夜見島金鉱採掘所の休憩室から上機嫌で出てきた。たった今、人生最大の危機を乗り切ったところだ。実にすがすがしい気分である。鼻歌を歌いながら煙草を取り出して咥えたが、ライターを落としていたことを思い出した。舌打ちをして、煙草を戻す。朝からずっと煙草を吸っていない。これは、占い女を探すより、まずライターを探すべきだろう。どこかに百円ライターでもないだろうか? あるいはマッチでも、最悪ガスコンロでも構わない。とにかく火だ。阿部は煙草を吸う手段を求め、採掘所内を探索し始めた。

 

 

 

 

 

 

 四鳴山の山頂にある離島線4号基鉄塔のふもとで、加奈江は彼女が母と呼ぶ存在と対峙していた。加奈江の手には、三上家の庭の物置で見つけた謎の骨が握られている。骨は、その姿を微妙に変えていた。先端が鋭くなり、骨身が刃のようになっている。それは小太刀のような形だ。加奈江は本能的に悟る。これを使えば、たとえ母と言えどただではすまない。その証拠に、小太刀と化した骨を見た瞬間、母の表情は明らかに変わった。小太刀を恐れているように見える。一定の距離を保ち、ずっと加奈江を睨んだままだ。警戒し、手が出せないのだ。ただ、手が出せないのは加奈江も同じだった。脩が、まだ母の体内に取り込まれたままだ。仮にこの小太刀を使って母を倒せたとしても、脩がどうなるかが判らないのだ。母の地上侵攻を阻止できても、脩を救えないのでは意味が無い。

 

 加奈江の迷いに気付いた母は、唇の端を吊り上げ、不敵に笑った。空に向かって甲高い声で鳴く。

 

 その声に応じるかのように、空から光の刃が落ちてきて、加奈江の身体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 昭和八十年八月四日、深夜〇時。

 

 

 

 闇の住人達の、地上への侵攻が始まる――。

 

 

 

 

 

 

 ――その、約九時間後。

 

 

 

 

 

 

 鉄塔の先端部から地上世界へ侵攻した闇人たちは苦戦を強いられていた。人間どもの思わぬ反撃にあった――という訳ではない。地上世界の夜見島には人間がいないため、まだ戦闘は始まっていない。まずは人間どもがいる近隣の島へ渡る必要があるのだが、東の水平線から太陽が現れ、そこから放たれる光に苦しめられているのだ。その光は、身体に黒い布を巻いただけの闇霊はもちろん、()を使ってある程度光への耐性を得たはずの闇人でさえ、まともに浴びれば数分で消滅してしまうほどの強烈な光であった。これでは、遮るものが何も無い海を渡ることなどできない。

 

 だが、問題はない。母は、地上世界を奪還するにあたり、最大の障害となるのは人間ではなく太陽の光であることをあらかじめ予見していた。ゆえに、その対策も考えてある。母は現在、太陽の光を遮る()()を飛ばす準備をしている。その石を、この惑星(ほし)と太陽の間に固定すれば、地上へ降り注ぐ光を永続的に遮ることができるのだ。闇人達の行動を阻むものはなくなる。そうなれば、人間など敵ではない。地上世界の奪還は、太陽の光を遮ることができるかどうかで決まるのだ。今は、母が黒石を固定し終えるのを待つだけだ。

 

 だが、その闇人達の目の前に、地上から空に向かって、昇龍のごとき光が現れた。

 

 そして、その光が消えると。

 

「……お前らみたいなのがいる限り、俺は、何度でも現れる」

 

 左手に奇妙な土人形を、右手に刀身から青い炎を発する刀を持った少年が、立っていた――。

 

 

 

 

 

 

第七十二話 『共闘』 永井頼人 四鳴山/離島線4号基鉄塔 18:05:01

 

 

 

 物陰に隠れていた一樹のそばに、覚えのある気配が現れた。

 

「……か……み……くゎぁ……ざ……るぃい……か……え……せ……」

 

