Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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宇宙の始まりの頃の様子を、重力波を使って明らかに
藤田 智弘 講師


藤田 智弘 講師

宇宙は「インフレーション」で始まった

私は宇宙物理学者で、今から138億年前の「宇宙の始まり」の頃の研究をしています。「宇宙の始まり」といえば、「ビッグバンと呼ばれる大爆発で始まった」と聞いたことがあるかもしれません。しかし最新の研究では、宇宙は素粒子の生成と消滅が繰り返される「物理的にゆらぎのある状態」から、加速膨張が起きてエネルギー保存則が破れ、素粒子が次々に生まれて始まったという「インフレーション理論」が有力です。インフレーションが起きた後は、宇宙はホットビッグバンという高温・高密度の火の玉状になりますが、次第に温度が下がっていき、やがて重力で粒子が引き合うようになって、星や銀河などを形成。そして、現在の宇宙の姿になったと考えられています(図1)。

図1.時間の経過とともに変化する宇宙の様子を表した図。生まれたばかりで小さかった宇宙が、ある時に加速膨張(インフレーション)を起こしてホットビッグバン(火の玉のような状態)になり、やがて現在の宇宙になったと考えられている。

私が宇宙に興味を持ったのは、幼少期に母に連れて行ってもらったプラネタリウム鑑賞が始まりです。小学生の頃には望遠鏡を買ってもらい、夜空を見たりしていましたが、本格的にこの道に進もうと思ったのは、高校生の時に国立天文台のイベントに参加したことが契機です。「夜中に彗星を観測し、彗星の尾が消滅する時間をデータ解析して計算する」という、あたかも本物の天文学者のような体験をしたことが、とても魅力的に感じられました。

遠くのモノを見れば、昔の姿がわかる

私たちは「光」によってモノを見ています。光の速さはとても速く、1秒で地球を7周半(約30万㎞)するスピードなので、日常生活で目にするものは、ほぼリアルタイムで見ています。しかし、天体のようにはるか遠くのものを見るときは、天体から光が私たちに届くまでに時間がかかるので、時差が生じます。例えば、太陽は地球から光の速さでおよそ8分かかる距離にあるので、私たちが見ているのは8分前の太陽の姿です。オリオン座で赤く輝く一等星のベテルギウスは640光年離れているので、私たちは640年前のベテルギウスの姿を見ていることになります。

このように、私たちは、はるか遠くの宇宙を観測することで、「過去の宇宙の様子」を見ることができます。この理屈でいけば、「宇宙の始まりの頃の様子」を見ることも可能なように思えますが、実は宇宙から光が届くのは、原子が形成された(宇宙の晴れ上がり)後の宇宙に限られます。それ以前は、光が飛び回っている電子にぶつかって直進できず、観測することができないのです。

新しい観測ツール「重力波」

ところが、2016年に「重力波」が観測され、宇宙の始まりを見るという展望が開けました。重力波は、アインシュタインが100年前に一般相対性理論を基にその存在を予言していたもので、重い天体などが動くときに、その重力の影響で生じた時空のゆがみが光速の波となって周囲に伝わる現象です。他のモノと相互作用をしない性質を持っているので、宇宙の始まりの頃の重力波が現在まで届くことが考えられます。

宇宙の始まりの頃の姿を知るべく、日本では宇宙の始まりの頃の重力波(原始重力波)を観測しようという「ライトバード衛星計画」があり、2030年頃に打ち上げの予定です。私は現在、ライトバードチームが観測した重力波を検証するための「理論」の研究を行っているところです。

力は群論で記述される

私たちの世界は、「重力」「電磁気力」「弱い力(中性子をβ崩壊させる、つまり粒子の性質を変える力)」「強い力(陽子と中性子を結びつける力)」の4つの力によって支配されています。しかし宇宙を観測すると、これらの4つの力では説明できない現象が数多く見つかっています。インフレーションもその一つで、インフレーションを起こした力はまだ明らかになっていません。

4つの力のうち、重力以外は量子力学のゲージ理論で説明されており、数学の理論で関係性を明記する群論(グループ理論)で記述されます。例えば、「電磁気力」はSU(1)、「弱い力」はSU(2)、「強い力」はSU(3)です。そこで私は、インフレーションを起こした力も数学の群論で記述できるのではないかと考えています(図2)。

図2.電磁気力、弱い力、強い力は数学の群論のそれぞれSU(1)、SU(2)、SU(3)で記述できる。そこでインフレーションを起こした力も群論で記述できるのではないかと見当をつけている。

粒子と重力波の対応表を作りたい

現代の素粒子物理学では、素粒子には物質の素となる粒子と力の素となる粒子の2種があるとされ、力の素はゲージ粒子と呼ばれています。例えば、ゲージ粒子のフォトン(光子)は電磁気力を、ウィークボソンは弱い力を、グルーオンは強い力を伝えています。重力を伝えるグラビトン(重力子)は重力波に他なりません。しかしながら、素粒子の性質を表すスピン(角運動量)が2の時に重力を伝える、つまり重力波を出す場合があることがわかっています。ゲージ粒子はスピンが1なので、2個の組み合わせなら重力波を出す可能性があります。

そこで、重力波を出しやすそうなゲージ粒子に見当をつけ、その粒子が伝える力に対応する群論にあてはめて計算し、重力波を出すかどうか、出す場合にはどのような性質をもつ重力波なのかを調べています(図3)。

図3.私が行っているのは理論の部分。様々な物質を対応する理論にあてはめて計算し、どんな性質の重力波を出すかを調べている。

これまでの私の研究では、光子(電磁気力)に対応するSU(1)を使った計算では重力波はあまり出ず、ウィークボソン(弱い力)に対応するSU(2)は重力波を出すことが多いことが分かっています。次はグルーオン(強い力)に対応するSU(3)を使った計算へと進めていく予定で、このように群の構造と重力波の出しやすさ・重力波の性質との関係を明らかにすることで、粒子と重力波の性質の対応表を作っていく予定です。

ライトバードチームが原始重力波を観測した暁には、この対応表と照らし合わせて、どの粒子が出した重力波なのかを明らかにし、インフレーションの頃に存在した粒子を同定したいと思っていますし、さらにインフレーションを起こした力の解明に繋げていきたいと思っています。

取材・構成:四十物景子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

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