幕末に完成!北海道「松前城」最新鋭のお城の見所と数奇な歴史

幕末に完成!北海道「松前城」最新鋭のお城の見所と数奇な歴史

更新日:2020/10/10 10:34

浦賀 太一郎のプロフィール写真 浦賀 太一郎 週末トラベラー
北海道の最南端に位置する松前町。北前船の寄港地である事や、アイヌとの交易などで、本州とは少し違った文化や歴史を歩んできました。そんな松前発展の中心地が、日本100名城にも選定されている、松前城。周囲は松前公園として整備され、幕末の海防による近世城郭の遺構をはじめ、福山館と呼ばれた江戸時代の趣を残す寺町、慕情にあふれる夜の天守ライトアップなどなど。今回は、松前城の魅力をたっぷり紹介します!

最北の近世城郭・松前城誕生秘話!

最北の近世城郭・松前城誕生秘話!

写真:浦賀 太一郎

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松前城は、幕末、津軽海峡に出没する外国船からの国境防備のために築城されました。日本の城郭としては最後期に造られた貴重な遺構であるため、国の史跡に指定されています。元々は福山館(ふくやまだて)、福山陣屋などと呼ばれていたため、そのまま福山城と呼ぶのが正式でしたが、備後(現広島)福山城と区別するため、松前城と呼ばれるようになりました。

最北の近世城郭・松前城誕生秘話!

写真:浦賀 太一郎

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戦国末期、豊臣秀吉が天下を統一すると、従属していた安東氏から独立し、秀吉死後には徳川家康に取り入って蝦夷地の支配を認められた蠣崎(かきざき)氏が、アイヌ語の「マトマエ」を由来とした松前の名を取って改名。松前氏が誕生し、徳川政権下で松前藩が成立、福山館を構えます。

築造当初の建造物は、ほとんど残っていませんが、江戸中期頃に建造されたと考えられている、本丸表御殿玄関が修築・現存し、北海道有形文化財に指定され、本丸内に移築保存されています。

最北の近世城郭・松前城誕生秘話!

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藩成立当初は城持ちとして認められず「館」と称し、北方で米も採れないため石高は0!アイヌとの交易で藩の経営をしていくなど、幕藩体制の江戸時代としては、異例づくめでした。ただし、北前船の寄港地であることや、砂金の発掘、鷹、木材の輸出などの収入で、諸説はありますが、おおよそ1〜3万石ほどの実力があったと考えられています。

シンプルながら洗練された縄張り!

シンプルながら洗練された縄張り!

写真:浦賀 太一郎

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松前城は、搦手と呼ばれる部分が復元されており、写真の搦手二ノ門をはじめ、天神坂門や、外堀に架かる木橋、石橋が復元整備されています。石垣は、地元で産出される凝灰岩を使用しており、緑がかった色合いが特徴です。また、継目なく積まれた切込接や、石垣の最終形態とも言える、亀甲積みを随所に見る事ができますよ!

シンプルながら洗練された縄張り!

写真:浦賀 太一郎

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「最新鋭」の和式城郭である松前城は、主に津軽海峡からの艦砲射撃を意識したお城でした。そのため、海側の防備には台場を設けるなど手厚いものでしたが、外堀や内堀を見てみると、戦国期の鉄砲を意識したお堀の幅と比べて、ずいぶん控えめな印象です。石垣と土塁を併用しているのも特徴と言えるでしょう。

シンプルながら洗練された縄張り!

写真:浦賀 太一郎

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ユニークなのは、二の丸と三の丸の間に設けられた曲輪にある、三本松土居です。三の丸から外堀を渡り、この曲輪を通って搦手二ノ門へ攻め込むわけですが、三本の松が植えられた土居が邪魔で向こうがよく見えない仕組みになっています。とてもシンプルですが、防備にはとても効果的ですし、城郭の見栄えもとてもカッコいいですよね!

重要文化財の城門と外観復元天守!

重要文化財の城門と外観復元天守!

写真:浦賀 太一郎

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本丸に現存する「本丸御門」は、国の重要文化財に指定されています。かつて存在した本丸御殿の正門で、幕末の城郭改築時に造られたものです。重厚感のある切妻造、銅板葺の城門で、切込接の石積みがとても映えて美しいです。

重要文化財の城門と外観復元天守!

