-悪魔の洞窟 入り口-
「はーい、到着!」
「ここが悪魔の通路がある洞窟か」
カンラの町を後にしたルークたちは、ロゼの案内で悪魔の洞窟の前までやってきていた。目の前にそびえ立つ岩肌にポッカリと空いた洞窟の入り口。とてもカスタムの町まで繋がっているとは思えないが、中は特殊な磁場が働いていて通常の概念とは違う空間であるとの事。
「ランス様、あそこに誰かいます」
「む、本当だ。女がいるな」
「あら? 私が通ってきたときはいなかったのに」
シィルが洞窟の入り口を指差す。そちらに全員が視線を向けると、確かにそこには一人の女がまるで番をするかのように仁王立ちしていた。背中の羽や手に持った鎌など、その風貌から悪魔だという事が見て取れる。だが、ルークとランスの二人は彼女の顔にどこか見覚えがあった。そのとき、女悪魔もルークたちに気が付く。遠目にこちらを窺っている五人組を訝しむような視線で見ていたかと思うと、突如大声を上げる。
「あーーーっ! お前はランス!」
「なに、知り合い?」
「いや、ここまで出掛かっているんだが……」
「とりあえず、ヤッたという事だけは覚えている」
ロゼにそう問いかけられ、ルークとランスが顔を見合う。二人とも彼女に見覚えはあるのだが、どこで出会ったかまでは思い出せないでいた。その反応にプルプルと震え出す女悪魔。
「あ、あんな酷い仕打ちをしておいて忘れただと!?」
「酷い仕打ち……そうか、カスタムの事件のときの悪魔か」
「おお、あのときのドジな悪魔だな」
ルークの言葉を受け、ポンとランスが手を叩く。洞窟の前で門番をしていた女悪魔は、かつてカスタムの事件の際ランスに召喚され、散々酷い目に会わされたあげく契約を破棄されて逃げ帰った悪魔であった。その事に気がついた一行は胸のつかえが取れたような顔をしているが、対照的に女悪魔は不機嫌そうな顔をしている。
「何がドジよ。卑怯な手で私を騙したくせに!」
「がはははは、騙されるお前が悪い。悪魔のくせに人間様に卑怯など、片腹痛いわ!」
「ルークさん、結局この悪魔とはどういう関係なんですか?」
「カスタムの事件は覚えているよな? あの事件の際、死後に魂を貰い受けるという悪魔の契約をランスと結ぼうとした悪魔だ。まあ、失敗したがな」
かなみの問いかけに答えるルーク。少しだけ苦笑しているのは、どのような手段でランスが契約を破棄したか思い出していたのだろう。すると、ルークの言葉を聞いたロゼが首を傾ける。
「魂回収役の悪魔? それだったら、結構な上位悪魔のはずだけど?」
「そうなのか?」
「ええ、少なくともこんな場所で門番をしているような立場ではないはずよ。ねえ、どうして門番なんかしているのかしら?」
「うぐっ……」
何故だか悪魔の事に詳しいロゼ。女悪魔の立場を疑問に思って問いかけてみると、女悪魔が顔をしかめる。どうやら指摘されたくなかった事柄らしい。唇を噛みしめ、ランスをキッと睨みつけながら静かに呟く。
「お前のせいで……六階級悪魔だった私は、今じゃ九階級悪魔よ……」
「がはは、自業自得だ」
「くっ……」
「因みに九階級というのは?」
「超下っ端。おい、ちょっと焼きそばパン買って来いよって命令されるレベル」
「勝手に変なイメージを植え付けるな!」
ロゼの言葉に女悪魔が猛抗議をする。元エリートである彼女にとって今の立場はあまりにも辛い。その元凶は、目の前に立っている口の大きな冒険者。自然と好戦的にもなろうというものだ。
「とにかく、そこをどいて貰おうか。俺様はその洞窟に用があるんだ」
「悪魔でない貴方たちを通す訳にはいきません」
ランスがそう口にするが、女悪魔はバッと両腕を拡げ、通せんぼするような形で洞窟の入り口前に立ちふさがる。突如事務的な口調になったのは、ランスを見て若干ヒートアップしていた事を反省してのものだろう。
「どうしても通らなければならないんです。なんとかなりませんか?」
「無理です。これが私の仕事ですので」
「以前の事なら謝罪する」
「その男が心からの謝罪をするとは思えません」
「あの、マッサージでもしましょうか?」
