ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第165話 流され、委ね、動き出す

 

-ゼス イタリア 北東部-

 

 鋭い音が夜の街に静かに響く。それは、鞭のしなる音。

 

「…………」

「うぐっ……」

 

 ランスたちに敗北し、既にボロボロの身体であるドルハンがその身に鞭を受けていた。それを行うのは、彼の主人であるエミ。無言で鞭を振るい続けるその姿が、彼女の怒りを雄弁に語っていた。玩具とはいえ、失態は失態。主である自分にこの男は恥をかかせたのだ。それも、婚約者の前で。

 

「…………」

「うっ……くっ……」

 

 ドルハンはその叱責を受け続ける。反論も抵抗もない。理由は判らないが、確かな忠誠心がそこにあった。その時、エミの鞭の音を掻き消すような悲鳴が響く。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「……っ!? なにかしら?」

「ハッサム様の声です……」

「なんですって? ハッサム様に何かあったとでも言いたいの!?」

 

 それまで口を閉ざしていたドルハンがようやく言葉を発したかと思うと、それは自身の婚約者を乏しめる言葉であった。まだ躾が足りなかったかと鞭を握りしめるエミであったが、言われてみれば今の悲鳴はハッサムの声のようにも聞こえた。だが、あんな情けない悲鳴をハッサムが上げるだろうか。まるで教養のない、それこそ2級市民のような品の無い声。

 

「様子を見に……」

「なりません。危険です」

「魔法使いである私やハッサム様がレジスタンス如きに遅れを取るとでも!?」

「断じてそのような事は……あの悲鳴では間違いなく人が集まります。今下手に向かえば、サーベルナイト様とエミ様が関係を持っている事がばれてしまいます」

「ん……」

 

 確かにそれはまずい。治安隊には圧力をかけているが、多くの2級市民に顔を見られるのは芳しくない。人の噂というものはあっという間に広がる。だからこそ、ハッサムも全身を鎧で覆っているし、自分も遠目で見学していたのだ。

 

「ハッサム様ならばレジスタンスに遅れは取りません。自らの力で何とかするはずです。だからエミ様、ここはどうか……」

「…………」

 

 地面に額をつけ、懇願するドルハン。何としても今すぐここから離れなくてはいけない。ここは危険すぎる。そのためならば、ハッサムなどいくらでも犠牲にする。

 

「……ふんっ!」

「ぐあっ……」

 

 ビシッと再度鞭が振るわれ、ドルハンが声を漏らす。だが、その頑張りは報われた。

 

「……一度身を隠すわ。ハッサム様なら大丈夫でしょう」

「おおっ……」

 

 ドルハンに背を向けて歩き出すエミ。ドルハンもその後ろについていこうとするが、一度だけ後ろを振り返り、悲鳴の聞こえた方に視線を向ける。エミに言う訳にはいかないが、ハッサムはもう助からないだろう。すまないとばかりに一度だけ頭を下げ、その後は振り返る事無くこの場を立ち去っていくのだった。

 

 

 

-ゼス イタリア 南東部-

 

「うぁぁぁぁぁ!! マ、ママぁーーーー!!」

 

 肘から先が無くなり、血が溢れ続ける右腕を抑え泣きじゃくるサーベルナイト。それを見ているアイスフレームの一部の面々は、この光景が信じられなかった。旧ブラック隊を壊滅させ、多くの2級市民を惨殺した凶悪犯、サーベルナイト。それがこうも醜態を晒しているのだ。

 

「痛い……痛いよぉぉぉぉ!!」

「(これが、あのサーベルナイト……?)」

「(実は弱かった、なんて事はないはず。という事は、ルーク隊長の強さが私の想像よりも遥かに……)」

 

 インチェルやナターシャが改めてルークの背中を見る。先程までとその大きさが、頼もしさが違う。ルークの事を『解放戦の英雄』という噂でしか認識していなかった彼女たちにとって、その力はどこか現実味のないものであった。自分たちよりもずっと強い、アベルト隊長やサーナキア隊長よりも強いのかな、そんな程度の認識。だからこそ、一撃でサーベルナイトを下したルークの力にただただ驚く事しか出来なかった。

 

「別働隊も到着したみたいです」

「そのようだな」

 

 呆然と立ち尽くすプリマとその後ろから駆けてくるランスたちを視界に捉え、シトモネがそうルークに報告する。勿論、名前を出すようなへまはしない。この状態のサーベルナイトが後々覚えているとは思えないが、念のためだ。

 

「おい、プリマ。何を立ち尽くして……って、なんだ、もう倒してしまっているではないか。おい、ルーク! サーベルナイトは俺様が格好良く倒すと言っておいただろうが!」

 

 まあ、ランスはあまり気にせず名前を言ってしまうが。呆然と立ち尽くすプリマの横を通ってルークたちに近づいていくグリーン隊の面々。後方にいたメガデスに背中を思い切り叩かれ、ようやくプリマも歩みを進めた。

 

「それで、サーベルナイトはどうすればいい?」

「ううっ……ぐっ……」

 

 ルークは目の前で跪くサーベルナイトに剣の切っ先を向けながら、小声でカオルに問う。今回の任務は討伐のため、その達成方法は二種類。殺すか、治安隊に引き渡すかだ。

 

「そうですね……」

「何で悩んでんの? 治安隊にしょっ引いて貰えばいーじゃん」

「それは無理でしょうね」

「へ?」

 

 自分の意見をネイにバッサリと切られ、ルシヤナが思わず呆けた声を出す。

 

「さっきこちらの部隊で話していたんだけど、サーベルナイトは恐らく上流階級の貴族」

「治安隊にも根回しをしているのでは、という結論になったんですわ」

「ほえー……」

「恐らくその予想は的中していると思います」

「ふん、腐ってるな」

 

 ナターシャと珠樹が補足すると、カオルも静かに頷く。ウルザやダニエルとも以前話した事だ。ここまで治安隊に圧力を掛けられるのは、貴族以外に有り得ない。ランスの『腐っている』という評価は正しいと言えるだろう。

