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last update:05/11/10  

   image 時間の向きを逆にしても同じこと?    2005.11.10
 
        〜 素粒子の世界の時間反転 〜
 
 
  日常の世界では、過去と未来とを入れ替えることはできませんね。赤ん坊は成長してやがて老人になりますが、老人が赤ん坊になるということはありません。過去の事件は記録や写真に残っていますが、未来のことは未来になってみないとわかりません。

しかし、素粒子の世界では、時間の向きを逆にしてもかまわない、というのが「常識」になっています。これはどういうことでしょうか。

時間の向きをひっくり返してみる

素粒子の反応では、ほとんどの場合、時間の反転(過去と未来の入れ替え)を行っても、ものごとの起こり方は変わらないことがわかっています。これを「時間反転について対称である」といいます。(これには興味深い例外があります。その研究についてはたとえばこちらをご覧下さい)。

しかし、このことは大きな問題を引き起こしそうです。すべての物質は、素粒子からできているのですから、それならば、すべての物質の現象は時間の向きを逆にしても同じことになるはずです。これは大いに常識に反します。

たとえば、ジグソーパズルを考えてみましょう。図1 (a) は、ピースがバラバラになっている状態です。この状態から (b) のジグソーパズルの絵が完成した状態を作るには、人間がたいへんな苦労をしなければなりません。しかし、 (b) の状態から (a) の状態を作るのは簡単です。適当にかき混ぜるだけで十分です。ちっとも時間反転について対称ではありません。

「詳細バランス」の考え方

しかし本当はそうではないのです。組み合わせの数を考えなくてはなりません。 (a) のバラバラな状態というのは個々のピースの個性を考えると、非常に多くのピースの散らばり方の組み合わせが存在します。(これを「エントロピーの大きい状態」といいます)。一方、 (b) の完成した状態というのは本質的に一通りしかありません。仮に、ここで (a) を厳密に一通りに制限するならば(たとえば、最初にすべてのピースを袋から出した瞬間と全く同じ状態のばらけ方に限るとする)、 (b) から (a) の状態を作るためには、 (a) から (b) を作るのと同じくらいの苦労をするでしょう。このように細かく見た場合の個々の状態については時間反転対称が成り立っているとして、「場合の数」を考慮しながら素粒子反応の起こる確率を求める「詳細バランス」(詳細つりあい)と呼ばれている計算方法があります。

物質の消滅と創生

素粒子反応では、光から物質が生まれたり、物質が消滅して光になったりするということが起こります。この2つの変化は、互いに時間反転になっていますが、「場合の数」を考慮するとそれが起こる確率は同じになると予想されます。

米国のフェルミ国立研究所で行われたE760実験とE835実験では、陽子と反陽子が消滅して2個の光子になるという素粒子反応が測定されました(図2の(1))。図3にE835実験の測定結果を示します。この図の横軸は衝突する陽子と反陽子のエネルギーの合計ですが、2980MeV付近にピークが見えています。このピークは、

陽子+反陽子 → エータc中間子 → 光子+光子  (1)

という反応が起こったことを示しています。ピークの大きさ(面積)から、この現象が起こる度合いが求められました(エータc中間子については*注(1) を参照して下さい)。

一方、最近、KEKにあるKEKB加速器を用いたBelle実験で、この逆向きの反応、

 光子+光子 → エータc中間子 → 陽子+反陽子  (2)

が測定されました(図2の(2))。

図4にある測定結果を見ますと、やはり全体のエネルギーが2.98GeV=2980MeVのところにピークが見えていますので、 (2) の反応が捕らえられていることは間違いありません。やはりこのピークの大きさ(面積)から、この現象が起こる度合いが求められました。

そして両者は一致した

詳細バランスの方法を適用するためには、両方の方向における場合の数の比を理論的に求めないといけません。上の2つの素粒子反応の場合は、場合の数に大きな違いはなく、(2) が (1) の1.2倍くらいになっている程度です。この違いを補正して、(1) の現象が起こる度合いと (2) の現象が起こる度合いを比較すると、図5のようになります(*注(2))。2つの種類の実験結果は誤差の範囲で一致しています。やはり時間反転について対称になっていることが確認されたのです。

最後に

上に紹介した実験は、そもそも時間反転の対称性を確認するために行われた実験ではありません。実は、エータc中間子の性質の研究のために測定されたものです。これらの実験を行った研究者は時間反転対称が成り立っていることはすでに疑いのないことであり、「常識」であると感じています。

しかし、陽子や反陽子のような内部構造を持つ物質粒子が消滅して2つの光子(電磁波)になってしまう現象が起こる度合いと、2つの光子から陽子と反陽子が作られる度合いが同じだというのは、やはりすごいことだとは思いませんか!

*注(1) エータc中間子は、チャームクォークと反チャームクォークからできている粒子です。エータc中間子の質量に対応する2.98GeVのエネルギーがチャームクォークと反チャームクォークのペアに変化し、この粒子が生成されます。
*注(2) 図5の横軸は、エータc中間子の全崩壊幅に、それが(陽子+反陽子)の状態へ崩壊する分岐比と(光子+光子)の状態へ崩壊する分岐比をかけた量に相当します。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→BelleグループのWebページ
  http://belle.kek.jp/
→KEKB加速器のwebページ(英語)
  http://www-kekb.kek.jp/
→E835グループののwebページ(英語)
  http://www.e835.to.infn.it/

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  ・04.01.22
    時間逆転の世界 〜K中間子で探る時間反転対称性〜
  ・03.05.22
    光と光をぶつけたら 〜光子・光子衝突実験〜

 
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[図1]
ジグソーパズルがバラバラの状態(a)と組み立てられた状態(b)
拡大図(92KB)
 
 
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[図2]
(1)「陽子+反陽子 → エータc中間子 → 光子+光子」反応 と (2)「光子+光子 → エータc中間子 → 陽子+反陽子」反応では、始めの状態と終わりの状態が入れ替わっています。中間の状態は、どちらもエータc中間子という1つの粒子です。
拡大図(15KB)
 
 
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[図3]
E835実験によって捕らえられた"陽子+反陽子→エータc中間子→光子+光子"の反応(2980MeV付近のピーク部分)。
拡大図(24KB)
 
 
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[図4]
Belle実験によって捕らえられた"光子+光子→エータc中間子→陽子+反陽子"の反応(矢印で示した2.98GeV付近のピーク部分)。なお、3.09GeV付近のピークは光子+光子衝突反応によるものではない。
拡大図(26KB)
 
 
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[図5]
"陽子+反陽子→エータc中間子→光子+光子"の実験と"光子+光子→エータc中間子→陽子+反陽子"の実験における反応の強さの測定結果の比較。時間反転について対称になっておれば、両者で同じ値が得られるはずである。
拡大図(22KB)
 
 
 
 
 
 

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