全4244文字

 これまで何度も「オワコン(終わったコンテンツ)」とやゆされ、事実、一般消費者の視界から消えてしまったHDD(ハード・ディスク・ドライブ)が、高容量化に向けた“限界突破技術”を得て、再び成長モードに突入しようとしている。

 その技術が、記録密度向上の要とされる「エネルギーアシスト記録」の中でも究極の「熱アシスト記録(HAMR:Heat-Assisted Magnetic Recording)」である。米Seagate Technology(シーゲイト・テクノロジー)は、HAMRを採用したデータセンター向けの3.5インチHDDの量産化を2024年3月末までに開始する(図1)。ディスク1枚(1プラッター)当たりの記録容量は3TB(テラバイト)で、このディスクを10枚搭載した30TBの「Exos Mozaic 3+」を製品化した。

図1 熱アシスト記録を採用した「Exos Mozaic 3+」
図1 熱アシスト記録を採用した「Exos Mozaic 3+」
従来型の記録方式(CMR:Conventional Magnetic Recording)の3.5インチ1台で30TBを実現した。ちなみに、Seagate Technologyが販売する3.5インチHDDのこれまでの最高容量は24TB(写真:Seagate Technology)
[画像のクリックで拡大表示]

 HAMRは、ディスク媒体をレーザー光で局所的に瞬間加熱し、媒体の磁化を熱ゆらぎでばらばらにして情報の記録を容易にすることで記録密度を高める技術である。

 日本シーゲイト社長の新妻太氏は、「従来の垂直磁気記録(PMR:Perpendicular Magnetic Recording)方式のHDDは、容量を2倍にするのに9年もかかった。しかも、ディスク1枚当たりの容量は2.4TBが限界だ。HAMRなら4年以内に2倍の高容量化を実現できる」と話す(図2)。

図2 HAMRで記録密度向上のペースが向上
図2 HAMRで記録密度向上のペースが向上
従来の垂直磁気記録は記録密度向上の限界に近づいており、高容量化のペースが鈍っていた。Seagate Technologyでは、ディスク1枚当たり2.4TBが限界とみている。HAMRの投入によって、高容量化のペースが高まるとしている(出所:Seagate Technologyの資料を基に日経クロステックが作成)
[画像のクリックで拡大表示]

 エネルギーアシスト記録では、競合の米Western Digital(ウェスタンデジタル)が「エネルギーアシスト垂直磁気記録(ePMR:energy-assisted Perpendicular Magnetic Recording)」、東芝デバイス&ストレージが「磁束制御型マイクロ波アシスト磁気記録(FC-MAMR:Flux Control-Microwave Assisted Magnetic Recording)」という技術を採用した3.5インチHDD(従来型記録方式)で、それぞれ最大24TB、最大22TBの製品を出荷している。Western Digitalが24TB品の出荷を発表したのは、2023年11月のことだ。

 Seagate TechnologyはHAMRの実用化によって、容量競争で一歩リードした。同社において技術を統括する米Seagate Research(シーゲート・リサーチ)副社長のEd Gage氏は、HAMRによる今後の記録密度の向上に自信を示す(図3)。「2025年にはディスク1枚当たり4TB、2027~2028年には同5TBの製品を投入できるだろう」(同氏)。1台にディスク10枚を搭載した40TBや50TBの製品が、今後数年という近い将来に実現できる可能性があるというのだ。

図3 HAMR対応HDDのスケルトンモデル
図3 HAMR対応HDDのスケルトンモデル
「Exos Mozaic 3+」のスケルトンモデル。ヘッドから近赤外のレーザー光を、超格子構造の鉄・白金系合金メディアに1ns(ナノ秒)照射して局所的に加熱する(写真:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

同じ占有面積なら容量を約2倍に

 なぜHDDの記録密度の向上が重要なのか。HDD市場の“最後のとりで”とされるデータセンターなどに向けた「ニアラインストレージ」でその要求が強いためだ。

ニアライン アクセスする頻度が比較的少ないデータを記録するための大容量ストレージ装置。アクセスが高速なオンラインストレージと、磁気テープ装置などのオフラインストレージの中間にあるものとして「ニアライン」と呼ばれる。

 昨今の生成AI(人工知能)ブームによって、大規模なAIモデルの学習に必要なデータを保持するために、データセンターなどではストレージ容量の拡張が求められている。米調査会社のIDCによると、生成されるデータの増加率は年間20%以上で、2027年に生成されるデータ量は291ZB(ゼタバイト、10億TB)に達するという。

 しかし、現状ではそれを保存するストレージ容量が圧倒的に不足しており、大半のデータが捨てられている。一方で、データセンターの建設には、一般に10億~15億米ドル(約1500億~2250億円)もの費用がかかるとされており、事業者にとって投資コストを抑えることが課題になっている。

 そうした中、Seagate Technologyは、高い記録密度のHDDの採用がデータセンター事業者に大きなメリットをもたらすと主張する。例えば、現状、データセンター向けのHDDは3.5インチで16TBが主流になっている。ディスク1枚当たりの容量は1.78TBである。

 このHDDで総容量が100EB(エクサバイト、100万TB)のストレージを構築していた場合、それを今回の30TB品に置き換えると、同じ占有面積で187EBの容量を実現できる(図4)。つまり、“場所代”は同じまま容量を約2倍に高められる。

図4 HAMR対応HDDに置き換えることで容量を約2倍に
図4 HAMR対応HDDに置き換えることで容量を約2倍に
現在データセンター向けで主流の16TBの3.5インチHDDを、今回の30TBに置き換えると、同じ占有面積で約2倍の容量を実現できる(出所:Seagate Technologyの資料を日経クロステックが一部編集)
[画像のクリックで拡大表示]

 さらにデータセンター事業者を悩ましている消費電力の問題を改善できる。具体的には16TB品の1TB当たりの消費電力は0.59Wだが、HAMR対応の30TB品の場合は同0.35Wと約40%改善するという。「(このモデルケースの場合)年間の電力コストは現在の6700万米ドル(約100億円)に対して、2700万米ドル(約40億円)削減できる」(新妻氏)としている。