EP6・7より 紗音に根付いた恋の解放と 嘉音・雛ベアト誕生の経緯

■EP7より 紗音に根付いた恋の解放と 嘉音誕生の経緯 譲治さまは私に、空になった茶封筒を渡す。 ……空封筒のゴミを受け取ってくれたと思ったようで、ありがとうとお礼を言った。 その中身は、……紛れもなく、空っぽだった。 戦人さんの手紙に、私宛てのものはなかったのだ…。 「おやおや。文面を見る限り、戦人くんはずいぶん元気に過ごしてるみたいだね。毎日が充実してるってさ。」 「私の方にもそう書いてある。楽しく過ごせてるなら、そりゃ結構なことだぜ。」 「くす。戦人くんったらひどいわね。霧江さんに手紙を書けと促されるまで、私たちのことを忘れてたそうよ。」 「戦人くんらしいでしょ。ずいぶん、生活が充実してたみたい。学校では女の子にモテモテみたいよ?」 「へー…! それはすごいね!」 「戦人は変にキザったらしくて笑えるとこがあるから、そういうの好きな子もいるだろうなぁ。納得だぜ。」 「右代宮家へ帰ってくるつもりは、ないのかしらね。」 「ないみたいだね。僕の方に、六軒島に行くことはもうないだろうって書いてあるよ。」 その手紙の数々の文言も全て、……神様の試練だと、わかっています。 私宛てに手紙がないことも、彼が六軒島のことを忘れて、日々を充実して過ごしていることも、……全て全て、神様の試練だと、わかっています。 彼は、 神様は、 ……試しておられるのです。 私にだけ、手紙がないのが、その証拠……。 …………そう、 ……………思いたい…………。 ……でも、 ………もう………。 だめでした……………。 「……あんたにとって、大切な約束だったかもしれないそれは。……戦人にとっては、そうではなかったらしいな。」 「……………………………。」 「……そんな。……それじゃ、あの、迎えに来るという約束は…?」 「夢見がちな私の、錯覚か……。」 「戦人にとっては、ちょっとした、カッコつけただけの、意味のない言葉だったのかもな。」 ……それは、当人以外にとって、あまりに滑稽な物語。 戦人との約束など、錯覚に過ぎなかったのかもしれない。 そもそも、互いが互いを思い合う気持ちさえも、……本当に同じだったのか、わからない。 恋は、錯覚。 しかし、互いが同じ錯覚をすることで、その恋は真となる。 しかし、互いの気持ちが異なれば、……それは、滑稽でしかない。 「これが、戦人の罪だ。」 「……約束と、……誤解させたこと。」 「違う。」 「………え?」 「……それを、覚えてさえ、いなかったことだ。」 「破った約束なら、……詰ることも出来る。悔いることも、あるいは取り返すことも。 ………でも、覚えてさえいないことは、何も問い詰めることが出来ません。」 「…………………………。」 「戦人さんを憎むことなど出来ません。……戦人さんは、約束を破ってさえ、いないのですから。」 「ただ始めから、……約束など、なかった。」 「……ただただ悲しいだけの、………滑稽な、物語。」 ………私は、ずっとずっと、泣いていました。 枕に爪を立てながら、涙で濡らし続けました。 何かを憎めたら、さぞ気が楽だったでしょう…。 でも、何も憎めないのです。 ただただ、……彼の気持ちが、私の気持ちと同じに違いないと3年間にもわたって決め付けてきた、自分の傲慢が、情けなかったのです。 「……妾のせいだ。……妾が無責任にも、戦人が約束してくれたかのように、そなたに吹聴してしまったのだ…。」 「いいえ………。誰も、悪くないんです。……私が、彼の気持ちも私と同じだと、……決め付けてしまったから…。」 「約束こそ、戦人はしなかった。しかし、戦人の気持ちは、決していい加減なものではなかったはず! そなたのそれに比べれば、確かに多少の温度差はあろう。