 それは、あの着物女の屍人――姿は四足闇人のままだから、四足屍人というべきか。

 

 着物女の四足屍人は、巨大な口を開けた。

 

 ――俺は屍人としてよみがえるのか、それとも、闇人としてよみがえるのか。

 

 意識が途切れる寸前、一樹は、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 数時間後――。

 

 

 

 

 

 

 屍人の勢力を率いて鉄塔に攻め込んだ矢倉市子は――いや、矢倉市子の姿を模した者は、ひとり、鉄塔の先端部に立っていた。右手に日本刀を、左手には機関銃を持ち、地上を見下ろす。彼女の眼下では、鉄塔で、あるいは森の中で、漁港で、要塞跡で――島のいたるところで、屍人と闇人が戦いを繰り広げていた。戦況は五分五分だ。最終的にどちらの勢力が勝つのかは、自分にも、そして、恐らく母にも、まだ()()()()

 

 市子の姿を模した者は、唇の端を吊り上げて笑った。ようやく、待ち人が来たのだ。

 

 機関銃を投げ捨てた。両手で刀を持ち、頭上に振り上げ、鉄塔から跳ぶ。

 

 そして。

 

 凄まじい速さで上昇してくる母の顔に向かって、刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 蒼ノ久集落で一樹守と別れた木船郁子は、鉄塔そばの竪坑櫓に身をひそめ、途方に暮れていた。鉄塔は現実世界と繋がっており、登れば元の世界へ帰れる――そう思ってここまで来たのだが、鉄塔は闇人と屍人が激しく争っており、混乱状態だ。到底郁子一人で登れるような状況ではない。さらには、つい先ほど、闇人達を束ねるあの異形の生物が現れ、宙を泳いで鉄塔の先端へと向かって行った。闇人と屍人、どちらが勝つかは判らないが、どちらにしても、勝ち残った勢力が地上へと侵攻するだろう。阻止するためには、この鉄塔を破壊するしかない。しかし、爆弾でもない限り、この巨大な鉄塔を破壊するのは不可能だ。それに、鉄塔を破壊すれば、郁子自身は島に取り残されてしまう。どうすればいいのか、郁子には判らない。

 

 

 

 

 

 

 人生最大の危機を乗り切ることができなかった阿部倉司は絶望していた。どうあがいても絶望だった。とにかくひたすら絶望だ。絶望しか存在しないのだ。もはや生きる資格は無い。生きていても無意味だ。だから、何もせず、ただ大の字になって横たわる。化物どもに見つかればなすすべもなく殺されるだろうが、知ったことではない。いや、それこそが今の彼の望みだった。一刻も早くこの世界から消えてなくなりたかった。だが、化物どもは遠巻きに阿部を見守るだけで、一向に襲ってくる気配はない。どうやら化物どもにまで見捨てられたようだ。情けなくて涙が出る。

 

 

 

 

 

 母に取り込まれた脩を救うべく奔走する加奈江は、鉄塔の中層で闇人及び屍人と戦っていた。彼女の手には、三上家の物置で見つけた骨が握られている。小太刀のような姿となったそれは、たった一振りで、屍人や人型の闇人はもちろん、巨体闇人や四足闇人さえも両断してしまうほど強力な武器だった。それでも、いまの混乱状態の鉄塔を登るのは容易ではない。見上げると、鉄塔の上層では、母と、屍人の勢力が放った鳩の女が、激しい戦闘を繰り広げている。どちらが勝つかは加奈江にも判らない。自分もあそこに到達し、母と戦って脩を救わねばならないが、今の状態では困難だと言わざるを得ない。

 

 さらには。

 

 加奈江は、もうひとつ異なる気配を感じていた。南西の方角、潮降浜という地域から、邪悪な気配が近づいて来るのだ。それは、母に匹敵するほど大きな存在だ。おそらくこれは、屍人たちを束ねている者。

 

 これが母と接触したとき、いったい何が起こるのか、加奈江にも想像がつかない。

 

 

 

 

 

 

 昭和八十年八月四日、深夜〇時。

 

 

 