「いりません」
「ならば、俺様が性感マッサージをしてやろう、がはは!」
「謝る気0キログラム!?」
「おい、焼きそばパン買って来いよ」
「行くか!」
かなみ、ルーク、シィルが口々に女悪魔へと頼み込むが、聞く耳を持ってくれない。そんな中、ランスとロゼは余計に火に油を注いでいた。この二人、駄目な方向で似ているのかもしれない。そんなやり取りを繰り返している内にランスは痺れを切らし、ふん、と鼻を鳴らして剣を抜く。
「なら、力尽くで通して貰おうか。ついでにまたその体も楽しませて貰うとするか、がはは!」
「……やる気? 悪魔であるこの私と?」
瞬間、空気が変わる。女悪魔の言葉はそれまでと変わらぬ声量であったが、深く重みのあるように一同には感じられた。
「九階級だと思って甘く見ない事ね。上司の温情で、まだ実力は六階級のままなんだから」
そう言いながら女悪魔が鎌を構えると同時に、物凄い量の殺気が女悪魔から発せられる。ルークとかなみがすぐさま身構え、あのランスでさえ剣を抜いたまま額に汗を掻いていた。
「ルークさん、この悪魔……」
「ああ、相当やばい相手みたいだな。気を抜くな……」
「そりゃそうよ。六階級悪魔だったら、多分下級の魔人とならそれなりに渡り合えるわよ」
「魔人並か……ちっ、覚悟を決める必要があるな……」
ロゼが平然と口にしたが、それはかなり絶望的な言葉だ。この戦力でそんな強敵とやり合えというのか。想像もしていなかった場所での降って湧いた死闘にルークが覚悟を決める。かなみとロゼを庇うように一歩前に踏みだし、ランスも意識しているかは判らないがシィルを庇うように前に出ている。
「どうやらやる気みたいね。丁度良いわ。ランスには恨みもある事だし、八つ裂きにして魂を回収させて貰うわ」
「あら? やりあう必要なんか無いわよ?」
「何?」
この状況であっけらかんと言い放つロゼ。そう言われてみれば、先程からロゼの反応がおかしい。魔人並の実力を持った相手と戦おうとしているのに、余裕がありすぎるのだ。二度もカスタムの町から逃げ出した人物とは思えない反応である。気になったルークが後ろを振り返ってみれば、ロゼは鼻歌交じりに何やら魔法陣のようなものを地面に書いていた。
「ふん、ふーん」
「ロゼ、それは一体……?」
ルークがそう問いかけるのと同時にロゼは魔法陣を書き終え、ニヤリと妖しい笑みを浮かべながらルークとランスにこう問いかけた。
「ねえ、悪魔の下僕、欲しくない?」
「そこの女、何を……?」
「いでよ、ダ・ゲイル!」
ロゼのその言葉に反応した魔法陣が光り出し、強大な魔力を発する。すると、その魔法陣から一つの影が現れる。全身が青い毛で覆われ、頭頂部には角、背中には羽、そして目玉が三つある悪魔。別の悪魔を呼び出すという予想すらしていなかった事態に女悪魔の目が見開かれる。
「馬鹿な! 貴様、悪魔との契約を……」
「あ、動いちゃ駄目よ、悪魔さん。貴女、九階級って自分で言っていたわよね? ダ・ゲイル!」
「んだ。そこの小娘、動くでね。オラは八階級悪魔だべ。オラより下なんだから、命令に従って貰うべ!」
「くっ……」
「黙ってねで、返事は?」
「……はい」
ロゼの呼び出した悪魔、ダ・ゲイルにそう命令されると、何故だか女悪魔は素直にそれに従う。全員が呆気に取られる中、ルークが代表してロゼに疑問を投げる。
「どういうことだ? ロゼ、その悪魔は?」
「悪魔って完全な階級社会でね。自分よりも階級が上の悪魔の命令には逆らえないの。この悪魔はダ・ゲイル。私の大事なパートナーよ。主にHのね」
「んだんだ。オラ、ロゼ様の忠実な下僕だ」
コクコクと頷くダ・ゲイル。どうやらロゼが悪魔の事に詳しかったのは彼との関係から来ているものらしい。この切り札があったからこそ、ロゼは余裕でいられたのだ。
「神官なのに悪魔とそんな事をしているんですか!?」
「あら? 人間なんかよりよっぽど填るわよ? 今晩貸してあげようかしら?」
「結構です!!」