しかし、そなたのことを好いていたのは間違いない! それだけは間違いないっ。」 「……もう、……止めて下さい……。……私が好きなように、彼も私を好きだと、……何の疑いもなく信じてきました。………慰めないで下さい。……むしろ、……嘲笑って下さい………。」 私の胸は、……気付けば、逃れられぬ鈍痛に貫かれていた。 その痛みが何か、胸に手を当てて考える内に、思い当たる。 それは、私が胸の内に種を蒔き、育てていた、……恋の、芽。 その根がきりきりと、私の胸いっぱいに広がり、針金で引き絞るかのように、……私を苛んでいたのだ。 それはまるで、根というより、……私の心に走る、亀裂のように見えた。 痛みを抑えるには、この、恋の根を引き抜かねばならない。 しかし、いくら爪を立てても、胸が掻き毟られるだけ。……恋の根は、びくともしなかった。 もし、戦人さんのことが嫌いになって、もう何の興味も未練もないのなら、この根はあっさり引き抜ける。 引き抜いた後に、ぽっかりと空洞は出来るだろうが、これ以上、胸を痛めることはない。 しかし、根は引き抜けない。……こんなにも痛むのに、それでもなお恋の根は、私の胸に留まろうとする。 「……紗音……………。」 「私、 ………今も、 ……戦人さんのことが、 ……大好きです。……会いたいです。帰って来て欲しいです……。いつかきっと帰ってくると信じて、 ……これからも待ち続けたいのに…。……でも、 ……もう、 ……駄目なんです………。」 私の嗚咽に応えるように、胸の締め付けは一層に強まる。 戦人さんが好きでいる限り、この痛みは永遠に続く。 彼を好きだからこそ、この痛みを抱いて、いつまでも待ち続けたい。 でも、……譲治さまたちの手紙に書いてあった。 彼はもう、右代宮家に戻るつもりはないのだ。 私のことも、六軒島のことも忘れてしまっていて、……右代宮でない姓を名乗って、新しい生活をしているのだ。 私は、こんなにも苦しくて、痛くて、辛いまま、………永遠に、帰って来ない彼を、待ち続けなくてはならないのだ…。 「これも、試練なんですか……? 帰って来ない彼を永遠に待てと、 ……神様はそう仰るのですか……? 無理です……。私は、 ……戦人さんと一緒にいたいんです。それを願う試練が、 これだなんて、 ……あまりに、 ………辛過ぎます……。」 「………………………………。」 ベアトリーチェは苦々しく俯く。 紗音を無駄に励まさなければ、ここまで辛くなることはなかっただろう。 胸に恋の種を蒔いたのは、確かに紗音かもしれない。 でも、それに水をやれ、諦めるなと無責任に囃し立てたのは自分だ。 ……ベアトリーチェもまた、自らの胸を掻き毟り、紗音の痛みを共有しようとする…。 「……………………これは、妾の咎だ。」 ベアトリーチェは、ぽつりとそう言った。 「……あなたに、何の咎がありましょうか。」 「ありもしない約束の幻想を見せ、そなたの3年間を苦しめた。……妾がそなたの恋の芽を育まねば、……今のそなたは、これほどに苦しまなかっただろう。」 「……………………………。」 「紗音。冷酷に聞こえるだろうが、……聞け。」 「……………何でしょう…。」 「戦人を、忘れよ。……恋の芽など、元よりなかったのだ。」 「……いいえ。これは私の育んだ恋の芽。……どんなに辛くとも、忘れることなどありません。」 「しかし、その痛みに、もう耐えることは出来ないのであろう……。」 「…………………………………。」 紗音は何も言わず、胸を抑えて俯く。 戦人が、……愛しい。 その気持ちは未だに、胸が熱くなるほどで、……どれほど痛もうとも、手放せない。 そして、この痛みに気付かないふりをして、3年を過ごした。 もう、その痛みは、気付いてしまった。 そして気付いてしまったらもう、……耐えられはしない…。 「戦人への恋の芽を、捨てることは出来ぬか。」 