2023/03/29

「味の箱船」で未来へ残す。「Slow Food Nippon」が守る消えゆく地域の食文化

weeeat!編集部
「味の箱船」で未来へ残す。「Slow Food Nippon」が守る消えゆく地域の食文化
前列右から3人目:渡邉めぐみさん(「Slow Food Nippon」代表理事)

世界で注目を集めている「スローフード」。「おいしい、きれい、ただしい食をすべての人へ」をスローガンに、日本国内でのスローフード運動を拡げる団体「日本スローフード協会(通称Slow Food Nippon)」。“食”を軸にした様々なプロジェクトを通じて、私たちの食とそれを取り巻くシステムをより良いものにするための活動をおこなっています。今回は「Slow Food Nippon」の代表理事を務める渡邉めぐみさんに、現在の活動内容や、食の世界遺産とも呼ばれる「味の箱船」プロジェクトについて伺いました。

食とそれを取り巻くシステムをより良いものにする「スローフード」

―weeeat!編集部
「スローフード」という言葉を時々耳にしますが、その意味は「ゆっくりと食事をすること」だと考えている人も多いと思います。どのような意味を持つ言葉なのでしょうか?

―渡邉さん
「スローフード」とは、1986年にイタリアで始まった、食と環境と生産者を守るための草の根の運動のこと。「ファストフード」という言葉や考え方が台頭してきた時代に、歩みを緩めて自分たちの食文化や生き方を見直していこうと立ち上がったのが始まりです。

おいしく健康的で(Good)、環境に負荷を与えず(Clean)、生産者が正当に評価される(Fair)食文化を目指すという考え方が多くの共感を呼び、イタリアのみならずヨーロッパ・アメリカ・アジア・アフリカにまで広がります。現在は160か国以上に存在するメンバーと数々のプロジェクトを動かす国際的な草の根運動団体になっています。

―weeeat!編集部
スローフードにはどのようなプロジェクトがあるのでしょうか? 

―渡邉さん
スローフードが行っているプロジェクトは、大きく3つのカテゴリに分かれています。1つ目が「生物的・文化的多様性の保全」。これは希少な農産物や生物を見直し、地域固有の食文化を保護することを目的としています。2つ目が「教育・啓発・動員」です。スローフードの考え方を教育・啓発し、より多くの市民を動員しながら“食”の問題に対する認知度を高めることを目的としています。3つ目が「官民へのアドボカシー」。より良い環境、未来を実現するためには地域住民や教育機関、自治体の協力が欠かせません。官民を巻き込みながら、ともに食材を保護継承していくとことを目的としています。

―weeeat!編集部
「Slow Food Nippon」は、日本国内でのスローフード運動を拡げることを目的にした団体ですが、どのような活動をされているのですか?

―渡邉さん
ひと言で“食”と言ってもその切り口は様々で、農業・漁業・畜産・食育・フードロス・動物福祉・気候変動……トピックを上げればキリがないのですが、一見バラバラに見えてもすべてがつながり合って作用しています。どれか一つだけに特化するのではなく、多様な分野の人たちが集うプラットフォーム、お互いがエンパワメントし合えるネットワークとしてSlow Food Nipponは存在しています。

「味の箱船」プロジェクト

「味の箱船」で貴重な食材を残す

―weeeat!編集部
Slow Food Nipponのホームページを見ていて、「味の箱船」というプロジェクトが気になりました。こちらの活動についても教えていただけますか?

―渡邉さん
ありがとうございます。「味の箱船」とは、世界各地にある伝統的な食文化や食材を記録・保護していく国際的なプロジェクトです。世界にはこの地域でしか見られない、この人しか作り方を知らない、この農家にしか種が引き継がれていない産品が数多くあります。このまま放っておいたら作る人も食べる人もいなくなってしまう食べ物をリスト化してカタログにしています。現在イタリアをはじめ世界各国が参加しており、世界で5,500品目以上、日本でも70以上の食材が登録されています。

―weeeat!編集部
日本の「味の箱船」を見ましたが、見たことや聞いたことのない産品が掲載されていて驚きました! なぜこれらの食材は失われつつあるのでしょうか?

