ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第111話 ルーク温泉へ行く 後編

 

-にぽぽ温泉 14:30 温泉街 ゼス組-

 

「ふっ!」

 

 ルークが的に向かって弓を射る。だが、その矢は的には当たらず、ギリギリのところを通過していく。

 

「あぁ、惜しいです……」

「お兄さん、残念だったねえ」

 

 隣で見ていたキューティが残念そうな声を漏らす。ここは射的屋。少し離れた位置にある的に矢を的中させると、景品が貰えるのだ。ルークが店主に弓を返しながら口を開く。

 

「剣以外はどうもな……」

「ま、不器用なんだよな」

 

 ヒュン、と風切り音が鳴り、矢が的に的中する。放ったのはサイアス。カランカランと店主が鈴を鳴らす。

 

「大当たり! そっちのお兄さんは器用だねぇ」

「そつなくこなしおるのぅ」

「ま、一応士官学校でやってますんで」

 

 店主に弓を返しながらサイアスがカバッハーンの感嘆の声に答える。決して弓が上手い訳ではないが、このような温泉街にあるミニゲームレベルのものであれば、流石に距離も近いため的中させられる。

 

「おや、軍人さんかい? 商売あがったりだから、これっきりにしておくれよ」

「おっと、それは失礼」

「でも、ゼスでは武術関連は必修ではないのに凄いです」

「サイアス様は体術も達者ですからね」

 

 ゼスの士官学校では基本的に魔法の授業ばかりである。前線は二級市民で構成された肉壁兵が勤め、魔法使いは後衛にいるのが普通であり、体術など習う必要はないからだ。だが、若い頃からルークと知り合いであったサイアスは、共に肩を並べる為に一通りの武術は試してきた。その中で最も肌に合い、自身の魔法とも絡められる体術を選択したのだ。サイアスの体術の腕前を語るミスリーは少しだけ誇らしげであった。

 

「ルークは……むぐっむぐっ……剣以外は……むぐっ……」

「喋るのは食べ終わってからにしろ」

「アスマ様、ちゃんと食べてからでないと駄目ですよ……」

「んぐっ……ルークは剣以外はやらないのか?」

 

 イカマン焼きを頬張りながら話しかけてくるナギだったが、ルークとウスピラに窘められてそれを飲み込み、再度ルークに問いかける。因みにウスピラはかき氷を食べていた。

 

「一応、若い頃にある程度試しはしたが、剣以外の才能は無いみたいでな」

「ですが、その分剣は屈指の腕前ですけどね」

「……まあ、これだけはな」

 

 ルークがエムサに笑みを向ける。若くしてギルドに所属し、冒険者として様々な仕事を受けてきた。魔人に10年もの間手合わせをし続けた。史上最強などを名乗るつもりはないが、そこらの相手に簡単に負ける気もない。

 

「聞きましたよ。リック将軍やトーマ将軍にも勝利したのでしょう?」

「どちらもギリギリの勝利だ。特にトーマ将軍とは、万全の状態でやり合っていたら勝ち目は薄かっただろうな」

「だが、勝った。そうなると、現人類最強はお前じゃないのか?」

「そう簡単な話じゃないさ」

 

 エムサとの話にサイアスも割り込んでくる。手には何か箱のようなものを持っている。どうやら射的の景品らしい。最強と考え、ルークは一番に頭に浮かんだ者の名前を口にする。

 

「現人類最強候補はアニスになるだろうな」

「ありゃ規格外だ、味方も巻き込む」

「近接戦闘だけならルークさんでは?」

「それも怪しいもんだ。リックやアレキサンダーに毎回勝てるかと言われると微妙なところだし、ヘルマンにはロレックス将軍もいる。JAPANにも火の如く敵を蹂躙する馬場という男がいるようだし、最近ではその華麗な戦いから軍神と称される少女もその名を売ってきている」

 

 魔法戦闘ならばアニスが筆頭、次いでガンジーや現在レベルの高いアスマ、実戦経験の豊富さからカバッハーンといったところが候補に上がるだろう。近接戦闘だけならばとキューティが尋ねるが、ルークは記憶にある世界の強者の名前を並べる。リックやアレキサンダーは勿論、トーマ将軍もその技を称えたというロレックス将軍、JAPAN最強と名高い馬場、新星の如く現れた軍神。名前は上げなかったが、解放戦のときに戦ったミネバ副将もここに名を連ねてもおかしくないだろうなとルークは考える。

 

「風林火山の火か。一度会ってみたいんだがな」

「本当に炎を出している訳では無いから、お前とは関係ないぞ」

「ま、それでも一応な。炎の男は俺だけで良い」

 

 サイアスが冗談交じりに笑う。それに対し、ルークも笑って返す。

 

「それに、ランスもいる。まだ見ぬ強者も沢山いるだろうし、おいそれと最強を名乗る訳にはいかないさ」

「あの坊や、それほどか?」

「見たところ、ルーク様の方が格上と思うのですが……」

 

 ルークの言葉にサイアスが少しだけ驚いたような声を出す。闘神都市の戦いで共闘した冒険者、ランス。サイアスから見ても確かに強いとは思ったが、今の面々に名を連ねるほどの者とは思えなかったのだ。ミスリーも同じ考えのようで、サイアスの言葉に同意する。

 

「今のレベルだけなら俺の方が上だ。だが、それ以上にあいつは戦いの天才だ。俺にはない野性を持ちつつ、その実冷静さも兼ね備えている」

「冷静さ? あの坊やがか?」

「とてもそうは……」

「常人とは違う発想の中で戦っている。真剣に戦うとしたら、リックやアレキサンダーより、俺はランスの方が恐ろしいな」

 

 冷静さという言葉にサイアスとキューティが眉をひそめる。先の野性は頷けるが、冷静さとはかけ離れた存在に思えたからだ。だが、ルークはランスの戦闘センスを高く評価している。先のリーザス解放戦時には、驚くような発想力で戦況を打開したりもした。戦いの中で紛れが発生するとすれば、リックやアレキサンダーよりもランスの方が可能性はある。ルークの評価を聞いたカバッハーンは興味深げに口を開いた。

 

「ふむ……あの小僧、もっと観察しておくべきだったかのぅ」

「それでも私は、ルークが勝つと思うぞ」

「ほう。アスマ様、その心は?」

「積み重ねてきた鍛錬は嘘をつかん。奴は明らかに怠ける口だ。ルークもそう言いながら、負ける気はないだろう?」

「ふっ、まあな」

 

 ルーク同様、幼い頃から魔想の子を殺すために父親に鍛え続けられたナギ。だからこそ、厳しい鍛錬を積み重ねているであろうルークと、明らかに怠けそうなランスではルークに肩入れをする。懐いているというのも大きいが。

 

「まあ、魔法使いの俺らには判らん世界か」

「ルークには師匠はいるのか? 因みに私の師匠はお父様だ」

「ん? そうだな……」

 

 ルークが顎に手を当てて考え始める。しいていうならホーネットになるのだろうか。だが、彼女と出会った時点で既にルークは冒険者として名を売っていた。そうなると、純粋な師匠とは違うだろう。すると、幼い頃に一度だけ出会った戦士の後ろ姿が思い浮かぶ。自分と妹の命を救い、その後ルークに冒険者の道を歩ませる切っ掛けとなった片腕の戦士。

 

「(……思えば、俺はあの人の戦い方に憧れたというのがあるな。となると、間接的にはあの人が俺の師匠になるのかもしれないな。一体どこの誰だったのか、まだ生きているのか……)」

 

 幼い頃の記憶であるため、片腕の戦士がどのような人物であったかは記憶が薄れている。だが、その後ろ姿に憧れたルークは、件の戦士とよく似た戦闘スタイルであった。今となっては確かめようもないため、ルーク自身も気が付いていないが。

 

「おっと、そうだ、ウスピラ」

「ん?」

 

 丁度かき氷を食べ終えていたウスピラに持っていた小さな箱を手渡すサイアス。ウスピラが箱を開けると、中には腕に付けるリングが入っていた。

 

「射的の景品なんだが、女物でな。俺が持っていても仕方がないし、プレゼントだ」

「……別にいらない」

「まあ、そう言うなって。気が向いたときに付けてくれる程度でいい。何なら部屋の隅に置きっぱなしでもいいさ」

「……そう」

 

 割と強引にウスピラにリングを手渡すサイアス。一度は断ったウスピラだったが、サイアスに押されて無表情のままリングを受け取る。それを見ていたナギとミスリーが騒ぎ出す。

 

「ルーク、私にも何か取ってくれ!」

「ん? リングが欲しいのか?」

「何でも良い! お前から何かを欲しい」

「サイアス様、私にも何かを……」

「それじゃあ、あっちにも景品付きの露店があるから、そっちに行くか」

 

 ぞろぞろと移動を開始する面々。エムサもそれに続こうとするが、キューティが少し遅れているのに気が付き、少し歩くペースを落として横に並ぶ。

 

「どうかしましたか?」

「あ、エムサさん。いえ、みんな才能があって凄いなぁって……」

「凄い? キューティさんもその歳でゼスの治安隊隊長では……」

「でも、私自身の魔法の才能はそれほどじゃあ。エムサさんに詠唱停止や付与魔法を教えて貰う約束をしていますが、それも本当に覚えられるか……」

「きゅー、きゅー……」

 

 心配そうにしているライトくんとレフトくんの頭を撫でるキューティ。主人を心配するその二体の声を聞き、エムサが口を開く。

 

「詠唱停止や付与魔法はキューティさんなら必ず覚えられますよ。それに、前々から考えていた事があるのですが……」

「考えていた事?」

「生成生物であるウォール・ガイにそれだけ懐かれるのは異常です。キューティさん、貴女にはもしかしたら、魔物使いか召喚魔法の才能があるかもしれませんよ?」

「えっ!?」

「特に召喚魔法なら、魔法使いのキューティさんと相性が抜群かもしれませんね」

「まさか、そんな事がある訳が……」

 

 そう否定するキューティだったが、エムサの表情は真剣そのもの。すると、サイアスがキューティたちを呼ぶ声が聞こえる。見れば随分と先にいる。慌てて駆け出す二人だったが、キューティは今のエムサの言葉がしばらく頭を離れないでいるのだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 15:00 宿部屋 アイス組-

 

