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「希望に“逃避”するのではなく、目の前の現実に対処を」──ビョーク、環境活動家としての素顔【社会変化を率いるセレブたち】

2022年5月、世界各国で海面上昇が懸念される中、アイスランドの漁村では逆にラグーンの海面水位が下がり、漁船が港に戻る航路が浅くなったことで危険度が増していることが大々的に報道された。現在危機に直面する故郷アイスランドの大自然を守るため、オルタナティヴ・ディーヴァ、ビョークは啓蒙活動や政府に圧力をかけるなど、今日もさまざまな取り組みに尽力している。

2023年3月31日、東京ガーデンシアターでパフォーマンスを行なったビョーク。ドレスはノワール ケイ ニノミヤ(NOIR KEI NINOMIYA)、ボディスーツはThora Stefansdottir。Photo: Santiago Felipe / Getty Images for ABA

「以前に比べて、現在では気候問題が危機的状況であることがより鮮明になりました。毎日ニュースを見ても、ほとんどの出来事は5年も経つと忘れ去られてしまいますが、環境問題に関してはずっと人々の意識の中にあります。私たちミュージシャンも、私のミレニアル世代とZ世代の子どもたちも、事あるごとに私に環境問題について話すので、社会全体として日々意識が高まっているのを感じます」

2022年10月、エジプトで開催されたCOP27を目前に、イギリスのメディア「The Newstatesman」で環境活動家のグレタ・トゥーンベリと対談した際にこう語ったアーティストのビョーク

1965年11月にアイスランド・レイキャヴィークで生まれ育ったビョーク・グズムンズドッティルは、オルタナティヴインディーズバンド「シュガーキューブス」のフロントパーソンを経て、1993年にアルバム『デビュー』でソロデビューを果たした。以降『ポスト』(1995)、『ホモジェニック』(1997)、マルチメディア・プロジェクトとして展開された『バイオフィリア』(2011)、『ユートピア』(2017)、そして2022年にリリースされた5年ぶりの新作『Fossora(フォーソラ)』等々をリリース。幼少期に培った確かな音楽理論と3オクターブの声域、そして独特の感性が紡ぎ出すサウンドで40年にわたり世界を魅了するシンガー&パフォーマーだ。

1993年、ロンドンにて撮影。Photo: Dave Tonge / Getty Images

「現在は以前より母系的な視点──つまり、物事を包括的に語る余地が出てきたと思います。例えば私が子どもの頃、音楽業界での女性アーティストの扱いは“男の世界に女が入り込んでいる”という感じでした。あらゆる枠にとらわれることなく、母系的な世界観を持つアーティストとして成立しているのはケイト・ブッシュらほんの一握りだけだったと思います。その点では、私は自分自身を母系的な女性アーティストの典型だと感じています。言い換えると、私は音楽を通じて、私の子どもたちや、先祖、そして土地など全体像を表現しているのです」

こう語る彼女は、2000年にラース・フォン・トリアー監督の映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』に主演し、カンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞。その主題歌「I’ve Seen It All」で2001年、第73回アカデミー賞オリジナル曲賞にノミネートされた。

また2015年には、ニューヨーク近代美術館でビョークに特化した回顧展も開催されたほか、『ビョークが行く』(2003)や『ビョークの世界』(2003)などの関連書籍も多数出版されるなど、その存在自体が多方面に与える影響力は計り知れない。

Declare Independence──自由と独立のアンセム

2023年3月31日、東京公演にて。ドレスはノワール ケイ ニノミヤ(NOIR KEI NINOMIYA)、ボディスーツはThora Stefansdottir。Photo: Santiago Felipe / Getty Images for ABA

そんな彼女は、政治活動家として見られることに躊躇するとしながら、これまでさまざまな国際的解放運動を支持してきた。アルバム『ヴォルタ』(2007)の収録曲「Declare Independence」は、その運動に捧げられた作品として広く世界に知られている。

独立を宣言しよう
彼らの自由にはさせない
自国の通貨を持とう
自国の切手を持とう
母国語を守ろう
自国の旗を持とう
そして高く高く掲げよう

この曲が生まれた背景に一つにあったのは、デンマーク領グリーンランドとフェロー諸島のデンマークからの独立運動だ。その後も彼女は、コソボ独立運動やチベット独立運動、そして2014年のスコットランド独立住民投票や、2017年のカタルーニャ独立住民投票の際、支持する国名を歌詞に加えてワールドツアーのたびに披露してきた。そして、フェロー諸島で物議を醸し出しても、その度に政府から圧力を受けたり、身の安全が脅かされながらも、自由を求め独立運動を展開する人々にこの曲を捧げ、全力でサポートし続けてきた。