 ふたつの闇の勢力はひとつとなり、地上へと侵攻する――。

 

 

 

 

 

 

 ――その、約九時間後。

 

 

 

 

 

 

 抗争を続ける闇人と屍人は、やがてひとつの存在になった。すなわち、屍人のように光への完全な耐性を持ち、闇人のように高い知能と肉体の修復能力を持つ者――互いの弱点を克服したその者は、地上世界奪還の最大の障害となるはずだった太陽の光をものともしない、まさに最強の兵士であった。もはや黒石を使って太陽の光を遮る必要もない。地上世界の奪還は、母の想定以上に早く終わりそうだ。

 

 だが、その闇の住人どもの前に、光の柱が出現した。

 

 そして。

 

「……お前らみたいなのがいる限り、俺は、何度でも現れる」

 

 土人形と日本刀を持った少年が、立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

第八十一話 『狂笑』 一樹守 四鳴山/離島線4号基鉄塔 22:27:08

 

 

 

 一樹たちは地上へと落下する。いや、そこは、正確に言えば地上ではない。冥府に潜む異形の生物が創り出した偽りの世界。地上へ落下したのは恐らく市子の方で、自分たちは、地上とは反対側――地下世界へと()()()いるのだ。地上への帰還は叶わなかった。自分たちも。そして、闇人達も。

 

 一樹は堕ちてゆく。郁子と、有象無象の闇人と共に。

 

 多くの者が鉄塔に群がり、崩壊して地下世界へ引き戻されるさまは、芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』のようだ――一樹は、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 数刻の後――。

 

 

 

 

 

 

 鉄塔の先端部に到達し、崩壊を免れた矢倉市子は、現世と虚無の世界の狭間という本来は存在しえない世界に飲み込まれていた。そこで、追って来た母と激しい戦闘を繰り広げている。鉄塔が崩壊し、地上世界奪還の野望は打ち砕かれた。母は怒りに満ちた顔で次々と子を産み落とす。子は闇霊となり、群れを成して市子に襲い来る。いかに雑兵とはいえ、あまりにも数が多い。機関銃の弾は尽き、刀の斬れ味も鈍い。市子自身も疲弊している。闇霊に喰いちぎられた傷が治らない。この現世と虚無の世界の狭間には、市子を作り上げた主の力が及ばないのだ。

 

 空中からその姿を見ていた母は、勝利を確信したかのような笑みを浮かべた。空に向かって甲高い声で鳴く。それに呼応するかのように、市子の正面から、あるいは背後から、左右から、巨大な赤い津波が押し寄せる。市子の背丈の十倍はあろうかという高さの津波だ。疲弊した市子に、かわす術など無い。

 

 赤い津波は、母が産み落とした闇霊ごと市子を飲み込み、その身体を引き裂いた。

 

 

 

 

 

 

 自衛隊員の永井頼人は、潮降浜の廃校で、かつての上官・三沢岳明と戦っていた。絶望的な戦いだった。巨体闇人というだけで手ごわい相手なのに、戦闘技術という点において、三沢は永井を大きく上回っているのだ。それでも、隙を突いて背後から狙撃し、どうにか倒すことはできた。だが、直後に新たな闇霊が憑りつき、よみがえってしまったのだ。校舎内にはまだ無数の闇霊が潜んでいる。運よくもう一度倒せたとしても、またすぐによみがえるだろう。こんな状況で倒せるはずがない。

 

 

 

 

 

 

 鉄塔破壊の犯人・阿部倉司は、三上脩の愛犬ツカサとともに、森の中を逃げ回っていた。怒り狂った闇人共が大勢追いかけてくるのだ。阿部としては、わざとやったんじゃないからそんなに怒らなくてもいいじゃねぇかと思うのだが、とてもじゃないが許してもらえそうもない。ニヤケ顔で激怒する闇人の姿は違う意味で怖い。とにかく逃げるしかない。ごめんなさい、もう二度と煙草のポイ捨てはしません――阿部は、そう心に誓っていた。

 

 

 

 

 

