スターリングエンジンと設計教育

はじめに

 スターリングエンジンは,機械加工あるいは熱力学の教材として使われることがあります。また,設計計算の演習として使われている事例や設計から製作までを行う「もの作り教育」としての事例もあります。これらのほとんどは,大気圧空気で作動する模型エンジンを利用しています。
 一方,高圧の作動ガスを用いる高性能スターリングエンジンは,機械工学を学ぶ上で重要な多くの要素部品が使われています。それをうまく利用すれば,機械設計工学を伝えるための有効なツールとなると考えられます。以下,そのような観点から,高性能スターリングエンジンを題材とした設計教育について検討してみます。


設計教育について

 最近の大学の機械系学科では,機械に関連する基礎的・予備的な知識を持たない学生が増えているように見受けられます。そのような学生はこれから作り上げていく機械をイメージしにくいため,設計計算に主眼をおいた従来通りの設計工学の授業を行っても,十分な知識が得られにくいのではないでしょうか?

機械系大学生の知識

 私の研究室に来ている2名に学生に,大学3年生までで次の機械用語を知っていたかを聞いてみました。実際の機械にあまり触れていないという印象を受けます。

用語 学生A 学生B
止めねじ 知らない。 知らない。
玉軸受(ラジアル) 学生実験で触った。 形は知っていたが,見たことはない。
Oリング 知っている。 知っている。
オイルシール 全くわからない。 全くわからない。
カップリング JIS規格品を機械製図の授業で習った。 JIS規格品を機械製図の授業で習った。
S45C 知っている。 知っている。
SUS304 知らない。 知らない。
パルスモータ 授業で使用した。 授業で使用した。
熱電対 全く知らない。 全く知らない。


スターリングエンジンと設計教育

 右図に100 W級実験用スターリングエンジン「Ecoboy-SCM81」を示します。このような比較的高い作動ガスを用いるスターリングエンジンでは,機械設計に重要な多くの要素部品が使われています。そして,それらが一つの機械に含まれているため,機械工学の初学者にとっても全体像をイメージしやすい題材であると考えられます。
100 W級実験用スターリングエンジン
Ecoboy-SCM81
 さらに,右図に示すように,スターリングエンジンに発電機を取り付けることで,一つの機械システムとして考えることができ,設計教育の範囲はさらに拡がると考えられます。
スターリングエンジン発電機

スターリングエンジンで学べる設計工学の内容
 以下,スターリングエンジンを設計教育の題材とすることで学ぶことができる内容をまとめてみます。
(1) 強度計算
 スターリングエンジンはほとんどの部品が強度部材であり,強度設計を学ぶことは簡単です。また,スターリングエンジンの強度計算は,一般に作動ガスの最高圧力がベースとなり,ガス圧力を求めるための熱力学の重要性を伝えることもできます。

荷重の形式
(2) ねじ
 スターリングエンジンには,圧力により引張荷重を受ける多くのねじがあります。そのため,ねじの強度や選択方法について伝えやすいと考えられます。また,止めねじや配管用ねじ等の特殊なねじを使うこともあり,設計教育に適していると考えられます。

引張り荷重を受けるねじ
(3) 機構設計,回転体の力学
 ピストン駆動機構に代表される機構設計やあらゆる回転機械の設計に必要とされるトルクと強度の知識を習得できます。さらに,トルク変動やフライホイールによる平滑化についても学ぶことができます。

回転体の力学
(4) 軸と軸受
 軸や軸受について学ぶことができます。また,回転体を軸に固定する方法等についての知識が得られます。

軸と回転体の固定
(5) シール装置
 スターリングエンジンには多くのシール装置が使われているのが特徴です。静的シールとしてはOリングやガスケット,動的シールとしてはピストンリング,リップシール,オイルシール,メカニカルシール等があります。また,作動空間内のシールには,原則として無潤滑シールが必要とされ,要求される性能が厳しく,スターリングエンジンのシール機構の知識は他の機械の設計に応用できます。

Oリングの使用方法
(6) 動力伝達機構
 発電システム等を考えることで,発電機やカップリング等の動力伝達についての知識が得られます。
(7) システム設計
 エンジン単体を考えても,エネルギーバランスや効率の重要性を学ぶことができます。さらに,自動車や船舶への利用を考えれば,機械システムとしての設計教育も可能です。
(8) その他
 振動系の設計や伝熱(熱交換器)の設計等,より詳細な設計教育にも利用できます。さらに,圧力容器構造規格等の実践的な設計方法を伝えることもできます。

スターリングエンジンで学ぶことが難しい内容
  スターリングエンジンだけで機械設計の全てを伝えられるわけではありません。現状のスターリングエンジンからは学ぶことが難しい内容として,ロボット工学,メカトロニクス,人間工学等があげられます。さらに,特殊な例を除いて,歯車や複合材料について学ぶことも難しいと言えます。


まとめ

 以上のように,スターリングエンジンを題材とすることで,多くの「機械設計」を伝えることができると考えられます。すなわち,スターリングエンジンを学ぶことは,その他の機械の設計にも利用でき,教育効果は極めて大きいと考えられます。また,民生レベルでの普及に至っていないスターリングエンジンは,完成された形式を持たず,設計方法がマニュアル化されていません。そのため,設計教材として扱いにくいことは確かですが,逆に言えば,独自のアイデアを活かす設計教育を行うことで創造性を養うことにもなると考えられます。


[Stirling Engine Dictionary]