神に仕える者としてあるまじき発言を平然とするロゼ。やはり信仰心というものは皆無らしい。かなみが苦言を呈すが、それを気にする様子もない。そんな中、シィルがロゼに恐る恐る尋ねる。
「ロゼさん、どうして悪魔を支配できているんですか? もしかして、その悪魔より魔力が高いとか?」
「駄目そうな神官が、実は物凄い人だったという漫画的展開ですか? なんか、信じたくないんですけど……」
「殆ど会ったばっかりだっていうのに駄目そうな神官とは失礼ね、全く」
先程までのやり取りもあり、かなみがストレートにそう口にする。ランスといつの間にかため口で話しているし、こういった態度はまだまだ若いといったところか。だが、ロゼはそのかなみの言葉を特に気にする事なく、適当に受け流す。
「魔人じゃあるまいし、そんな魔力無いわよ」
「それではどうして……?」
「悪魔を下僕にするには、一つのキーワードを知ればいいの」
「キーワード? なんだ、それは?」
「名前。真の名を知られた悪魔は、その相手に絶対の服従を誓わなければいけないのよ」
ピクッと女悪魔が震える。その事を知っている人間がこの場にいるとは思わなかったのだろう。あからさまな反応を見せた女悪魔に一度視線を送り、ロゼがそのまま話を続ける。
「ただし、一人の人間が覚えられる真の名は一つだけよ。新しく悪魔の名前を聞いたら、どっちを下僕にするか自分で決めるの」
「支配下におけるのは常に一人だけという事か。ケチな話だ」
「同感。そうじゃなきゃ、私もあと数体の悪魔を下僕にして乱交パーティーするんだけどねー」
「支配下か……」
ランスとロゼが互いに頷き合う。欲望に忠実な二人だ。その二人を横目に、ルークが何かを考え込んでいる。その様子に気が付く事無く、ランスが話を続ける。
「つまり、この悪魔の名前を知れば俺様の好きに出来るという訳だな」
「そう。いつ呼び出してオッケー。何を命令しても大丈夫。それこそ、Hするのも自由って訳」
ニヤリとランスがイヤらしい目で女悪魔を見る。続けてロゼもイヤらしい目で女悪魔を見る。既に女悪魔は涙目だ。
「ダ・ゲイル、聞き出しなさい」
「ちょっ……待っ……」
「八階級悪魔として命ずるべ。真の名をオラに教えるだ!」
止めようとしたが、時既に遅し。ダ・ゲイルにそう命じられ、女悪魔は涙目のままゆっくりと口を開いた。
「……フェリスです」
「んだ。ロゼ様、これでいいだか?」
「お疲れ。また今晩呼び出すから帰っていいわよ」
ロゼがそう言うと、ダ・ゲイルは煙のように姿を消す。残されたのはルークたちと、真の名をばらされて涙目の女悪魔。何とも言えぬ空気の中、ランスが声高らかに宣言する。
「悪魔フェリス。契約に基づき命じる。この英雄ランス様に従え!」
「う……」
「悪魔の契約を無視したら、灰になって消えちゃうわよー」
「……はい、ランス様。第九階級悪魔フェリス、これよりランス様の忠実な下僕になる事を誓います」
ガクンと首を頷けるフェリス。その頬には涙が伝っていた。悪魔にとって人間の下僕になるなど、屈辱以外の何物でもない。
「がはははは、悪魔の下僕ゲットだ!」
「貴女たちはどうする? 今なら簡単に契約を結べるわよ」
ロゼがシィルとかなみにそう問いかける。レベル神と同じように、一人の人間が契約を結べ悪魔は一人だけだが、悪魔の方は複数の人間と契約を結ぶ事が出来る。だが、二人とも物怖じしてしまっている。
「ランス様が契約されたので私はいいです。恐いですし……」
「悪魔との契約なんてどんな恐ろしいことがあるか判らないし、私もいいです」
そう言って断る二人。だが、ある意味普通の反応とも言える。いくら安全だからと言われたって、悪魔と契約ともなれば慎重になるのが自然だ。ロゼも納得がいったように頷いていたそのとき、フェリスに向かって声を発する者がいた。
「悪魔フェリスに命じる。契約に基づき、真の名を知るこのルークに従え」
「……はい、ルーク様。第九階級悪魔フェリス、ランス様同様、ルーク様にも忠実な下僕として仕えさせていただきます」
契約を結んだのはルーク。その行動が意外だったのか、シィルとかなみが心配そうにルークを見ている。その疑問を最初に口に出したのはロゼであった。