 

 鉄塔崩壊に巻き込まれた木船郁子は、無数の瓦礫の中、一樹守の身・体・を抱きしめて泣いていた。二百メートル近い高さから瓦礫と共に落下したにもかかわらず、郁子は一時的に意識を失っただけで、気付いたときには傷ひとつ負っていなかった。その理由は考えたくもないし、もはやどうでもよいことだ。元の世界への帰還は叶わず、大切な人を失ってしまった。一樹を抱きしめる。直接肌が触れても、彼の心の声は聞こえない。そこに魂は存在せず、一樹はひとつの『殻』と化してしまったのだ。もう二度と、間の抜けた行動で郁子を呆れさせることも、理屈っぽいこと言って困惑させることもない。ようやく心を許せる人と出会えたのに――郁子は一樹を抱きしめ、ただ泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 劣化種が生み出した分裂体の娘を始末した異形の生物は、虚しい気持ちを抱え、現実と虚無の世界の狭間を離れた。鉄塔が崩壊し、地上への侵攻は不可能になった。これ以上力を維持することは難しい。間もなく、写し世の世界も崩壊するだろう。地上世界の奪還は断念するしかない、今回は。

 

 そう。あくまでも、此度の侵攻が失敗しただけだ。けっして野望が潰えたわけではない。今回の侵攻の何がいけなかったのかを考え、策を練り直し、再び力を溜め、また機会を待てばよい。そして、次こそは野望を果たすのだ。

 

 異形の生物は、再び冥府へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 昭和八十年八月四日、深夜〇時。

 

 

 

 闇の住人は再び眠りについた。次に目覚めるのは、二十九年後か、三三三年後か、一三〇〇年後か、あるいは、地上世界に人類に代わる新たな支配者が現れた時か。

 

 それは、誰にも判らない。

 

 

 

 

 

 

 ――その、約九時間後。

 

 

 

 

 

 

 夜見島遊園の観覧車が建つ丘――閉ざされた冥府の門の前に、光の柱が現れた。

 

 そして。

 

「……お前らみたいなのがいる限り、俺は、何度でも現れる」

 

 現れた少年は、青い炎をまとった刀を振るって門をこじ開け、冥府へと下りていった。

 

 

 

 

 

 

第九十三話 『奪われた世界』 永井頼人 不明 24:32:22

 

 

 

 永井は、絶叫と共に引き金を引いた。

 

 買い物帰りの闇人が倒れた。夜見島では数発撃ち込まないと倒れなかった闇人が、一発肩を掠めただけで倒れたのだ。東屋で食事をしている闇人を撃った。弾が小さく威力が弱い機関拳銃なのに、三人の闇人は車に撥ね飛ばされたかのように倒れた。ビーチバレーをしていた闇人を撃った。海水浴をしていた闇人も撃った。すぐに弾が切れたので弾倉を取り替え、また商店街に向けて撃った。武器を持っていない闇人も、女の闇人も、子供の闇人も、すべて容赦なく撃った。予備の弾倉が無くなるまで撃ち、銃弾が尽きた後は、ミリタリーナイフを振りかざして襲い掛かった。とにかく、目につく闇人は全て殺していった。

 

 やがて、何台ものパトカーがけたたましいサイレンを鳴らして駆けつけ、永井は、闇人の警官数十人に囲まれた。

 

 

 

 

 

 

 ――その、約九時間後。

 

 

 

 

 

 

 のどかな海水浴場に突如現れた()()は、平和に暮らしていた住民を次々と虐殺していった。駆けつけた警官によってなんとか取り押さえられ、連行されたものの、混乱は収まらない。太古の昔に滅びたはずの人類が、なぜ突然現れたのか? 人知れず生き残っていたとしたら、まだ他に仲間がいるかもしれない。静かな田舎村は、恐怖と不安に包まれていた。

 

 そこに、光の柱が現れた。

 

 そして。

 

「……お前らみたいなのがいる限り、俺は、何度でも現れる」

 

 現れた少年は、先に現れた人類とは比較にならないほどの虐殺を行った。

 