「ふぅ……」

「ぽっ……」

 

 到着早々、ランスはシィルと一発ヤっていた。情事が終わり、一息つきながら外の景色を眺めるランス。ランスは浴衣に着替えており、シィルはいつもの格好のまま情事の後処理をしていた。

 

「おっ、シィル! あそこに露天風呂が見えるぞ! むぅ、流石にこの距離では覗けんな……」

「ランス様、あの露天風呂は時間によって男女が交代制のようで、夜11時を過ぎると、混浴になるみたいです」

「そうか! なら夜11時を過ぎた頃が狙い目という訳だな、ぐふふ……」

 

 イヤらしい目で笑うランス。美女たちとの混浴を想像しているのだろう。

 

「が、まだまだ時間はあるな。シィル、外に行くぞ」

「あ、ランス様。その、私も浴衣に着替えても良いでしょうか?」

「ん? ……まあいい、許す」

「わーい! ありがとうございます、ランス様!」

 

 喜んで浴衣を出してくるシィル。だが、ランスが突如言葉を続ける。

 

「但し、俺様の前で着替える事!」

「えっ……」

「ほれほれ、早く着替えろ。浴衣の下は裸しか認めんぞ!」

「あうっ……ひんひん……」

 

 真っ赤になりながらランスの前で着替えをするシィル。それが終わると、二人は宿の外へ飛び出していった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 15:20 宿部屋 ヘルマン組-

 

「おーい、いい加減外に行こうぜ」

「三人で行ってきなよ。こっちはまだ話が終わっていないんだ」

 

 ヒューバートが扉にもたれかかりながら呆れた表情でハンティとパットンを見る。正座しているパットンと、その前に仁王立ちのハンティ。ゲームだけならまだしも、それが脱衣ゲームというのが非常にまずかった。デンズの目にはハンティの後ろに鬼が映っている。

 

「パットン。今がどういう時か本当に自覚しているのか? あんな事の為に金を使うなんて……」

「…………」

 

 パットンは諦めたようにしている。軽くため息をつき、フリークに向き直るヒューバート。

 

「どうする?」

「外に行く気も起きんし、もう一風呂浴びてからフロントで麻雀でも借りてくるかの」

「さ、三麻になるだ?」

「あの状態のハンティからパットンを誘えるのなら、四人で楽しめるじゃろうな」

 

 フリークの言葉にヒューバートが無言で首を横に振る。仕方なく二人を部屋に残し、再び風呂へと向かう三人だった。その三人の背中を寂しげに見送るパットン。説教はまだまだ中盤戦といったところであった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 15:30 温泉街 カスタム組-

 

「あーん、惜しい!」

「ぷっ……」

「あー、志津香! 今笑ったわね!」

 

 マリアが投げた輪投げが惜しいところで外れる。いくつかの棒が置かれており、それぞれに得点が決まっている。三つ投げた合計点で貰える景品が代わるのだが、マリアは難易度の高い大物を狙っているため中々景品を取れずにいた。トマトは射的、真知子は詰めボード板をやっている。ボード板の方は士官学校の卓上模擬戦で使われているものと同じだ。

 

「マリアさん、小物だったら簡単に取れますよ」

「駄目よ! あの最高得点の奴に輪を三つ全部入れたら、ヒララ鉱石が貰えるのよ!」

「マリア、まだやってるの?」

「ミル、あんまり食べ過ぎるなよ。夕飯が食べられなくなるぞ」

「はーい!」

 

 一回2GOLDで輪は三つ。それを全て最高得点の輪に入れると、何とレア鉱物であるヒララ鉱石が貰えるのだ。香澄は早々に諦めて低得点の棒に入れ、小物入れを貰っていた。出店の方でわたあめとりんご飴を買って戻ってきたミルが呆れた声を漏らす。既にマリアは20GOLDもこのゲームにつぎ込んでいた。

 

「あんな太いのにこんな小さな輪じゃ無理でしょ。寸分の狂いもなく投げなきゃいけないのよ。あの景品、絶対客を釣る用よ」

「ヒララ鉱石で釣れる客ってどんな客だよ」

「こんな客でしょ。しょうがないわね……おっちゃん、一回やるわ」

 

 志津香がため息混じりに漏らし、ミリがそれに対して笑う。あまりにもターゲットがピンポイント過ぎる景品だからだ。ミルと一緒に買い食いから戻ってきたロゼがマリアを指差しながら、店主に2GOLD支払って輪を三つ受け取る。

 

「よっと、ほっと、あらよっと!」

 

 ロゼが手に持っていた輪を掛け声と共に次々と投げる。宙に放たれた輪は、寸分違わず最高得点の棒に通された。まさか取れる者がいるとは思っていなかったのか、店主が唖然としている。

 

「はい、ヒララ鉱石ゲットでいいのよね?」

「あ、ああ。大当たりー」

「きゃぁぁぁ! ロゼすごーい!!」

 

 マリアが目の色を変えてロゼに抱きついてくる。店主も諦めたのか鐘を鳴らし、ヒララ鉱石を手渡してくる。

 

「ま、私が持っていても仕方ないから、マリアにあげるわ」

「どうしよう、ロゼに後光が差して見える……」

「大したもんだな。得意なのか?」

 

 マリアがヒララ鉱石を受け取って感激に打ち震えている中、ミリが感嘆しながらロゼに問いかける。

 

「ま、穴に棒通すのは慣れたもんってね!」

「最低です……」

「あんた、ちょっとは自重しなさいよね!」

 

 ふんぞり返りながら白昼堂々下ネタを繰り出してきたロゼに香澄と志津香が軽蔑の視線を向ける。今の言葉に反応したのか、何人かの通行人がこちらを見ているのが判る。本来なら常識人サイドにマリアもいるはずなのだが、今はヒララ鉱石に心を奪われており、ミリとミルも気にしていない。志津香と香澄だけ肩身の狭い思いをしていた。すると、別のゲームをやっていたトマトと真知子が戻ってくる。

 

「トマトには弓の才能が無い事は判ったですかねー?」

「そりゃそうだろ」

「わっ! 真知子、色々景品貰っているね」

「卓上ゲームをやっていたのよね? 案外、軍師の才能あるんじゃないの?」

「そんな大それたものじゃないですよ。はい、ミルちゃん。一つあげる」

 

 一本も的に当たらずトマトが肩を落として帰ってきたのを笑うミリ。対照的に真知子は景品のぬいぐるみをいくつか貰ってきており、驚いていたミルに一つ手渡す。ロゼはそんな真知子を見て軍師の才能があるのではと勘ぐるが、真知子は一笑に付す。すると、遠くで喧騒が聞こえてくる。

 

「おい、見世物小屋で暴れている客がいるぞ!」

「あの詐欺紛いの見世物小屋か? いつかはトラブル起こるんじゃないかと思っていたんだよなぁ」

 

 露店の店主たちがざわざわとし始める。どうやらもう少し奥にいったところにある見世物小屋で客が暴れているらしい。

 

「おっ、喧嘩か!? 見に行くか?」

「いやよ。骨休めに来ているのに、わざわざトラブルに巻き込まれる必要もないでしょ」

「そうね。宿に戻りましょうか」

 

 騒ぎと聞いてミリは興味津々の様子だったが、志津香は馬鹿馬鹿しいと首を横に振り、他の者もそれに頷いたため、一同は騒ぎに巻き込まれる前に宿へと退散するのだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 15:30 温泉街 アイス組-

 

「責任者を出せぇぇぇ!! 何が妖艶なヘビ女ショーだ! よぼよぼの婆さんじゃないか!!」

「ひぃぃぃ……勘弁してください……」

「駄目だ! 慰謝料として1万GOLD、きっちり払って貰おうか!!」

 

 当然、暴れているのはランスであった。見世物小屋の責任者であるハニーを脅し、金を巻き上げている。後ろではシィルが申し訳なさそうに手を合わせていた。

 

「がはははは! 今日はルークがいないから、金は自分で稼がんとな」

「ランス様、その扱いはルークさんに失礼では?」

「むっ! 何か言ったか、シィル?」

「ぶるぶる。何も言っていません」

 

 キッとランスに睨まれ、シィルが慌てて首を横に振る。それを見たランスはふん、と鼻を鳴らし、店主ハニーへの脅しを再開する。結局、1万GOLDとはいかなかったが、ランスは店主ハニーから3000GOLDを巻き上げ、上機嫌に宿へと帰っていくのだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 16:00 ゲームセンター レッド組-

 

「ヤッタ。スーノ勝チ! セルハ弱イナ!」

「こういうのはどうも……」

 

 宿内のゲームセンターでレースゲームをやっていたスーとセル。様々なうし車と多彩なアイテムを駆使してコースを3周するもので、最大8人同時プレイ可能という一品。レトロゲームばかりの中、何故かこのゲームだけ最新の物であった。AL教の教えに快楽に身を委ねてはいけないというものがあるため、セルはこういった娯楽を殆どやった事が無く、センスにも欠けていたためスーに周回遅れで敗れていた。

 

「オ邪魔アイテムヲ持ッテイタノニ使ワナイカラダ。折角、雷神雷光ノアイテムヲ持ッテイタノニ」

 

 雷神雷光とは、天から裁きの雷を落とし、全てのプレイヤーに妨害をする最強クラスのお邪魔アイテムだ。因みにこのゲームの開発に、スペシャルサンクスとして某雷帝が関わっているのはあまり知られていない。

 

「駄目です。相手の妨害をするなど、神の教えに反します。隣人に手を差し伸べるのが……」

「…………」

 

 熱弁していたセルだったが、スーの冷ややかな視線に気が付き話を止める。

 

「セル……コレハゲームダゾ?」

「そ、それでもです」

「セルハ色々ト残念ダ」

 

 ため息をついてやれやれと首を横に振るスー。その言葉に多少なりともショックを受けるセルだったが、同時に森の中で暮らしていた少女がよくぞここまで育ったものだという思いも湧き上がる。すっかりと人間界の暮らしに馴染んでいるスーだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 17:00 カラオケ店 リーザス組-

 

「落ちるまでー♪」

「ふっ、まあまあね」

 