 

「じゃあ、殺すか。それが一番手っ取り早い」

「そうだね、それしかない」

「……っ!?」

 

 ランスとプリマがそう口にすると、それまで喚いていたサーベルナイトの目が見開かれる。流石に今のを聞き漏らす訳にはいかない。

 

「こんな……」

「……んっ?」

「こんな遊びで! 命を落としてたまるか!!」

 

 瞬間、サーベルナイトは懐から笛を取り出し、口に当てがった。

 

「ふっ!」

「がっ……」

 

 ルークがすぐさま剣を振るって笛を破壊するが、ほんの少しだけ音は周囲に響いてしまった。ぴよぴよという特徴的な音を聞いたカオルがすぐさま口を開く。

 

「マッハぴよ笛です!」

「マッハぴよ笛?」

「ゼスの上流階級の者に渡されている品で、これを吹くとすぐに治安隊が集まってきます」

「それは安心……じゃなかった、治安隊は敵だ!」

「ま、まずいだすよ!」

 

 カオルの言葉に慌てだす一同。何せレジスタンスはゼスにおいて大犯罪者。捕まってレジスタンスだという事がばれれば死刑だ。すると、バーナードが一歩前に出てグッと親指を立てた。

 

「……ここは俺が残る、みんな逃げろ」

「いや、バーナードさん一人残ったところで何も好転しませんから!」

 

 インチェルが的確な突っ込みを入れていると、遠くから女性の声が響いてきた。

 

「ゼスの治安を乱す極悪人はどこだーっ!!」

「……っ!?」

「えっ!?」

「げげげのげっ。治安隊の声が聞こえてきたよ☆」

「近いな。すぐにここまで来るぞ」

 

 メガデスと殺がそう報告をする。他の者に比べて割と余裕のありそうな二人だが、まずい状況だというのは重々に承知している。そんな中、少しだけ他と違う反応を見せる者がいた。ルーク、ネイ、セスナの三人だ。

 

「(さて、どうしますか……)」

 

 治安隊に引き渡せばサーベルナイトは間違いなく無罪になる。そう、平時であれば。だが、今は違う。カオルしか知らない事だが、今このイタリアにはあの男性が来ている。

 

「(……ここで取り逃がしても問題はありませんね。いえ、むしろサーベルナイトの関係者を引き摺り下ろす切っ掛けになるかもしれません)」

 

 ここで殺した場合、彼はサーベルナイトとして処分されず、レジスタンスに殺された貴族として報道されるだろう。それは下手すれば2級市民への風当たりを強くしかねない。だが、彼をサーベルナイトとして投獄する事が出来れば、彼の家は間違いなく失墜する。本来不可能であるそれが、今ならば出来る。ここで逃がし、あの男性、『征伐のミト』の力を借りれば。ならばここは、一度撤退するのが得策。

 

「隊長、ここは一度……」

「引くぞ」

「えっ?」

「なんだ、殺さんのか?」

 

 カオルがそう進言するよりも早く、ルークが撤退の合図を出す。驚くカオルと、少し不満そうなランス。だが、二人ともルークに食っては掛からない。カオルは元々そう進言するつもりだったし、ランスはルークに何かしらの考えがあるという事を判っていたからだ。そんなルークに唯一食って掛かっていったのはプリマだ。

 

「何を言ってるんだ! ここで殺さないと、また犠牲者が……」

「大丈夫だ」

 

 サーベルナイトを殺した場合少し面倒な事になるのは、カオル同様ルークも承知していた。勿論、治安隊に引き渡せない場合は殺すのもやむなし。流石に取り逃がすよりは殺した時のデメリットの方がマシだ。だが、今響いてきた治安隊の声を聞いて一つの確信を得る。

 

「サーベルナイトは捕まる、必ずな」

「それは……?」

「皆さん、お帰り盆栽の準備が出来ました。こちらへ!」

 

 少し離れた位置でシィルが手招きをする。あまり近すぎるとサーベルナイトも連れて行ってしまうからだ。一同がそちらに駆けていく中、プリマだけがその場を離れようとしない。それに気が付いたランスがプリマの腰に手を回し、強引に引っ張っていく。

 

「離せ! 離してくれ! あいつだけは……ひゃん!」

「こらー、エロ隊長! どさくさに紛れてプリマの乳揉んでんじゃねーぞ!」

「がはは! 単なる偶然だ、不幸な事故なのだー」

「満面の笑みで何を言うか! このっ……」

 

 ランスのせいで力の抜けたプリマは簡単に引きずられていき、シィルの持つお帰り盆栽が光に包まれる。向こうで治安隊の女性の声がするが、ギリギリ鉢合わせずに済みそうだ。

 

「あいつだけは……みんなの仇なんだ!!」

「(彼女のこの目……いや、少し違うな……)」

 

 プリマの目を見てルークが何かを感じ取る。だが、もう遅い。一同を光が包み込み、その身を街の外へとワープさせてしまった。瞬間、セスナがある事に気が付く。

 

「(あれ……カオルさんは……?)」

 

 当然全員いるものだと思っていたが、いつの間にか一人だけその姿を消していたのだ。

 

 

 

-ゼス イタリア 南部-

 

「キューティ、見つけました」

 

 全速力で駆けてきたミスリーとキューティは、東の方に倒れている男を発見する。彼がマッハぴよ笛を吹いた貴族だろうか。奇しくも笛の音が聞こえてきたのは、元々自分たちが目指していたのと同じ方向。だとすると、サーベルナイト事件と何か関わりが。そんな事を考えながら男に近づいていくキューティ。

 

「大丈夫ですか? 私は治安隊隊長、キューティ・バンドです。何がありました?」

「大丈夫な訳ないだろぉぉぉ! 来るのが遅いんだよ! 見ろ、腕が、腕が無いんだよ! くそぉ、あのレジスタンス共めぇぇぇ!!」

「ミスリー、周囲には……?」

「駄目です。既に気配は感じません」

「そう……とりあえず、彼の止血を」

「はい」

 