 

 

 

 

 

第九十二・五話 『収束する世界』 一樹守 四鳴山/離島線4号基鉄塔 24:44:44

 

 

 

「――それより、()

 

 郁子は、急所を刺すような視線の代わりに、魂を吸い取るような妖艶な瞳を向けてきた。

 

 そして、一樹の手を取り。

 

「ここは寒いわ。二人で、どこか温かい所へ行きましょう?」

 

 潤んだような声でそう言うと、一樹の二の腕に、胸を押し当てた。

 

 

 

 

 

 

 ――その、約九時間後。

 

 

 

 

 

 

 島を離れようとする()の前に、光の柱が現れた。

 

 そして。

 

「……お前らみたいなのがいる限り、俺は、何度でも現れる」

 

 現れた少年は、鳩に抵抗する間を与えず、一刀で斬り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と、いう具合にですね、あたしが()()した限り、全ての並行世界において、最終的にはうつぼ船に乗った恭也君が現れて、屍人さんや闇人さんたちを殲滅し、去っていったんです」

 

 夜見島から遠く離れた山間の小さな村・羽生蛇(はにゅうだ)村。その異界の一角にある羽生蛇村小学校織部(おりべ)分校の一・二年教室で、元城聖(じょうせい)大学講師で現羽生蛇村小中学校教師兼現世に迷い込んだ屍人を異界へ帰す係の竹内(たけうち)多聞(たもん)は、元教え子で現異界の支配者兼異界に迷い込んだ人間を現世に帰す係の安野(あんの)依子(よりこ)からの調査報告を受けていた。少し前、とある事件(SIREN VS. BIOHAZARD)によって羽生蛇村の縛りから解放された安野は、羽生蛇村同様に異界が存在するという夜見島へと向かったのだ。そこには、羽生蛇村の神と同等の存在である通称『闇の住人』がおり、地上世界の支配を目論んでいたという。しかし、島を訪れた一樹守という雑誌編集者や永井頼人という自衛官、阿部倉司というリーゼントらの活躍により、その野望は阻止されたそうだ。

 

 もっとも、それは無限に存在する並行世界のひとつの出来事にすぎない、と、安野は言う。

 

 安野の報告によると、闇の住人の野望が阻止された世界の他にも、一樹守が異形の生物に取り込まれた世界や、永井頼人が殺された世界、阿部倉司が○ンコを漏らした世界など、多数の世界が並行して存在するという。それらの世界では、おおむね闇の住人どもが地上へと侵攻を開始するのだが、その前に宇理炎(うりえん)焔薙(ほむらなぎ)を持った須田恭也が立ちはだかり、一人残らず殲滅させられたそうだ。

 

 竹内は、安野がホワイトボードに書いた各並行世界の詳細を見つめ、「ふうむ」と唸り声を上げた。「その、永井という自衛官が飛ばされた世界の闇人も、恭也君は殲滅したのか」

 

 竹内はホワイトボードに書かれた世界のひとつを指さす。それは、自衛官の永井頼人が最後に飛ばされた世界、安野曰く『奪われた世界』だ。永井は写し世の夜見島での戦いを終えた後、赤い津波にのみ込まれ、闇人が地上世界を奪還した世界へと飛ばされた。そこは、人類が遠い昔に滅んでしまっており、永井は『地球最後の男』状態となってしまった。須田恭也はその世界の闇人も滅ぼしたのだろうか。

 

「はい、そうです」と、安野は頷く。「さすがに、全人類ならぬ全闇人類六十五億人を全員殺したので、数百年かかったみたいですけど」

 

「永井という自衛官はどうなった? 元の世界に帰ったのか?」

 

「いえ、そのままです。恭也君の目的は闇人さんを殲滅することだけですから、永井君なんて眼中にないでしょう。どうなったのかまではあたしも見ていませんが、まあ、普通にのたれ死んだんじゃないでしょうか?」

 

「……お前も、その世界に行ったのなら、助けてやれば良いだろうに」

 