 昼食後、温泉街を歩き回った四人はカラオケ店に入っていた。今はチルディが歌い終わったところ。挫折と後悔を越え、一度は奪われた幼なじみの少女を取り戻した青年剣士を歌った有名曲。それをチルディは持ち前の美声で華麗に歌いこなしていた。かなり上手い部類に入るチルディの歌声を聞いても、何故かラファリアは余裕の表情。相当に自分の歌声に自信がありそうな様子だ。続けてアールコートが歌い始める。

 

「一撃必殺♪」

「綺麗な歌声ですわね」

「昔やっていたアニメの曲でしたっけ? 魔法少女の主人公自身が町を吹き飛ばす、凄い内容だった気が……」

 

 アールコートが歌っているのは古い魔法少女アニメのテーマソング。アールコートは裕福な育ちでは無く、当然家に魔法ビジョン等あるはずがない。故に知っている歌も少ないが、温泉宿の女将さんからも可愛がられていたアールコートは何度か宿についている魔法ビジョンを見せて貰い、演歌や大衆向けのアニメの曲を少しだけ歌えるようになっていた。その中の一曲がこの魔法少女アニメの曲である。一時期リアが填ってラレラレ石で全巻セットを揃えていたため、かなみはこのアニメを知っていた。

 

「(女の子四人でカラオケ、普通の女の子っぽいよね!? あぁ、でも、私は忠臣になるってルークさんと約束したのに……でも、凄く楽しい……)」

「かなみさん、次ですわよ」

「あ、はーい!」

 

 女の子四人での小旅行。ぶらぶらと外を歩き回り、みんなでカラオケ。どれも普通の女の子に憧れを抱いているかなみにとっては甘美な展開であった。忠臣と普通の女の子の間で心が揺れ動くかなみ。まだ若い彼女に対し覚悟が足りないと責めるのは酷だろう。因みに、かなみが歌ったのは閃忍と呼ばれる忍の心を歌った曲。かなみが一番好きな曲であった。

 

「さあ、真打ち登場ね!」

「自分で言うあたりが凄いですわね」

「ふふ。ちょっと上手いからって天狗になっているのも今のうちよ」

 

 ラファリアがスッと立ち上がり、歌い終わったかなみからマイクを受け取る。自信満々の顔つきに思わずチルディが突っ込むが、見ておけとばかりにチルディに視線を送る。画面に映し出されたのは、聞いた事もない曲。

 

「なんですの、この曲?」

「恋のブリクリを知らない? ふっ、モグリね。今年デビューした新人アイドル、カパーラちゃんの2枚目のシングルよ。まだあまり売れていないけど、必ず数年後には有名になるわ!」

「案外ミーハーですのね」

「あはは……」

 

 イントロの間に切々と語るラファリア。その姿をチルディは呆れながら眺め、アールコートは困ったように笑う。かなみは次に何を歌おうかと本を見ながら悩んでいた。因みにこの新人アイドルは、数年後とんでもない方向に突き進む事になるのだが、それはまだ先の話。

 

「さあ、行くわよ! しっかりと耳に焼き付けなさい!」

「はいはい」

「あ゛な゛た゛は゛ー♪」

「ぶーっ!!」

 

 チルディが飲んでいたオレンジジュースを盛大に吹き出し、本を読んでいたかなみが思わず顔を上げてラファリアを二度見する。アールコートは拍手をしようとする体勢のまま固まっていた。それ程までに強烈な歌声であったのだ。全員の視線を受けたラファリアは歌うのを止め、みんなに問いかける。

 

「な、何よ!?」

「これは耳に焼き付くわ……」

「あ、あはは……」

「……その歌声、今まで何も言われませんでしたの?」

「りょ、両親も取り巻きの子たちも上手いって褒めてくれていたわよ!」

「あぁ、大事にされてきたんですのね……」

 

 かなみが呆然とし、アールコートは笑う事しか出来ない。そんな中でチルディが踏み込んだ事を聞く。ラファリアの返答は、これまでチヤホヤされてばかりだったのだなという事がよく判る返答であった。チルディが慈しむような眼差しを向け、ラファリアの肩をポン、と叩く。

 

「ド下手ですわ」

「む、むっきー! この小娘が!!」

「あわわわわ……」

「あ、次はこの曲歌っちゃおうかなー」

 

 何だかんだで仲良くやっている四人。その後ムキになったラファリアが時間延長し、3時間四人で歌い通すのだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 18:00 宿部屋 ゼス組-

 

「さて、始めるかの」

「お手柔らかに頼みますよ」

 

 ジャラジャラと牌の混ざる音がする。フロントから牌を借りてきたカバッハーンが、ルークとサイアスを誘って麻雀を始めたのだ。だが、男性は三人。そこで女性陣から一人面子に加わっていた。

 

「ガードの鉄壁を見せます」

「張り切っているな」

 

 キューティが張り切っているのを見て笑うルーク。家族麻雀で鍛えたと豪語している彼女の腕前はいかほどのものか。因みに、他の四人は風呂に入りに行っている。

 

「…………」

 

 牌を並べながらルークが少し黙る。今この部屋にいるのは、サイアス、カバッハーン、そしてキューティ。ルークはこの旅行でサイアスに聞こうと思っている事があった。本来なら二人きりの時が良かったのだが中々機会に恵まれず、男風呂に入りに行った際にはつい失念していたある事柄。一度三人の顔を見て、このメンバーならばとルークが口を開く。

 

「サイアス」

「ん?」

「アスマは、四天王なのか?」

「……!?」

「ふむ……」

 

 それは、先のゼスへの訪問の際に千鶴子が一瞬だけ口を滑らせた事。闘神都市に四天王は来ていないはず。だが、千鶴子は四天王も向かったと言っていた。そんな言い間違いを千鶴子がするはずない。となれば、四将軍以外のメンバーに四天王が含まれていたという事。治安隊長のキューティは違うし、それ以外は一人を除いて傭兵しかいなかった。ならば、四天王に該当する人物はその一人しかいない。それはナギ。

 

「それならば、あの高レベルにも合点がいく」

「…………」

「あっ……」

 

 瞬間、ルーク以外の三人は自身に掛けられている魔法の一部が解けるのを感じた。それは闘神都市から帰った後に掛け直された魔法。ナギの事をナギだと知らない者には正体をばらせないというものだ。流石にいつまでもナギの正体を知っている者の間でアスマと呼んでいては、高官たちに逆に怪しまれるからだ。ルークが既に確信を持っているからなのかは術者では無いので定かではないが、四天王という部分に関しての制限が解除されたのが判る。そのままサイアスはルークの目を見据えながら口を開く。

 

「ああ。アスマ様は四天王だ」

「そうか……」

 

 ナギという名前にまでルークが至っていないため、そちらを言う事は出来ない事を確かめつつサイアスが答える。静かに頷くルーク。別にナギが四天王であったからといってどうという訳では無いが、何故隠しているのかと少しだけ疑問が生じる。

 

「アスマはそれを知られるのが……」

「ロン」

「……っ!?」

 

 牌を切りながら続けて尋ねようとしたルークだったが、部屋にカバッハーンの声が響き渡る。見れば、今ルークが切った牌で上がっている。

 

「タンヤオドラ1。2600」

「東発からそれとは恐ろしい……」

「なぁに、これからだ」

 

 サイアスがカバッハーンの打ち筋に辟易としている中、ルークが笑いながら点棒を払う。それを受け取りながら不敵に笑うカバッハーン。これより三人の悪夢は始まった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 18:10 大浴場 ゼス組-

 

「ふぅ……」

 

 ウスピラが思わず声を漏らす。ここは大浴場。今の時間帯は女風呂になっており、ウスピラ、ナギ、ミスリー、エムサの四人は夕飯前に一番の目玉である大浴場に入りに来ていたのだ。サイアスからは夕飯後にすればいいのにと言われたが、食事とお酒で眠ってしまう恐れもあったため、こうして先に入りに来たのだ。それに、部屋に残って麻雀を見ていても仕方がないという思いもあった。

 

「それにしても広いですね」

「大きな岩も沢山ありますし、混浴だとしてもあの辺りに隠れれば見えなそうですね」

「混浴ではないがな」

 

 ミスリーが露天風呂を見回しながら声を漏らし、エムサが心眼で風呂の全容を把握する。大きな岩がそこらかしこにあり、そこに上手く回り込めば誰がいるか完璧には把握出来ない。今も奥の岩場に二人ほど女性客がいるようだった。バシャバシャと騒ぐ音も聞こえてくるため、一人はかなり若い娘と思われる。

 

「ウスピラさん、色々とお疲れ様です」

「大した事はしていない……」

 

 エムサが横にいるウスピラに話し掛ける。ウスピラがこの旅行の企画立案者であり、宿の予約を入れたのも、日程を調整したのも全てウスピラだ。

 

「あれだな。何よりもルークを誘ったのが良い判断だ」

「それはまあ……アスマ様、随分と笑われるようになりましたね……」

「ん? そうか?」

 

 ウスピラの問いかけにナギが目を丸くする。付き合いの浅いエムサとミスリーには判らないが、闘神都市に行く前と後でナギは随分と変わったように思われる。

 

「(これまであまり人と絡む機会もなかったのでしょうね……もし、あのままの状態でいたら、ナギ様は今のように笑う事もなかったかもしれない……)」

 

 それは、もしかしたらあったかもしれない世界。父親としか交流を持たず、歪んだ教育を受け続けていたら、どのようになっていたのか。ナギの無邪気な顔を見ながら、少しだけ微笑むウスピラ。

 

「さて、私は先に上がりますね」

「ん? まだ来たばかりではないか」

「少しだけ用事が……」

「?」

 

 まだ温泉入ったばかりだというのに、早々に切り上げようとするエムサ。ナギが首を傾けながら問いかけるが、その答えは要領を得なかった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 18:20 ゲームセンター カスタム組-

 

「おりゃぁ!」

「きゃー! ミリ、ぶつからないでよ」

「ちょっと、危ないじゃないの!!」

 

 夕飯前にゲームに興じる8人。丁度良く8人同時プレイが可能なレースゲームがあったため、それをみんなでプレイしていた。現在、下位二名以外は最後の3周目に入っており、トップは志津香。それに僅差でマリアとミリが続き、ミリは持ち前のラフプレイで二人のうし車に体当たりを仕掛けていた。

 

「まだまだー!」

「トマトもまだトップを狙える圏内ですかねー。お、アイテムボックス……また爆弾宝箱ですかねー!?」

「宝箱に好かれていますね、トマトさん」

 

