iPhoneに続け? ソフトバンク孫社長がWi-Fi携帯を売り込む事情
ジャーナリスト 石川 温
ソフトバンクモバイルは10日、2009年冬から10年春にかけての新製品を発表した。発表会で孫正義社長がキーワードとして連呼したのが「Wi-Fi」だ。
ソフトバンクモバイルは当初、前日である9日に記者会見を予定していた。しかし、有名女優裁判の判決日と重なることが明らかとなったため、テレビメディアへの露出を優先して急きょ翌10日に変更した。10日午後にはNTTドコモが新製品発表会を設定していたが、ぶつかることを承知の上で午前9時半から開催した。ソフトバンクモバイルにとって今回の発表会はそれほど気合いの入ったものだった。
公衆無線LANと連携
前面に打ち出したのは、携帯の3Gネットワークだけでなく、無線LAN経由でインターネットに接続する「Wi-Fi」通信への本格的な対応だ。新製品では、来春に発売するという「Android」端末を含めて8モデルがWi-Fi接続に対応する。孫社長は3Gに比べて高速でネットにアクセスできるWi-Fiを新たな売りにしてきた。
ソフトバンクは、グループ会社を通じて「BBモバイルポイント」の名称で公衆無線LANを展開し、駅や空港、ファストフード店などでサービスを提供している。ボーダフォン買収当初から、無線LANスポットとの連携は視野に入れていたようだが、対応製品を揃えたことでそれが本格化する。今後は「ソフトバンクWi-Fiモバイルポイント」としてエリアを拡大していく計画だ。
逼迫する3Gネットワーク
ソフトバンクモバイルにとって、無線LANとの連携は逼迫する3Gトラフィックを逃がすという意味でも重要な戦略になるだろう。月額基本料980円の「ホワイトプラン」による音声通話の増大、さらには「iPhone」を投入したことで、ネットワークは常に混雑した状態にある。
一時期は設備投資を増強して、3G基地局をNTTドコモを上回るペースで設置していた。しかし、最近は投資を控え、フリーキャッシュフロー増大に経営が向いている。
ネットワーク混雑の解消策としては、新たに1.5GHz帯の周波数が割り当てられている。今回の新製品でも「941P」「943SH」を1.5GHz周波数に対応させているが、ネットワーク整備はこれからであり、すぐに混雑解消には役立たない。
そこで、引っ張り出したのがWi-Fiというわけだ。これならすでに街中には無線LANスポットが点在し、若年層ユーザーの利用が多いといわれる自宅でのトラフィックも3Gから逃がすことができる。
今回、孫社長は「携帯電話の通信が鼻からの呼吸だとすれば、Wi-Fiは口。息苦しさを感じることなく呼吸ができるようになる」と自慢げに語った。確かに、ソフトバンクモバイルのネットワークは他社と比べて脆弱で「鼻づまり」の状態にある。鼻をかみ、スッキリするにはティッシュが必要だが、まずはその前に口を開けてみた、ということなのだろう。
「収入は逃さない」料金プラン
ソフトバンクモバイルの今回のプランで巧みなのは、端末を無線LAN対応にしても収益には響かないように料金面で対策を施している点だ。ユーザーがいくら無線LANを中心に使っても、通信費を安く抑えることはできないようになっている。
無線LANだからといって「自宅での接続は一切通信費がかからない」と思ったら間違い。ソフトバンクのプランでは、月額利用料490円(10年末までに申し込めば永年無料)のほかに、専用パケット定額サービスの月額4410円を支払う必要がある。つまり、無線LANでインターネットに高速接続して大容量のコンテンツを楽しむにはパケット定額制の上限分を支払わなくてはならないのだ。
一律定額のプランを今回採用した理由について、孫社長は「iPhoneユーザーは自宅に無線LAN環境があっても、パケット通信料が上限に達している人が9割以上。段階制の定額プランは有名無実となっている」と述べた。
ちなみに他社の無線LAN接続サービスを見ると、KDDI(au)は月額使用料が525円だが11年6月末までは無料キャンペーン中で、無線LAN接続時のパケット料金は無料。NTTドコモ「ホームU」も月額使用料は490円だが、通信料は無料となっている。
まさにソフトバンクは「トラフィックは逃がすが、収入は逃がさない」戦略なのだ。
ただし、ソフトバンクモバイルの新製品のなかには裏技的な使い方ができる端末も存在する。無線LANに対応したシャープ製の「941SH」「940SH」には、複数のブラウザーが搭載されている。このうち、「ダイレクトブラウザ」と呼ばれるものを使うと、無線LAN経由でネット接続してもPC向けサイトはパケット料金や月額使用料が不要となる。
ワンセグなし、2メガカメラの注目端末