「あ、そうでしたね。観察に夢中になり、気づきませんでした」

 

 安野はてへぺろ、とおどけて舌を出す。あまり悪いとは思っていないようだ。

 

「まあ、所詮は無限に存在する並行世界のひとつです。今回あたしは永井君を助けるのを忘れていましたが、助けた世界もどこかにあるはずですし、仮にあたしが助けていたとしても、助けてない世界も、やっぱりどこかにあるんです。なので、今ここで助ける・助けないの話をしても、あんまり意味がありませんよ」

 

 案の定悪びれた様子もない安野に、竹内も「そうだな」と返す。

 

「話を続けます」と、安野。「あたしが観察した世界で恭也君がやって来なかったのは、阿部ちゃんが飛ばされた世界だけですね。あそこは怪異が存在しない世界なので、恭也君も殺戮する相手がいませんから」

 

「ふうむ」と、竹内はもう一度唸り、ホワイトボードを見つめた。リーゼントの阿部倉司が飛ばされた世界は、屍人や闇人などの闇の住人が元から存在しない、安野曰く『失われた世界』だ。闇の住人が存在しないため、他と比べると平和な世界ではある。

 

「ただ、これは余談なんですけど」と、安野が捕捉する。「阿部ちゃんが飛ばされた世界は、たぶん、羽生蛇村が存在していないのではないかと思います」

 

「なぜだ?」

 

「怪異が存在しない世界とは、闇人さんを束ねる異形の生物や、夜見島型屍人さんを束ねる顔の怪物など、いわゆる闇の住人が存在しない世界です。彼らは、この宇宙ができる前に存在した『闇那其』という唯一無二の存在が死に、その骨が全宇宙に散らばって生まれた存在です。その骨が転じた闇の住人のひとつに、羽生蛇村の神様も含まれるんです」

 

「ほう」

 

「なので、それら異形の生物や顔の怪物が存在しないなら、羽生蛇村の神様も存在しないことになります。神様が存在しなければ、一三〇〇年前に空から突然降ってくることもないでしょうから、八尾(やお)比沙子(ひさこ)さんが神様を食べることはないわけです」

 

「当然、そうなるな」

 

「ですが、それは呪いを受けなくてみんなハッピー♪ という話ではありません。天武十二年の八月三日のその村は、長く日照りが続き、村人が全滅しかけていました。そこへ、魚によく似た生物が落ちてきたものですから、比沙子さんたちは喜んで食べたんです。それが原因で比沙子さんは不死の呪いを受けることになったんですけど、結果的には、その呪いのおかげで生き残ることができたんです。そして、そのあと比沙子さんには子供が生まれ、孫が生まれ、子孫が生まれ、現在の神代(かじろ)家及び羽生蛇村の住人に繋がっているんです」

 

「そうだな」

 

「でも、怪異が存在しない世界では神様が落ちて来ませんから、食べるものがありません。比沙子さんは不死になりませんから、そのまま死んで村も全滅。当然のごとく、比沙子さんの子供や孫や子孫も生まれませんから、現在の羽生蛇村は存在しない、ということになります。あのとき阿部ちゃんが言っていた『みんな消えちまったのか……』のみんなというのは、羽生蛇村の人たちのことを言ってたのかもしれませんね」

 

「さすがにそれは考え過ぎだと思うが……しかし、我々が長年呪いを解こうと調査・研究を続けても打開策が見つからない上に、呪いが存在しないと今度は村自体が存在しなくなるとは、本当に厄介だな、この村の呪いは」

 

「そうですね。まあ、あくまでも仮説です。実際確認したわけではありませんし、仮に説通り羽生蛇村が存在しなかったとしても、それも無限に存在する並行世界のひとつなので、気にしてもしょうがないです」

 

「そうだな。それで、結局それらの結果、何が判ったんだ。わざわざ村を離れて遠方まで調査に出たのだから、ただ恭也君の殲滅行為を見ていただけではあるまい」

 

「もちろんです。これらの結果から、非常に興味深いことが判りました」

 

