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「ヘンな外人」という空気感
戦後の外国人タレントの代表格といえば、ロイ・ジェームスとE・H・エリックだろう。筆者が子供の頃、70年代にもよくテレビに出ていたのを覚えている。
57年(昭和32年)12月7日朝刊ラジオ・テレビ面のトップ記事は<司会者にロイ・ジェームス “週末特集”の娯楽性を強く打出す>。文化放送土曜午後の番組「ラジオ・スコープ」の司会者に起用されたことを伝えている。
<軽音楽番組の司会を専門に活躍している。「例のべらんめえ口調をスマートにしたような独特な言葉のニュアンスとスピード感は若い人たちに大いに受けている(後略)」というのが担当の池田、笹本両プロデューサーの弁>
トルコ人のイスラム教指導者の子として10歳で来日した彼のキレのよいしゃべりは、その後も長く健在だったが、82年(昭和57年)に53歳で病没した。
E・H・エリック(本名・岡田
64年(昭和39年)8月25日朝刊「お顔拝借」に、こんな記述がある。
<通称“ヘンな外人”。日本のことにおそろしくくわしいため、ホンモノの日本人がハナジロんでしまうという、永六輔の発案になる人物が「夢であいましょう」に出てくる>
永六輔は当時、放送作家として「夢であいましょう」に関わっていた。「ヘンな外人」は、故・志村けんの「ヘンなおじさん」と同様、コント用のキャラクターだが、流ちょうに日本語を操り日本に詳しい外国人を「ヘン」と感じてしまうのが、当時の日本の空気感だったのだろう。後には「外人」という表現も、差別的なニュアンスがあるとみなされ、メディアではほぼ使われなくなっていく。