アインシュタインの手紙や論文38件競売、数百万円の値打ちも

アインシュタイン ①

相対性理論を説いたアインシュタイン。今回、生前の文献、論文が出品され高額に。

写真:sutterstock

相対性理論などで知られるドイツ出身のユダヤ系物理学者、アルバート・アインシュタインが生前に書いた手紙や物理に関する論文など、38件が10月末から11月上旬にかけて、競売大手のクリスティーズを通じて出品された。

第1次、第2次と2つの世界大戦でナチスに翻弄された半生と苦悩、ユダヤ教と平和に対する考え方、知人の訃報に際しての弔意などをつづった内容で、おおむねドイツ語で書かれている。アインシュタインの博学さとともに人物像が浮かび上がる一級の資料だ。

軒並み1万ドル超え

想定されていた落札額は数千ドルから数万ドルで、案件ごとに異なるが、実際の落札額は想定を上回るものが多く、1万ドルを超える応札も相次いだ。

特に相対性理論などに関する論考は高額に及び、例えば「アインシュタイン、重力による光の屈折を初めて予見」(Einstein first predictsthe bending of light by gravity)と題したものは、1911年の論文の抜き刷りに1万6250ドルの値が付いた。

アラブとユダヤの融和を説く

実際に出品されたもの

実際に出品されたアインシュタインの文献。

写真:CHRISTIE'Ş

こうした学術的価値のある資料もさることながら、出品されているものの大半が、アインシュタインの思想や人柄がうかがえる手紙だ。特にアインシュタインの生きた時代背景から、ユダヤ教やナチス・ドイツに関するものが目立つ。

「シオニズムに関するアインシュタインの発展的ビジョン」(Einstein's evolvingvision of Zionism)と題されたものは、 1万3750ドルで落札された1枚の手紙。

ユダヤ人哲学者フーゴ・ベルクマンに宛てたもので、イスラエル建国以前の1930年6月、ユダヤ人による国家樹立を目指す「シオニズム」をめぐる自説を述べている。出品の説明文によると、アインシュタインはその手紙で、

「アラブ人との直接的な協力だけが、理にかなった安全な共存をつくり出す(Only direct cooperation with the Arabs can create a worthy and secure existence.)」

とユダヤ人とアラブ人の融和の必要性を説き、

「もしユダヤ人がこれを認識しなければ、アラブ地域におけるユダヤ人の地位は徐々に、完全に維持できなくなるだろう(If the Jews do not recognize this, the entire Jewish position in the Arab region will gradually become completely untenable.)」

と指摘していた。その数年前から起こっていたユダヤとアラブの暴力的衝突を踏まえ、シオニズムの在り方に対する見解を示したとされる。

ナチス台頭を予期できず

ヒトラー

敬礼するヒトラー(右)。アインシュタインがファシズムに言及した手紙は、これまでにも見つかっている。

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一方で、その2年後の1932年11月につづった別の知人への手紙は、「ナチズムの台頭を見通せなかった」(Failing to foresee the rise of Nazism)とのタイトルで出品されている。

アインシュタインは、1932年にあったアメリカ大統領選とドイツの国会選挙に触れ、

「選挙が終わり、何も大きな変化は起きていないようだ。少なくとも現状として、真のファシズムは蔓延しないと書き留めておくことができよう(The elections are over and nothing much seems to have changed. Over here we can at least record as progress that it seems as though no real fascism will prevail. )」

と記した。

この年の米大統領選は、後にマンハッタン計画を推し進めることとなるフランクリン・ルーズベルトが勝利 。一方のドイツの選挙ではナチスの国家社会主義ドイツ労働者党が躍進して第1党となった。

こうした史実を背景に、クリスティーズのウェブサイトでは、「アインシュタインの『何も大した変化はない』との見方は、明らかな政治的洞察力に欠ける」(Einstein's observation that 'nothing much seems to have changed' shows are markable lack of political astuteness)との指摘がなされている。

この手紙を出した時、アインシュタインにとってはドイツで過ごす最後の数週間だった。その後、ナチスによる迫害を恐れてアメリカへ移住、ドイツへ戻ることはなかった。アインシュタインがユダヤ教やファシズムに言及した手紙は、これまでにも見つかっており、たびたび競りにかけられてきた。それらの文中では、ナチスを率いたアドルフ・ヒトラーへの批判、嫌悪感をあらわにしていた。

科学の発展がもたらす副産物

便箋

アインシュタインはしばしば自身の苦悩を、友人や知人に手紙で書き送っていた。

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第2次大戦後もアインシュタインの苦悩は続いた。「常に手に負えない問題の圧力にさらされている」(Constantly under the pressure of intractable problems)とのタイトルの競売には、終戦間もない1946年4月に友人の精神科医オットー・ジュリアスバーガーへ宛てた手紙が出品されている。

出品の説明によると、アインシュタインはしばしば、手紙をもっと早く書けばよかったと負い目を感じていることから書き始めるそうだ。その言い分として、文字がびっしりと書き込まれた肉筆の手紙の中で、

「 常に手に負えない 問題の圧力にさらされているために、落ち着いて友人に手紙を書く気分になれない」(I am constantly under the pressure of intractable problems, so that I can not bring myself into the contemplative attitude which is necessary for writing letters to friends.)

と釈明したている。

手に負えない問題の1つとして、人間の倫理的行動の退廃を、機械化とその結果としての個性非人格化と結び付けて考えていたとされるアインシュタイン。手紙では、その問題を

「科学技術の精神の発展がもたらした悲惨な副産物(a disastrous by-product of the development of the scientific-technical spirit)」

とした上で、ラテン語で「私たちのせいだ !(Nostra culpa!)」と述べている。ここに科学者としての苦悶がうかがえる。

充実した人生は朽ちない

精神科医のジュリアスバーガーとは、アインシュタインがベルリンで過ごしていた1910年代からの長い付き合いだという。1930年代にアインシュタインが渡米して離れ離れとなっていたが、ジュリアスバーガーが1941年にニューヨークへ移住すると、再び交流が始まった。

そのジュリアスバーガーが亡くなったとの訃報に接した際の手紙には、

「まっとうし、充実した人生は永遠に朽ちないものです(The completed and fulfilled life is something incorruptible)」

との格言めいた言葉が直筆でつづられ、それが入札の件名になっている。1952年6月、故人の家族に宛てた。

その中で、ジュリアスバーガーを、

「自分の信念に忠実であり、ほとんどの人が真実で本質的なものが分からないような時代にも、荒野で孤独な預言者であることから決して逃げませんでした(He remained faithful like few others to his principles and never shied away from being a lonely prophet in the wilderness when most people failed to grasp what is true and essential.)」

とたたえ、

「こうした人生について考えると、終わりは始まりよりも悲しくないように思えます(If we consider such a life, the end seems no sadder than the beginning.)」

と偲んだ。

なお、アインシュタインの最晩年、 亡くなる直前の1954年に神や宗教観を記した手紙も、クリスティーズによって2018年に取引され、289万2500ドルの高額で落札されている。


南龍太:東京外国語大学ペルシア語専攻卒。政府系エネルギー機関から経済産業省資源エネルギー庁出向を経て、共同通信社記者。経済部で主にエネルギー分野を担当。現在ニューヨークで移民・外国人、エネルギー、テクノロジーなどを中心に取材。著書に『エネルギー業界大研究』『電子部品業界大研究』。

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