<スポーツ探偵>元プロ野球選手・木村昇吾×クリケット 大谷翔平の球を打つより難しい

2022年11月23日 06時33分

クリケット日本代表の木村昇吾選手

 「クリケット」というスポーツをご存じだろうか。英国発祥で日本ではあまりなじみのない、このマイナー競技に第二の人生を賭けた人がいる。元プロ野球選手の木村昇吾さん(42)。取材すると、彼の抱いた大きな夢とクリケットの知られざる可能性が見えてきた。

■直感に従って転身

 十月中旬、栃木県佐野市でクリケットのワールドカップ(W杯)東アジア予選が開かれた。日本代表戦だというのに観客は数十人、メディアの扱いもほとんどない。それでも、木村さんは「クリケットのポテンシャルはすごい。僕は可能性しかないと思っています」と楽しそうに笑った。
 木村さんは元プロ野球選手。野手として二〇〇二年に横浜(現DeNA)に入団後、広島、西武と十五年間、活躍してきたが、一七年オフに戦力外通告を受けた。これからどうしよう。悩んでいたとき、知人からクリケットの存在を教えられた。「聞いた瞬間、『あ、俺、これやるな』って思いました。自分がクリケットをやる姿が頭に浮かんだんです。五分で決めました」。直感に従い、未知なる世界に飛び込んだ。

■バウンドに戸惑い

 プロ野球選手がこの競技に転身した例は過去にない。最初は戸惑うことばかりだった。バットでボールを打つ、先攻と後攻があって得点を競うなど、野球と似た部分はあるが、「まるで違った」。例えば、クリケットではボウラー(投手)がワンバウンドで投げるのだが、「これを打つのが至難の業。そもそも、ワンバウンドは振るなと教わってきましたから」。
 バウンドする球は右や左に跳ねるばかりか、浮き上がったり、ブレーキがかかったり、野球では考えられない変化をする。木村さんは西武時代に大谷翔平投手の160キロをヒットにした経験があるが、「それより難しい。正確に言えば、全く違う難しさがあるんですよ」。大谷投手の球を打つよりも難しい競技に夢中になった。
 日本で知られていないだけで、実はクリケットはマイナー競技ではない。それどころか、「英国、インド、オーストラリアなど、ファンは世界で十億とも十五億人ともいわれています。世界ではサッカーに次ぐ二番目に人気がある、スタンダードなスポーツなんですよ」と日本クリケット協会・宮地直樹事務局長(44)は説明する。

クリケットW杯東アジア予選の韓国戦で打席に立つ木村選手=いずれも栃木県佐野市の佐野国際クリケット場で

■五輪採用の可能性

 中でもインドの人気はすさまじく、テレビ視聴率は80%、年収三十億円の選手がいるという。日本にはプロリーグがなく、クリケットでの収入はゼロという木村さん。「目標は世界最高峰のインドのトップリーグ、インディアン・プレミアリーグで活躍すること」。来月からはインドの隣国スリランカに拠点を移し、ビッグチャンスの足がかりにするつもりだ。
 追い風も吹いている。二八年のロス五輪。開催都市が提案できる追加競技の九候補の中にクリケットが入った。「決定は来年になるが、ロスで入らなくとも、三二年のブリスベン五輪は確実でしょう」と宮地事務局長。五輪競技となれば、日本でもブームになるのは必至。いつの間にか、クリケットは「次に来るスポーツ」の筆頭になっていた。
 一九八〇年生まれの木村さんは松坂世代の一人。同期のほとんどが引退する中、現役アスリートにこだわり、新天地でパイオニアを目指す道を選んだ。変わり者という人もいるだろう。無駄な努力とあざ笑う人もいるかもしれない。しかし、木村さんに迷いはない。「もう一度言いますよ。クリケットには可能性しかないんです」

<クリケット> 英国発祥のスポーツで「野球の原型」ともいわれる。100以上の国と地域でプレーされ、2015年のW杯は15億人が視聴した。試合は1チーム11人で行われ、長径140メートルの楕円(だえん)形のフィールドの中で一度ずつ攻撃と守備を行い、得点数を競う。日本の競技人口は約4000人。

 文・谷野哲郎/写真・田中健
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