 自らの右腕を示してくる目の前の甲冑男。その腕は肘から先が無くなっていた。目を逸らしたくなる状態だ。見れば、少し先に腕が無造作に転がっている。周囲に散らばっている血はこの男の物か。と、ここである事に気が付く。目の前の甲冑男が、手配犯の姿と同じなのだ。

 

「サーベルナイト!?」

「うっ……そ、それがどうした! 私はハッサム・クラウンだぞ!」

 

 治安隊と聞いて安心していたのか、ハッサムは残っている左手で自らの兜を外して顔を見せる。確かに見覚えがある。彼は金融長官ズルキの息子、ハッサム・クラウンだ。

 

「やはりサーベルナイトの正体は……」

「あぁ? お前、隊長なのに知らなかったのか? 治安隊には根回ししていたはずだぞ!」

「……キューティ、本当なのですか?」

「……サーベルナイト事件を追う必要はない、捕まえる必要もない、と言われていたのは事実です」

 

 ミスリーの問いにキューティが眉をひそめる。圧力は確かに掛かっていた。その事から、犯人の正体がかなり権力を持った貴族であるという目星もついていた。だが、今のハッサムの口ぶりからすると、治安隊の中にはサーベルナイトの正体が彼という事を知っていた者もいるようだ。

 

「(私への情報が止められていた……やはり、私も相当警戒されている……)」

 

 四天王の山田千鶴子や四将軍たち、いわゆるガンジー派と懇意にしていると噂になっているキューティは、いつの間にか反ガンジー派から目を付けられていたのだ。そのため、隊長の自分にはサーベルナイトの正体が知らされず、ただ圧力を掛けられるだけであった。治安隊とて一枚岩ではない。むしろ、反ガンジー派の方が圧倒的に多いのだ。

 

「(彼らと繋がっていたのは副長……いや、西部の支部長……駄目だわ、候補が多すぎる)」

「いいから早く安全なところまで連れて行け! ぐうっ……痛いぃぃ……」

「キューティ……」

 

 治安隊は味方。自分が捕まるはずがない。そう思っているハッサムは強気な態度を取り、その事がミスリーを苛立たせていた。だが、本当に彼を捕まえる事は出来ないのか。すがるような声でキューティに問いかけると、彼女は真剣な表情で小さく頷いた。

 

「……判りました。ハッサム・クラウン様、貴方を保護します」

「…………」

「そうだ、それでいいんだ!」

 

 その言葉に、ミスリーは少しだけ心の中で落胆していた。そのままキューティは傍に落ちていた剣を拾い上げ、よろよろと立ち上がっていたハッサムに手渡す。

 

「ハッサム様の剣ですよね? お返しします。鎧も剣も、随分と素晴らしいもののようで……」

「何を……今そんな事はどうでもいいだろ! 早く安全な場所に連れて行け!」

 

 キューティから奪い取るように剣を受け取り、血走った目で睨み付ける。直接話した事はないが、何かのパーティーの場で遠目に見た事はある。その時のハッサムは、もっと紳士的な振る舞いであった。やはり、相当殺気立っている。

 

「それだけの剣と鎧をお持ちで、レジスタンスに負けたのですか?」

「貴様、何を……?」

 

 ハッサムが更に反応を見せる。そのハッサムに見下すような視線を送り、キューティがハッキリとその言葉を口にした。

 

「……少し、無様ですね」

「き、き、貴様ぁぁぁぁ!! 治安隊風情が、この私に向かって無様だとぉぉぉ!! その罪、死を持って償え!!」

 

 先程受け取った剣をキューティの頭目がけて振り下ろすハッサムだったが、その剣先がキューティに届く事は無かった。どこから現れたのか、突如割って入ってきた二体のウォール・ガイに攻撃を防がれる。キューティの相棒、ライトくんとレフトくんだ。

 

「なっ……!?」

「きゅー!!」

「ぐっ……あがっ!!」

「ミスリー!」

「えっ……あっ、はい!」

 

 反撃の電撃が体を走り、ハッサムはそのまま地面に倒れこむ。すぐさまキューティがミスリーに指示を出し、それを受けたミスリーは電撃の衝撃で落としていた剣を蹴り飛ばし、左手を掴んでハッサムを組み伏す。

 

「き、貴様ら……」

「サーベルナイト……いえ、ハッサム・クラウン! 公務執行妨害の現行犯で逮捕します!」

「な、なんだとぉ!?」

 

 信じられない言葉にハッサムが目を見開く。治安隊が自分を捕まえられるはずはない。そう圧力を掛けたはずだ。だが、その問いを投げるよりも先にキューティが言葉を続ける。

 

「サーベルナイトは捕まえられません。ですが、私が捕まえたのは公務執行妨害をした暴漢です」

「なっ……」

「きゅー! きゅー!」

「どうしたの、ライトくん……あら! これは血の付いた剣! こっちはサーベルナイトの兜……なんという事でしょう。たまたま捕まえた暴行犯が実は貴族で、それもサーベルナイトだったなんて!」

 

 清々しいまでの棒読みでそう言ってのけるキューティに、ハッサムは言葉が出なかった。パクパクと口を上下させ、その姿はまるで金魚のよう。そのハッサムを組み伏すミスリーに軽くウインクをしながら、キューティはニッコリと笑う。

 

「……こんな筋書きでどう?」

「素晴らしいです、キューティ。でも、ハッサム・クラウン逮捕と言ってしまっていましたよ」

「おっと、訂正。名も知らぬ暴漢、逮捕っと」

「きゅー!」

 

 くすくすと笑い合いながら、ミスリーは心の中でホッとしていた。少しでも彼女の事を疑った自分が恥ずかしい。サイアスだけでなく、彼女もまた信用に値する人物なのだ。

 

「でも、相手を挑発するのは私には向いてないわね。心が痛かったわ」

「いえ、中々様になっていましたよ」

「くそ……こんな……馬鹿な事が……」

 

