The serial killer has second thoughts

7年の沈黙を経て、殺人鬼は2度よみがえる──世界のGQから

スウェーデンのある男が30件ほどの罪を告白した。その罪とは、幼児虐待、レイプ、近親相姦、人肉嗜食などの残虐極まる犯罪の“フル・コース”。そして男は突然沈黙する。7年後、彼は再び語り出した。最悪な部分はまだ説明していない、と。
7年の沈黙を経て、殺人鬼は2度よみがえる──世界のGQから

スウェーデンのある男が30件ほどの罪を告白した。その罪とは、幼児虐待、レイプ、近親相姦、人肉嗜食などの残虐極まる犯罪の“フル・コース”。そして男は突然沈黙する。7年後、彼は再び語り出した。最悪な部分はまだ説明していない、と。

文:若林 恵

この連載史上、最も重たいストーリーかもしれない。分量もハンパない。読み通すのに優に1時間はかかった。主人公は“スウェーデンのハンニバル・レクター”と呼ばれる連続殺人鬼だ。「トーマス・クイック」の名で知られるが、本名はスチューレ・ベルクウォール。8つの殺人容疑をかけられ、うち6つは有罪判決が下った。被害者は9歳の少女、11歳の少年から23歳の娼婦までとさまざまだ。

未曾有の殺人鬼の公判は、1994年から始まり、メディアを通して次々と明らかにされるその残虐な所業に皆言葉を失った。「彼は、殺人鬼にして幼児性愛者、死体愛好者、食人鬼のサディストだ。極めつきの異常者だ」と、あるタブロイドは書いている。

公判当初、クイックを名乗る犯人は、これらの所業を否認せず、むしろ告白書を出版して、そのおぞましきディテールを自ら明らかにしたほどだ。が、2001年に、突然男は口を閉ざす。そして08年まで沈黙を続ける。そして沈黙を破ったとき、その口から出た言葉は、さらに衝撃的なものだった。「わたしはどの罪も犯していない」。殺人鬼は、身の潔白を主張し始めたのだった。

もっとも、公判当初からクイックが犯人であるという主張を疑う声は少なくなかった。1980年に殺害された11歳の少年の遺族は、犯人は別にいるという確証を得ていたようだった。しかし、クイックの証言は、たとえそれが現場の状況と異なったものであっても、精神的なショックによる一時的な間違いと判断され、その告白に真っ向から疑義が挟まれることはなかった。

加えて、証言中のクイックには、不安障害とパニック発作の治療に用いられる薬物「Xanax」が投与されていたことも明らかになる。自身の無実を訴える男は、この記事の筆者に対して、「自分が重要な人物だと思われたかったんだ」と、数々の“でっちあげ”の理由を明かしている。

筆者は、実際に無数の公判資料を検証したうえで、「彼を有罪にするに足る決定的な証拠は見つからなかった」と書く。加えて、調査の結果、4歳で父親に性のおもちゃにされ、それを知った妊娠中の母が流産したといった過去のエピソードが捏造であったことも判明。こうした事実が明るみにでて、稀代の殺人鬼は一気に杜撰な捜査と公判による冤罪被害者として世間に再び浮上する。現在、彼の容疑は再審理にかけられている。

けれど、これでハッピーエンドになるわけではない。調査の末、新たに知られた男の過去は、暴力的なレイピストのそれであった。40年前に男は、クラブで出会った相手をバターナイフで12回刺す事件を起こしている。男はハンニバル・レクターではなかったのかもしれない。けれども、スウェーデン史上最悪の嘘つきであり、非情な性犯罪者ではあったようだ。無垢な冤罪被害者では決してない。この男について人は何を信じればいいのか? いや、この男自身すら、もはやわかってはいないのかもしれない。

若林 恵 日本版『WIRED』編集長
読んでて気分の悪くなるストーリーでしたが……40年以上も過去に遡るおぞましい猟奇殺人をめぐるド迫力のルポ。これを掲載するUS版『GQ』の懐の深さに脱帽。