「町がつぶれる」 口蹄疫、宮崎の畜産農家ら悲痛
宮崎県で発生した家畜伝染病の口蹄疫(こうていえき)の感染が食い止められず、家畜の殺処分を余儀なくされている畜産農家から悲痛な叫びが上がっている。感染例が集中する同県川南町では至る所に消毒剤がまかれ人通りもまばら。東国原英夫知事は18日に非常事態を宣言、国も首相をトップとする対策本部を17日設置したが、畜産農家らは「遅すぎる。窮状が分かっていない」と怒りが収まらない。
「牛1頭1頭に『ごめんね』と謝った」。川南町の畜産農家、森木清美さん(61)は感染疑いが出たために、手塩にかけて育てた牛75頭を処分した4月25日を思い出すと今もやりきれない。
白い防護服を着た獣医師ら数十人を前に大きな鳴き声を上げる牛も。「異様な感じを察したんでしょう」と森木さん。妻や娘も「本当に口蹄疫なの」と最後まで信じたくない思いだったという。
口蹄疫のウイルス拡散を防ぐため外出をなるだけ控えている。収入も途絶えた。仲間の農家といたわり合い、気持ちを紛らわす毎日だ。
「必死に感染予防策をとったのに……」。川南町の畜産農家、香川雅彦さん(52)は肩を落とす。16日朝、約8000頭を飼育する農場で鼻に水疱(すいほう)がある豚が2頭、見つかった。
従業員は農場に出る前にシャワーで体を洗浄し、農場周辺に1日2回、消毒液を1時間かけて散布。ウイルスを持ち込まないように外出も1カ月近く自粛してきたが防げなかった。
殺処分を待つ間も感染する豚は増え、痛々しい姿の豚を直視できない従業員も。肉体的、精神的にみんな疲労は限界だ。それでも「今は早く殺処分して周囲への感染拡大を防ぐことだけを考えたい」と気丈に語る。
人口約1万7千人の川南町は年間の農業生産額200億円のうち、畜産業が150億円を占める畜産の町。牛1万頭、豚13万5千頭が飼われていたが、半数以上の殺処分が決まった。同町商工会の津江章男会長(62)は「このままでは町がつぶれてしまう」とうめく。
町のにぎわいも消えてしまった。野菜や衣類を積んだトラックが役場近くに並ぶ人気イベント「軽トラ市」は中止。小学校、飲食店、役場など人が出入りする建物の玄関には消毒液でぬらしたマットが置かれ、駐車場や給油所など車の出入り口には消毒剤がまかれる。ウイルス付着を恐れ、人通りも激減。津江会長によると売り上げが8割以上落ち込んだ商店や飲食店もあるという。
一方、幹線道路など30カ所で自衛隊員らが車両の消毒噴霧にあたる。町内全域で感染疑いが続発し常態化した。
国や県など行政への対応への不満は頂点に達している。「政府に危機管理能力がなく、口蹄疫封じ込めの機会を逃した」と憤るのは同町のJA尾鈴養豚部会長の遠藤威宣さん(56)。感染疑いがなくても一定地域の家畜を処分し、緩衝地帯をつくる措置を農林水産省に要望したが「法律上難しい」と断られてきた。「鹿児島や熊本にも広がったら九州の畜産は崩壊する」と危惧する。
人手不足から殺処分が遅れていることへの怒りも。ウイルス拡散を食い止めるため、地元は家畜の早期処分を求めているが、自衛隊の応援を得ても処分まで10日以上待つ例もある。40年以上、豚の品質向上に取り組んできた養豚業、山道義孝さん(61)の農場もついに16日、感染疑いが出た。「悔しくてたまらない。国や県がもっと早く深刻さを受け止めていれば、食い止められたのではないか」と唇をかむ。
別の養豚農家の男性は17日になってようやく対策本部を立ち上げた政府の対応を批判。「これは国益の問題。農相は感染地域の視察すらしていない。現場と温度差がありすぎる」といらだった。