 この日、サーベルナイトことハッサム・クラウンは捕縛された。

 

 

 

-ゼス イタリア 某所-

 

「ふむ、私が出るまでもなかったか」

 

 イタリアの街を囲む外壁の上、無駄に高いその場所に三つの人影があった。大柄の男が真ん中に立ち、その左右には二人の美女が連れ立つ。彼らが見下ろすのは、サーベルナイトを捕縛するキューティたち。治安隊はサーベルナイトを逃がすと思っていたが、まさか捕まえるとは。二人の女性も驚いた様子だ。

 

「カクさん、確か彼女は以前……」

「はい。治安隊のキューティ・バンド隊長ですね」

「ふむ、覚えておこう」

 

 カクさんと呼ばれた女性が口を開く。それは、グリーン隊副隊長のカオルであった。となれば、残りの二人の正体も自ずと見えてくる。もう一人の女性、赤髪の少女はもう一人のお付き、ウィチタ。そして彼女たちを引き連れる大柄の男は、この国の王、ガンジー。

 

「……アイスフレームにルークが来たというのは本当なのか?」

「はい。何とか説得し、一時的にですが協力して頂いています」

「あの男が……」

「ふむ……」

 

 ルークと謁見した際、千鶴子やサイアスと共に彼女も同席していた。そのため、ガンジーはキューティの事を覚えていたのだ。貴族であるハッサムを逮捕する豪胆さ。中々に良い正義の心を持っていそうだと頷くが、今はそれよりも大事な事がある。ルーク・グラント。解放戦の英雄がアイスフレームに入隊したというのだ。魔人の腕を切り落としたという、あの不可思議な男が。

 

「ルーク、お前はこのゼスに何をもたらす……?」

「…………」

「ガンジー様……」

「……カクさん、引き続き潜入を頼む。ルークの事も逐一報告してくれ」

「かしこまりました」

 

 

 

翌日 昼

-アイスフレーム拠点 本部-

 

「サーベルナイトが逮捕……?」

「はい」

 

 翌日、イタリアから戻ってきたルークたちは本部へと集まり、今回の任務の報告をウルザたちにしていた。いなくなったカオルを心配していた一同だが、カオル曰くその後の動向を探っていたらしい。殆どの者はそれで納得していたが、セスナや殺のように察しの良い者は少しだけ腑に落ちない様子であった。

 

「がはは、まあ俺様の大活躍のお陰だな。あそこまで痛めつけたからこその逮捕、これは俺様の手柄と言っても過言ではないな」

「ランス様、サーベルナイトを倒したのはルークさんで……」

「ていっ!」

「ひんひん……痛いです、ランス様……」

 

 ある意味お約束とも言えるランスとシィルのやり取りを横目に、ウルザは再度カオルに確認する。

 

「形だけの逮捕で、すぐに釈放されてしまったという事は……?」

「いえ、犯罪者として裁かれ、既に拘留されています」

「随分と早いな……」

 

 これには後ろに控えていたダニエルも驚く。

 

「サーベルナイトは、推測通り貴族でしたか?」

「はい。ズルキ・クラウン金融長官の子息、ハッサム・クラウンでした」

「だから治安部隊も黙認していたのね……」

「そういや、イタリアでもそんな事を言っていたな。貴族の息子だから、治安部隊に圧力が掛かっていると」

「ですけど、そう考えると逮捕されたのは本当におかしいですね」

 

 ランスの言葉にシィルも続くが、突如ウルザが何かを思い出したかのように口を開く。

 

「まさかあのお方が……『征伐のミト』がまた現れたのですか?」

「征伐のミト? なんだそれは?」

「(ミト……どこかで……ああ、そうか!)」

 

 どこかで聞いたような気がした名前であったが、突如キラキラとした表情になったカオルを見てルークは思い出す。あるいは、彼女がいなければ思い出せなかったかもしれない。何せ、一度しか聞いていない偽名だ。

 

『畏まらずとも良い、忍びの身だ。そうだな……ミトとでも名乗っておこう』

 

 ゼス国王、ガンジー。以前に一度謁見した際、確かにそう口にしていた。こんなもの、カオルのヒントなしに思い出せるはずもない。

 

「どこのどなたか存じませんが、どのような悪をも倒す正義の味方です」

「庶民に対して非道を繰り返す者には天敵のような存在ですね」

「ふーん」

 

 カオルとウルザが口々に褒め称えるのを聞きながら、珍しくランスが興味を示す。

 

「で、美人か? 可愛いタイプか?」

「とても素晴らしい男性だと聞いています」

「ちっ。ならどうでもいい」

「こ、この男は……」

「それで征伐のミトがサーベルナイトを?」

 

 が、その興味も一瞬であった。呆れるプリマとは対照的に、既に慣れた様子のネイやシトモネ。これがランスだ、一々振り回されていたら疲れるだけ。話を進めるべく質問したシトモネだったが、カオルは首を横に振った。

 

「いえ、違います。征伐のミトではありません」

「では、何故……?」

「治安隊隊長、だろ?」

 

 ルークが静かに口を開くと、カオルはゆっくりと頷いた。

 

「はい。治安隊のキューティ・バンド隊長がハッサム・クラウンを逮捕、拘留したとの事です」

「やっぱりあの声、キューティか!」

「……うん、そうだと思った」

「えっ? ネイさん、セスナさん……?」

「どういう事だ?」

 

 キューティの名前が出てきて声を上げるネイとセスナ。やはり彼女たちも気が付いていたか。呆然とするウルザの後ろに控えるダニエルが眉をひそめ、鋭い眼光でルークに問いかける。サイアスとの関係もばれているのだ、これを隠す必要はない。

 

「キューティ・バンド。治安隊隊長で、ガンジー派の女性。魔法使い至上主義にも懐疑的だ。サイアス同様、以前から交流があってな」

「そうですか……治安隊のトップは、そのような方が……」

「誰だ?」

「えっと……闘神都市で一緒でしたゼスの……」

「それでルーク隊長は、あの時撤退すると……」

「ああ。彼女なら、サーベルナイトをみすみす逃がすような事はしないと思ったからな」

 