―渡邉さん
地球温暖化の影響で作物が育てにくくなった、生産者の高齢化が進んで後継者がいなくなった、冷蔵技術や流通技術の進歩によりその加工技術を使って加工する必要がなくなったなど、様々な理由が考えられます。そもそも食べたことがない、調理法がわからないといった理由で口にする機会が減ったという理由もあるでしょう。

―weeeat!編集部
このままでは消えてしまいかねない希少な食材も、「味の箱船」に登録されることで、多くの人に知ってもらうことができますし、その結果消費量も増えて生産者を守ることにもつながりますね。

―渡邉さん
はい。希少な食材は、その地域の生態系・気候条件・風土・生産者が共存し合い、脈々と受け継がれてきたという歴史を持っています。つまり、希少な食材にはその地域の叡智が詰まっており、「採算が合わないから」「市場が求めていないから」といった理由で未来永劫失ってしまえば、大きな損失につながりかねません。こうした食の遺産をデータとして記録し、未来に継承していくために「味の箱船」プロジェクトが始まりました。年々登録数は増えているものの、日本にはまだまだ貴重な食文化が眠っています。これらを守るためにも、今後も登録数を増やしていきたいと考えています。

(兵庫県豊岡市の「八代オクラ」)
▲兵庫県豊岡市の「八代オクラ」
(沖縄県の「チデークニ」)
▲ 沖縄県の「チデークニ」

日本の伝統食材を伝え残すための「絵本」

―weeeat!編集部
「味の箱船」に登録されている食材を守るために、「味の箱船 絵本シリーズ」を制作されたと伺いました。なぜ「絵本」に着目されたのでしょうか?

―渡邉さん
「味の箱船」に登録された食材を守るために、私たちSlow Food Nipponができること、やった方がいいことはたくさんあると思います。何を優先するかを考えたときに、やっぱりその地域の子どもたちに、食材の魅力を知ってもらい、好きになってもらうことが大切ではないかと考えました。私を含めてプロジェクトには小さい子どもを持つメンバーも多く参加しており、子どもに読み聞かせをおこなう中で、小さい頃に読んだ絵本が自分の人格に影響を与えていることに気づかされたのです。「味の箱船」に登録された食材を題材にした、子どもの心に残る1冊を作りたい。そんな想いからプロジェクトが始まりました。

―weeeat!編集部
親の立場になって子どもに読み聞かせをする機会も増えましたが、絵本が持つ影響力の大きさを実感しています。「味の箱船 絵本シリーズ」では日本の74食材のうち、4地域の4食材を題材にしていますね。この4食材を選んだ理由はどういったところにあるのでしょうか?

―渡邉さん
制作したのは「ハタハタのしょっつる(秋田県)」「潮かつお(静岡県 西伊豆町)」「エタリの塩辛(長崎県)」「フーヌイユ(沖縄県 国頭村宜名真)」を題材にした4冊の絵本。74品目の食材はどれも希少性が高く、優先順位があったわけではありませんが、日本財団とのご縁から、「味の箱船」の中でも特に海の食文化と関わりのある4食材を選んで絵本にしました。

―weeeat!編集部
制作した絵本は、地域でどのように活用されているのでしょうか?

―渡邉さん
保育園や小学校で読み聞かせをおこなったり、題材となった食材をおいしく食べられるイベントを開催したりと、活用の仕方も地域によって様々です。例えば「フーヌイユ」の絵本は、道の駅で原画の展示やフーヌイユの限定販売をおこないました。毎年秋に開催される「フーヌイユまつり」がコロナ禍の影響で数年間開催できていない為、地域の人たちがフーヌイユを発信する貴重な機会を作ることができました。

「エタリの塩辛」の絵本の中には「エタリ タリタリ ターリタリ」という印象的なフレーズがありますが、それにインスパイアされた地元のミュージシャンが「エタリソング」という曲を作り、またその曲に合わせて地元のダンサーが振り付けをつけるなど、思わぬ展開に発展しました。絵本を作ったからといって、すぐに漁獲量や消費量が増えるわけではありませんが、「エタリ タリタリ ターリタリ」というフレーズが、子どもから大人までいろんな人の心に残り、エタリの存在を知る・考えるきっかけになったことに大きな意味があると考えています。

「味の箱船 絵本シリーズ」を子供たちに伝える

―weeeat!編集部
歌とダンスなら耳に残りやすいですし、覚えやすいですね! 絵本を制作するにあたって多くの方が関わっているのですか?

