EP7より転載 最後に、神父様が言ったの。 「神は、何でも知っている、か。」 「うん。だから真里亞は聞いた。……真里亞にはママしかいない。パパは、ない。パパがなくても、真里亞はママから生まれてきた。それは、おかしくて悲しいことなの?、って。」

「譲治お兄ちゃん、 ……この人、だぁれ?」 「あなたとは初対面ですよね? でも、右代宮家にはお詳しそうだ。僕は譲治。彼女は真里亞。よろしく。」 「ウィルだ。ベアトリーチェについて、調べている。知っていることを聞かせて欲しい。」 「ベアトリーチェ?! うー!! ほらね?! ベアトリーチェはいるの! うーうーうー!!」 初対面の男に怪訝な表情を浮かべていた真里亞も、その口から大好きな魔女の名が出て、すぐに瞳を輝かせ出す。 「ほら、真里亞ちゃん。お客様にちゃんとご挨拶をしないと。」 「こんにちは! 右代宮真里亞と申しますっ、うー! ベアトリーチェを知ってる人がいて嬉しい。握手ー、うー!」 「ん。」 真里亞の小さな手に、不意に握手を求められ、ウィルも咄嗟にそれに応じてしまう。 すると、……二人の握り合う手の隙間から、眩い光が漏れ出すのを感じた。 ベルンカステルの与えた、観劇者の力が真里亞に働いているのだ。 「ベアトリーチェはね、六軒島の魔女なの…! いつもね、真里亞が六軒島に来る度に、一緒に遊んでくれるの! 真里亞のね、一番のお友達で、マリアージュ・ソルシエールの仲間なの! うー!!」 光がどんどん強くなっていく……。 今度は、真里亞の世界に引き込まれていくのを感じていた…。 私は右代宮真里亞。 ママは楼座。パパは、………ない。 ずいぶん昔に、これが真里亞のパパよ、とママに男性の写真を見せられた気はする。 それは海辺の写真で、よく日焼けした水着姿の男性が写ってたような気がする。 ……パパという意味がわかるようになって、その写真をもう一度見たいとママにいったら、そんな写真はないと言われた。 いいや、あったはず。こんな写真だったと絵を描いてみせたら、ママはとても怒り出して、そんな写真はない、あっても捨ててしまったと酷く怒られた。 それ以来、真里亞のパパは、知らない、いない、じゃなくて、 ……ない、になった。 「……知ってる? パパとママがいないと赤ちゃんが出来ないって言われてるけど、それは嘘なんだよ。」 「処女懐胎か。」 「“見よ、乙女が身篭って男の子を産むであろう。その名はインマヌエルなり”。 ……真里亞はもし男の子に生まれていたなら、それが名前だったかもしれない。」 「マタイ伝1章20節。」 「違うよ、23節。20節は“かくて、これらを思い巡らす時、御使いが夢に現れて言った。ダビデの子、ヨセフよ。妻マリアを迎えることを恐れるな。その胎に宿る者は聖霊によるものなり”。」 「……お前の父親は聖霊だというわけだ。」 「パパがいるのが当り前だとみんなに言われた。パパがいないなんて、おかしい、変な子だ、可哀想な子だと言われた。でも、ママに聞いても、パパなんかいない、知らない、存在しないと言われた。聞くだけで怒られて叩かれた。だから真里亞は、……自分が誰から生まれたか、よくわからなくなった。……真里亞はニンゲンとして正しくない、未熟で不正な存在。みんなとは違う、おかしな、可哀想な子だと気が付いた。」 「親も他人も関係ねェ。お前はお前だ。」 「それを、未熟な幼児に教えるのは、きっと難しかったろうね。ひょっとしたら、幼稚園の先生は、いじめられて泣く私にそう諭してくれたのかもしれない。 ……でも、そんな慰めでは、私の心の空白、 ……うぅん、疑問。どんな言葉も、私の疑問に答えてはくれなかった。」 「その疑問に答えたのが、ザ・ブックだというのか。」 「神父様がね、来たの。」 子供にありがたいお話を聞かせて、心を豊かにする授業の一環だったと思う。 多くの子供たちにとって、それは先生が聞かせてくれるおとぎ話と違いはない。……うぅん、小難しい分だけ、私たちは退屈していたと思う。 最後に、神父様が言ったの。 「神は、何でも知っている、か。」 「うん。だから真里亞は聞いた。……真里亞にはママしかいない。パパは、ない。パパがなくても、真里亞はママから生まれてきた。それは、おかしくて悲しいことなの?、って。」 神父様は教えてくれた。 パパがいなくても、おかしくはないんだよと。 だって、イエス・キリストは処女懐胎で産まれた。 産んだのは、 ……聖母、マリア…? びっくりした! 私に与えられた真里亞という名は、始めから答えを示していたからだ。 