かまぼこが直面する危機

かまぼこが直面する危機
「130年以上の会社の歴史の中で最大の危機かもしれない」
そう話すのは、山口県の水産加工会社の社長です。この会社が生産するのは、かまぼこやちくわなど、魚のすり身で作られた練り製品。しかし今、生産の在り方を見直さざるをえない事態に直面しているといいます。いったい何が起きているのでしょうか。(山口放送局記者 池田昌平)

すり身が高騰

「日本のプライオリティーは確実に下がっている。このままでは原材料を輸入できなくなるかもしれない」
そう話したのは、山口県長門市の水産加工会社「フジミツ」の社長、藤田雅史さんです。

日本海に面した長門市は、古くは捕鯨を中心に漁業の盛んな港町として栄え、県内有数のかまぼこの産地としても知られています。
この会社では1日約10万本の板つきかまぼこを生産。中でも、1時間以上かけて板の下からじっくり焼き上げる「焼き抜き」と呼ばれる製法は、山口県独自のもので、弾力のある食感が特徴です。

しかし今、会社は創業以来の危機に直面しているといいます。

その要因となっているのが、原材料「すり身」の価格の高騰です。
すり身は、主にアラスカのベーリング海でとれたスケソウダラが使われています。

6月下旬、仕入れ先から1キロ当たりのすり身の価格を、夏以降、3割値上げするという通知が届きました。
この会社では、この春、15年ぶりに製品の値上げを行ったばかり。原材料の値上がりが、製品への価格転嫁に追いつかない状況だと言います。
藤田社長
「原材料価格が上がることは覚悟していたが、上げ幅は想定以上に大きかった。それにこれまでとは違って相場が下がる見通しが立たない。130年以上の会社の歴史の中で最大の危機かもしれない」

すり身 なぜこんなに値上がり?

財務省の貿易統計によると、この2年で、アメリカ産のスケソウダラ1キログラム当たりの平均の輸入単価は、4割ほど上昇しています。

すり身の価格は、なぜこれほど上がっているのか?

背景には、ロシアのウクライナ侵攻に伴う原油価格の高騰や急激な円安の進行、海外の生産工場での人件費の上昇などがあります。

そしてもう1つ、大きな要因があります。

すり身を原材料とした「練り物」の世界的な需要の高まりです。

世界で人気“SURIMI”

日本の伝統的な食べ物でもある練り物ですが、健康志向などを背景に欧米でも人気が高まっています。

特に人気なのが、カニのような風味や食感が味わえるかまぼこ、「カニカマ」です。“カニ”と名前についていますが、原材料はスケソウダラなどで作ったすり身です。

この「カニカマ」、実は海外では「SURIMI」と呼ばれ、親しまれています。
このうちアメリカでは、サラダの具材として使われることが多く、スーパーなどで手軽に手に入る食材として人気です。アメリカの現地法人ですり身を生産している水産大手のマルハニチロの推計では、アメリカ国内の2021年のカニカマの消費量は12万2000トン余り。

およそ10年前と比べて40%ほど消費が増えていると言います。
こうしたすり身を使った商品の人気は、アメリカだけにとどまりません。

EUの輸入統計によると、2020年のすり身の輸入量は5万5000トン余りと、この5年間で70%以上増えたほか、中国を中心にアジアでも、需要は高まっています。
その一方、主な供給源でもあるアラスカ産のスケソウダラは資源保護の観点からあらかじめ漁獲量の枠が定められています。

年間の漁獲量はこのところ平均130万トン前後でしたが、ことしに入って漁獲枠が一気に111万トンにまで減りました。

こうした状況もすり身の価格高騰につながっていて、世界的な供給不足の中、日本のメーカーは、世界的な獲得競争にさらされているのです。

原材料高騰にどう立ち向かう?

