軽くて丈夫な「炭素繊維」ロケット・旅客機に使用…トップメーカー東レは苦節60年超、日本の「お家芸」に
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2月17日午前9時22分頃、新型ロケット「H3」2号機が白い航跡を残しながらぐんぐんと上昇した。宇宙航空研究開発機構(
「開発した材料がようやく宇宙開発に貢献できた」
ロケット先端部に取り付ける人工衛星の保護カバー「フェアリング」や固体燃料を収めたブースターの材料に、東レが製造した炭素繊維が採用された。炭素繊維は鉄に比べて重さが4分の1、強度は10倍とされる。小路谷氏は「重量が性能に直結する宇宙開発では今後どんどん使われる」と期待する。
赤字耐え継続
炭素繊維は東レと帝人、三菱ケミカルの3社で世界市場の7割のシェア(占有率)を占め、日本の「お家芸」と言われる。東レは、このうち半分程度を占めるトップメーカーだ。その
中でも際立つのが、企業経営の常識からかけ離れた「超継続」だ。東レが炭素繊維の研究を始めたのは1961年。当時から「(炭素繊維の色である)真っ黒な飛行機を飛ばそう」との構想を持ち、71年に量産化に成功した。
だが、鉄に比べて製造コストがかかりすぎることが致命的な欠点だった。例えば、自動車の車体に使うと、鉄に比べて5倍以上の費用がかかる。低コストを優先する車メーカーには見向きもされず、用途は少量で済む釣りざおやゴルフ用シャフトなどに限られていた。
優れた製品でも採算の改善が見込めない事業は諦め、他の分野への挑戦に転換するのが、通常の企業戦略だ。実際、海外の素材メーカーはほとんど撤退した。だが、東レは将来の用途拡大を信じ、歴代5人の社長が赤字に耐えて継続してきた。
高い競争力
転機となったのが、2003年に米ボーイングの中型旅客機「787」の開発計画に参加したこと。従来の炭素繊維より強度を高め、安定的に供給できるようになったことが認められ、胴体や翼などに採用された。すると他の機体や高級車への採用が相次ぎ、現在は年間2800億円超を売り上げる事業に成長した。
自ら市場をつくり、価格決定権も持っているため、高い競争力を維持している。炭素繊維に詳しい影山和郎東大名誉教授(71)は「技術革新には20~30年という長い年月がかかり、短期的にはなし得ない。『継続は力』という言葉を体現した事例だ」と評価する。
広がる用途
航空・宇宙分野以外にも活用の場は広がる。
今年1月、能登半島地震で震度5強の揺れに見舞われた金沢市内では、金沢城の石垣の一部が崩落する被害が出たが、近くの教会「聖霊修道院聖堂」(県指定文化財)の建屋や壁、ステンドグラスに被害はなかった。1931年に建てられた木造建築を、炭素繊維を使った耐震補強材が支えた。
この補強材「カボコーマ・ストランドロッド」を手がけたのは、染色加工大手の小松マテーレ(石川県)。地場産業の「
地震後には、工場の耐震化を進めたい企業などからの問い合わせが相次いでいる。奧谷晃宏・新規事業開発部長(60)は「『スーパー繊維』の力でものづくりの拠点や生活を守っていきたい」と力を込める。今後、耐震補強の工法に関する公的認証を取得し、事業展開を加速させる。
風力発電の風車の羽根、2025年大阪・関西万博の目玉事業となる「空飛ぶクルマ」の機体――。用途は広がり続ける。調査会社の富士経済(東京)は、炭素繊維を加工した複合材料の世界市場規模は35年に3兆7776億円と、21年の2・6倍になると予測する。
ただ、旺盛な需要を見越し、中国や韓国勢も開発を加速させる。軍事転用のリスクもあり、輸出に許可を必要とするなど国も規制をかけている。経済安全保障に詳しい東大の玉井克哉教授(63)は「炭素繊維は安全保障上、極めて重要な技術だ。日本は海外に比べて技術や秘密情報の流出への対策が限定的で、事実上、野放しの状態。技術や安全を守るために罰則強化などが必要になる」と指摘している。
かつて繊維は日本を代表するものづくり産業だったが、1970年代以降は海外勢に押され、「斜陽産業」と呼ばれた。新素材や高機能化で復活を遂げつつある。
エジソン使用が始まり
炭素繊維は19世紀末に米国の発明家トーマス・エジソンが、木綿や竹を焼いて電球のフィラメントに使ったものが始まりとされる。現在、主流となっているアクリル繊維などを1000度以上の高温で熱して作る製法は、大阪工業技術試験所(現産業技術総合研究所関西センター)の進藤昭男氏が発見した。1959年に特許を申請(62年成立)し、約30社に技術指導した。
1本の繊維は髪の毛の10分の1程度の太さだが、束ねた繊維に樹脂を染み込ませるなどした複合材料を、用途に応じて加工して使う。軽くて強いうえ、さびることがなく、耐熱性も高い。ボーイングの「787」の機体の半分程度に使用され、軽量化によって燃費が改善し、長距離路線の拡大につながった。ただ、製造時には大量のエネルギーを必要とする。リサイクルには繊維と樹脂を分離する必要があり、技術面での課題も残る。