「………………はい。」 「だが、そのままでは、 ……その芽は、根は、そなたを殺してしまう。」 「…………………………。」 「人は、宇宙を持たねば、生きられぬ。……そして宇宙は、一人では生み出せぬ。二人いるのだ。」 「………宇宙……。」 「そなたは、恋の芽という宇宙を、戦人と二人で生み出した。……その片方が欠けたから、そなたの宇宙が壊れたのだ。 ………人は、宇宙は、……一人では何も成し得ぬのだ。」 「でも、 ……私の宇宙を生み出すもう一人の、 ……戦人さんは帰ってきません…。」 「ならば、戦人以外の者と、新しい宇宙を生み出すしかない。」 「………戦人さん以外の誰かと、……生み出すというのですか。」 「その誰かを、妾が与えよう。」 「……誰かって、………何ですか……。」 「そなたの心を傷を埋め、癒してくれる存在だ。……そやつは、そなたを裏切らぬ。……そう、……そなたの新しい姉弟だ。…………そなたに、弟を与えよう。」 「弟……………。」 「福音の家で仲の良かった、実の弟のように可愛がってきた少年。……そういう存在を、そなたに与えよう。……そやつはそなたと二人で、新たな宇宙を築くだろう。」 「……その弟が、……戦人さんへの恋の痛みを、忘れさせてくれるのですか……。」 「そうだ。………そなたには、宇宙が必要だ。」 「では、……この胸の、恋の芽は、 ……どうするのですか。………私の、戦人さんへの気持ちは、変わりません。……枯れさせることなど、出来ません。」 「…………………………。 ……妾が、その芽を、根を、代わりに引き受けよう。」 「……あなたが…………?」 「そなたは、恋の痛みを忘れ、新しい宇宙を作り直すことが出来る。……恋の芽は、妾が代わって引き受ける。……妾は痛みをも引き継ぐことになるが、……妾の持たぬ唯一の元素、……恋を知ることが出来る。」 ベアトリーチェは、……恋を知りたかった。 紗音が人の世で知ったその感情を、自分も知りたかった。 「………もし。戦人が帰ってくる日が訪れた時。まだ、この芽が枯れずにいて、そなたが望んだなら。この芽をそなたに返そう。……それならば、どうか。」 「………………………………。」 紗音は俯いたまま、……無言で小さく頷く。 この耐え難い痛みからの解放。 そして、恋の芽を、自分に代わり、魔女に、預けるのだ……。 紗音は、胸を覆っていた両手を、開く。 するとほのかな光が、すぅっと、胸より出て宙に浮き、……それがゆっくりと全てを光に飲み込んだ。 眩い光が少しずつ収まると、紗音とベアトリーチェは向かい合ったまま、プラネタリウムのような、広大な星空の球体に飲み込まれていた。 漆黒の星空の海に、二人だけ。 ………紗音は、この光景をどこかで一度、見たことがある気がするが、思い出せなかった。 そして、我は再び宣言する。 「世界を、変更。……恋の芽を、紗音からベアトリーチェに。」 これで、紗音は恋の根に、もう苛まれずに済む。 そしてさらに、新しい宇宙を築くために、……弟を与える。 弟の設定は、福音の家で仲の良かった、年下の男の子。 名前は、……………福音の家のルールに従い、音の一字を与えよう。 …………うん、決めた。 ……紗音と相性のいい、ぴったりの名前だ。 彼は、……寡黙で無口な男の子。 右代宮家には、新しい使用人としてやって来た。 そして、紗音とすぐに打ち解ける。 紗音を姉と慕う義理堅い彼は、いつも紗音の味方になってくれる……。 源次と同じように、金蔵に直接仕えることが許されている、特別な使用人ということにしよう。 ……うん。何だか、かっこいい。 そして、ベアトリーチェ。 これからはあなたが、恋の芽を受け継ぐ。 それはつまり、……戦人に恋焦がれ、彼を待つという役目が、あなたになったということ。 あなたは、六軒島の夜に君臨する魔女であると同時に。 