こうした状況にどう対応するか。

藤田さんの会社では、作業の効率化などによるコスト削減を進めています。

練り物に混ぜるタマネギなどの野菜の加工を自社で行うようにしたほか、生産ラインを見直して、練り物を揚げるフライヤーなどの生産設備の稼働時間を短くしました。

国産の原材料へのシフトも進めています。

かまぼこをのせる板もその1つです。
これまで、北米を中心に海外から輸入していましたが、木材価格はロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに大幅に上昇。

このため、国産の板への切り替えを徐々に進めていて、2年後までには国産の比率を30%までに引き上げる方針です。

また、地元でとれた魚を使った新たな商品開発にも力を入れていくことにしています。

一方、従来からある自社の生産設備や冷蔵の物流網を活用した新たなビジネスも検討しています。
全国で農産物の生産や加工を行う農業法人との連携を進め、板の下からじっくり焼き上げる「焼き抜き」を行う設備を活用した「焼き芋」の生産など、新たな農産物の加工ビジネスを始めることにしています。

現在、下関市と長門市の10ヘクタールの畑でサツマイモの栽培が行われています。収穫量はおよそ200トンを見込んでいて、この秋から「焼き芋」の生産を本格的に開始する予定です。

藤田社長は、食品産業はグローバルなサプライチェーンの中で、消費者に低価格で供給できるような仕組みを作ってきたものの、現在のような状況の中では、国産の原材料を使った商品開発などを進めていくことも重要だと話します。

業界あげて新たな価値の創出も

一方、業界をあげた取り組みも進んでいます。
練り製品のメーカーなどで作る日本かまぼこ協会では去年、魚由来のタンパク質が一定水準以上含まれた練り製品などに認証マーク「フィッシュプロテインマーク」を記載する取り組みを始めました。

7月に福岡市で開かれた食品展示会では、フィッシュプロテインの特設コーナーを初めて設置。
かまぼこなどの練り製品には、良質なたんぱく質が豊富に含まれていること、消化しやすく、筋肉の老化予防にも役立つことなど、食品としての機能や健康への効果をアピールしました。

スーパーのバイヤーからは、「食べたらおなかにたまるイメージが強かったが、消化が早いのは意外だった」、「消費者はおいしいものに飽きている。体に良いというPR戦略が、今の時代に合っている」という声が聞かれました。

これまで食卓の脇役的なイメージが強かった練り物ですが、健康に良い食品として価値を再認識してもらえるか。

業界の生き残りをかけ、今後もプロモーションを進める考えです。
藤田社長
「今まで練り物は塩分や添加物が多いなどネガティブなイメージを持たれていた。健康機能性をアピールすることでポジティブなイメージに変えていく。客がその価値をきちんと感じてくれれば価格にかかわらず買ってくれる。原材料の価格は上がっているがそれに見合う価値を業界として作っていきたい」

すり身高騰これからどうなる?

ことし7月、藤田社長は他のかまぼこメーカーとともに、マルハニチロを訪問。
日本向けのすり身の安定供給やスケソウダラ以外の魚を使ったすり身の開発を要請しました。

この会社では、スケソウダラの安定的な確保のため、アメリカの水産加工会社の施設を買収するなどの取り組みを進めていて、今後も日本に優先的に供給できるよう、原材料の確保を進めていきたいとしています。
舟木 常務執行役員
「すり身の値段の変動はいままで過去何回もあったのですが、やはり今回は構造的な部分がかなり含まれている。かまぼこ屋さんと一緒になって、どうやって国内で練り製品の価値を上げていくか、価格をあげていくかということを、われわれの立場で、協力できることは積極的に協力させていただこうと考えている」
身近な食材として私たちの食卓に彩りを与えてきたかまぼこやちくわなどの練り製品。
しかし今、その原材料の多くは海外に依存しているのが現状です。

食料品の値上げが相次ぐ中、身近な食べ物がどのように作られ、私たちの元に届けられているのか、改めて見つめ直す必要性を強く感じました。
山口放送局記者
池田 昌平
2015年入局
高松局を経て現所属
地域経済の課題を取材
鱧入りちくわがお気に入り