 ランスに説明するシィルだったが、彼女もどこかうろ覚えのような感じだ。まあ、無理もない。闘神都市の戦いで一度一緒だっただけだし、あの時は大部隊だったから割と地味目なキューティを忘れていても仕方のない事だ。

 

「大丈夫! キューティの事は私も知っているけど、信用できる人間よ」

「うん……」

「ネイさんとセスナさんがそこまで言うなら……そうなのかな?」

「インチェルちゃん、たまには自分で考えなきゃだめよ」

 

 ネイとセスナも後に続く。こちらの二人もキューティとは関係が深い。彼女に雇われて闘神都市の戦いに参加したのだ。来たばかりのルークだけでなく、レジスタンス内でも信用の厚いネイとセスナがそう言うならと、周囲も納得をする。

 

「グリーン隊の皆さん、ブラック隊の皆さん、お疲れ様でした。次の任務までゆっくり体を休養させてください」

 

 ウルザが頭を下げて皆を労い、そのまま奥へと下がっていってしまった。ダニエルもそれに続こうとするが、ピタリと足を止め振り返る。

 

「サーベルナイトを倒したか。噂にたがわぬ力のようだな。そっちは悪運か、実力か……判らんが、まあ生還してきた事は大したもんだと褒めておこう」

「このジジイ……まるで俺様には死んで欲しかったかのような口ぶりだな」

「ほう、思ったよりも頭が回るようだな」

「貴様……まあいい、これで俺様の実力は判っただろう! あんな雑魚ではなく、もっと強い相手の任務を回すんだな!」

 

 そう吐き捨ててランスがずかずかと本部を後にし、他の隊員たちもその場を後にしていく。そんな中、ルークは一人その場に残っていた。何か話があると察したダニエルは、静かにルークに問いかける。

 

「なんだ?」

「今回の任務、このレジスタンス内ではどれくらいの規模に当たるんだ?」

 

 その質問の意味をダニエルはすぐに察する。察したからこそ、一呼吸の間を置いてからその質問に答えるのだった。

 

「……かなりの部類だな。普段はもっと地味な活動が多い」

「……間があった事を鑑みるに、俺の言いたい事は判っているようだな」

「…………」

 

 

 

-アイスフレーム拠点 広場-

 

「んー……」

「ランス様、どうかしました?」

「奥歯に物でも引っかかっただすか?」

「カオル、レジスタンスの活動はいつもこんな感じなのか?」

 

 その頃、ランスも同じような質問をカオルにぶつけていた。

 

「なんか、しっくりこんというか、ちんたらしているというか……」

「それは……」

「こんなんじゃ、100年経っても改革など無理じゃないか?」

 

 

 

-アダムの砦-

 

「ハッサムがね……判った、下がっていい」

「はっ!」

 

 報告に来た伝令兵を下がらせ、この砦の主が椅子に深く腰かける。炎の四将軍であり、逮捕されたハッサムの従兄、サイアス・クラウンだ。

 

「伝令兵は俺に気を使っているようだったが、俺としては彼女たちを褒めたいくらいなんだがな」

 

 そう呟きながら静かに笑う。キューティとミスリー、あの二人が上手い事機転を利かせてサーベルナイトことハッサムを逮捕したらしい。以前からズルキ親子の事を良く思っていなかったサイアスにしてみれば、従弟の逮捕はむしろ朗報であった。

 

「これでズルキの権威も落ちるな……」

「すいません、失礼します!」

「んっ……入れ。どうした?」

 

 先程帰ったはずの伝令兵が再び引き返してきたのだ。何事かと部屋に招き入れると、その顔色は青い。

 

「マジノラインから報告が……」

「……動きがあったというのか?」

「はい……」

 

 この報告は、既に他の四将軍、四天王にも届いているだろう。となれば、近々招集がかかるかもしれない。普段ならばウスピラとの再会に心躍るところだが、流石に今はそうも言ってられない。マジノラインに動きあり、それが示す事柄は一つ。

 

「魔軍め……まだこのゼスを狙っているのか……」

 

 

 

-アイスフレーム拠点 孤児院-

 

「はーい、どんどん食べてね! キムチって名がつく者にしか作れない、伝説のキムチ鍋!」

「うひー、辛いー! でも美味しいー!」

「……うま、うま」

「カラウマー!」

 

 夜、孤児院にはいつも以上の活気が溢れていた。ブラック隊の面々が孤児たちと共に食事をしていたからだ。一仕事終えた後だから、食事でもして交流を深めようと考えていたルーク。その事をセスナに話すと、キムチに協力を頼んでくれたのだ。キムチもこれを快く了承。

 

「ふむ、美味いな」

「そうですね。口の中に残る辛みがまるで愛撫のようでもあり……」

「ありがとう、殺ちゃん。タマネギさん、子供たちの前で次に同じ事言ったら追い出すからね」

「おっと、これは失礼……」

「カラウマー!!」

 

 また、グリーン隊からも殺、タマネギ、ルシヤナの三人が参加していた。元々魔法使いにそれ程抵抗のなさそうな三人であり、快く誘いに応じてくれた。

 

「(ランスは用事があるからとパス……用事って何だ?)」

「あの、ルークさん、おかわりどうぞ」

「ああ、ありがとう」

「カラウマー!!!」

 

 あおいがキムチ鍋のおかわりをよそい、手渡してくる。それを受け取りながら、不参加となったグリーン隊の面々を考える。シィルはランスがいないならばと不参加、ロッキーも同様。いや、彼は口にしなかったが、魔法使いであるシトモネと一緒に食事を取りたくなかったのだろう。プリマにも断られた。どうやら先のサーベルナイトの一件で思うところがあるようだ。メガデスもプリマがいないならパスとの事。

 

「(まあ、ブラック隊は全員参加な事を考えれば、先の目標は達成できたか)」

 