そんな彼女は、この曲に込められた真意を2008年にフランス版「Pitchfolk」でこう語っている。

「アイスランドは60年前にデンマークから独立しました。どの植民地もそうですが、600年間も植民地だった私の祖国も、本当にひどい扱いを受けてきました。だからこそ、理解できるのです。アイスランドのメディアは今、デンマーク領フェロー諸島とグリーンランドが独立を望んでいると書き立てています。ですが、グリーンランドに石油が発見された途端、デンマークは手放さないと主張してきました。今、アイスランドの地元のバーに行って見てください。そこにいる人たちに聞けば、皆このことに怒り心頭なのがわかるはずです。彼らの独立をサポートしていますし、私が書いたこの曲もある意味、彼らに向けて書かれたものなのです」

アイスランドの大自然のガーディアンとして

2023年3月にオーストラリアのパースで行われたコンサートでは、環境活動家のグレタ・トゥーンベリによるビデオメッセージに合わせたパフォーマンスが披露された。Photo: Santiago Felipe / Getty Images for ABA

「私は、アイスランドの首都に住んでいます。自宅は海の近くなので、海沿いを散歩するのが大好きです。もう一つ、自宅から40分ほど離れた湖畔には小屋も持っていて、そこは私にとってとても重要な場所でもあります」

こう語る彼女は、デビュー以来長きにわたりアイスランドの環境保護活動に尽力してきた環境活動家としても世界的に知られている。

2004年、アイスランド政府がヨーロッパ最大の製錬所・アルコアのアルミニウム製錬所の建設を支持したことに抗議するため、首都レイキャビクで開催された「Hætta」コンサートに参加したことを皮切りに、アイスランドの自然や草の根産業の振興を目的とした団体「Náttúra」を設立。2008年10月には、アイスランド経済に関する記事を『タイム』誌に寄稿し、国の負債軽減対策のため提案された天然資源の利用についての意見を述べる傍ら、ファイナンスサービス会社「Audur Capital」と共同でベンチャーキャピタルファンド「BJÖRK」を立ち上げ、自国の持続可能な産業の創出に尽力した。

さらに2010年5月、アイスランドの地熱会社「HSオルカ」とカナダの企業「マグマ・エナジー」との契約破棄に向け、アイスランド政府に圧力をかけるため、下記の公開書簡を「The Reykjavík Grapevine」紙に寄稿するなど、現在も単独で多岐にわたる活動を長く続けている。

親愛なる友人たちへ

アイスランドの自然を売り渡すという緊急の課題に対して、私はもはや沈黙を守ることはできません。
私はアイスランド政府に対し、マグマ・エナジー社との契約を破棄し、カナダ企業がHSオルカを完全に所有できるようにするために、全力で取り組むことをここに要求します。これらの契約は忌まわしいものであり、将来への悪しき前例となるものです。また、アイスランドのエネルギー・資源管理において新しい方針を打ち出すため、これまで必要に応じて繰り返し行われてきた様々な試みと真っ向から逆行するものです。
心からの願いを。

ビョーク・グズムンズドッティル

2021年10月、祖国アイスランドで行われたコンサート。衣装はトモ コイズミ(TOMO KOIZUMI)。Photo: Santiago Felipe / Getty Images

唯一無二の感性を育んだ故郷アイスランドの雄大な自然を守るため、曲やパフォーマンスに想いを込めてパワフルなメッセージを発信し続けているビョーク。そんな彼女は、アイスランドの行く末を案じて、先のトゥーンベリとの対談でこう語った。

「私は、20歳で母親になりました。そして子どもを育てるということは、20年後、40年後、60年後を見据えた継続的視野を持っていなければできないことです。このことは、私のクリエイションの根幹をなすものでもあります。

私は、よく希望についての曲を書きますが、この希望はいつも何らかの葛藤から生まれます。そして曲調が中盤に盛り上がりを見せ、終盤に向けて変化するように、最終的にはその葛藤に対処する方法を見出す、という一連の物語になっています。つまり、私の曲はただ希望に“逃避”するのではなく、現実の問題に対処しようとしているのです。

この20年間、私はアイスランドで環境に対する意識を高めようと試みてきました。毎回違った角度で地元に根ざしながら、人々の関心を引くように心がけてきました。なぜなら、世界ではハリケーンや暑い国で起こる災害ばかりがメディアを賑わせていますが、ここアイスランドを含む北でも、もうすぐ何か大変なことが起きるのではないか──そう懸念しているからです。現実的に、近年すでに様々な予兆も見えています。だからこそ、私の活動に終わりはないのです」

Text: Masami Yokoyama  Editor: Mina Oba