『鬼平犯科帳』『剣客商売』で知られる池波正太郎(いけなみしょうたろう)。もともと戯曲に力を入れていた池波の躍進はテレビ時代劇の発展と歩みを共にしています。池波は、出版したその代表作で在銘の日本刀を数多く登場させています。
池波正太郎は読売演劇文化賞の入選をきっかけに、選者だった長谷川伸門下になります。長谷川の主宰する勉強会、二十六日会と新鷹会に所属し、新国劇の戯曲を手がけます。長谷川の勧めで小説も書き始めた頃、都職員を辞めて作家を専業とし、6度目の直木三十五賞候補作の短編「錯乱」(1960年『オール讀物』初出)で直木賞作家(第43回)となりました。信濃国松代藩真田家初代藩主・真田信幸(信之)の跡継ぎ問題を題材に、隠密合戦を描きました。
その後、池波は初の長編で描いた忍者物と並行して、剣客を取り上げます。長編では、中村半次郎(桐野利秋)『人斬り半次郎』、永倉新八『幕末新選組』、伊庭八郎『幕末遊撃隊』、近藤勇と新選組『近藤勇白書』など、幕末を多数描きました。
同じ頃、『鬼平犯科帳』(1967~1989年『オール讀物』連載)の執筆が始まります。連載開始の2年後、松本幸四郎(8代目)の主演でテレビ時代劇化され、人気のテレビ・シリーズとなり、池波の代表作となりました。
主人公は、江戸時代後期、江戸幕府第10、11代将軍・徳川家治と家斉の時代を生きた旗本・長谷川平蔵宣以です。火付盗賊改方の平蔵は、犯罪を未然に防ぐ町奉行に対し、悪と闘う特別警察の役割を担います。一刀流の腕前で凶悪事件に挑むその仕事ぶりから「鬼の平蔵(鬼平)」と呼ばれ、悔い改めたもと盗賊達を密偵としてもちいる知略家でもあります。
そんな平蔵は、亡き父から譲り受けた粟田口国綱や、井上真改、備前長船兼光(脇差)の刀で悪を斬ります。
「曳!!」
身を沈めざまに、亡父ゆずりの粟田口国綱二尺二寸九分余の大刀をふるって長谷川平蔵が、たちまちに一人を斬って殪した。
「兇剣」『鬼平犯科帳』より
秋山親子は、ともに師匠から譲られた日本刀を愛刀としました。
これは、いつも腰に帯びている堀川国広一尺四寸余の脇差ではない。
摂津の住人・河内守藤原国助二尺三寸一分の大刀であった。
この刀は、小兵衛の亡師・辻平右衛門が江戸を去るにあたって、
「形見じゃ」
と、小兵衛にあたえたものである。
「辻斬り」『剣客商売』
父からゆずりうけた井上真改二尺四寸五分の銘刀をぬきはらい、裂帛の気合と共に打ち振ってみたが、やはり没入することができなかった。
「剣の誓約」『剣客商売』
その後、池波は、『鬼平犯科帳』、『剣客商売』、テレビ時代劇『必殺仕掛人』の原案となった11代将軍・家斉の時代を舞台にする『仕掛人・藤枝梅安』(1972~1990年『小説現代』連載)などの成果で、第11回吉川英治文学賞受賞しました(1977年)。
池波が生みだした江戸後期、幕末以前の刀剣世界は、テレビ時代劇に大きな足跡を残しています。