右代宮戦人を、3年前のあの日から、ずっと待ち続けているのです。 その姿も、設定の変更に伴い、新しいものに変えましょう…。 彼は、どんな容姿の女性が好きか、話していたことがありましたね。 ……それは、外国のモデルのような、金髪で髪が長くて、スタイルの良い女性。 金髪で。 髪が長くて。 スタイルが良くて。 ……そう。そんな感じ。 それが、新しいベアトリーチェの姿です。 さぁ、胸には、戦人を待ち続ける、恋の芽を。 ……これであなたはようやく、痛みと引き換えに、恋を知ります。 さぁ、これが、新しい世界の設定。 紗音には、弟のような新しい使用人がやって来る。 彼は、寡黙で無口な男の子。紗音を姉と慕う義理堅い子。 そして紗音を苛んだ恋の芽は、……魔女、ベアトリーチェに。 恋の芽は預かっているだけ。 でも、預かっている間は、あなたは戦人に恋焦がれる、一人の乙女になる。 その間、あなたは恋を知ることが出来る……。 さぁ、世界を、変更。 あぁ、我は我にして我等なり。 目覚めなさい、我等たち。 そして新しい世界に羽ばたきなさい……。 ………やわらかな朝の日差しに、………私は、ゆっくりと目を覚ます。 …………………………。 こんなにも快適な朝は、どれくらいぶりに迎えるだろう。 ……鏡に映る自分の顔は、泣き腫らした、みっともないもの。 でも、……心は、朝日のように透き通っていた。 不思議な夢のことは、……まだ鮮明に覚えていた。 もっとも、こうしている間にも、みるみる忘れていってしまうのだけれど…。 夢の中で居た場所は、……何だかとても不思議な場所だった。 とても安らぐ、心落ち着く場所。 ……昨日までの、……辛かった胸の痛みは、そこに置いて来た。 だから今朝は、こんなにも心が安らかなのだ…。 「おはよう、私………。」 泣き腫らした、本当にみっともない顔。 でも、明るい表情だった。 戦人さんのことが、 ……今も、 好き。 でも、もう、……何というか、………落ち着いた。 素敵で大切な預かり物を、……ちゃんとしっかりと仕舞えたような、そんな気持ち。 …………戦人さん。いつか、帰って来てくれるかな。 そしたら、また一緒に、ミステリー談義を盛り上がりたいな。 ……そうそう、いけない。 今日は新しい使用人の男の子が来るんだっけ。 お館様直属の珍しい使用人。 一体、どんな子だろう。仲良くなれるといいな……。 名前は何て言ったっけ。 確か、えぇと……。 ■EP6より 雛ベアト誕生の経緯 その後の、誰もいなくなった肖像画の前に、……黄金の蝶がふわりと現れる。 そして黄金の飛沫を散らしながら、人の姿になった。 子供たちが出て行った後の、静寂のホールで、……ベアトはひとり静かに、自分の肖像画を見上げていた…。 「……………………………。」 確かにそこに描かれているのは、鏡に映るのと同じ、自分の姿。 しかし、ほんの少しだけ、目つきや表情が、……自分とは異なる気がした。 彼女にとって、その肖像画の人物は、限りなく自分であると同時に、……確実に他人なのだ。 「…………あなたは、誰なんでしょう。……私に、どうかあなたという人を教えて下さい…。」 ベアトはすでに、フェザリーヌの書庫で、これまでのゲームの物語のカケラを読み終えていた。 しかし、そこに描かれていたベアトリーチェという魔女は、自分とはあまりに掛け離れたものだった。 ……物語の終盤こそ、好敵手として戦人とわずかながら通じ合ったような感じもあったが。……基本的に、物語のほとんどにおいて、ベアトリーチェは戦人をただただ、苦しめるだけの存在だった。 戦人のために生まれてきたはずの自分が、なぜそのようなことをして彼を苦しめているのか、……自分のことであるにもかかわらず、まったく理解できなかった。 ……フェザリーヌの書庫で知ったことは、……かつてのベアトが到底理解の及ばない、完全な他人であったことだけだった…。 「……あなたに、何があったのですか? ………私はあなたの卵。そして雛。 ……あなたの翼は、お父様のためにあったはず。……それがいつ、片翼をもがれ、………あのように変わり果ててしまったのですか……?」 今の戦人たちの話にも耳を傾けていた。 サソリのお守りが苦手…? 蜘蛛の巣が、苦手……? 別にどちらも、好んで触れたいとは思わないが、触れたからどうというものではない。 ……それらが平気ということは、…自分がベアトリーチェではないことの証拠、…ということだろうか…。 自分のことのはずなのに、……まるでわからない。 だから肖像画の自分の瞳を、……静かに見つめる。 その瞳の向こうに、真実がありそうで……。 ……ベアトはゆっくりと、 ……肖像画に近付く……。 そして、 ……肖像画に、 ………そっと手を触れる……。 すると、肖像画がやわらかく、波打ったような気がした。 ……そう。これは、扉。 彼女を黄金の魔女、ベアトリーチェの元へ導く長き道の扉……。 ベアトは軽い眩暈を覚えた。 ……平衡感覚が失われ、世界がぐにゃりと歪むのを感じる。 そして、どっちが上か下かわからなくなり、……下に、飲み込まれた。 とぷん、と。やわらかな水音を残して、……肖像画はベアトを飲み込む…。 肖像画の中は、………真っ暗な世界だった。 でも、不気味さはない。 夜、布団に頭まですっぽり入った時のような、安心感のある闇だった。 ベアトは、察する。 ここは、自分の中の世界なのだ。 ……だから、これほどの闇なのに、温かみある抱擁感を感じるのだ。 彼女が何も求めない限り、……この世界は何も強いない。 だから、求める。……自分はこの世界で、永遠に闇の中にいようとは思わないのだから。 そう、卵から孵らなくては。 この闇は、ベアトリーチェという黄金蝶の、殻の中なのだ。 「………私は生まれます。お父様のために。……戦人お父様のために生き、尽くすために生まれます。」 生まれるための、目的と意思を、言葉として紡ぐ。 その言葉に応じるように、殻の封印が溶けていく……。 暗闇に亀裂が入り、……眩しい光が世界を覆った…。 そして、………ベアトリーチェは、……生まれた。 「……………え…?」 「………………?」 そこには自分と、………もう一人がいた。 一瞬、目の前のその私は、私が近付きたいと願う、本当のベアトリーチェなんだと思った。 しかし、相手も私と同じように、不思議そうな目で私を見たので、……何かが違うと気付く。 ……そう。…卵から生まれたのは、私だけではなかったのだ。 彼女もまた、生まれたのだ。 ……双子? うぅん、ちょっと違う感じ。 何て言えばいいんだろう。 ……私も、彼女も、二人とも欠けていて、未熟。 そう。私たちは雛なんだけれど、……つまり、本当のベアトリーチェの、カケラ。 私と彼女の二人で、私たちは本当のベアトリーチェになれるという感じ。 ……誰かに説明されたわけじゃない。 でも、私たちはそれを、自然に理解した…。 私は、このもう一人の自分に話し掛けてみることにする。 彼女を知り、私たちは一人にならなければ、お父様の望んだベアトリーチェにはなれないのだ……。 つまり、お父様が私に望み、そして持っていなくて失望したものを、きっと彼女は持っているのだ…。 「………こ、……こんにちは……?」 「…………………………。」 髪を下ろしたベアトリーチェは、私を怪訝そうに何度も見つめてから、ようやく口を開いてくれた。 「………どうして、妾と同じ顔を……?」 本当のベアトリーチェも自分のことを妾と呼んでいた。 ……やはり彼女には、私の持たない大切な何かがあるのだ。 「さ、……さぁ。それは私にも、わかりません。」 「妾は黄金の魔女、ベアトリーチェ。 そなたは?」 