春を彩る桜餅 関東風と関西風 それぞれの味わい

東京・赤坂の「塩野」では、関東風の「桜餅」(右)と関西風の「道明寺製桜餅」を取りそろえている。各500円(酒巻俊介撮影)
東京・赤坂の「塩野」では、関東風の「桜餅」(右)と関西風の「道明寺製桜餅」を取りそろえている。各500円(酒巻俊介撮影)

水ぬるみ、風が心地よい季節。商店街をそぞろ歩くと、ほんのり薄桃色の桜餅に出合った。日本の春を彩るこの和菓子は、関東と関西とで餅の形や作り方が異なる。焼き生地を使う関東風と、道明寺粉製の餅で包む関西風。2種の桜餅の由来をひもといた。

東京・赤坂。商店街の一角に、白地に「塩野」と染め抜いたのれんが揺れる。77年の歴史を持つこの和菓子店では、2月中旬から4月初旬まで、東西2種の桜餅をそろえる。

「桜餅がなければ春が迎えられないというほど、日本人にとって特別なお菓子。好みで選べるよう、先代の頃から両方出しています」とは、2代目の高橋博さん。

関東風の桜餅は、小麦粉を水で溶き、銅板の上に薄く延ばして焼いた生地であんをくるむ。関西風は、蒸したもち米を干して砕いた道明寺粉を使った餅の中に、あんをたっぷり入れる。仕上げにかぐわしい桜葉で包むのは、どちらも同じだ。

上品な桜色が目に優しく、なじんだ香りが鼻をくすぐる。関東風はやわらかくもっちり。関西風は粒が立った餅の舌触りとなめらかなあんが絶妙に調和する。目と鼻と舌…五感で爛漫(らんまん)の春を感じられる。

東京で生まれた

「桜餅は、塩漬けにした桜の葉っぱで包まれた和菓子を指します」とは、全国和菓子協会(東京)の藪光生専務理事。

桜葉の塩漬けを考案したのは、江戸中期に隅田川沿いの向島にある長命寺で門番を務めた山本新六という人物だと伝わる。

花見の名所だった向島で散りゆく桜を惜しんだ新六は、せめて葉だけでもと、桜葉を塩漬けにして保存。その葉で餅を包んで長命寺門前の茶店で売り出した。今から300年ほど前のこと。これが関東風の桜餅の発祥とされる。

ほどなく、餅を塩漬けの桜葉で包むアイデアは京都まで伝わる。関西では平安の昔から道明寺粉で作った餅や団子が好まれており、これらを桜葉で巻いたものが「桜餅」と呼ばれるように。「道明寺」の異名もある。

関西風が全国区に

もっとも近年は、関東と関西で目にする桜餅に違いがなくなりつつある。「道明寺」が、じわじわ全国を席巻しているのだ。

気象情報を提供するウェザーニューズ(千葉市)が令和4年、全国の約6700人に「店に並ぶ桜餅は関東風か関西風か」と聞いたところ、「関西風」が54%、「両方」が32%に。関東1都6県でさえ「関東風」は20%ほどだった。藪さんは「最近は地域差があまりなくなっている」と指摘する。

葉は香り付け

東西の違いと並んで、桜餅にまつわる疑問に挙がるのが、葉は食べるのか食べないのか、だ。俳人の高浜虚子は「三つ食へば葉三片や桜餅」と詠んだ。桜餅を3つ食べると葉が3枚残った、という意味で、虚子は「食べない派」だったらしい。

葉の役割は、餅に香りをつけ、表面の乾燥を防ぐこと。きれいにむくと桜葉の香りが餅に移り、その独特の移り香と、餅のうまみ、あんの甘みが三位一体になって、舌になじんだ桜餅の味になるという。

実は、桜の花や生葉からは、ほとんど香りがしない。葉を塩漬けにして成分を壊すことで初めて、芳香成分「クマリン」が放出され、あの独特の香りが立つ。私たちが桜だと思っている香りは、塩漬けの桜葉、つまり桜餅の香りだったのだ。

藪さんはこう考える。「食べるも食べないも、どちらが正しいということはありません。ただ、葉を食べると塩味が勝って、餅やあんの味を感じにくくなります。塩味が欲しくなったら、ちょっとちぎって食べるくらいがいいのかもしれません」

(田中万紀)

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