人工衛星を狙う「対衛星兵器」の進化と、高まる脅威の実態

人工衛星や宇宙船などの攻撃に使われる可能性のある技術が進化を続けている。なかでも存在感を増しているのが、人工衛星を物理的に破壊せずに悪影響を及ぼす電子兵器やサイバー兵器だ。
米国防総省が2020年に実施した飛行実験で、ハワイの太平洋ミサイル試射場から発射される極超音速ミサイル。
米国防総省が2020年に実施した飛行実験で、ハワイの太平洋ミサイル試射場から発射される極超音速ミサイル。PHOTOGRAPH: OSCAR SOSA/US NAVY

ロシアが弾道弾迎撃ミサイル「A-235 PL-19 Nudol(ヌードリ)」を発射したのは、ロシア軍がウクライナに侵攻する約3カ月前の2021年11月のことだった。このミサイルにより、使われなくなった旧ソ連の人工衛星「コスモス1408号」が爆破され、少なくとも1,400片の宇宙ごみ(スペースデブリ)が地球低軌道に散乱したのである。このテストにより、ロシアが中国や米国に匹敵する対衛星軍事能力をもつことが、はっきり示されたわけだ。

同時にロシアがGPS衛星を妨害して宇宙船が交信に用いる無線通信に干渉し、米軍などが依存しているナビゲーションツールを混乱させていたことが伝えられている。戦略国際​​問題研究所(CSIS)とセキュアワールド財団(SWF)のアナリストによると、衛星や地上にある衛星関連のインフラに効果的に配備できるこの種の電子兵器が、世界中で急増しているという。

こうしたなかCSISとSWFは、より多くの国で開発が進む対衛星兵器やその他の対宇宙兵器について、それぞれ年次レポートを発表した。これらの兵器についてレポートでは、過去1年で何が変わり、何が変わらなかったのかを詳細に評価している。

対宇宙兵器の領域は、米国と中国、ロシアという3つの軍事宇宙大国のほか、インドやイラン、日本といった新たな宇宙大国の域を超えて大きく広がっている。いまや研究者たちは、オーストラリアや韓国、英国も新興宇宙大国とみなすべきだと言う。

「これらの国は、どこもより固有性の高い軍事宇宙能力の基盤づくりを進めています。各国とも軍事宇宙組織に投資し、電子戦の遂行能力を高めるべくリソースを増やし、ある種の軍事宇宙志向に合わせた政策的枠組みを構築しています」と、SWFのワシントンオフィスでディレクターを務めるビクトリア・サムソンは語る。

残り続ける宇宙ごみ

CSISとSWFのレポートは、どちらもロシアによる対衛星兵器テストに注目している。これまでロシアやほかの国々が実施してきたテストと同様に、今回のテストでも長期にわたって残り続ける宇宙ごみが生み出されたからだ。

爆破された人工衛星から出た大量の金属片は、一時的に国際宇宙ステーション(ISS)まで脅かしている。ISSへの衝突があった場合に備え、クルーは宇宙ステーションにドッキングされたスペースXの宇宙船「クルードラゴン」に避難することになったのだ。

SWFのデータによると、以前のテストで発生した軌道上の宇宙ごみは何十年も残っているという。これは稼働中の衛星との衝突リスクが続いていることを意味する。「昨年のロシアのテストは、この種の宇宙ごみを生み出すテストの禁止を国際宇宙コミュニティが強く訴え続けていくきっかけになりました」と、CSISの研究者でレポートの著者でもあるケイトリン・ジョンソンは言う。

これにはSWFのサムソンも同意する。米国やインドが実施したような低高度での対衛星兵器のテストでさえ、数千とは言わないまでも数百の宇宙ごみをより高高度の軌道に散乱させている。それらは長く残り続けて、宇宙船を危険に晒す可能性があるのだ。「責任ある対衛星兵器のテストというものは存在しません」と、ジョンソンは言い切る。

急増するサイバー兵器の利用

ふたつのレポートでアナリストたちは、各国による電子兵器およびサイバー兵器への投資と使用が増加していることも確認されたと指摘している。これらのテクノロジーには、人工衛星のアップリンクとダウンリンクを妨害したり、偽の信号を使って衛星をだましたり(スプーフィング)、データを傍受したり、あるいは衛星をハッキングしてその制御を奪ったりするものなどがある。

こうした攻撃は、のちに自国の宇宙船にも影響を及ぼしかねない宇宙ごみで地球低軌道を汚染することがなく、誰の仕業であるか特定することも難しい。このため、一部の軍事的な観点からは有効と考えることができる。

「そのような攻撃はより容易かつ低コストで、影響が拡大する可能性が低く、効果的で、しっかり目的を達成できます。サイバー攻撃を実行すれば少ない反動で同じ効果が得られるというのに、わざわざ人工衛星を撃ち落とそうとする理由などあるでしょうか」と、CSIS航空宇宙安全保障プロジェクトのディレクターでレポートの著者でもあるトッド・ハリソンは問いかける。

ロシアによるウクライナ侵攻は、レポートを書き終えた研究者たちに暗い影を落とした。そして研究者たちの今後の分析にも、間違いなく影響を与えるだろう。ほかの国々も衛星通信を妨害する装置のような電子兵器を設計してきたが、ロシアはGPS衛星やドローンに対してそれらを使用することに何のためらいもないことを示したと、レポートの著者らは指摘している。

民間企業が標的に?