「あら、意外ね。こういうのは相手が可哀想だとか言ってやらないフェミニストかと思っていたのに」
「そうですよ、ルークさん。悪魔との契約なんて危険です!」
かなみが心配そうにしながら契約を解除すべきだと口にするが、これはルークにも考えがあっての行動である。心配ないという風に静かに微笑みかけながらそれに答える。
「せっかくの機会だし、結べるものは結んでおくさ。契約に基づいているから危険も少ないだろうしな。まあ、下僕のように扱う気もないから心配しなくて良いぞ、フェリス」
「……ありがとうございます」
「がはは、この俺様も紳士に扱ってやろう。とりあえず今晩呼び出すから、身体を洗って準備をしておけ! どうだ、嬉しいだろう?」
「……ありがとう……ございます」
こうして二人の主を持つ事になったフェリス。片方はまだマシだが、もう片方が大ハズレだ。これが、彼女の転落人生第二幕の始まりであった。がはは、と笑うランスと肩を落とす悪魔を見ながら、ルークが誰にも聞こえないよう小さく呟く。
「魔人と渡り合える力、みすみす見逃す訳にはいくまい……」
「ん、何か言った?」
「いや、なんでもない。ところで、後で悪魔を呼び出す魔法陣の書き方を教えて貰えるか?」
「魔法陣?」
「さっき書いていただろ? 悪魔を呼び出すのに必要なんだろう?」
先程ダ・ゲイルが呼び出された魔法陣を指差してルークがそう言う。だが、ロゼはあっけらかんとした様子で平然と口を開く。
「ああ、あんなもの書く必要ないわよ。カモーン、とか言って呼び出せば飛んでくるわ。レベル神とかと一緒よ」
「それじゃあ、さっきのは?」
「その方が気分出るでしょ?」
「…………」
なんとなく、ランスがこのロゼを苦手にしている理由が判ってきたルークだった。この性格は勝てない。
-悪魔の洞窟 一層-
フェリスと契約を結び、洞窟の中に入ったルークたち。因みに、フェリスは既に悪魔界に帰っている。夜には再びランスに呼び出されるようだが。
「しかし、大層な名前の割には大した敵がいないな」
「そうね。リスの洞窟に毛が生えたようなものだわ」
ランスが辺りを見回しながらそう口にし、かなみもそれに頷く。ここまで出てきたモンスターは雑魚ばかりであり、特に苦戦する事もなくルークたちは先に進めていた。だが、一刻も早くカスタムに到着したいルークたちにとってはありがたい話である。しばらく歩みを進めていると、結界に守られた魔法陣が目の前に現れる。
「これは……」
「おや、お客様ですね」
魔法陣の横にはねこのような生物がプカプカと浮いており、こちらに気が付いて話し掛けてくる。
「ここは悪魔の通路です。善良な心を持つ人間は通ることが出来ません。速やかにお帰り下さい」
「ロゼ、これは?」
「ああ、簡単な仕掛けよ。横の部屋にある光の神のプレートを踏んづければ、この結界を通れるようになるの。それで信仰心を調べているのよ」
「仮にも神官の貴女は……聞くだけ無駄ですね」
「当然踏んだわよ。さ、こっち、こっち」
かなみの冷ややかな視線を物ともせず胸を張るロゼ。そんなロゼに連れられてルークたちは隣の部屋へと移る。
「これか。ジジイの絵が描かれたプレートだな」
「随分と豪華な造りですね」
その部屋には老人が描かれたプレートが床に置いてあった。どうやらこれに描かれているのは光の神のという名前の神様らしい。何やら大層な光を放っており、どこか神々しさまで感じられる。
「……あれは結構マズイ代物なんじゃないか?」
「さあ? 少なくとも、私はなんにもなかったわよ」
「……来い、ウィリス!」
何か嫌な予感がしたルークは同じ神であるウィリスを呼び出す。すぐさま目の前に現れるウィリス。
「ルークさん、レベルアップの儀式ですか?」
「いや、そうじゃないんだが、あのプレートは神のウィリスから見ても相当な代物か?」
「へ?」
ウィリスが振り返って光の神のプレートを見る。すると、プルプルと小刻みに震え出す。
「あ、あれは光の神様のプレートではないですか!? お、恐れ多い代物です!!」