「だから真里亞はびっくりして神父様に聞き直したの。……聖母マリアは、ひとりで赤ちゃんが産めたんだ!って。 じゃあ真里亞もひとりで、赤ちゃんが産めるの?って。」 「神父は何と答えた。」 「聖母マリアが赤ちゃんを身篭れたのは、聖霊のおかげだからって。マタイ伝1節20章、後段。“その胎に宿る者は聖霊によるものなり”。 ……またまた、真里亞はびっくりした! これはどういうことだと思う?!」 「……お前はこう解釈した。右代宮真里亞にはニンゲンの父はいない。……本当の父は、聖霊だと。」 本来の聖書の意味はともかく。……父親がいないことでアイデンティティを保てない、幼き悲しい少女は、そこに初めて、自己の理解を見出したのだ。 「それを知った時、私はなぜ、他の子たちと自分だけが違うのかを理解したの! 私を馬鹿にするみんなはヨセフの子。 でも私だけは違った! 私はみんなより劣ってなんかいない…! 私は神の子、聖霊の子だった!! 帰ってママに話したよ。真里亞にはパパなんていない。ママはママで、真里亞は神様の力で生まれてきたんだよって。」 楼座にとって、真里亞に父親を尋ねられることは、辛いことだったろう。 みんなにはパパとママがいるのに、どうして真里亞にはいないの? それを聞かれる度に、楼座は感情的な怒りでそれを誤魔化してきた。 ……それが、どういうわけか、真里亞が勝手に納得してくれたのだ。 自分にはパパなどいない。ママと神様の子だと。 幼い少女が、聖書より見出した自己の解釈を、楼座が抱擁して受け入れたことは、想像に難くない……。 「ベアトは宇宙を生み出す最小の人数を、2人だと言った。私はこれを、両親がいないと子は成せないという意味だと感じた。 ……その時、私は思ったの。ベアトは魔女だけれど、ニンゲンから生まれた魔女なんだ、って。ベアトは聖霊の子じゃない。」 「でも、私は違う。ママだけから生まれた。聖霊から生まれた! ………ベアトは、私と一緒じゃなきゃ宇宙を作れない。でも私は、 “神は我らと共にある”。私1人でも、聖霊とともに宇宙が作れる!」 「ベアトは私を原始の魔女と呼んだ。そしてやがては、1人で全てを生み出せる造物主になれるよと言ってくれた。私が1人で、無から有を創造する! それをベアトが無限に膨らませる! 縁寿はそれを受け継ぎ、語り広げる魔女の使徒だった!」 「マリアージュ・ソルシエールか。」 「一と無限は大きく違う。だからベアトは偉い。でも、無と有の前には、一も無限も同じ有でしかない。 私は世界で一番の魔女、うぅん! 世界で一番偉い、造物主になることを約束されていた子…!」 「マリアージュ・ソルシエールは、そんな私を温める卵の巣! 私は、右代宮真里亞!! 神と共にある真里亞!!」 ……真里亞が止め処なく語り出すそれは、真里亞のアイデンティティを宇宙と捉えるなら、……まさにビッグバンなのかもしれない。 父親が存在しないことで、自分の解釈に苦しんだ少女は。……偶然、聖書の中で、そんな自分に正当性を暗示するような行を見つけ、初めて自己を理解した。 クラスで自分だけがおかしいと自らを蔑んだ悲しみの少女は、ようやく自分の意味を知ったのだ。 その時、無だった真里亞の宇宙は、高温高圧のエネルギー体として生まれた。 ………それがやがて六軒島で、ベアトリーチェを名乗る、無限の魔女と出会い、……そのエネルギー体をビッグバンさせて、彼女らの魔法大系が誕生した。 ……それが、マリアージュ・ソルシエールという、宇宙なのだ。 「………………………。……話が少し飛躍し過ぎだ。順を追おう。」 「うん、いいよ。どこから?」 「自分は聖霊の子だと解釈したお前が、そこから次第にオカルトに傾倒していくことは容易に理解できる。 ………そこからだ。そんなお前が、ベアトリーチェとどこで出会い、どのように交流していったか。」 「それは本当にある日、突然の、唐突なこと。………六軒島に住まう、ベアトリーチェという魔女に、私は会ってみたかったの。同じ魔女として。」 「その頃にはもう、自分が魔女という自覚があったのか。」 「あった。その頃には、聖書とオカルトでは、大人にも負けないくらいの知識があったから。だから私は、魔法は使えずとも、自分を魔女だと信じてた。 ……きひひひ、ちょっと滑稽だね。だから、私は魔女見習いなの。」 「いつ、ベアトリーチェと出会った。」 「よくは覚えてない。 でも、その出会いはよく覚えてる。それは、とてもとても唐突だった。」

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