井戸実
外食業界を食らう(6/3)
【ロードサイドのハイエナ】
最近、この顔をよくテレビで見かける。民放各局はもちろん、NHKのニュースや「クローズアップ現代」にも出たからすっかり有名人だ。
休日にスーパーへ買い物に行き、レジのおばちゃんにカゴの中身をジロッと見られ、「こういうモノ食べてるんだ」と言われたことも。そのときは「僕だって普通の人と同じものを食べますよ」と言い返したくなったらしい。
1050円(150グラム)のステーキを頼めばサラダ、デザート、カレー、ご飯などが食べ放題という「ステーキハンバーグ&サラダバー けん」を展開する会社の社長さんは、自称「ロードサイドのハイエナ」。日々更新しているブログのタイトルも同じ。大手外食チェーン店などが手放した幹線道路沿いの物件を手に入れて出店、自らの糧にしていく姿をハイエナになぞらえた。
【撤退費用が節約】
たしかに、見知ったファミリーレストランの内外装をほとんど改装せずに“居抜き”で使う手法は、イメージを重視する外食産業の中では珍しい。だが、それを「ハイエナ」と自称するのは、どうもしっくりこない。なぜなら、この人のやっていることはハイエナの生態とはかなり異なるからだ。
まず、「業態内で日本一になる」と断言していること。ステーキ分野の業界1位「ステーキのどん」や「フォルクス」も視野に入れ、遠くない将来に追い抜くべき対象としてとらえている。ハイエナは「王者」なんか目指さない。
居抜きの手法も、ヨソ様のおこぼれで飯を食うイメージとはかなり異なる。
「ふつう、撤退する際は店を真っさらな状態にして家主に戻さなければならない。赤字で撤退するのに、さらに撤退費用がかかるのは大変。でも、ウチが次の借り手になれば撤退費用が節約できるのです」
ハイエナは自分の腹を満たすだけ。ところが「けん」の進む先では撤退する店も、新しい借り手を見つけられた家主も、安くステーキを食える客も、三方丸く収まっている。
あえてハイエナに近いとすれば、写真のように肉をガツッと食らう姿か。最近話題の草食系男子とは明らかに対極をいく。当然、これだけ勢いのある男はモテるだろう。「英雄色を好む、といいますけど、実は色が英雄を好むんじゃないか、って思うんですよね」とは、何ともうらやましいかぎりで…。
話を聞くうちに、この人はハイエナではなく「蒼き狼」なのではないか、という気がしてきた。モンゴル大帝国の創始者、ジンギスカンと志向・行動がよく似ているのだ。
ジンギスカンは世界征服という明確な目標を掲げ、四方八方に軍を進めた。征服した土地には少数の支配者層だけ駐留させ、統治システムはそっくりそのまま使った。
この居抜き戦法により、孫のフビライ時代には西は現在のハンガリー、東は中国に至る巨大帝国が築かれた。当然ながら、騎馬民族の彼らは肉食であった。
【実は僕は秀吉が好き】
興味深いことに、「けん」の主力商品であるハンバーグも、その発祥はジンギスカンに行き着く。
モンゴル軍が行軍の際に携帯した馬の生肉は「タルタル・ステーキ」と呼ばれ、これがロシアを経てドイツの港町ハンブルクに伝わり、ハンバーグが誕生した−という説がある。
「でも、実は僕は秀吉が好きですね。信長も家康もお坊ちゃんですから。秀吉はたたき上げで人間的魅力もあったと思いますし」と狼、いやハイエナは語る。そうか、そういえば秀吉っぽくもあるな。ちなみに、「けん」では羊肉を使ったジンギスカン料理は扱っていないので、ご注意を。