「やっぱりか……ランス、それを踏むのはあまり良くな……」
そう声を掛けようとしたルークだが、その忠告は間に合わなかった。ランスは思いっきりプレートを踏みつけ、ぐりぐりと足を動かし、挙げ句の果てにはプレートの上でジャンプまで始めた。すると、バキッという音と共にプレートが壊れる。
「がはは、やわな絵だ。壊れてしまったぞ」
「遅かったか……」
「なんてことをー!? わ、私は何も見ていません!」
そう言い残し、ウィリスが逃げるように姿を消してしまう。がははと笑いながら元の結界の部屋に戻っていくランス。
「壊れてしまいましたね……」
「どうしよう……」
「とりあえず、この端の部分を少しだけ踏んでおけ」
踏む前に壊れてしまったためどうしたものかと困っていたシィルとかなみ。とりあえずこれくらいならばとルークが指示を出し、それに従って端の部分を軽く踏んだ二人。その二人に先に結界の前まで戻っているよう指示を出し、部屋に残ったルークは割れて散らばったプレートを集め、くっつけることは出来ないまでも見た目だけは元の状態に戻す。そのルークの姿を見て、同じく部屋に残っていたロゼが声を掛ける。
「あれ、ルークさん信心深い人? AL教? 駄目よ、AL教なんてうさんくさいもの信じちゃ」
「そういう訳ではないんだが……というか、お前はAL教の神官だろうが」
「あら嫌だ、口が勝手に」
「やれやれ。まあ、このプレートはなんだかマズイ気がしてな」
「冒険者の勘?」
「そんなとこだな」
南無南無と手を合わせた後、ルークとロゼも結界の場所まで戻るべく部屋を後にする。そのとき、プレートから声が聞こえた気がした。
「許さん……あのランスとかいう男、必ずバチを与えてやる……」
-悪魔の洞窟 一層 結界前-
結界の前まで戻ってきたルークたち。
「では俺様からだ。ふん!」
「本当に通れるようになっていますね」
「不思議な感じ」
ランス、シィル、かなみの順番に結界を渡っていく。どうやら端の部分を踏んだのでも効果があったらしい。既に先に踏んでいたロゼもそれに続き、最後にルークが結界を無効化して通る。
「あら? ルークさん、プレート踏んでいたの?」
「まあ、一応な」
ロゼの問いにそう答えるルーク。対結界の力を無闇に人に話したりはしない。こうして全員が結界を渡りきると、そこには魔法陣が床に描かれている部屋であった。シィルがその魔法陣に近づいていき、何かを調べている。
「ランス様、どうやらワープの魔法陣みたいです」
「これがカスタムに繋がっている通路だな?」
「そう、この先が悪魔の通路。同時にリターンデーモンの住み処となっているわ」
「リターンデーモン? 強いのか?」
「強いというより厄介な相手ね。戦おうとするとリターンっていう魔法で洞窟の入り口まで飛ばされてしまうの」
「そんな!」
ロゼの言葉にかなみが絶句する。そんなモンスターがいたのでは洞窟を渡りきれない。当然他の者たちもそう考えたらしく、眉をひそめている。
「それでは通れんではないか」
「ロゼさん、何か方法はあるんですか?」
シィルのその問いに、ふと真剣な表情を見せるロゼ。先程までのふざけた雰囲気とは違う。
「あるわ。たった一つだけ、誰かの犠牲の上に成り立つ恐るべき手段がね」
誰かの犠牲という言葉に緊張が走る。かなみがゴクリと唾を飲み込み、シィルが不安そうにしながらランスの背中に抱きつく。ルークも真剣な表情をしているのを確認すると、ロゼはゆっくりと口を開き、その恐るべき手段を口にした。
-悪魔の洞窟 悪魔の通路-
「あっ、ああっ、んっ! さあっ、私が犠牲になっている間に、早く通って! んっ、いいっ!」
「何が犠牲だ。自分が楽しんでいるだけではないか!」
ロゼの乱交を見て悪態をつくランス。そういえば悪魔フェリスや光の神のプレートの印象が強すぎてすっかり忘れていたが、デーモンには女の身体を通行料として差し出せば通る事が出来ると言っていたのを思い出す。ロゼ曰く、リターンデーモンは人間の女を性的にいたぶるのが趣味との事。口では犠牲と言いながら、喜んで体を差し出すロゼであった。