写真:浦賀 太一郎

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天守は残念ながら昭和の時代に焼失してしまいましたが、その後外観復元されています。三層三階地下一階の層塔型で、内部は松前に関する歴史や文化を学べる資料館になっています。天守台の石垣には所々窪みがありますが、これは砲弾や銃撃による旧幕府軍の猛攻によって落城した際に、砲弾が当たってできたと考えられています。

明治維新により幕府から新政府へ政権が移ると、松前城は旧幕府軍から攻撃される側になってしまいます。外国の脅威から国を守るために幕命で築かれた城であるにも関わらず、その旧幕府の勢力に落とされてしまうという運命は、なんとも皮肉ですね。

重要文化財の城門と外観復元天守!

写真:浦賀 太一郎

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ちなみに攻城を担当したのは、新撰組の土方歳三でした。海防を意識した南とは対照的に、敵襲の想定が甘い城の北東側が弱点であることを見破り、何と1日で落城させています。

天守三階からの景観は素晴らしく、松前城下を鳥瞰しつつ、北海道最南端・白神岬の方面や、津軽海峡を挟んで青森の津軽半島を遠望することができます。

松前城の背後を守る!寺町を散策

松前城の背後を守る!寺町を散策

写真:浦賀 太一郎

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お城の西側には、木道で整備された堀廻水路を散策することができます。廃線となったJR松前線の列車が走っていたトンネル跡や、堀端の風情ある雰囲気を楽しむことができますよ。お城の南側は海防を意識した近世城郭でしたが、西側や北側は、戦国後期から江戸時代の、「福山館」の雰囲気を偲ぶことができます。

松前城の背後を守る!寺町を散策

写真:浦賀 太一郎

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北側は寺町となっています。寺町は、戦国後期から江戸初期によく使われた、城の一方に寺院を集中して、これを城郭防衛の外郭とする方法です。松前の寺町は、その頃の趣を色濃く残しており、小京都、というより、小鎌倉といった素朴な印象です。現在も、法源寺山門(写真)や、龍雲院など重要文化財に指定された史跡が残っています。

松前城の背後を守る!寺町を散策

写真:浦賀 太一郎

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他にも、歴代松前氏の墓所や、松前城の門を移築した阿吽寺、推定樹齢300年の血脈桜は、松前の桜を代表する南殿という品種で、この桜を親木として桜の名所・松前の桜は増やされてきました。難しいこと抜きで、のんびり散策して雰囲気を堪能するのも贅沢で乙ですよ!

慕情あふれる天守ライトアップ

慕情あふれる天守ライトアップ

写真:浦賀 太一郎

ライトアップされた天守も必見です。松前公園内は本丸の一部以外は自由に散策できるので、本丸表御殿跡からであれば、目の前に眺めることができます。静まり返った夜に煌々とライトを照らされる天守は、思わず唸ってしまうほど。感激のあまり、写真を撮るのをお忘れなく!

慕情あふれる天守ライトアップ

写真:浦賀 太一郎

お城からちょっと離れますが、道の駅がすぐそばにある松城橋のあたりからは、ぼんやりと浮かび上がるような天守を眺めることができます。後ろを振り向けば、夜闇の津軽海峡が。こちらも慕情にあふれ、眺めること飽き足らずですよ!

慕情あふれる天守ライトアップ

写真:浦賀 太一郎

数奇な運命を経て、激動の時代の歴史を今に伝える松前城。周辺には藩政時代の活気がよみがえったかのようなテーマパーク「松前藩屋敷」や、松前の名物や海峡の絶景を楽しめる「道の駅 北前船松前」、北海道最南端の白神岬など、多数の魅力が満載です。ぜひ訪れてみてくださいね!

松前城の基本情報

住所:北海道松前郡松前町字松城144
電話番号:0139-42-2216
アクセス:函館から車で約2時間
開城日:松前城資料館(天守)4/10〜12/10の9:00〜17:00(入館時間は16:30まで)、松前公園内は制限無し

2020年10月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2020/08/01−2020/08/02 訪問

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