「わ、私も、ベアトリーチェです。右代宮戦人に仕えるために生まれてきました。」 「……妾は黄金の魔女にして、六軒島の夜の支配者。……右代宮戦人は知っているが、あのような小僧になぜに仕えねばならぬのか、理解に苦しむ。」 やはり、先ほどの想像、……私たちは二人で本当のベアトリーチェになれるという想像は、正しいに違いないと悟る。 ……目の前の彼女は、自分に欠けた魔女の部分を彼女は持つ代わりに、右代宮戦人のために生きるという使命を持っていないのだ。 私にないものを彼女は持ち、……私が持つものをきっと、彼女は持たない。 「私たちは、きっと二人で一人の存在なんです。……双子みたいなものだと思います。」 「……いいや、違う。そなたは妾の妹だ。妾は、そなたが生まれるよりずっと前からここにいる。」 「え? そ、……そうだったんですか…。」 自分の方が、遅生まれ。 ……つまりそれは、右代宮戦人のために生きるという使命が、後から生まれたということだろうか…。 しかし私は、使命などという希薄な存在ではないはず。 ……こうして自分で考え、行動できるだけの人格がある。 やはり、魔女のベアトと自分は、互いに欠け合う何かを持つ、他人同士なのだ。 その意味では、……彼女が言うように、姉妹と今は呼び合った方が相応しいかもしれない。 「わ、……私は、あなたのことが知りたいんです。」 「妾も知りたい。そなたもまた“妾”であることは理解している。……そして、何故にそのような言葉遣いであり、戦人に使えねばならぬのか。そしてどうやら、それを理解せぬ限り、妾たちは互いに未熟らしい。」 「……私は、完全なベアトリーチェになりたいんです。」 「妾はそなたが生まれるまで、これで完全な存在だった。……しかし、こうしてそなたが現れた今。そなたを受け入れるのが、妾の定めであるように思う。……妾もまた、そなたのことを知りたい。」 姉を自称するだけあり、魔女のベアトは少しだけ口調が横柄だった。 でも、互いがそれぞれ自分であることを理解しているため、何の意地悪の必要もなかった。 ……彼女もまた、私に出会って、本当の自分が今とは異なる存在であることを理解できたからに違いない。 「ここは、……どこですか? お屋敷の、ホール……? ……あ、」 ベアトは、はっと息を呑む。 そこには、自身の肖像画がなかったからだ。 ……ということはここは、少なくとも2年以上は前の世界、ということだろうか…。 「そうとも、右代宮の屋敷のホールである。……夜は妾の時間。そして夜の屋敷は妾のものだ。 金蔵の間抜けは、相変わらず妾を蘇らせようだの捕らえようだのと躍起になっている。皮肉な話よ。その妾は、こうして堂々と毎晩、屋敷を支配しているというのに。くっくっくっく!」 「あなたは、 ……ここで何を…?」 「……体を失い、あの憎々しい鎮守の社により魔力もない。しかし、わずかずつに日々、魔力は蘇りつつあるのだ。 ……最後には見事復活を遂げ、あの金蔵を嘲笑ってやりたいぞ。妾は見事、そなたの檻を抜け出したとな…! その笑いだけを楽しみに、夜な夜な徘徊して暇潰しをしている亡霊といったところよ。」 「ご、ご一緒してもいいですか……?」 「無論! 何しろ、そなたもまた妾の一部。右腕の同行を断る左腕がどこにいる? 断る道理もない。 そなたを迎えようぞ、我が妹、新しきベアトリーチェよ。」 「あ、ありがとうございます、 お、 ……お姉様。」 「こそばゆい呼び方だ。だが悪くない。 さぁ、参ろうか。夜の屋敷を散歩しよう。くっくっく、妾の退屈な日常を紹介しようぞ。」 二人のベアトリーチェは、二匹の黄金の蝶に姿を変え、真っ暗な屋敷の奥へと、音もなく飛んでいく……。

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