東海道新幹線で列車の運行が終了した深夜、行われた“過酷”な訓練。その様子に密着しました。“新兵器”も登場しています。

昼間は200km/h以上で新幹線が走っている場所で

 東海道新幹線の三島駅(静岡県三島市)付近で2017年6月1日(木)深夜、JR東海の社員ら約300人が参加して“過酷な訓練”が行われました。


三島駅付近の本線上で停車した新幹線N700A(画像:JR東海)。

「実車を使って行うのが一番の訓練です」(JR東海 新幹線鉄道事業本部 運輸営業部 辻村 厚部長)

 大規模な自然災害といった不測の事態に備え、JR東海が例年実施している、東海道新幹線の“本線”で、実際の車両を使って行う訓練で、今年のシナリオは次のようなものです。

想定シナリオの内容

 下り『のぞみ』が熱海〜三島間を走行中に大規模地震が発生。列車を緊急停車させるため、送電が停止された。

 地震によって、同区間の玉沢トンネル出口で斜面が崩落。同列車はブレーキ中に崩落した土砂上を通過し、三島駅手前(静岡県三島市加茂川町付近)で停止。その後、同じ場所で斜面がさらに崩落し、架線(線路上空に張られている列車へ電気を送る電線)が切断された。列車は脱線していない。

 列車内では停止後1時間で車内温度が上昇したため、車内換気を実施。しかしその後、1時間を経過しても運転再開の見込みが立たないため、最寄りの三島駅まで乗客を徒歩で誘導することに決定。車内には高齢者や体の不自由な乗客も多数いたことから、歩行が難しい乗客は線路保守作業用の車両で三島駅へ輸送する。

今年は特に「過酷」

 このJR東海が新幹線の本線で、実車を使い行っている訓練。シナリオは毎年変わりますが、今年は特に“過酷”な状況設定だったといいます。

「過酷」その1、東海道新幹線で最大級に列車が傾く場所

“過酷”だったことのひとつは「カント」です。線路はカーブで、その外側が高くなっていることがあります。カーブで線路を傾け、その内外で高低差を設けることで、高速でも安定した状態で列車がカーブを通過できるようになるほか、乗り心地を向上させられるのです。競輪場を想像すると分かりやすいかもしれません。かんたんにいうと、このカーブにおける線路の傾きを「カント」といいます。


カーブの途中でカントがあるため、傾いて停車している新幹線N700A(画像:JR東海)。

 訓練で列車が停止した場所は、この「カント」の量が東海道新幹線において最大級である区間のひとつ。『日本鉄道名所4 東海道線』(小学館)によると、東海道新幹線で例外区間を除き最も急である半径2500mというカーブの途中で、カーブ内側と外側のレールは、東海道新幹線で最も大きい200mmの高低差があるとみられる場所です。

 左右のレールで200mmの高低差があるとみられる場所から、つまり「傾いた列車」から避難するというのが、今回の訓練が“過酷”であった理由のひとつです。その傾きは約8度(車内からスマートフォンで記者が計測)。JR東海によると、列車が傾く「カント区間」で乗客を車外へ脱出させる方法を検証するため、実施したといいます。


救援のため、カント区間に停車中の新幹線へ横づけされた保守用車。こちらも傾いている。

傾いた新幹線と、傾いた保守用車のあいだに、避難用の「橋」を掛ける。

傾いた橋を渡り、保守用車へ「脱出」する。

 車外への脱出では、乗降用ドアにはしごを掛け地上に降りる、隣の線路に保守作業用の車両を停車させ、渡り板を設置し、歩行が難しい(という設定の)人を移乗させるという訓練が行われました。もちろん、訓練に使われたN700系新幹線も、保守作業車もそれぞれ傾いた状態で、です。

 またJR東海によると、実際の営業線上でこのように保守用車を使い、乗客を救済する訓練を行ったのは今回が初とのこと。

「過酷」その2、歩く距離が最大級になる場所

 もうひとつ今回の訓練が“過酷”だった理由は、列車から最寄り駅まで歩いて避難する距離が、過去最高の約1kmだったことです。JR東海によると、異常時に列車から避難する際、歩いて移動する距離は約1kmまでが目安とのこと。つまり歩いて移動する場合に最も“過酷”な状況を想定し行われた、というわけです。

 東海道新幹線で最大級に線路が傾いた場所、歩行による避難が最大級に長くなる場所に緊急停車した――この実際に起こりうる状況に対応できるよう今回、“過酷”な訓練が行われたというわけです。

 ちなみに、訓練に使われた新幹線の車内も少々、過酷でした。送電が止まっている設定のため、空調がストップ。こうした場合に備え、乗降用扉を開き換気する訓練も行われたため、密室状態ではないものの、やはり車内は次第にムシムシしてきます。新幹線に限った話ではありませんが、常に飲料水を携帯しておくと異常時に役立つかもしれません。


傾いた列車からはしごを掛けて脱出。

車両が傾くなか、同じく傾いている保守作業車に移乗し、避難する。

JR東海社員が携帯している「救護」のステッカー。

 JR東海では列車に異常事態が発生した場合、乗務員のほか、出張などで乗り合わせた同社社員も避難、誘導などに協力する体制になっています。そうしたとき、ただのスーツ姿などでは分かりづらいため、JR東海社員は胸に貼ってそれを示す「救護」のステッカーを携帯しているそうです。

指令と列車を結ぶ「新兵器」も登場

 今回の訓練では“新兵器”も登場しました。タブレット端末です。それを使って、車掌が車両に生じた異常を撮影し、指令(運用指令)とリアルタイムな映像を共有することで、より的確、かつ迅速に処理できるかどうか検証する訓練が行われました。


車掌がタブレット端末で異常部分を撮影。

指令とリアルタイムな映像を共有し、作業を進めていく。

換気のため乗降用扉を開けた場合は、このようにネットを張る。

 現在、東海道新幹線ではこうした場合、車掌が携帯電話で指令とやりとりしながら写真を撮影、送信していますが、タブレット端末を用い、リアルタイムで映像を共有することによって、そうしたやりとりがスムーズになることが考えられるそうです。ソフトは、一般のウェブ会議用ソフトをカスタムしたものが用いられています。