 ミル、トマト、香澄の三人は中位グループ。アイテムの引き次第ではまだまだトップを狙える位置だ。だが、トマトは先程から引けども引けども爆弾宝箱という外れアイテムしか引かないのだ。

 

「ねぇねぇ、これでトップになった人が一つだけみんなに命令できるっていうのはどう?」

「おっ、俺はいいぜ」

「乗るわ。ロゼ、良く7位でそんな提案が出来たわね」

「もう、仕方ないわね……」

 

 ロゼの提案は唐突であったが、トップ争いをしているミリと志津香がすぐにその提案を飲む。熱くなりやすい二人だ。マリアも呆れながら提案に乗り、トマト、ミル、香澄の三人も次々と了承する。ロゼがトップにならなければ無茶な命令は来ないと考えているのだろう。それを聞いたロゼが不敵に笑う。

 

「聞いたわよ。ふっふっふ」

「何、勝ち誇っているのよ。ロゼは今ようやく2周目が終わるところ、私たちはとっくに3周目に入っているんだからね」

「甘い! ぴんくうにゅーんより甘いわ!」

 

 そう言い放ち、丁度3周目に入った瞬間にロゼが壁に向かってハンドルを切る。このままでは壁に直撃するというタイミングで、車のスピードがアップするアイテム、世色癌を使用したのだ。物凄い勢いで壁に突っ込んでいったうし車だったが、壁に直撃することなくその上を飛び越えた。

 

「なっ!?」

「これがこのコースにある隠しショートカットよ!」

 

 志津香が絶句する。ロゼの使ったショートカットはコースの半分を飛び越えるというとんでもない物。一気に順位が入れ替わり、トップに立つロゼ。それも到底追いつけそうにない距離だ。

 

「き、汚いわよ!」

「反則ですかねー!」

「はっはっは。遊びの達人を舐めちゃいけないわよ!」

「情報屋も舐めないでいただきたいですね」

「むっ?」

 

 志津香とトマトの抗議を聞き流して勝ち誇っていたロゼだったが、突如横から声が聞こえる。見れば、8位であった真知子がロゼと同様に壁に直進しているところであった。それも、しっかりと世色癌のアイテムを持っている。

 

「そういえば真知子さん、2周目の中盤で手に入れた世色癌をずっと使っていなかった!」

「真知子、あんたも知っていたのね!?」

「情報屋ですから」

「どれだけ万能なんだよ、情報屋!?」

 

 香澄が真知子の状況をしっかりと見ていたため、そう口にする。真知子もこの裏技を知っていたのだ。情報屋の万能ぶりに驚くミリと、少しだけ焦るロゼ。なぜならば真知子が持っているのはロゼの持っていた世色癌と違い、世色癌EX。その効果は三度のスピードアップ。つまり、壁を越えても後二回スピードアップできるのだ。それはロゼを抜くには十分な効果。

 

「行きますよ、ロゼさん!」

「くっ……」

 

 真知子が掛け声と共に壁に向かって直進し、世色癌を使用する。猛烈なスピードで壁に向かっていたうし車は、ロゼのように壁を飛び越えることなく、そのまま盛大に壁に直撃した。

 

「……は?」

「……あ、あら?」

「このショートカット、割とタイミングが難しいから、知っているだけじゃあ実践は難しいわよね……」

 

 予想外の事態に全員が唖然とし、真知子本人も困ったようにキョロキョロと周りを見回す。トップを走りながらもロゼがフォローを入れたが、微妙な空気が8人を包んだ。しばし訪れる静寂の中、口火を切ったのはミル。

 

「情報屋も舐めないでいただきたいですね。ドヤァ!」

「っ……」

「わ、真知子さんが顔真っ赤ですかねー」

「割と珍しい光景ね」

 

 ミルの言葉を受けて真っ赤になる真知子。流石に相当恥ずかしいようだ。冷静沈着なうえに酒も強い真知子。カスタムの住人でも彼女の取り乱した所など滅多に見た事がないため、その珍しい表情に志津香が驚く。そんな中、ロゼが華麗にトップでゴールを走り抜けていた。

 

「いえーい、トップ!!」

「ちっ、負けちまった」

「ちょっと、あんまり変な命令しないでよね!」

「大丈夫、大丈夫。今日はみんなでお酒飲もうって命令なだけだから。あ、ミルはジュースね」

「ぶー!」

 

 ロゼがどのような命令をするのかと恐怖していた一同だったが、ロゼが命令したのは別に何の問題もないものであった。一人を除いては。

 

「ちょっと……私は二度と飲まないって決めてるんだけど」

「だからよ。こんな所に来て飲まないって有り得ないでしょ。まあ、お酒は20歳になってからしか飲めない地方もあるらしいけどね。この辺はそんなもん関係ないし」

「へぇ、そんな地域もあるのか」

 

 志津香が眉をひそめながら文句を言う。かつてカスタム四魔女事件の際に酒で醜態を晒している志津香は、二度と酒を飲まないと心に誓っていたのだ。因みに、お酒に関する厳しい法律はこの辺りには無い。流石にミルに飲ませる気はないが、それ以外の7人で飲みたいというのがロゼの考えであった。

 

「いいんじゃない?」

「マリア!?」

「大丈夫よ、志津香。別に志津香は弱い訳じゃないんだし、飲み過ぎなければ良いだけの話よ」

「……仕方ないわね。絶対に飲み過ぎないわよ。それに、今日限りだからね!」

 

 親友であるマリアも飲む事に賛成してしまったため、渋々飲む事を決める志津香。飲み過ぎないようにしようと心に誓いつつ、久しぶりのお酒が少しだけ楽しみになる。酒の味自体は別に嫌いではなく、むしろ好きな部類に入る。

 

「よっしゃ。ここは良いお酒もあるらしいし、今晩は楽しみましょう」

「…………」

 

 良い酒と聞き、自然と唾を飲み込む志津香。完全に未来の読める展開であった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 18:30 宿部屋 ゼス組-

 

「ロン、5800は6100」

「くっ……余剰牌をピンポイントで……」

「ロン、18000の2本場」

「きゃぁぁぁぁ!」

「きゅー、きゅー……」

「ツモ、4300オール。キューティが飛びじゃな」

「強すぎる……」

 

 部屋ではカバッハーンによる地獄絵図が繰り広げられていた。特段早上がりという訳では無いのだが、こちらの牌を全て見切ったように打ち回すのだ。30分で既にキューティが2回飛んでいる。ガードの鉄壁はどこへいったのかという状況だが、サイアスもルークもそれを突っ込んでいる余裕は無い。

 

「(まるでこちらの牌を全て見通しているような打ち回しだ……んっ?)」

「(一体どうやって……んっ?)」

 

 3回戦が始まり、サイアスとルークが必死に対抗策を考えていると、後ろにふよふよと浮いている何かに気が付く。チラリとそちらに視線を向けると、それは雷の精霊である少女であった。焦ったように姿を消す二体の少女。

 

「こ、このジジイ、双葉と萌を使ってこっちの手を覗いていやがった!」

「雷帝、流石に卑怯ですよ!!」

「はて、何のことやら」

 

 つい口汚くなってしまうルーク。サイアスも憤慨して抗議するが、既に二体の精霊の姿は無い。惚けるカバッハーンに対して突きつけられる証拠が無いのだ。その時、部屋の扉が開いてエムサが入ってくる。

 

「まだやっていますね。誰か私と代わってはいただけませんか?」

「エムサ。打てるのか? だが、雷帝はかなり卑怯な真似を……」

「ルークさん、貴方の手牌とこれから順番が変わらない場合に引く牌を全て当てましょうか?」

「へ?」

 

 何故か一人で戻ってきたエムサ。どうやら彼女も麻雀をやりたかったようだ。ルークがそれを止めようとするが、エムサの返事は意味の判らないもの。思わずキューティが呆けてしまうが、その後つらつらと牌を言っていくエムサの言葉を聞いてルークが驚愕する。全て当たっているのだ。

 

「全部当たっている……」

「心眼に見通せぬものはありません」

「ふむ。久しぶりに楽しめそうな相手じゃな」

 

 バチバチと火花を散らすカバッハーンとエムサ。それを見たルークがスッと立ち上がる。

 

「さて、アスマたちを迎えにでも行くかな。エムサ、ここに入るといい」

「待て、ルーク! それはずるいぞ」

「こ、こういう時はレディファーストではないかと……」

 

 逃げようとするルークの足を掴むサイアスとキューティ。今すぐ逃げ出したいのは二人も同じであった。カバッハーンとエムサが火花を散らす中、こちらの三人も誰が抜けるかで火花を散らす事になる。

 

 

 

-にぽぽ温泉 19:00 宿部屋 ヘルマン組-

 

「かぁぁぁぁ! 美味い!」

「酒もこんなに飲んじまっていいのか?」

「ま、たまの休暇だからね。思い切り飲みなよ」

 

 ヒューバートが宿の夕飯に感激している。評判通り、非常に豪華な夕飯であった。ハンティがパットンに酒を注ぎ、お返しとばかりにパットンもハンティに酒を注ぐ。流石にあれだけ説教したのが効いたのか、ハンティの機嫌は元に戻っていた。

 

「ハンティのペースに付き合うなよ。潰れるぞ」

「判っているよ。全部飲まれないように、自分の分は確保しておかないとな」

「あにぃ、こっちに3本は置いておくだ」

「なんだい、よってたかって人をザルみたいに……」

 

 パットンとヒューバートだけでなく、デンズも面白がって乗ってきたため、ハンティが少しだけぶすったれる。その反応を見た三人が酒を飲みながら笑い飛ばす。

 

「しまったのぅ……これだけ酒飲みが集まるんだったら、ワシも飲み食い出来るよう改造しておくべきじゃったわい。こう見えても昔は大酒飲みで……」

「はい、はい。老人の話は長いから、また今度な」

「寂しいのぅ……」

 

 フリークが少しだけ哀愁を漂わせている中、酒盛りは続く。気が付けばハンティはお猪口で飲むのを止め、グラスに酒を注ぎ始める。この辺りでデンズが止めようとしたが、既に酔いが回っていたパットンとヒューバートがそれに続いてしまう。

 