「ほほう。聞こうか」

 

 腕を組んで少し上体を逸らした竹内。安野は人差し指を立てると、身を乗り出した。

 

「なぜ、羽生蛇村がループし、夜見島が並行世界なのか、それが判ったんです」

 

「――――」

 

 安野のことだからどうせくだらないことだろうと高をくくっていた竹内だったが、予想外の話に、思わず言葉を失う。

 

 ループ――それは、羽生蛇村にかけられた呪いの本質だと言っていい。

 

 羽生蛇村の異界に取り込まれた者は、本人たちは気付いていないものの、同じ時間を何度も何度も繰り返している。それはただ同じ行動を繰り返しているのではなく、繰り返すことで少しずつ行動に変化が起こり、特定の条件を満たすことで先へ進むことができるのだ。逆に言えば、その特定の条件を満たさない限り、時間は戻り、永遠にループするのである。

 

「――その、特定の条件というのは、恭也君と美耶子(みやこ)ちゃんが出会ったり、高遠(たかとお)先生が灯篭(とうろう)に火を灯したり、宮田(みやた)先生が宇理炎を入手したり、先生がトップアメリカで配電盤を壊したり、といったものですね。中には、求導師様が手ぬぐいを凍らせたり、求導師様が(ほこら)の鍵を壊したりといった、一見するとワケが判らない行動も含まれてたりするんですけど、それらの行動が積み重なった結果、二〇〇三年八月五日二十三時、『恭也君が神様の首を落とす』、という結末に繋がるんです」

 

 竹内はあごに手を当て、安野の話を吟味する。確かに、恭也と美耶子が出会ったことで恭也は神代の血を受けついて精神的な不死となり、高遠玲子(れいこ)が灯篭に火を灯したことで聖獣・木る伝(きるでん)が解放され後に神代の宝刀・焔薙に宿り、宮田司郎(しろう)が宇理炎を入手したことでそれが恭也の手に渡り、竹内が配電盤を壊したことで恭也は屍人の巣の中枢にたどり着くことができた。他にも謎の行動は沢山あり、それら全てが神の首を落とすことに繋がっていると証明することは難しいかもしれないが、概ね安野の言う通りであるように思う。少なくとも、ループを繰り返した果てにあるのが『須田恭也が神の首を落とす』であり、それが現状唯一のループから抜け出せる方法である以上、そう考えるのは自然である。

 

 安野はさらに話を続ける。「つまり、羽生蛇村では『恭也君が神様の首を落とす』以外の結末は存在しないんですよ。それが実行不可能になる展開――恭也君と美耶子ちゃんが出会わなかったり、高遠先生が灯篭に火を灯さなかったり、宮田先生が宇理炎を入手しなかったり、先生が配電盤を壊さなかったりした場合は、神様の首が落とせなくなります。だから、『神よりも上位の者』さんが、強制的に時間を戻してしまうんです」

 

『神よりも上位の者』――それこそが、羽生蛇村にループの呪いをかけた張本人とされている。そいつがなんのためにこんな凶悪な呪いをかけたのかこれまでは判らなかったが、安野の説が正しいとしたら、そいつには何としてでも神の首を落とさなければならない理由があったのだろう。

 

「これに対し――」と、安野はさらに話す。「夜見島では、さまざまな結末が存在します。一樹君や永井君や阿部ちゃんの活躍で闇の住人の野望が阻止された世界や、阻止できなかった世界、屍人さんと闇人さんが入り乱れてバトルを繰り広げる世界もあれば、闇人さんが侵攻を諦めて再び眠りにつく世界もあるんです。夜見島では、およそ想像しうる限りの世界が存在すると言って良いです。ですが、どのような世界であろうとも、最終的には恭也君がやってきて、闇人さんや屍人さんなど、闇の住人を殲滅してくれる――一樹君が取り込まれようが永井君が死のうが阿部ちゃんがウ○コを漏らそうが、最後には恭也君が全部解決してくれるんです。だから、夜見島では多数の結末があっても問題ないんですよ」

 