「だが、ロゼがいなかったら通るのは大変だった。そこは感謝しなきゃな」
「確かにそうですね。考えただけでも恐ろしいです……」
リターンデーモンにいたぶられる自分を想像してしまったのか、かなみが身震いをする。自分の快楽のためとはいえ、結果的にロゼのお陰で通路を通れるようになったのは事実。その事に一応の感謝をしつつ、ルークたちは先へと進んでいく。通路の奥にあった階段を上っていくと、上から光が差し込んでくる。それは、洞窟を抜けたという合図であった。
「あれが出口だな。よし、ダッシュだ!」
「あ、待ってください、ランス様」
階段を掛けていくランスとシィルの背中を見ていると、外から爆音が響いてくる。
「やはりカスタムは戦争の真っ只中のようだな」
「私たちも急ぎましょう、ルークさん」
カスタム住人の無事を祈りながら、ルークたちは階段を上りきって外へと出る。
「へ、だ、誰?」
「うわ! 誰かが床下から出てきた!」
瞬間、声が響く。それも一人や二人ではない。地下から階段を上ってきた形で外へと出ると、目の前には自分たちを見下ろしてくる少女たちが立っていた。どうやらカスタムの町の一角に直通だったらしい。そのとき、ルークたちを囲んでいた少女たちの内の一人がこちらに声を掛けてくる。数ヶ月前、よく耳にした声だ。
「ランス、シィルちゃん、ルークさんも! どうしてここに!?」
「むっ? むちむちの太もも娘が話し掛けてきたぞ。俺様のファンか?」
「ランス様、この方はマリアさんですよ!」
「へっ?」
ランスが思わず二度見する。こちらに話し掛けてきたのは、マリア・カスタード。数ヶ月前、カスタムの事件で共に協力し、強敵ラギシスを打ち破った懐かしい仲間だ。ランスの言葉がショックだったのか、悲しそうな顔でランスを見つめる。
「私よ、マリア・カスタード。ランス、忘れちゃったの……?」
「なんだ、マリアか。髪型が変わっていたから一瞬判らなかったぞ。ちゃんと俺様の許可を取ってから髪型を変えろ」
「もうっ! どうしてわざわざランスの許可を取る必要があるのよ!」
ランスが気付かなかったのには訳がある。マリアは髪型を大きく変えていた。まだ幼さが残っていたサイドポニーを止め、肩くらいまでの長さに下ろした髪型になっている。服装も可愛いワンピースから作業着のような色気の少ないものになっている。
「久しぶりだな、マリア。少し大人っぽくなったかな」
「えへへ、ありがとうございます。ルークさん」
「あ、こら。俺様の女に色目を使うな!」
「もうっ、誰がランスの女よ!」
階段から抜け出したルークたち。口論を始めるランスとマリアだが、マリアの表情はホッとしたものになっている。どうしようもない戦乱の中、ランスたちの顔を見て安心したのだろう。そのとき、近くで爆音が響く。
「どうやら、悠長に再会を喜んでいる暇もなさそうだな」
「あっ、はい、そうなんです。今はヘルマン軍が攻めてきていて……」
マリアが事情を説明しようとしたそのとき、爆音の響いた方向から慌てた様子の少女が駆けてくる。
「マリアさん、大変です! 東のランさんの部隊に攻撃が集中しています」
「えっ!? 本当なの!?」
「はい! このままでは危険な状態です」
「そんな、すぐに救援を……あ、ルークさん!」
-カスタムの町防衛線 東の部隊-
「ランさーん、もうみんなボロボロですー!」
「くっ……ここに来て攻撃を集中してくるなんて。もうすぐ撤退まで追い込んでいるのに……」
トマトの報告を受け、部隊を指揮するランがつい弱音を吐いてしまう。カスタム防衛軍は予想以上に機能しており、その働きによってヘルマン軍を撤退寸前まで追い詰めていた。だが、あちらにも大国としての意地がある。残っていた兵を集中させ、一点突破を狙ってきたのだ。
「もう少しよ。もう少し耐えれば、他の部隊が増援に来てくれるはず」
「ラーン!」