「(これ、絶対に持たないだ……)」

「わはははは! じいさん、酒の追加だ!!」

 

 散々文句を言っていたが、ハンティがザルなのは紛れもない事実である。一時間後、パットンとヒューバートは完全に酔っ払いと化していた。

 

 

 

-にぽぽ温泉 19:30 宿部屋 カスタム組-

 

「あははははは!!」

 

 そして、ここにも酔っ払いが一人。

 

「お酒、お酒足りないー!」

「志津香、もう止めておいた方が……」

「大丈夫、大丈夫、あははははは!!」

「ちっ、この光景を写真に収めておけば、後で色々面白くなりそうだったのに」

 

 志津香、久しぶりの酒の前に完全に陥落。マリアと香澄が必死に止めさせようとするが、志津香は聞く耳持たずに酒を勝手に注文してしまう。ロゼはカメラを持ってきていなかった事を悔しそうにしていた。

 

「ま、平和でいいんじゃないか? おら、ミル、美味いか?」

「うん。でも、お姉ちゃんの料理の方が美味しいよ」

「おっ、嬉しい事言ってくれるじゃないか」

「えぇっ!? ミリさん、料理出来るんですかねー!?」

「そりゃ、妹と二人暮らしだからな。俺がやらなきゃ、誰がやるんだよ」

 

 ミリの意外な一面にトマトが驚いている最中も志津香の酒は進む。ここにルークがいなくて良かったとマリアはホッとしつつも、この後どうすれば志津香は止まってくれるかと頭を抱えていた。

 

「このお酒、別料金よね。足りるかな……」

「あ、お酒代は全部出してあげるわよー」

「えぇぇぇぇ!?」

「ろ、ロゼさん……最近どうしちゃったんですか?」

 

 最近のロゼの太っ腹っぷりに未だ慣れない面々。ミルが慌てふためき、香澄が目を丸くしながら尋ねるが、ロゼは笑うばかり。

 

「(あの馬鹿から貰ったお金、さっさと使い切りたいんだけど、流石に100万GOLDは中々減らないわ。どうしたもんかしらねぇ……久しぶりにプルーペット商会にでも行こうかしら)」

 

 トータスから貰った黒い金の使い道に若干困っているロゼ。自分で稼いだ黒い金とトータスから貰った黒い金では、彼女の中で違いがあるらしく、さっさと使い切りたいと思っている様だった。ふと浮かんだのが、あくどい商売で有名なとある商人。きちんと見極めれば良い商品も扱っているため、旅行が終わったら会いに行こうかと考えるロゼだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 19:40 宿部屋 アイス組-

 

「がはははは! カニだ、カニだ! シィル、剥け!」

「はい、ランス様」

「酒はいらん。オレンジジュースを注げ」

「はい、ランス様。お風呂上がりはリンゴ、普段はぴんくうにゅーんですね!」

 

 ランスが目の前の豪華な食事に上機嫌になる。見世物小屋の店主から巻き上げた金を使い、夕飯を特別に豪華にして貰ったのだ。大量のカニが別注文で積まれており、シィルがその身をほじり出す。

 

「はい、大分剥けました」

「うむ。今日は気分が良いから、お前も少し食べて良いぞ。特別に許す」

「わぁ、ありがとうございます」

 

 ランスから許しが出た事が嬉しかったらしく、シィルが満面の笑みでカニに箸を伸ばす。

 

「こんなに沢山のカニ、初めてですよぉ……美味しいです」

「がはははは、俺様に感謝しろ。今度旅行に行ったときは、また見世物小屋の店主を脅して金を巻き上げるか」

「ランス様、それは犯罪です……」

「ん、だがルークを連れてくれば良いだけの話か。それが一番手っ取り早いな」

 

 カニをむさぼりながらランスが口にした言葉にシィルが目を丸くする。

 

「(ルークさんと一緒に行動する事は、もう別に何とも思わないのですね)」

「シィル、食ってるか?」

「はい、ランス様。こんなに美味しいご飯、嬉しいですね」

「ん?」

 

 シィルが嬉しそうに食事をしているのを見て、ランスが心の中でだけ呟く。

 

「(……シィルの作ったへんでろぱの方が美味いと思うが、言ったらつけ上がるかもしれんから、内緒だ)」

「ランス様はどうですか?」

「まあまあだな。あ、ピーマンいらん」

「駄目ですよ、ランス様、好き嫌いしちゃ」

「いいのだ、お前が食え」

「(ルークさんには申し訳無いけど、私はランス様と二人きりの方が……)」

 

 ランスと二人きりの時間を過ごすシィル。彼女は今とても幸せだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 21:00 卓球場 リーザス組-

 

「ふっ!」

「きゃっ! 負けました……」

 

 ラファリアのスマッシュが決まり、アールコートが卓球勝負に敗北する。カラオケから出てきた四人はたまたま女将である湯室世津子と出会い、部屋が空いているからウチに泊まりなさいと誘われて宿までやってきたのだ。温泉街の人々から非常に可愛がられているアールコートであった。因みに、チルディだけはこっそりと宿泊費を払っていた。世津子はアールコートの友達からは受け取れないと断っていたが、リーザス親衛隊である自分が無料で泊まらせて貰ってはリーザスへの接待と取られ、面倒事になる可能性があると女将を説き伏せ、お金を渡していたのだ。

 

「さて、次はわたくしの番ですわね」

「ふん、これならば負けないわよ」

「じゃあ、私が審判をやりますね」

 

 アールコートに代わってチルディがラファリアと対峙し、球を打ち合う。因みに、早めに交代できるよう11ポイントマッチで試合を行っている。徐々に点数が積み重ねられていくが、常にラファリアが一歩リードという状況だ。今度のラファリアは口ばかりではないらしい。

 

「くっ……こちらはカラオケとは違い、本当に得意なんですのね」

「カラオケの事はもう放っておきなさいよ!」

「10対8。マッチポイント」

 

 ラファリア怒りのスマッシュが決まり、チルディが完全に追い詰められる。しかし、サーブ権はチルディ。ここで2本連取すればまだ判らない。サーブを打ち、ラリーが始まる中チルディの目が光る。

 

「(使うときが来たようですわね……わたくしの必殺の技を……)」

「ふっ!」

「(今ですわ!)」

 

 少しだけ甘く入った球に対し、チルディが独特の身体運びから高速でラケットを振るう。常人の目には止まらぬスピードで球を二回打ち、普通では有り得ぬ軌道を取った球をラファリアは空振りしてしまう。

 

「なっ!? 何よ今の軌道!?」

「(これぞわたくしの奥義、ペプシ剣術の応用ですわ。これが見える人は早々……)」

「はい、今の二度打ちで反則です。勝者、ラファリアさん」

「えっ? 二度打ち?」

「くっ……忍者のかなみさんがいましたわ……」

 

 ラファリアとアールコートは困惑しているが、忍者のかなみにはしっかりと今のチルディの動きが見えていた。盲点であったと悔しがるチルディ。遊びの卓球如きに奥義を出す辺り、チルディも負けず嫌いである。

 

「反則を使ってまで勝ちたいだなんて、どういう神経しているのかしら」

「あーら、貴女に言われたくはないですわね。ちょっと前までご自分のなさっていた事を振り返って見てはいかがですか?」

「「ぐぬぬ……」」

「かなみさん、お上手ですね」

「アールコートさんも上手いですよ」

 

 睨み合う二人を余所に卓球で親交を深めるかなみとアールコート。段々と二人の喧嘩にも慣れてきていた。

 

 

 

-にぽぽ温泉 22:50 宿部屋 ヘルマン組-

 

「ぐがぁ……ぐがぁ……」

「…………」

「んっ……」

 

 すっかり酔っ払ったヘルマン一行は、早くも床についていた。フリークは一滴も飲んでいないが、既に寝ている。老人は寝るのが早いのだ。そんな中、ハンティが一人目を醒ます。ゆっくりと起き上がり、眠っているパットンを見る。

 

「ぐがぁ……ぐがぁ……」

「まったく、いくつになっても子供の頃からの癖は治らないね」

 

 布団を蹴飛ばしていたパットン。ハンティはそれを見てため息をつき、布団を肩までかけ直してやる。そのままパットンの寝顔を眺め、その髪を撫でてやる。

 

「パットン……これからがあんたの力量が試されるところだよ。頑張れ……自分に負けるな……このあたしが育ててきたんだから、耐えられるよね……?」

「ぐがぁ……ぐがぁ……」

 

 パットンを見つめる瞳。それは母としてなのか、あるいは別の感情が籠もったものなのかはハンティにしか判らない。いや、本人も判っていないのかもしれない。そのまま床につこうとするが、まだ少し時間が早いためこのまま寝るのは勿体ないと考えたハンティは、露天風呂はまだやっているかと覗きに行く事にしたのだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 22:56 宿部屋 リーザス組-

 

「良い部屋ですわね」

「何だか悪いなぁ……」

 

 風呂に入り、泊まれる事になった部屋を見てチルディが驚く。予想以上に良い部屋だ。四人で使うには惜しい。そんな中、アールコートが少しだけ申し訳なさそうにしている。

 

「ま、好意には甘えておきましょう」

「ここから露天風呂が見えるわ。これ、覗けちゃうんじゃないの?」

「この距離で見える人なんていませんよー」

 

 チルディがアールコートの肩に手を置いて気にするなと口にするが、自分はしっかりと金を払っていたりする。ラファリアが窓際に行き、露天風呂が見えてしまうのではと口にするが、アールコートが心配無用と笑い飛ばす。確かにこの距離では常人には殆ど見えない。

 

「かなみさんは見えるのではなくて?」

「んー、どうだろう」

 

 チルディに言われ、窓から露天風呂を覗き込むかなみ。その視線の先に、ある人物が飛び込んでくる。

 

「(あれって……いや、まさか……)」

 

 

 

-にぽぽ温泉 22:57 大露天風呂 ゼス組-

 

「うーん……やっぱりさっき私も一緒に入りに行くべきだったなぁ……」

「きゅー」

 

 キューティが一人で湯船に浸かっている。他の女性陣は先程入ったため、大露天風呂にはウォール・ガイを引き連れて一人で来る事になってしまった。あれほどカバッハーンにボコボコにされるのならば、初めから入りに行けば良かったと後悔する。遠くではガヤガヤと楽しそうに話す声が聞こえる。ここからでは少し距離があるためよく見えないが、10人近くいそうな声だ。