「ちょっと待て。そうするとお前は、夜見島にも『神よりも上位の者』が介入していると言うのか?」

 

「そうです。羽生蛇村の神様を倒した恭也君が、夜見島で無限に存在する並行世界の闇人さんたちを殲滅し続けているのなら、そう考えるのが妥当ではないかと。羽生蛇村の神様を倒した恭也君は、比沙子さん同様心も身体も不死となっています。闇人さんに倒されることはありませんし、宇理炎も焔薙も使いたい放題です。闇の住人を倒すのに、これほど適した人はいません。『神よりも上位の者』さんとしては、良い手駒を手に入れた、ってところでしょう」

 

「だが、そうなると、『神よりも上位の者』は、闇の住人どもと敵対していることになる」

 

「そうですね。そこで、ひとつの仮説が成り立ちます」

 

「なんだ?」

 

「夜見島に伝わる古い伝承をまとめた『夜見島古事ノ伝』の『光に追われし者』の章に、『天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)』さんというヒトが登場します」

 

「人ではないが、天之御中主神といえば、古事記や日本書紀に登場する、宇宙最高神あるいは宇宙の中心を成す神とされる存在だな」

 

「その通りです。夜見島の伝承では、この天之御中主神さんが、闇に包まれていた地上世界に光の洪水を起こし、闇の住人どもを地上から追い払った、とされています。この天之御中主神――言いにくいので『光の洪水を起こした者』さんと呼びます――と『神よりも上位の者』さんは、同一人物ではないかと」

 

「――――」

 

 ()()ではない、というツッコミは飲み込み、竹内は安野の説を考える。『神よりも上位の者』が羽生蛇村にかけたループの呪いの末に、須田恭也は神の首を落とした。その結果不死の精神と肉体およびそれに付随する強力な神器を得た恭也は、無限に増殖する夜見島の並行世界を渡り、闇の住人どもを殲滅している。ならば、夜見島で闇の住人どもと敵対関係にある『光の洪水を起こした者』と『神よりも上位の者』が同一と考えるのは、あり得ない話ではない。

 

 竹内は「なるほど」と頷いた。「仮説にさらに仮説を重ねているためもはや妄想といってもいいレベルの説だが、なかなか興味深い話だ」

 

「でしょ? わざわざ夜見島まで足を運んだ甲斐がありましたよ」

 

「しかし、わからんことがある」

 

「なんでしょう?」

 

「お前の言う通り、『神よりも上位の者』と『光の洪水を起こした者』が同一の存在だとしたら、『神よりも上位の者』は、闇人の地上世界侵攻を阻止していることになる」

 

「そうですね」

 

「それはつまり、人類の味方ということだ。そんな存在が、なぜ羽生蛇村には、これほど凶悪な呪いをかけたのだ」

 

 夜見島では人類を救った『光の洪水を起こした者』が、羽生蛇村では、一三〇〇年前に飢饉で全滅しかけていた村に魚によく似た神を落とし、それを食べた女に不死の呪いをかけた。その呪いは女の子供、孫、ひ孫、その後の子孫全て――現在の羽生蛇村の住人ほぼ全員に引き継がれている。そして、神が死んだ後もその呪いは解けず、むしろ悪化しているのだ。なぜ、この村はそんな扱いを受けるのか。

 

「はい。問題はそこなんですよ」安野は、ぱん、と手を叩いた。「あたし、今回の調査で、なんとなーくですが、『神よりも上位の者』さんの目的が、判った気がするんです」

 

「なんだと!」竹内は椅子を転がす勢いで立ち上がった。「それはなんだ!?」

 

「まあ、そう慌てないでください。ちょっと長くなってしまったので、ここらで小休止しましょう。お茶をいれてきますので、待っててください」

 

 そう言うと、安野は教室を出て給湯室へ向かった。竹内は一度心を落ち着かせるために大きく深呼吸をし、ゆっくりと席に着いた。『神よりも上位の者』の目的――それはいったい何なのか。後半へ続く。

 

 

 

 

 

 


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