元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
~2021年九州場所編
元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、11月14日から始まった九州場所(11月場所)での注目力士とともに、先場所後に引退を表明した横綱・白鵬について語ってもらった――。
大相撲九州場所(11月場所)が11月14日から始まりました。
昨年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、我々は福岡に移動することなく、同場所も東京・両国国技館で行なわれました。その分、福岡での開催も2年ぶりとあって、会場は初日から熱気があり、土俵上も大いに盛り上がっています。
序盤戦でいい相撲を見せているのは、大関・貴景勝と関脇・御嶽海です。
貴景勝は頸椎の負傷から、先場所は立ち合いで頭から当たっていくことに恐怖心を持っているように見えました。しかし、懸命に治療して稽古を重ねてきたのでしょう、今場所ではそうした不安もふっきれた感があります。
貴景勝が初めて優勝したのは2018年九州場所。当時、小結でした。この優勝が弾みとなって、3場所後には大関の座をつかみました。そして、2度目の優勝も昨年の11月場所。
一方、御嶽海はこのコラムでもよく名前を挙げて、私が常に躍進を見込んでいる力士のひとりです。関脇在位は17場所(三役通算27場所)。その実績からも実力があることは十分に示されていますし、前半戦では調子がいいことが多く、いつも「今場所こそは」と期待を膨らませています。
ところが、1回負けるとガタガタッと黒星が続いてしまう......。
彼自身、「何年も(大関になることを期待するファンを)待たせてしまっている。
先場所後に現役引退を発表した横綱・白鵬
さて、秋場所(9月場所)後に横綱・白鵬が引退を表明しました。優勝回数45回。横綱在位は14年以上。
そして、私が何よりすばらしいと思っているのは、少年相撲大会の『白鵬杯』を10年間も続けていることです。それも、全国各都市の予選会などを経ることなく、「相撲をやりたい!」という少年たちすべてに門戸を開いているところが立派。加えて、海外からも選手を招聘しているのがすごいです。
第1回『白鵬杯』に参加した青森県の打越奎也(うてつ・ふみや/当時中学2年生)選手は、その後、大相撲・阿武松部屋へ入門。
彼は2018年初場所(1月場所)で、横綱・白鵬と初めて対戦。2020年春場所(3月場所)で3度目の対戦を果たし、ついに白鵬を破って「恩返し」を遂げます。勝った阿武咲がうれしかったのはもちろんですが、敗れた白鵬の心の中にも感慨深いものがあったのではないでしょうか。
これこそ、"相撲の底辺を広げる"活動ですよね。優勝は自分だけの喜びですが、相撲人として次世代へ夢をつなげることがどれほどの喜びか......。
その白鵬は九州場所から親方1年生として、警備の仕事にあたっています。幕内・石浦、十両・炎鵬、北青鵬など、すでに自らがスカウトした内弟子が活躍していますが、これからどんな力士を育てていくのか、指導者としての白鵬の今後が楽しみです。
「今後」と言えば、今場所新十両に昇進した平戸海。今、私が期待を寄せる若手力士のひとりです。
四股名からもわかるとおり、長崎県平戸市出身。最近は高校、大学で実績を積んで各界入りする力士が多いなかで、彼は中学を卒業してすぐに境川部屋に入門しました。小・中学校の時に全国大会に出場した経験があるものの、目立った実績があるわけではありません。にもかかわらず、21歳で十両に昇進したことは本当にすばらしいと思います。
また、新十両会見で「稽古は一番やっているという自信がある。その自信によって、相手にビビることがなくなった」と話していたことには驚かされました。彼が所属する境川部屋は、ベテラン妙義龍がいるほか、幕下には有望な力士がひしめく部屋です。そのなかで「稽古を一番やっている」というのは、相当なものだと思います。
以前、私が注目力士として名前を挙げた関脇・明生も同様のタイプです。よく「稽古はウソをつかない」と言いますが、まさにそのとおりで、明生や平戸海のように黙々と稽古を重ねている力士には、いつかその努力が華を咲かせます。
そういう力士は、やっぱり応援したくなりますね。平戸海にはご当所場所で、ぜひ勝ち越してほしいものです。
「ご当所」という話で言えば、私の出身地。現役時代、私は鹿児島県姶良郡加治木町(現・姶良市)を出身地にしていました。実際には東京都墨田区で生まれ育ったのですが、父親(井筒親方=元関脇・鶴ヶ嶺)の出身地を受け継いだんです。
鹿児島出身ですから、福岡にも父親の知り合いがたくさんいました。市場で勤めている人も多く、私が現役の頃は九州場所となると、よく活きのいい魚を差し入れでいただきました。
なかでも、アラ(クエ)は最高に美味しかった! 刺身にしたり、鍋にしたりして、部屋の力士たちで30kgはあるアラを2日ぐらいで食べきっていました。およそ1カ月の福岡滞在で、5、6本のアラを平らげたこともありました。
九州場所での相撲の思い出はほとんどないのですが(苦笑)、アラやゴマサバなど、美味しい魚の思い出話は尽きません。
錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。