そのとき、後方から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。それは、西の部隊を指揮していた者の声。ランが絶対の信頼を置く少女の声だ。彼女が到着してくれたのならばもう大丈夫だ。そう安堵の息を吐き、思わず気を緩めてしまう。それは、戦場においてあまりにも危険な行動。
「指揮官、とったぁぁぁぁ!!」
「はっ!?」
ランが目を見開く。見れば、いつの間にか剣を持ったヘルマン兵が目の前まで迫っていたのだ。後悔しきれない油断。
「貰った、死ねぇぇ!!」
「……っ!!」
「ランさん!」
ヘルマン兵の剣が迫る。避けることも出来ず、トマトの悲鳴を聞きながらランは思わず目を瞑る。だが、直後に聞こえてきたのはヘルマン兵の悲鳴と崩れ落ちる音。いつまで経っても自分には剣が届かず、恐る恐る目を開けるラン。そこには、一人の戦士が立っていた。この戦乱の中、何度彼が助けに来てはくれないものか、そう思い描いていた姿。
「無事か?」
「ルークさん……」
「おお、ルークさんですよ! これで百人力ですかねー!」
トマトも感激のあまり声を上げる。かつてカスタムの窮地を救ってくれた男が、こうしてまたも救援に駆けつけてくれたのだ。
「一気に片付ける。真空……」
「火爆破!!」
残っているヘルマン兵を真空斬で撃退しようとしたルークだが、後ろから魔法が放たれ、残っていたヘルマン兵が炎に包まれる。聞こえてきた声の主が誰なのか、ルークは確信を持って振り返る。聞き覚えのある声であったし、そもそもこんな強力な魔法を使用出来る者は、カスタムには一人しかいない。
「久しぶりね、ルーク。救援に来てくれたのかしら?」
そこに立っていたのは、かつての恩人と良く似た風貌の少女。緑の長い髪を風になびかせ、威風堂々とその少女は立っていた。
「まあな。志津香、無事か?」
「当然。来たからにはしっかりと働いてよ」
怪我などあるはずないだろう、と不敵に笑う少女、魔想志津香。かつて肩を並べてラギシスを倒した仲間であり、共に復讐を誓ったパートナー。こうしてルークは、カスタムの人々と再会を果たすのだった。
[人物]
マリア・カスタード (3)
LV 18/35
技能 新兵器匠LV2 魔法LV1
カスタム四魔女の一人。カスタム防衛軍の総司令官を務めており、圧倒的な戦力差を覆す活躍を見せている。チューリップ1号の生産も徐々にだが行っており、チューリップ砲火部隊も指揮している。
魔想志津香 (3)
LV 23/56
技能 魔法LV2
カスタム四魔女の一人。カスタム防衛軍魔法部隊指揮官。志津香以外はせいぜい炎の矢程度しか使えない者が殆どだが、志津香自身が前線に立ち、それを補ってあまりあるほどの活躍を見せている。
エレノア・ラン (3)
LV 20/30
技能 剣戦闘LV1 魔法LV1
カスタム四魔女の一人。実戦部隊第一軍指揮官。持ち前の剣と魔法を合わせた臨機応変な戦い方で前線を支える。危うくヘルマン兵の攻撃で大怪我を負うところだったが、ルークに助けられる。
トマト・ピューレ (3)
LV 10/37
技能 剣戦闘LV0 幸運LV1
カスタム防衛軍所属のアイテム屋店主。実戦部隊第一軍所属。初めこそ不安視されていたが、みるみる内に上達し、防衛軍の中でも頼りになる人物の一人にまで成長を遂げた。
フェリス (3)
LV -/-
技能 悪魔LV1
ルークとランスの二人と契約を結んだ悪魔。以前の失態で降格をさせられ、今は第九階級。しかし、実力は以前の第六階級のままであるため、並の魔人なら同等に渡り合える。
ウィリス (3)
ルークとランスを担当するレベル神。光の神のプレートを踏むという暴挙に恐れをなし逃げ帰ってしまう。
ダ・ゲイル
ロゼが呼び出した第八階級悪魔。田舎弁が特徴。決して高位の悪魔ではないが、降格させられたフェリスは彼の言うことに従うしかなかった。
[モンスター]
リターンデーモン
悪魔の通路を住み処としている悪魔。実力は悪魔の中では並だが、リターンという厄介な魔法のせいで倒すのが難しい。人間の女を性的にいたぶるのが趣味。
[技]
リターン
対象をダンジョンの入り口まで強制転移する特殊魔法。攻撃性はないが、避ける手段も少なく、厄介な魔法。