 サーベルナイトの任務で自分の力を認めさせる。どうやらそれは上手くいったようだ。インチェルや珠樹、ナターシャの警戒心が少しばかり薄れているのをルークは確かに感じ取っていた。

 

「じるじる……ずるずる……はひ……」

「はー……いつ食べても美味しい……はひ、はひ……」

「カラウマー!!!!」

「ルシヤナうるさーい!!」

 

 いい加減インチェルが突っ込みを入れ、孤児院に笑いが起こる。中々良い交流にはなったようだ。

 

「ごちそうさまでしたー!」

「隊長、明日からもよろしくね!」

 

 食事を終え、ぞろぞろと一同が帰っていく。孤児たちもそろそろ寝る時間のため、布団を敷き始めていた。洗い物をするキムチの横に立ち、ルークが礼を言う。

 

「いきなり大人数で押しかけて悪かったな、キムチ」

「気にしないで。食事はみんなで取った方が楽しいからね」

「アルフラもあおいちゃんも元気そうで何よりだ」

「ルークのお陰よ。本当に感謝している」

 

 ロリータハウスから助け出した子供たちは、アルフラとあおいを除いて既に信頼のおける家に引き取られていったという。残った二人も以前助け出した時とは違う、心からの笑顔を見せていた。やはり、キムチに預けて正解だった。

 

「あの時とは、所属する組織も変わっちゃったけどね」

「……大変だったみたいだな」

「なんとか子供は全員連れてきたわ。出来ればもう一人、ついて来て欲しい人がいたんだけどね……」

「…………」

 

 

 フット・ロット。ロリータハウスの一件の際、彼が上手くルークと交渉した事がアルフラたちを孤児院に預けた一因であったとも言えよう。だが、そんな彼はアイスフレームではなく、ペンタゴンに残ったという。セスナもネイも、その事に関しては少し落ち込んでいた。

 

「(俺も、フットはアイスフレームに来てるものだとばかり思っていたんだがな……)」

 

 一度しか会っていないが、あの男はどこか信用出来た。ボーダーの知人である事も大きかったかもしれない。何故彼は過激派のペンタゴンに残ったのか。

 

「ごめん、そろそろ時間だからルークも帰って。聞いているわよね?」

「……まあな」

 

 キムチが静かに笑うが、それはどこか痛ましい笑みであった。キムチ・ドライブ。孤児院の院長という肩書きの彼女だが、レジスタンス内での発言力はダニエルやアベルトに匹敵する。それは何故か。

 

「あおい、子供たちを二階に上げないでね」

「キムチ先生……」

 

 それは、彼女が男性隊員の慰安をしているからだ。こういった組織で性に対する欲求を抑え込むと、最悪な事態を招きかねない。それを回避するため、誰もが嫌がる仕事をキムチは自ら引き受けたのだ。そんな彼女をレジスタンスの一同は称え、感謝し、幹部級の発言力を認めているのだ。

 

「……すまんな、今日一日だけお節介を焼かせてもらう」

「ルーク?」

 

 ルークとて、そこまで決意した彼女を止める事は出来ない。リーザスのようにまともな軍ならいざ知らず、言ってしまえば傭兵やごろつきの集まりであるこういった組織に、彼女のような存在が必要である事は承知していたからだ。だから、たった一日のお節介。孤児院の外に出ていくと、順番待ちをしている男の列が目に入った。

 

「ん? 何で先客が……って、あんたは!?」

 

 まだ慰安の開始時間ではないはず。それなのに、孤児院から男が出てきた。首をかしげる男隊員だったが、その顔を見て目を見開く。知らないはずがない。今アイスフレーム内でも有名な男だ。

 

「すまんな、今日一日だけキムチを貸してくれるか」

「は、はい! 勿論!」

「ええっ! そんな……俺、溜まってんだよ」

「おい、いいから帰るぞ!」

「馬鹿、解放戦の英雄に逆らう気か。それも、ランスさんの友人って噂もあるんだぞ」

「殺されちまうぞ……」

「(うーむ、悪いイメージもついてそうだな……)」

 

 すごすごと帰っていく男たちの背中を見ながら、ポリポリと頬を掻くルーク。ランスの悪評が自分にも影響を及ぼしてそうなのを感じ取ったが、今だけはむしろ感謝すべきだっただろうか。特に揉める事もなく引き下がってくれたのだから。家の中にルークが戻っていくと、キムチがどこか困った風な表情を浮かべていた。

 

「ルーク……ありがたいけど、あまりこういう事はしないでね。不満が溜まっちゃうから」

「ああ、すまん。多用はしない。まあ、今日一日くらいゆっくり休んでくれ」

「ん……そうね、ありがたく受け取っておくわ」

「ルークさん、ありがとうございます!」

 

 一度ため息をついた後、キムチがようやく微笑む。その横ではあおいが深々と頭を下げていた。

 

「さて、これから外に出ていくのも不自然だな。キムチ、布団は余っているか? アルフラたちと一緒に寝る」

「ルーク、そっちの趣味は無いわよね?」

「あってたまるか」

「ふふ、判ってるわ、冗談よ。あおい、布団を出してきて」

「はい!」

「ルーク、泊まるの?」

「アルフラ、起きてたのか? ああ、泊まっていくよ」

「絵本、絵本読んで!」

 

 くすくすとキムチが笑う。もしそっちの趣味があるような男ならば、ロリータハウスを潰す訳がない。ルークの宿泊にアルフラがパッと明るくなり、ひしとその足にしがみ付いてきた。こうして、ルークは孤児院で一夜を過ごすのだった。この夜、アイスフレームに大きな出来事があったなど知る由もなく。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 ウルザの部屋-

 

「おーい、ウルザちゃん……もしかして、酷く痛かったりしたか?」

「…………」

 

 ランスの問いかけにウルザは応えない。乱れた着衣をそのままに、視線を泳がせていた。泣いてはいない。ただただ呆然としているのだ。

 

「(うーむ、まずかったか? 今にも自殺してしまいそうだ……)」

 