 

「団体さんかな。でも、どこかで聞いた声のような……」

 

 

 

-にぽぽ温泉 22:58 大露天風呂 レッド組-

 

「ふぅ……」

 

 セルが一人でゆっくりと湯船に浸かっている。夕方にもスーと一緒に入りに来たが、そのスーは既に床についている。スーと一緒にいるのは楽しいが、どうしても色々と手が掛かってしまう。ようやく疲れを取る事が出来ているところであった。

 

「でも、一人なのは私くらいかしら。団体さんの声が聞こえるし……」

 

 一人になりたかったため、大きな岩の影に隠れるようにしているセル。少し離れたところから数名の女性の声が聞こえてくる。

 

「でも、どこかで聞いた声のような……」

 

 

 

-にぽぽ温泉 22:59 大露天風呂 カスタム組-

 

「はぁー、ビバノンノン、っと」

「ビバノンノン!!」

「志津香、あまり騒がないの。他のお客さんの迷惑になっちゃうでしょ」

「全然、騒いでなんか、いないわよ! あはははは!」

 

 ロゼに誘われて寝る前に風呂に入りに来た一同。志津香は風呂に入っても未だに酔いが抜けず、騒ぎそうになってはマリアに口を抑えられている。ミルは少しだけ眠そうにしていた。

 

「ミル、大丈夫か?」

「んー……大丈夫……」

「大露天風呂って11時まででしたっけ?」

「……ま、時間になったら係りの人が一声掛けるでしょ」

 

 ミリが心配そうにしている横で、香澄がロゼに問いかける。この後は混浴だと心の中で思いながらもシラを切るロゼ。すると、風呂の扉が開かれて男が数名入ってくる。

 

「えっ!?」

「(お、来た来た……って、ええっ!?)」

 

 入って来た人物を見て流石に驚くロゼ。この展開は予想していなかった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 23:00 大露天風呂 一同-

 

「ふぅ、ようやく大露天風呂に入れるのぅ」

「雷帝がエムサと白熱しすぎるからですよ」

「広いな。……ん、先客がいるな」

 

 入って来たのはカバッハーン、サイアス、そしてルークの三人。まず目に飛び込んできたのは、入り口近くの湯船に浸かっていた老人たち。その中には男女入り交じっている。

 

「……ひょっとして混浴か?」

「そのようだな。ま、老人しかいないのであれば問題あるまい」

「……いや、奥の岩場にいくつか気配を感じるな」

 

 ルークが奥にあるいくつかの岩の影に気配を感じ取る。そこにいるのが知り合いばかりだとは思いもしていないが。

 

 

「な、何でルークさんたちがここに……!?」

「えっ!? ルークさん!?」

「混浴だったんですか!?」

「さ、流石にこの状態では会えないですかねー! せめてサイアスさんとカバッハーンさんがいなければ……」

「いなきゃ会いに行くのかよ。とにかく隠れるぞ。俺は別にいいけど、みんなは流石にイヤだろ?」

 

 真知子がルークの姿を見て驚く。メガネをしていないためマリアからはルークの姿がよく見えないが、他の者たちも慌てているためルークに間違いないのだろう。香澄がロゼに向き直って問いかける。ロゼは知らなかったと言い訳をしているが、本当に知らなかったのかと疑いの眼差しを向けられていた。トマトも狼狽する中、ミリと真知子が率先して岩場に隠れるよう指示を出す。だがそんな中、一人ルークの方に向かって歩いて行こうとする者がいた。

 

「あはははは、ルークがいるー」

「駄目、志津香!」

「なんでよー、行かせてよー」

「それだけは絶対駄目ですかねー!」

「後悔するのは、意識を取り戻した貴女なのよ、志津香さん!」

「むがっ……むぐぅ……」

 

 タオルも纏わずに全裸でルークの方に歩いて行こうとする志津香を必死に押さえつける一同。声が聞こえてはマズイと口を抑え、無理矢理奥の岩陰に連れて行く。

 

「逃げ遅れた女性が何人かいるみたいね」

「うぅ……早く出て行ってくれないとのぼせちゃいます……」

 

 ロゼが他の岩陰にも何人か女性客が隠れている事に気が付く。顔は良く見えないが、彼女たちも逃げ遅れたのだろう。香澄は割と限界が近かった。

 

「な、何故ルークさんが……神よ……これも試練なのですか?」

「ま、まずいです……そういえば、出て行くときに大露天風呂じゃなくて、女風呂に行くって言っちゃったかも……」

「きゅー……」

 

 他の岩陰でも焦っている女性がいる。それが全員知り合いだとは思いもしなかったが。

 

 

「ん? 奥にいそうか?」

「いるな。多分、俺たちがいて出るに出られないんだろう」

「気配はワシも感じるぞ。10人近くいそうじゃな」

「そりゃ流石に悪いな。もしかしたらキューティもいるかもしれないし、さっさと出て……」

「がはははは!!」

 

 サイアスが早々に撤退ようと提案しかけた瞬間、聞き覚えのある笑い声が風呂場に響いた。振り返れば、大きな口の男が全裸で仁王立ちしている。

 

「混浴だぁぁぁ! 美女のナイスバディを俺様が拝見してやるぜ、ぐふふ……って、何でお前たちがここにいるんだ?」

「ランス!?」

「何だ、この坊やも来ていたのか?」

「ふむ……まあまあじゃな」

 

 風呂場で鉢合わせたランスとルーク、サイアス、カバッハーンの四人。カバッハーンは隠そうとしていないランスのハイパー兵器をジロジロと眺め、感想を漏らす。

 

「こらジジイ、勝手に見るな。貴様らも混浴を目当てで来たのか? このスケベめ」

「お前と一緒にするな」

「だが、美女は全て俺様のものだ……って、なんじゃこりゃぁぁぁ!!」

「ふがふが……」

 

 ランスがルークたちを押しのけて湯船を見た瞬間石化する。そこにいたのは老人ばかりだったからだ。正直、男なのか女なのかの見分けも良くつかない。

 

「あがっ……」

「と言う訳だ。さっさと上がるぞ」

「……いや、もしかしたら奥の岩場に美女がいるかもしれん!」

 

 ルークがさっさと露天風呂から退散させようとするが、ランスの意識が奥にある岩場に向けられる。それはマズイ展開だ。何も知らない一般女性をランスの毒牙にかける訳にはいかない。

 

「っ……サイアス」

「了解。奥の岩場には誰もいないさ。それより、こっちで湯船に浸かりながら話でもしよう」

「むっ、男と話す気など……」

「ま、そう言わずにランスのこれまでの活躍でも話してやれ。サイアスは解放戦での英雄であるランスの活躍を気にしていたんだ」

「その通り。闘神都市では気が付かなかったが、これだけの英雄が目の前にいるとは感動する」

「……がはははは。ならば少しばかり俺様の事を話してやるか」

 

 上機嫌になったランスは奥の岩場から意識を逸らし、ルークたちと共に湯船に浸かる。そのまま解放戦で魔人を倒した話を自慢げに語り始めた。

 

 

「た、助かったですかねー」

「というか、ランスも少しは隠しなさいよ……」

「むぐっ……むぐっ……」

 

 岩場にランスが来そうになったときには焦ったが、ルークたちによってそれは免れた。もしかしたらあの二人は、奥に女性がいる事に気が付いているのかもしれないと考える一同。未だに爆弾状態の志津香は口をしっかりと抑えられ、出て行かないように羽交い締め状態である。タオルでしっかりと腰を隠しているルークたちとは違い、まるで隠す様子のないランスにマリアが苦言を漏らす。メガネをしていないのでハッキリとは判らないが、ぼんやりとは見えるのだ。

 

「ま、こうなったらあいつらが何を話すか楽しむとするか」

「ミリさんは随分余裕ですね」

「なるようにしかならんさ」

 

 この状況を楽しんでいるのはミリとロゼ、それからミルの三人だ。ミルはランスが入って来た瞬間に元気になり、飛び出していこうとしたのをミリに止められていた。

 

 

「で、復活した魔王も俺様の敵ではなかった訳だ、がはは!」

「そりゃ凄い」

「ふむ……どこまで信用するべきかのう」

「こらジジイ。全部本当の事だ!」

 

 上機嫌に解放戦の話を終えるランス。サイアスはランスの気を引くために頷いているが、カバッハーンは正直に感想を述べてしまい、ルークとサイアスから冷たい視線を送られる。

 

「そういえば、シィルちゃんは?」

「部屋にいるぞ。何だ? シィルの裸を見たかったとか抜かすなら、ぶん殴るぞ」

「いや、そうじゃないさ」

「なるほど。あの娘は特別か」

 

 ルークの質問にランスがギロリと睨みを効かせる。その反応につい笑ってしまうルーク。サイアスも興味深げにランスの顔を見ていると、鼻を鳴らしながらランスは口を開く。

 

「馬鹿者。別にあいつはただの奴隷だ」

「あんまり他の女の子に手を出さないで、一人に決めてやれ。シィルちゃんが可哀想だぞ」

 

 ルークがそうランスに諭すが、ランスの視線が冷たいものに変わる。気が付けば、サイアスとカバッハーンの視線もルークに向いていた。

 

「お前に言われたくないわ!」

「ルーク、これに関してはお前が言えた義理ではない」

「優柔不断はどっちもじゃ」

「……参ったな」

 

 ルークがポリポリと困ったように頭を掻く。完全に自身の発言がブーメランとなって返ってきた。

 

「お前は誰が一番なんだ! いい加減ハッキリせんか! それ以外の女たちは俺様が美味しく頂くから、さっさと決めろ!」

 

 

 そのランスたちの会話を、岩の影で目を輝かせて聞いている者たちがいる。

 

「うぉぉぉぉ、トマトは今初めてランスさんを応援しているですかねー!」

「選ばれなかったら美味しく頂かれるわよ」

「何だかんだで似ているのよね、あの二人」

「……言われてみれば、そうなのかも」

 

 トマトが身を乗り出しそうになりながら様子を窺っている。その姿を笑って見ながら、ロゼがルークとランスは似ていると断言する。まさかと笑い飛ばそうとしたマリアだったが、案外そういう面もあるのかと考え直す。

 

 

