クリニックの窓口でもらう「領収証」と、後日届く「医療費の通知」を確認しているだろうか。社会保険料から不正にお金を取られている可能性があるかもしれない。その手口とは?架空の診療報酬を不正請求している疑いがある歯科医院の理事長に直撃取材した。

「領収証」と「医療費の通知」で約2~3倍の金額差に気付いたAさん

 (Aさん)「医療費のお知らせっていうのが年に1回、健康保険組合から届くんですけど、そこの歯医者さんだけ高いな、というのがあって」

 大阪府吹田市に暮らすAさん。3人の子どもたちが定期健診などで過去に受診した近隣の歯科医院で、支払いの際に手渡された「領収証」と、健康保険組合から届いた「医療費の通知」に、金額の差異があることに気がついたという。
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 (Aさんの妻)「私が見ていたんですけど、医師じゃなくて歯科衛生士が歯面清掃をしてくれたりだとか、歯間ブラシをしてくれたりだとか」
 (記者)「それがどういう治療をしたことになっていた?」
 (Aさんの妻)「虫歯治療をしたということになっていたようです」
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 Aさんの長男が歯科医院で定期健診を受けた際に手渡された領収証。令和4年(2022年)7月6日、検査や処置などの名目で、保険点数の合計は654点と算定されている。医療行為に対する価格は全国一律で1点あたり10円と定められているため、診療報酬の合計金額は6540円ということになる。しかし、Aさんが勤務先で受け取った医療費の通知には、約2倍にあたる1万3510円との記載があった。

 さらにAさんの長女が歯科医院を受診した令和5年(2023年)4月24日、領収書では8610円のはずの診療報酬が、医療費の通知では約3倍にあたる2万3310円になっている。長女をめぐっては、ほかに少なくとも1件、領収証と医療費の通知の金額に差があることがわかった。

Aさんが電話すると理事長X氏「500円しか窓口負担は変わらないので」

 不審に思ったAさんが歯科医院に電話をかけて理事長のX氏に尋ねると。

 (Aさん)「(X氏は)受けていないのを受けたことにしています、というので。例えば、虫歯は子どもはないんですけど虫歯の治療をしたことにして詰め物を入れたとカルテではなっているらしくて。ただ『自分がやった』ということは言わずに、誰でもカルテが触れる状態で、おそらく退職した先生がやったんじゃないか、と言われて」

 そして理事長のX氏はこう続けたという。

 (Aさんの妻)「500円しか窓口負担は変わらないので、と」

 X氏が悪用していたとみられるのが、多くの自治体で採用されている『子ども医療費助成制度』だ。
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 歯科医院がある吹田市の場合、親の所得などに関わらず、子どもは18歳の3月末まで、医療費の窓口負担額が500円と定められている(※一部例外を除く)。

 X氏は、子どもの窓口負担額が一定であることに付け込み、施してもいない架空の治療を上乗せして、診療報酬を不正請求していた可能性がある。

同じ歯科医院に通うBさんの場合 子ども3人の治療13回中12回で金額差異

 同じく吹田市に住むBさんもその可能性に気づいた一人だ。

 (Bさん)「私自身も同じ歯科を利用しているが、それは見てみたら、確認した分では差異はなくて。子どもの方が…」

 3人の子どもがいるというBさん。令和3年(2021年)4月5日、長女がX氏の歯科医院で受け取った領収証には保険点数1303点との記載があった。

 診療報酬は本来1万3030円のはずだが、共済組合から受け取った医療費の通知を見ると、1万円あまりが上乗せされた2万3630円が請求されている。
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 Bさんの子ども3人がX氏の歯科医院を受診したのは、2021年4月以降の3年間で少なくとも13回。いずれも窓口負担額は500円だったものの、うち12回で領収証の点数と医療費の通知の金額に差異があり、上乗せ分の合計は約11万円に上った。

 (Bさん)「言い方は悪いですけど、うまいこと突いてお金をもらっているんやなというのは思いますよね。やっていないことをやったことにして、ただ患者にはわからないように。まあ改ざんですよね、多分ね」
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 診療報酬の不正請求問題などに詳しい弁護士にX氏の手口について聞いた。

 (城南中央法律事務所 野澤隆弁護士)「大胆です。ここまでやっているケースはあまりないと思います。水増しというかツケマシとかいうんですけどね、業界では。水増し系はまだ一応(治療を)やった上で加算しているだけなんですけど、架空請求系も結構あるみたいですからね、これ。もはややってもいないのに(診療報酬を)勝手に請求している。患者自身はほとんど被害者じゃないから世間の関心が薄く、本当の被害者は国民全体とか健康保険システムそのものに対する不信感の増大だと私は思っています。社会全体の不利益」

理事長X氏に記者が直撃取材すると…

 取材班は理事長のX氏を直撃した。

 (記者)「Xさんですか?」
 (X氏)「はあ…」
 (記者)「Xさんのクリニックに過去に通っていた患者さんから、我々の方に」
 (X氏)「ちょっと待ってください、何か撮ってらっしゃるんですか。いえいえ、僕ちがいますけど」
 (記者)「Xさんじゃないですか?」
 (X氏)「はい」
 (記者)「じゃあどなたですか?」
 (X氏)「どなたって…」
 (記者)「出てこられたので、あそこ(歯科医院)から」
 (X氏)「いえいえ、何の取材?」
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 X氏は全く応じようとしない。

 (記者)「これ、見てもらってもいいですか?見てほしいのが…いいですか?これ、とある患者さんの…」
 (X氏)「ちょっと待ってください」
 (記者)「いやいや、診療報酬の明らかに水増しがあるんではないかと思われる証拠がいくつもあるんですよ。本当にやっていないですか?」
 (X氏)「していません。やめてください」
 (記者)「やってもいない治療をしたかのようにして点数をカサマシしているんではないかと、患者さんが何人も不安に思っている方がいるんですよ」
 (X氏)「それは、ちょっと…」
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 取材班がカメラを止めると、X氏はこう話し出した。

 (X氏)「患者から指摘があり、すでに退職している診療報酬の元担当者に確認を取ったところ、過剰に請求していた部分が確認できた。いま、過去にさかのぼって、取り下げの請求をしているところです」
 (記者)「吹田市は子どもの医療費の窓口負担額が最大で500円。そこにつけこんでやったのですか?」
 (X氏)「そういう言い方をすれば、そうなのかもしれない」

 そして、直撃の後、取材班にX氏から1通のメールが届いた。
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 (X氏からのメール)「もし不安に思っている患者様がいましたら、カルテも開示いたします」

 全国にある歯科医院は約7万軒。コンビニエンスストアの店舗数をも上回るとされ、X氏にかかる疑惑は氷山の一角なのかもしれない。不正を可視化するシステム作りが必要ではないだろうか。