 この日、ランスはウルザの屋敷に忍び込み、彼女の寝こみを襲っていた。いつまで経っても改革など成功しないと判断したランスは、さっさとウルザと一発ヤり、レジスタンスを後にしようと考えたのだ。

 

「(ウルザちゃんの方も、別に良いと言ったのになー……流石に死なれるのは寝覚めが悪い……)」

 

 途中、手を出す前にウルザが起きてしまったが、何か諦めた風の彼女は好きにしてくれとランスを受け入れた。そのままウルザの処女を頂いたランスだったが、先程から呆然としているウルザを見て流石に焦り出す。そんなランスをよそに、ウルザは自身の罪を悔いていた。

 

「(初めては好きな人とするものだと思っていたけど……ふふ、今の私にはお似合いね。これは罰だ……あんな事をしてしまった、私への罰……)」

「うーむ、えーい、仕方ない! 痛くなくなるまで俺様が付き合ってやる。何度もこの部屋に来てウルザちゃんを抱いてやる!」

「……えっ?」

「だから自殺なんてするなよ! 自殺したり誰かに告げ口したら、里中に俺様とえっちしたことをばらすぞ」

「っ……」

 

 ランスの言葉にウルザの意識がハッキリとしてくる。別に自殺する気などないのだが、ランスはそれを止めるために何度もこれからこの部屋に来るというのか。多分、その度に抱かれるのだろう。こちらとしては全然有難くない。すると、階下から物音がしてきた。ダニエルだ。ランスもそれに気が付いたのか、窓を開けてそのまま外に飛び出していく。

 

「いいか、自殺なんかしたら酷い目に遭わせるからな!」

「ぷっ……」

 

 最後にそんな捨て台詞を残して。それを聞いたウルザは、自然と吹き出してしまっていた。

 

「酷い目に遭わせるって……死んでしまったらどうする事も出来ないでしょ、ランスさんったら……」

 

 そう呟き、自分の足に目を落とす。そう、死んでしまったら何も出来ない。でも、今の自分は死んでいるのと何が変わらないというのか。何も出来ないレジスタンスリーダー。歩くことも、前を向く事も出来ない。

 

「そう……生きていたって、私にはどうする事も出来ない……」

「ウルザ。物音がしたが、何かあったのか?」

 

 そんな呟きを掻き消すようにダニエルが部屋に入ってくる。彼にランスの事を話せば、全てが終わる。

 

「……ううん、何でもないわ。本を下に落としてしまっただけ」

「落とした本はどうした?」

「あっ……何とか自分で拾えたから」

「そうか……動く気になってくれたのは嬉しいが、無理な時は儂に声を掛けてくれ。では、あまり夜更かしはするんじゃないぞ」

「ええ、おやすみなさい」

 

 もう、どうでもいい。告げ口する気力も自殺する気力も湧かない。

 

「(こんな私なんか、もうどうにでもなっちゃえ……)」

 

 

 

-アイスフレーム拠点 広場-

 

「うーむ、ウルザちゃんを抱いたらとんずらするつもりだったのだが、面倒な事になってしまった」

 

 はぁ、と大きなため息をつくランス。正直、ゼスの未来だとか改革だとかどうでもいい。ランスにとって一番重要だったのは、ウルザを抱く事なのだ。それを果たした今、アイスフレームに用はない。だが、ウルザに自殺されては寝覚めが悪い。

 

「……しかし、これはチャンスか。俺様の女の物は俺様の物。つまり、ウルザちゃんの物は俺様の物。つまりつまり、アイスフレームは俺様の物。俺様が影の支配者という訳だ」

 

 元々アベルトやサーナキアと同じ隊長というポジションは気に食わなかった。救世主である自分はもっと上の立場でなければならない。

 

「影番ともなれば、あんなちんたらした任務ではなく、派手な事をドンドンやらせられるな。余計な男共も排除しよう。俺様以外の男がキムチさんを抱くのは許せん、うん」

 

 自分がアイスフレームを自由に出来ると考えた瞬間、あれやこれやとアイデアが浮かんできた。にんまりと笑みを浮かべるランス。

 

「なんだ、良い事尽くめではないか! 今すぐウルザちゃんに伝えに行かねば!」

 

 元来た道をウキウキしながら引き返すランス。そのままダニエルに見つからぬよう、再度ウルザの部屋に忍び込んでいくのだった。

 

 

 

翌朝

-アイスフレーム拠点 本部-

 

「ウルザ……これはどういう事だ?」

「…………」

「活動資金が底をついているのは事実だ。組織の規模を縮小するのも、ウルザが言ってくれなければ儂が進言しようと思っていた事。それは良い」

「…………」

「だが、何故残留組にあの男が残っている」

 

 ウルザがダニエルに渡した残留組リスト。そのリストに載っている男はほんの僅かであった。キムチの事を思っての行動かとも思ったが、だとすればそこにいてはならない人物の名前がある。ランスだ。いや、キムチだけではない。この男は爆弾だ。

 

「彼の戦闘力が必要だからです」

「あれは危険な男だ。戦闘力ならば、ルークだけで十分。この機会に解雇すべきだ」

「ルークさんがここに残っている理由の一つはランスさんだと思います。彼を解雇すれば、ルークさんもいなくなってしまう可能性は十分にあります」

「だとしてもだ! あれは危険すぎる!」

 

 ダニエルが語気を強め、ウルザが少しだけその身を強張らせたが、一度息を呑んで気持ちを落ち着かせてからゆっくりと言葉を続けた。

 

「ダニエルはいつも言っているわ。アイスフレームは私の組織だから、好きにしていいと……」

「…………」

 

 その言葉を受け、ダニエルは悲しそうな表情を浮かべた。それがまた、ウルザの胸にちくりと痛みを残す。嘘だ、自分の好きになどしていない。あの人の好きにしているだけだ。こんな嘘で、自分は大切なダニエルにこんな悲しい表情をさせてしまったのか。でも、もう退けない。流されるままに、動き出してしまったのだから。

