大滝秀治さん“追悼秘話”…癒しの素顔と燃え続けた役者魂

2012.10.09


大滝秀治さん【拡大】

 劇団民藝が1950年に旗揚げした時から参加し、数々の名作舞台に出演、日本の演劇界に大きな足跡を残した大滝秀治さん(享年87)。演劇コラムニストとして大滝さんの舞台を数多く観劇してきた石井啓夫氏が、人間味あふれる大滝さんの素顔を明かした。

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 枯淡、飄逸(ひょういつ)、温厚…。老いを演じる味わいの巧みさと無防備で邪気のない笑顔で癒やされる稚気(ちき)性を併せ持つ俳優だった。どちらも絞り出すような独特な発声から表現された。修練による技巧と天然の人間味が合体していた。

 2006年の劇団民藝公演『喜劇の殿さん』に昭和の喜劇俳優、古川ロッパ役で主演した時、インタビューした。「この芝居で最後かな、なら最後までなんとか完遂しよう。60(歳)くらいからずっとそういう気持ちが続いている。これまでまだ“点(、)”だと考えてきたけれど、今回は“マル(。)”。ピリオドじゃないかと思う」と語った。

 びっくりしている私に大滝さんは、「やって忘れて、次にまた思うの」と、いたずらっ子のように笑った。厳格なベテラン俳優から一転、愛嬌たっぷりなおじいさんに変化したようだった。

 特色である声が、かつては悪声とみなされ、舞台俳優としては遅咲きだった。むしろ映画やテレビドラマで知名度をアップさせた。最近でもテレビCMで健在ぶりを発揮していた。しかし、芝居に対する情熱は病床でも舞台復帰に備え台本を置いていたというほど、役者魂は衰えていなかった。

 「僕はね、他につぶしがきかないから、やっぱり役者しかない。だから稽古場で自分を痛めつければ痛めつけるほど味わえる快感が貴重なものに思えるんだ」とも語っていた。

 劇団民藝の1期生である。同期の奈良岡朋子さんと近年の劇団を牽引してきた。ロッパ役の取材の時、こんなことも話していた。「オレ、81だよ。男の現役俳優でオレの先輩いる? 誰? いないでしょう?」。現役最長老の男優だったといえるだろう。

 が、やはり、大滝さんを偲ぶには、稚気あふれるエピソードで締めくくりたい。

 04年、大滝さんの代表作である『巨匠』と『浅草物語』の演技で読売演劇大賞・最優秀男優賞を受賞したパーティー会場でのことだ。大滝さんを推薦した選考委員の後を追い回して、子供のように感謝と喜びの言葉を連発していた。「舞台上で見る大滝と違って、あそこまで幼児のように嬉しさを表現できるのか、驚きというより心が癒やされる好感度を憶えた」と、その様子を目撃したある演劇評論家が話してくれた。そういえば、11年に文化功労者に選ばれた時の喜びの顔も素直な温もりを湛(たた)えていた。老から幼、幼から老、所作万端めまぐるしく変わるのも大滝さんの魅力だった。(演劇コラムニスト・ 石井啓夫)

 

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