―渡邉さん
はい。その食材を作っている生産者さん・漁師さん、アーティスト・絵本作家のみなさん、各地の地域コーディネーターと対話を重ね、アイデアを出し合い、時に4地域合同のオンラインミーティングを通じて意見交換をしながら制作しました。

―weeeat!編集部
地域の方に「協力いただいた」のではなく、地域の方と「一緒に制作した」ということですね! 

―渡邉さん
それは、今回のプロジェクトで最も大切にしたポイントです。「制作して終わり」にはしたくなかったので、地域のことを大切に思い、この先も一緒に関わっていただける方たちにお願いしました。もちろん、その地域と何の関係もない絵本作家さんにお願いして、現地を取材して絵本を描いて販売するというやり方もありますが、そうなると地域の人の思い入れや葛藤がないがしろにされる可能性もありますし、生産者さんや漁師さんも「自分で作った」とは言えません。「地域を大切にする」「クオリティを大切にする」そのいずれかを選ばなくてはならない場合は地域を優先しよう、というのは事前に話し合って決めていました。

―weeeat!編集部
「味の箱船」に登録されている食材すべてが存続の危機にあると思いますが、より存続が厳しい状態にあるものがあれば教えてください。

―渡邉さん
図らずも今回絵本になった海の食材というのは、危機的な状況にあると感じています。例えば「ハタハタのしょっつる」を例に挙げれば、気候変動や森林伐採、乱獲などによりハタハタの漁獲量は年々減少しています。ハタハタは秋田の冬の味覚として愛され、その独自の食文化を築いてきました。しかし、生態系が変化したことにより資源そのものが減少し、脈々と受け継がれてきた「ハタハタのしょっつる」という食文化までもが失われようとしているのです。

今回題材となったのは4地域・4食材ですが、他にも東日本大震災などの災害で失われた食材や、多くの支持を得ながらも後継者不足で危機的な状況にある食材もあります。

―weeeat!編集部
普段の生活で、食材に危機感を持つことは多くありませんでしたが、本当に何もしないと消えてしまう食材ってこんなにあるんですね。

海の絵画
絵本製作時の様子

専門家でなくても、スキルがなくても登録できる「味の箱船」

―weeeat!編集部
「スローフード」や「味の箱船」について馴染みのない方も多いと思います。そんな方にメッセージをください。

―渡邉さん
「味の箱船」に登録されている食材は、馴染みのない食材ばかりかもしれません。でも、「味の箱船」に登録されなければ、誰にも気づかれずにひっそりとなくなっていたかもしれません。まずは、自分の仕事やプライベートを振り返って、これまでに出会った産品を考えてみたり、思い起こしてみることから始めてほしいです。

―weeeat!編集部
専門家でなくても、希少な産品であれば誰でも登録できると伺いました。

―渡邉さん
はい。専門家でなくても、特定のスキルを持っていなくても、誰でも産品をノミネートすることができます。例えば、今お住まいの地域の産品をノミネートすることもできますし、幼い頃に過ごした地元や、滞在先の海外で出会った産品でも大丈夫です。少しでも思い当たるものがあればぜひ情報を提供してほしいです。

また、「味の箱船」には既にたくさんの産品が掲載されています。そこからご自身の興味や関心を深めるのも良いでしょう。「味の箱船 絵本シリーズ」を含めて、もっと多くの方が「味の箱船」の食材にアクセスできるよう様々なプロジェクトを行っていきます。

団体情報

団体名 日本スローフード協会(通称 Slow Food Nippon)

住所 〒103-0026 東京都中央区日本橋兜町17番2号 兜町第6葉山ビル4階

日本スローフード協会の情報や活動内容は公式サイトをご覧ください。

公式サイト:https://slowfood-nippon.jp

Instagram:https://www.instagram.com/slowfoodnippon/

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