 

「……判った、好きにするといい」

 

 流されるままに組織は動き出す。これより数日の間に、男性隊員の多くが解雇となり、ウルザより解雇金を貰って組織を去って行った。

 

「えっ!? バーナードさん解雇!?」

「いえ、バーナードさんは残留ですわ。どこをどう聞き間違えたらそうなるんですの?」

「(……とにかく、ガンジー王に伝えなければ)」

 

 当然、残った者たちにも動揺が走る。あのカオルですら、今回のウルザの真意は読めなかったのだ。

 

「ウルザ様……一体どのようなお考えが……」

「ますます活気が無くなってしまいましたね」

「サーナキア、アベルト。何か思い当たる節は?」

「それがサッパリなんだ……」

「こちらも判りかねます」

 

 隊長たちも同様。ルークの問いにサーナキアもアベルトも答える事が出来ない。これでキムチの苦労は減るだろうが、それはこちらの勝手な都合。解雇された男性の中には、まだマシな隊員もいた。残留した女性の中には、申し訳ないが役に立ちようがない者が混ざっている。人員削減を掲げたとはいえ、到底妥当な解雇とは思えない。

 

「ウルザに何があった……」

 

 こうして、アイスフレームは大きくその姿を変えた。

 

 

 

-秋の森-

 

「ううっ……俺たちこれからどうすりゃいいんだ……」

「こんな退職金、すぐに無くなっちまう」

「俺たちだって、国のために必死に働いてたっていうのに……」

 

 アイスフレームの拠点からある程度離れた森の中で、解雇された男性隊員たちがさめざめと泣いていた。あまりにも突然、あまりにも不当すぎる。確かにあまり役には立っていなかったが、自分たちだってゼスのために頑張っていたのだ。

 

「全部、あのランスとルークのせいだ。あいつらがウルザ様をそそのかして、俺たちを解雇にしたんだ! そうに違いない!」

 

 半分正解である。

 

「くそぅ、許せねぇ!!」

「どうする、復讐するか?」

「二秒で三枚に卸される自信がある」

「駄目じゃねぇか……」

 

 とはいえ、ランスとルークの強さは十分に承知している。寝こみを襲っても勝てる気がしない。はあ、とため息をつく一同。そんな彼らの視界に、美しい和装の女性の姿が飛び込んできた。

 

「おい……」

「ああ、めちゃくちゃ美人だ」

「そういやあの日、キムチさんとヤれなかったから溜まってんだよな……」

 

 ここは森の奥深く。悲鳴など外には届かない。目の前にはか弱そうな美人。こちらは滾った男複数名。やる事など決まっている。

 

「ブッシュ、どうする?」

「ゴーだ! イエス、ウィーキャン!!」

 

 ブッシュと呼ばれた男がリーダー格なのだろうか。グッと拳を握りしめて合図を出すと、一斉に男たちは和装の金髪美女に飛び掛かっていった。

 

「お姉さーん! 良い事しようぜー!!」

「恨むならあの男たちを恨むんだな!!」

「へっ? えっ?」

 

 見事なルパンダイブから数十秒後、森の中に大きな悲鳴が響いた。可憐な美女の声ではなく、野太い男たちの声であったが。

 

「つ、強ぇ……」

「あの……何で突然襲ってきたんですか? 何か用でも……?」

 

 薙刀を構えた女性はあっという間に男たちをボコボコにしていた。こちらは十人近くいたというのに、信じられない強さだ。そのうえ、自分が襲われた理由も判っていない。これはかなりの天然。

 

「……いける! この姉さんなら、あいつらに勝てる! 復讐が出来る!」

「あの……」

 

 きょとんとしている和装美女に対し、ブッシュがその場で土下座を決める。

 

「あ、貴女の強さを見込んでお願いがあります! 実は、人類皆殺しを目論む宇宙人が宇宙からやってきているんです! そいつらを退治して欲しいんです!」

「(そんな無茶なー!)」

「あらあら、それは大変……私に手伝える事はありますか?」

「(信じたー!!)」

 

 ルークたちに、恐るべき力を持った美女が迫る。

 

「ありがてぇ! それで、姉さんのお名前は……?」

「あ。リズナです。リズナ・ランフビット」

 

 だが、それは知り合いであった。

 

 




[人物]
タマネギ
LV 6/30
技能 調教LV2
 グリーン隊隊員。本業は考古学者だが、その道では有名な調教師でもある。最近では人間の調教に飽き、女の子モンスターの調教に手を出し始めていた。そんな折、アイスフレームには迷い込み、ランスの傍にいればより珍しい女の子モンスターを捉えられるだろうと思い、レジスタンスに参加。実は妻子持ち。

サイアス・クラウン (6)
LV 44/51
技能 魔法LV2
 ゼス国炎の四将軍にしてルークの旧友。最近、リーザスからの牽制が激しくなっており、国境であるアダムの砦を指揮する者として心労が増えている。今章における最重要人物の一人。

レプリカ・ミスリー (6)
LV 37/60
技能 けんかLV1
 サイアス直属の護衛である闘将。サイアスの命もあり、治安隊隊長のキューティと行動を共にする事が多い。魔法使いにとっては驚異的な体であるため、周囲からは疎まれている。

キューティ・バンド (6)
LV 31/38
技能 魔法LV1
 ゼス治安部隊隊長。治安隊に掛かる圧力に押し潰されそうになりながらも、自らの正義を曲げずに動いている。だが、そんな彼女の事を疎ましく思い、排除しようと画策している貴族も少なくない。

ライトくん (6)
 キューティの良き相棒である指揮ウォール・ガイ。本作のマスコット枠。

レフトくん (6)
 キューティの良き相棒である指揮ウォール・ガイ。誰が何と言おうとマスコット枠。


[技能]
調教
 育成する事に長けた才能。うしやてばさきなどの動物、人間、モンスターなど、人によって得意分野は分かれる。技能Lv2ともなれば、ある程度全ての調教を行える逸材。

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