今回のCSISのレポートには、ロシアがウクライナに侵攻する前にウクライナ東部の分離派支配地域全体で起きたGPSの干渉が、地図として掲載されている。レポートの著者は、無線周波数の分析を手がける米国企業HawkEye 360​​のデータを使った。そのデータには、昨年11月と12月時点でロシアの妨害装置が設置されていたと推定される場所が示されているという。

そしてウクライナ侵攻の初日、人工衛星の地上ターミナルの東欧における障害について、米国の衛星通信事業者のViasatが報告している。ハリソンはロシアがそのサイバー攻撃の背後にいるのではないかと疑っているが、まだ立証はされていない。

Viasatの施設に対する攻撃は、戦争において民間の宇宙産業がより重要な役割を担うようになっているなか、ほかの企業にとっては将来的な問題の兆候となる可能性もある。

「今回の件で民間の営利企業は、自分たちが潜在的なターゲットになりうることを痛感しました。例えば、ウクライナ政府が(衛星データ企業の)Planet Labsから画像を購入しているなら、その人工衛星はまぎれもなく軍事目標になると思います」と、米海軍大学校で国家安全保障問題を専門とするデイビッド・バーバックは指摘する。なお、バーバックは今回のレポートには関与しておらず、彼の発言は米海軍を代表しているものではない。

またレポートには、主に米国とロシア、中国が研究と開発を進めている新型兵器について、詳細な説明が記されている。

そうした兵器のひとつに、人工衛星が機密情報などを傍受しようとした際に地上や航空機からレーザーやマイクロ波のビームを発射し、一時的にセンサーを惑わせる装置が挙げられる。その効果は、人に懐中電灯の光を向けて目をくらませるようなものだ。

低出力のビームによる影響であれば回復可能だが、高出力の兵器は衛星の力を奪い、センサーや回路に恒久的な損傷を与える。戦争でそのような兵器をどうやって使うのかについて、少なくともいまのところは未知数だ。

「デュアルユース」のジレンマ

詳細に比較すると、ふたつのレポートの間にはいくつかの違いがある。

CSISのレポートは米国の防衛の観点に寄っており、SWFのレポートとは異なり米国自体の能力は分析していない。米国にとっての“敵国”に、より焦点を当てている点が特徴だ(この組織の資金提供元には、米国を拠点とする航空宇宙企業と軍事請負業者が名を連ねる)。CSISのアナリストは、SWFのアナリストが取り上げなかった中国による極超音速兵器のテストと、イスラエルの防空システム「アイアンドーム」についての進捗をレポートに含めている。

核弾頭を搭載できる極超音速ミサイルの発射テストを中国が実施したのは、昨年7月のことだ。そのミサイルは少なくとも部分的に地球周回軌道に到達し、その後は高度を下げて滑空している。一時的に宇宙の端に近づいたとはいえ、それは厳密には宇宙兵器でも対宇宙兵器でもないとハリソンは言う。

だが、1967年に発効した宇宙条約は、宇宙での核兵器の配備等を禁じており、中国によるテストはこの条約に対する疑問を提起するかたちになった。ミサイル防衛システムも対宇宙兵器とはみなされないが、弾道ミサイルを使用する同様の技術が衛星に対して使われる可能性はある。

宇宙技術のなかには、利用方法によっては「デュアルユース」のジレンマを生み出すものがあると米海軍大学校のバーバックは指摘する。「民間または商業用として有用なもののほぼすべてが、そのまま軍事利用が可能なのです」と、バーバックは言う。

例えば中国は昨年、別の地球周回衛星とドッキングできる衛星を打ち上げた。観測筋は、中国の別の人工衛星にはロボットアームを備えているものがあると断言する。これらの技術には、衛星を補修したり、使われなくなった宇宙船を軌道から除去したりといった平和的な利用法があるが、このように急速に発展する技術は敵対国の衛星に対しても同じように容易に使うことができる。

求められるルールづくり

こうした技術の利用について国際的な誤解を生まないために、サムソンやハリソンたちは、宇宙における規範あるいは新たなルールを構築する継続的な試みを支援している。長期的なプロセスの一環として、どのような行動が許され、どのような行動が許されないかについて、22年5月に国連で議論される予定だ。

カナダのウォータールーを拠点とする研究機関「Project Ploughshares」の主任研究員を務めるジェシカ・ウェストは、宇宙をより安全にするにはさらに多くの取り組みが必要だと指摘する。「軍備管理をしてこなかったことで、わたしたちはいま大きな問題を抱えています」と、CSISとSWFのいずれにもかかわっていないウェストは語る。

「宇宙は軍事環境ではありますが、それよりも圧倒的多数は民間とビジネスの場です。わたしは宇宙を“市街戦”のように考えています。そこには軍の戦闘員がいる一方で、重要なインフラも数多く存在しているのです」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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