無線LANに対応するのは主に上位機種だが、ソフトバンクモバイルが今回発表した新モデルのなかで、もう一つ重要な役目を担うのが、「840P」(パナソニックモバイルコミュニケーションズ製)と「840SH」(シャープ製)の2モデルだ。いずれも多色展開を売りとする商品だが、重要なのはその「価格」である。
いま、ソフトバンクモバイルではiPhoneとともに、「830P」の流れをくむシリーズが売れ筋と言われている。このシリーズは端末価格が圧倒的に安く、契約者増の起爆剤となっている。
830Pは製造ラインを見直すなどして低コスト化を実現したが、今回の840Pでは、パナソニックケータイの象徴的な機能である「ワンプッシュボタン」を廃止。カメラは2メガピクセル、おサイフケータイはもちろんワンセグにも非対応という徹底した低コスト化を進めた。
その低価格のラインに今回からシャープが加わった。ハイスペックを売りとするシャープだが、840SHではパナソニックと同じくワンセグ、おサイフケータイに非対応。カメラも2メガだ。
ソフトバンクモバイルは、10年3月末に2G(PDC方式)のサービスを停波させる。10月末現在でも98万人のPDCユーザーを抱えているだけに、これらの安価な端末で3Gへの移行を促進させたいという狙いも大きいのだろう。
Android端末はどのメーカー製か
さて、今回の孫社長の会見で注目されたもう1つの話題がAndroid端末の導入だ。来年春の発売予定というが、メーカー名は明らかにされず、米クアルコム社製の「スナップドラゴン」という駆動周波数1GHzのCPU、3.7インチの有機ELディスプレーを採用する、という程度の紹介にとどまった。「世界最先端の機種を投入する」というポリシーの下、開発を進めているという。
ソフトバンクモバイルへの過去の納入実績や3.7インチの有機ELということから、メーカーはいまのところ韓国サムスン電子が有力だ。同社はすでにAndroid端末を開発、販売した実績も持つ。しかし、一方では「台湾メーカーではないか」(関係者)という話もあり、真相はやぶの中だ。
ただ、同じ関係者は「ソフトバンクモバイルがAndroidを出すといっても当面は1機種だけ。アップルに気を使って積極的には展開しないと聞いている」と語っており、あくまでiPhoneの重視の路線を貫くとの見方が強い。
iPhone独占はいつまで
そんなiPhoneだが、世界を見渡すと独占販売をしている国が減り、複数のキャリアから発売される状況が広がりつつある。欧米では当初、1社に対して独占販売権を与えていたが、すでにフランス、英国、カナダなどでは複数キャリアから販売されるようになった。米AT&Tも10年夏には独占販売できなくなるといわれており、アジアでもシンガポールは複数キャリアからの発売となる。
果たして、日本はどうなるのか。ソフトバンクモバイルにとってみれば、iPhoneによって契約者も増え、ARPU(1人あたり月額利用料)も上がり、それによって増収増益を達成している状態。まさに「iPhoneあってのソフトバンクモバイル」ともいえる。
孫社長は「相手があることだから、我々は何も言えない」としつつも、「我々は頑張っている。精神論では通じず、数を売っていかなくてはいけない。サービスや料金、営業ノウハウなど地道に努力し、世界のキャリアのなかで我々が一番情熱を持ってiPhoneを売っているのは間違いない」と語る。
ソフトバンクモバイルの場合、独占販売権は「はじめから持っていない」(孫社長)が、いまの独占販売状態が保たれているのは、アップルとの信頼関係が基本にあるのだろう。もしかすると、この良好な関係を悪くさせないためにも、Androidは導入するが注力はできない事情があるのかもしれない。
弱みを強みに変える
ソフトバンクモバイルは最近、各メーカーからNTTドコモ向け商品の「おさがり」を供給されている印象が強かった。今冬から来春に発売する新製品も見た目はNTTドコモ向けと近いものが多いのは事実だが、ここにWi-Fiという独自機能、さらに独自のコンテンツサービスを乗せてきた。逼迫した3GネットワークをWi-Fiでカバーするという弱みを強みに変える戦略もソフトバンクモバイルらしいといえるだろう。
iPhone人気のなか、リッチコンテンツやインターネットを楽しみたいというユーザーがどれだけiPhoneではないWi-Fi対応モデルを購入するかは未知数だが、「口呼吸」がどの程度広がりを持つかは、今後のユーザー動向を占ううえでも注目に値するだろう。
[IT PLUS 2009年11月11日掲載]
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