「……さて、そろそろのぼせるから上がるか」

「あ、こら、逃げるな!」

 

 立ち上がって風呂から上がろうとするルーク。ランスもそれに続こうとしたため、露天風呂から撤退させる作戦は成功しそうであった。ルークが本当に撤退させる目的だったのか、自分の立場が危うかったから出ようとしたのかは定かではないが。すると、ランスの視線にルークが腰に巻いたタオルが飛び込んでくる。

 

「なんだ、なんだ。男ならタオルなんかで隠さずに堂々と見せるもんだ。ひょっとして、ものすごく小さいのか? がはははは! とー!」

「「あっ!?」」

 

 ランスが笑いながらルークが腰に巻いていたタオルをはぎ取る。ルークとサイアスが同時に声を漏らしたが、もう遅い。タオルに隠されていたものがランスの目に飛び込んでくる。

 

「なん……だと……」

 

 そこにあったのは、ハイパー兵器を遙かに上回る兵器。気品さと力強さを兼ね備えた一品を目の前にし、ランスが絶句する。

 

「俺様のハイパー兵器よりも数段上だと……馬鹿な……俺様のアイデンティティが……」

「さっさとタオルを返せ。全く……」

「なるほど。これが隠していた原因じゃな?」

「はい。風呂に入ると周りの視線が痛いから隠すようになったようです」

「サイアスもわざわざ説明するな。ほら、ランス。上がるぞ」

「馬鹿な……そんな馬鹿な……」

 

 呆然としているランスを引っ張り上げ、ルークが風呂から上がっていく。カバッハーンは合点がいったと頷き、サイアスが静かに笑いながら二人に続く。残されたのは、老人たちと岩陰に隠れている者たち。

 

 

「あわわわわ……あ、あんなの入らないですかねー!!?」

「落ち着いて、トマトさん」

「いや、真知子は何でそんなに冷静なんだよ!?」

「いやー、ビックリしたわ。ダ・ゲイルよりも凄いわ」

「悪魔以上!?」

「アレキサンダーさんのはあんなに凶悪じゃないよね……?」

「ぶくぶくぶく……」

「きゃあ! 志津香が溺れてる!」

 

「……? ……!?」

「きゅー、きゅー!」

 

「か、か、か、神よ……これは何のし、し、試練で……?」

 

 カスタム勢の中でも特に身を乗り出していたために思いっきり見てしまったトマトの狼狽が激しく、ロゼも流石に規格外であったそれに驚く。志津香はそれを見た瞬間、糸が切れたかのように倒れ込んでいた。メガネをかけたまま入っていた香澄はもろに見てしまい、マリアだけが被害を避ける形となる。そんな中、真知子だけがイヤに余裕であった。他の岩陰ではキューティがライトくんの身体を触り、サイズを確かめている。流石にそれ大きすぎるだろと突っ込みを入れるライトくんとレフトくん。セルは震えながら神に祈りを捧げていた。

 

「で、ルークとランスが同じ宿にいるみたいだけど、会いに行く?」

「行ける訳ないでしょ! こんな状態で!」

「い、今会ったら、へ、平然としていられないですかねー」

 

 こうして、カスタムの面々はルークとの合流を諦める事にした。

 

 

 

-にぽぽ温泉 23:15 宿部屋 リーザス組-

 

「ど、どうしたんですの、かなみさん。目を血走らせて露天風呂を見ていると思ったら、そんなに真っ赤になって……」

「べ、べ、べ、別に、何でもないんです! 私は平気です!」

「平気そうには見えませんけど……?」

「(も、妄想? 私の妄想? あ、あんな妄想が見えるなんて、私って普通じゃないの?)」

 

 露天風呂にルークがいたと思ったら、とんでもない光景を見てしまった。今見たものが信じられず、自身の妄想だったのではと疑い始めるかなみ。この夜、かなみは一睡も出来なかった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 23:30 廊下 ヘルマン組-

 

「ん?」

 

 露天風呂に向かっていたハンティが女性の集団とすれ違う。その中の何人かは真っ赤な顔をしていた。その後、同じように真っ赤な顔の女性と二度すれ違う。

 

「何だ? のぼせるほど入っちまうくらい気持ちいい温泉なのか? キシシ、楽しみだね」

 

 期待して大露天風呂に向かったハンティだったが、その期待値が高すぎたために肩透かしを食らう羽目となってしまうのだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 23:35 宿部屋 アイス組-

 

「馬鹿な……そんな馬鹿な……」

「ら、ランス様? 露天風呂で何があったのですか?」

「……ヤるぞ、シィル!! あいつには無い俺様のハイパーテクでメロメロにしてやる!」

「あ、あいつって誰ですか、ランス様!?」

 

 

 

-にぽぽ温泉 23:40 宿部屋 ゼス組-

 

 風呂から上がり、部屋に男三人。ナギとミスリーは既に寝ており、ウスピラとエムサは軽く晩酌していた。聞けば、まだキューティは戻っていないとの事。三人も晩酌につきあい始めて数分後、キューティが真っ赤な顔をして部屋に戻ってくる。

 

「よう、遅かったな」

「ひゃ、ひゃい!」

「(ああ、見ていたな)」

「(見られたみたいだな……)」

「(判りやすいのう……)」

 

 たった一言で全てを察せられてしまうキューティ。千鶴子の言っていたポーカーフェイスには、まだまだ遠そうだ。こうして、それぞれの夜は更けていった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 8:00 宿部屋 ヘルマン組-

 

「あー……飲み過ぎた……」

「二人ども、水だ」

「すまない、デンズ……うぷっ……」

 

 パットンとヒューバートが布団の上から一歩も動けないでいる。デンズから水を受け取るが、それすら飲むのが辛そうな状況だ。

 

「まったく、情けないねぇ」

「俺らの倍以上飲んでおいて平気なハンティが異常なんだよ……」

 

 ハンティは二人を呆れた目で見ながら朝食を取っている。ハンティはまるで酒を引きずっている様子がなかった。食事を取れないフリークは魔法ビジョンのチャンネルを回している。

 

「フリーク、何か面白い番組でもやっているのかい?」

「ヘルマンではやっていない番組がやっておってな。中々に楽しそうなバラエティじゃ」

「何て番組だい?」

「美人お婆ちゃんを捜せ」

「……そうかい。楽しんで」

 

 フリークの背中を寂しげに見つめるハンティ。すると、パットンとヒューバートがヒソヒソと内緒話をしているのが耳に入る。

 

「おい、夜に露天風呂が混浴になっていたみたいだぞ」

「マジか!? しまった……是が非でも行きたかった……」

「色っぽい人妻……」

「美人女子大生……」

「それ、あたしが入ったときには老人しかいなかったよ」

 

 混浴に入り損ねた二人が妄想しているのにカチンと来たハンティが割って入る。明らかにテンションの下がる二人。ハンティが入る直前に若い女性の団体客が入っていた事は、あえて言わないハンティ。

 

「ハンティ……夢くらい見させてくれ……」

「嫌なこった。さぁ、チェックアウトは10時だから、それまでに復活しなよ。明日からまた休みのない生活なんだからね!」

 

 

 

-にぽぽ温泉 8:30 土産屋 レッド組-

 

「……セル、凄イクマダゾ? 眠レナカッタノカ?」

「ちょっと神の試練が……」

「訳ガ判ラナイゾ」

 

 レッドの町の住人へのお土産を選ぶスーとセル。だが、セルの顔にはしっかりとクマが残っていた。どんな神の試練だとスーが呆れつつ、温泉饅頭をお土産に二人は帰路についた。

 

 

 

-にぽぽ温泉 9:00 土産屋 リーザス組-

 

「朝風呂もスッキリするわね」

 

 ラファリアがお土産を見ながらそう漏らす。その手にはリンゴジュース。隣にいるアールコートはうし乳を飲んでいた。昨晩は温泉に入るタイミングが無かったため、四人は朝食後に露天風呂を堪能したのだ。四人とも決してスタイルが良いとは言えないが、中でもチルディは特に幼児体型だ。その事を少しだけ気にしたようにしているのを目ざとく見つけたラファリアがチルディを鼻で笑い、風呂場で一悶着あったりもした。何だかんだで喧嘩するほど仲が良いのではという状況になっている。

 

「リア様には何を買っていけばいいんだろう? 何を買っていっても失礼に当たりそうで……」

「……主君に買っていく必要があるんですの?」

「買っていかないと、リア様はちょっと不機嫌になるんです」

 

 コーヒーうし乳を片手にかなみがリアへのお土産に頭を抱えている。メナドたちには饅頭でも買っていって配ればいいが、主君に饅頭というのもどうなのかと悩んでいるのだ。その会話を聞いていたアールコートが尊敬の眼差しでかなみを見ている。

 

「凄いですね、ラファリア先輩。今の会話でかなみさんが凄い人だって言う事を実感しました」

「リア女王の名前が平然と飛び交うというのも不思議なものね」

 

 親衛隊のチルディならまだしも、王女付きの隠密であるかなみは本来ならば到底付き合えるはずのない人物だ。紹介された時は恐縮してしまったが、かなみの気配りの利く性格もあり、この旅行で親交を深める事が出来た。接点を与えてくれたチルディに感謝しつつ、この四人も帰路についたのだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 9:30 宿部屋 カスタム組-

 

「これ、持って帰ってもいいかな?」

「大丈夫じゃない?」

 

 チェックアウトの時間が近づいているため、カスタムの面々も帰り支度を始める。マリアが洗面セットの入った袋を手に持ってみんなに問いかけ、ロゼがそれに適当に答える。

 

「俺はタオルを持って帰るか」

「じゃあ私は浴衣」

「タオルも微妙ですし、浴衣は論外ですよ……」

 

 ミリが宿のタオルを鞄に詰め始め、ロゼは冗談交じりに浴衣を持って帰ると口にする。この旅行では終始突っ込み役に回っていた香澄は、いい加減突っ込み疲れていた。

 

「あー……昨日の夜の記憶が無いわ……」

「志津香さん、大丈夫?」

「ん、なんとか。ねぇ、昨晩ってみんなでお風呂入った?」

「ふぇ!?」

 

 志津香が大きなため息をつきながら口を開く。頭がガンガンと痛み、昨晩の記憶が無い。完全に飲み過ぎであった。だが、微かに風呂に行った記憶があったためそう尋ねると、トマトが驚いたような声を上げる。

 

「なんか、露天風呂で見たような記憶が……」

「思い出さない方がいいんじゃないか?」

「ま、その方が今後の為にも良いわね。思い出すのも面白そうだけど」

「はぁ? 何の話?」

 

 ニヤニヤと笑っているミリとロゼ。対してトマトや香澄は顔を赤くしている。記憶が無いため状況が掴めない志津香は、首を横に捻るしかなかった。

 

「さて、後はお土産を買って帰るか!」

「あーあ、また日常に戻るのね」

「帰る場所があるだけマシってもんよ」

 

 ミリの言葉に全員が荷物を持って立ち上がる。志津香だけはふらふらと立ち上がったため、側にいた真知子が肩を貸す。マリアがグッと伸びをしながら不満を漏らすが、ロゼがそれを一笑に付す。自分たちには帰れる場所がある。その幸せを噛みしめるには、まだまだカスタムの面々は若すぎた。

 

 

 

-にぽぽ温泉 10:30 ランス宅 アイス組-

 

「ふぅ、まあまあの宿だったな」

「お帰りなのれす!」

 

 家に着くや否や大の字に寝転がるランス。留守番をしていたあてなが駆け寄ってくるが、ランスは適当にあしらっている。二人分の荷物を整理していたシィルがその光景を微笑ましく思いつつ口を開く。

 

「やっぱりおうちが一番落ち着きますね」

「んー……そうかもしれんな。シィル、肩を揉め」

「はぁい、判りました」

「あてなも揉むのれす!」

「あいててて。馬鹿者、シィルの力加減を見習え!」

 

 あてなが全力で肩を揉んできたため、説教を始めるランス。シィルはそのランスの肩を揉みつつ、幸せに浸っていた。

 

「(帰れるところがあるっていいな……いつまでも、こうしてランス様と一緒にここに帰ってこられたらいいな……)」

 

 

 

-にぽぽ温泉 11:00 うしバス内 ゼス組-

 

「ふぅ……明日からまた仕事か」

「これだけ休んでしまうと、辛いものがありますね」

 

 ゼス行きのバスに乗っているルークたち。ルークは途中のアイスの町で降りる予定だ。サイアスが旅行を振り返りながら、明日からの仕事を思い出してため息をつく。座席は二人掛けで、サイアスとウスピラ、キューティとミスリー、エムサとカバッハーン、ルークとナギが一緒に座っている。

 

「お父様へのお土産はこれでいいな」

「別の物にした方がいいと勧めたのですが……」

「まあ、娘からのプレゼントが嬉しくない父親はいないだろ」

 

 ナギが満面の笑みで、でかでかと「根性」の文字が入ったタペストリーを見せてくる。キューティが必死に止めたのだが、ナギ自身が気に入ってしまったのだ。

 

「ルークさん、私もアイスの町で一緒に降りてもいいですか?」

「ん? 別に構わないが、どうした?」

「どうせ近い内にハピネス製薬に一緒に行く事になるのですし、それまで数週間ほどはアイスの町にあるキースギルドにお世話になろうかと」

「キューティの稽古は良いのか?」

「昨晩エムサさんと話したのですけど、闘神都市への遠征とこの旅行でちょっと仕事が溜まっていて、私がしばらく時間を確保出来そうにないんです」

 

 前の席に座っていたエムサがルークに話し掛けてくる。共にハピネス製薬に向かう約束をしており、エムサ自身もそれまで暇なのだ。キューティの仕事が終わった後にエムサに稽古を付けて貰っている事を知っているサイアスが不思議そうに問いかけるが、しばらくはキューティが忙しいとの事。闘神都市から帰ってきてからは調査報告などの後処理を行っていたキューティ。それが完了し、明日からようやく治安隊長復帰なのだ。だが、仕事は山のように溜まっている。流石に千鶴子も早急に必要なものしか片付けておいてはくれなかった。

 

「まあ、そういう事なら構わないさ。アイスにはランスもいるから、それだけ気をつけてくれ」

「ルーク、面白い事になっておるぞい」

 

 笑いながらエムサに喋り掛けるルーク。そのとき、エムサの横、ルークの前の座席からスッと新聞が出される。それは、カバッハーンが今まで読んでいた物だ。それを受け取り、記事に目を通すルーク。そこに書かれていたのは、リーザスでの出来事。

 

「解放戦の英雄、士官学校に現れる、か」

「これ、ルークさんの事じゃないですか?」

「ご丁寧に写真と名前まで付いていますね。リーザス解放戦において多大な活躍をした冒険者、ルーク・グラントが士官学校にゲストとして招かれる」

 

 キューティとミスリーが乗り出してきて一緒に新聞の記事を読む。それは、士官学校にゲストで行ったときの事が書かれている。少しだけ遠目だが、写真まで掲載されている。隣にいたナギも新聞記事を読み、口を開く。

 

「その手には解放戦時にも愛用していた漆黒の剣が握られており……ん、ブラックソードは闘神都市で手に入れたのだろう?」

「リアめ、やってくれる……」

 

 ルークが静かに笑う。解放戦時に噂された人物は二人。冒険者であるルークと、漆黒の魔剣カオスを持ったランス。だが、数ヶ月もの間二人とも行方不明になっていた事もあり、人々の記憶からはだんだんと薄れていった。そこに、この記事。これで解放戦の英雄は、人々の記憶では二人から一人になってしまっただろう。漆黒の剣を愛用する冒険者、ルークただ一人に。

 

「あの坊やが人々の記憶から消える訳だな。坊や自身も言っていたが、相当に女王に気に入られているようだな」

「気に入っているからこそ、世間の目には触れさせたくない。まあいいさ。覚悟はしていた」

「そうじゃな。この記事で、お主の名はこれまで以上に知れ渡る事になるじゃろう」

 

 マリスとの謁見時から自分が前面に出されるのは覚悟していた。流石にブラックソードと魔剣カオスを結びつけてくるとは思わなかったが、特に問題はない。カバッハーンの言うように、これでルークの名前は世界に知れ渡るだろう。これまでは自由都市でのみ名前を知られている程度だったが、新聞にはご丁寧にトーマを倒した男と大きく書かれているのだ。少なくともヘルマンにはその名が知れ渡るはずだ。

 

「まあ、終わった事を気にしても仕方がないさ」

「あ、トランプでもやります?」

「うむ、バスで何もせんのも退屈じゃしな」

「あー、悪い。俺はパスだ」

 

 キューティが手に持つバッグからトランプを出す。バスの中でやろうと、わざわざ取りやすい位置に入れておいたのだ。それに賛同する一同だったが、何故かサイアスはその申し出を断る。不思議そうに身を乗り出して前の席に座っているサイアスを見るルークとキューティ。すると、その理由に合点がいく。

 

「ま、見ての通り動けないんでな」

「すー……すー……」

 

 サイアスの肩にもたれかかりながら、ウスピラが寝息を立てている。旅行の企画立案から始まり、昨晩も遅くまで晩酌に付き合っていた。そのうえ、多少親交を深めたとはいえ、共に旅行に行く相手に雷帝や四天王のナギもいるのだ。相当に気を張っていたのだろう。その緊張が解けたのが今の姿という事か。

 

「内心、満更でもないだろう?」

「まあな。ここ数年で今が一番幸せな瞬間だ」

「それじゃあ、静かにやりましょうね」

「私の心眼の前には……」

「それはもういい」

 

 ルークの問いかけに笑って答えるサイアス。キューティが静かにトランプを配り、エムサに突っ込みを入れるルークの声もかなりボリュームを落としている。これだけ全員が楽しめた旅行の立役者でもあるウスピラを、今だけでもゆっくりとさせてあげたいという心遣いであった。

 

「すー……すー……」

 

 そして、誰も気が付いていない事実が一つある。元々ウスピラは魔力増幅のリングを両腕に付けており、今も当然付けている。だが、そのリングの下。二重になるように付けられているため傍目には判らないが、魔力増幅リングの下には、昨日サイアスから貰った景品のリングが隠れているのだった。

 

「またいつか、このメンバーで旅行に行きましょうね!」

「そうだな。その時もきっと楽しい旅行になる」

 

 キューティがそう笑いかけてきたため、ルークも微笑みながらそれに答える。言葉にすれば簡単な事であるが、全員の立場を考えれば実現は難しいだろう。だが、この面々なら無理矢理にでも実現させるだろうと考えるルーク。それがどれだけ儚い夢であったかを二年後に思い知らされる事になろうとは、このときはまだ誰も知る由がなかった。

 

 




[その他]
「温泉編おまけデータ」

・心理テスト結果 (隣にいる男女)
マリア……ランス、志津香
志津香……魔想篤胤、魔想アスマーゼ
ミリ……ルーク、ミル
ミル……ランス、ミリ
トマト……ルーク、真知子
真知子……ルーク、今日子
香澄……アレキサンダー、美香
ロゼ……ダ・ゲイル、ダ・ゲイル妹 (自己申告)

・心理テスト結果 (風呂上がりの飲み物)
うし乳……下記以外全員
コーヒーうし乳……ルーク、かなみ、志津香、ナギ、パットン
オレンジジュース……マリア、ミル、エムサ
リンゴジュース……ランス、ラファリア
フルーツうし乳……キューティ (ぼっち)

・カラオケ
かなみ……風のように炎のように (超昂閃忍ハルカOP)
チルディ……get the regret over (闘神都市3OP)
アールコート……Blue planet (ウルトラ魔法少女まななOP)
ラファリア……恋の電撃戦 (大帝国『レーティア・アドルフ』キャラソン)

・レースゲーム順位
(トップ) ロゼ-ミリ-志津香-マリア-ミル-トマト-香澄-真知子 (ラスト)

・年齢 (LP0002時点、温泉編登場キャラのみ)
不明……ハンティ
723……フリーク
577……ミスリー
78……カバッハーン
29……パットン、ヒューバート
26……ルーク、サイアス
24……ロゼ、エムサ
22……デンズ
21……ウスピラ
20……ミリ、真知子
19……ランス
18……志津香、マリア
17……シィル、トマト、香澄、セル、ナギ、キューティ
16……かなみ
15……チルディ、スー
14……ラファリア
13……アールコート
11……ミスリー (精神年齢)
10……ミル

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