太田肇直伝! 働き方改革を100倍加速する「分化」の組織論 ― 第1回

「働き方改革」成功のカギは?



長時間労働是正も女性活躍が進まないのも根本的な原因は個々の「未分化」だ

政府が押し進めたことにより「働き方改革」という“言葉”はだいぶ浸透してきました。しかし、その本質は多岐にわたり、どこから手を付ければいいのか悩んでいる経営者や従業員も多いでしょう。そんな中、改革を進めていくには組織や個人の「分化」が必要という考え方に注目が集まっています。そこで、著書でも「分化」を唱え、組織論を研究しておられる同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科の太田 肇教授にご登場いただき、「分化」をキーワードとした働き方改革の成功術を今回から連載いたします。第1回目の今回は、『「働き方改革」の成功のカギとなるのは?』です。

文/太田 肇


長時間労働の原因は個人の未分化

 「働き方改革」は今や経営者にとって、またわが国にとっても喫緊の課題となっている。ところが、いざ改革に手をつけようとすると必ずぶつかる障害がある。それは個人が組織や集団に溶け込んでいて、未分化なことである。

 かつて日本の集団主義はチームワークの象徴であり、世界に誇る働きぶり、高品質な製品を生む源泉として高く評価された。ところが経営環境が変わり、人々のニーズも変化した今日、未分化な組織が経営の足を引っぱるようになってきたのだ。

 まず、「働き方改革」の最大の目標である長時間労働の是正について考えてみよう。

 日本人正社員の労働時間は2024時間(厚生労働省「毎月勤労統計調査」2016年)と主要国のなかで突出して長く、ドイツやフランスなどと比較すると年間3ヵ月ほど多く働いている計算になる。また他国では、ほぼ100%取得する有給休暇も、わが国では48.7%(厚生労働省「就労条件総合調査」2015年)と半分も取得していない。にもかかわらず労働生産性は主要7ヵ国の中で最下位と低い水準が続いている。とりわけ問題視されているのはホワイトカラーの生産性の低さである。つまりホワイトカラーを中心に、働き方の効率がよくないのである。

2017年に発表された厚生労働省の『平成28年「就労条件総合調査」の結果』では、2015年の有給休暇取得率が48.7%と発表。

 長時間労働の原因はいろいろ考えられるが、仕事の分担が不明確なことが一因であるのは疑いがない。

 第1に、分担がはっきり決められていないので調整・連絡のための打ち合わせや会議に多くの時間を取られる。

 第2に、仕事の進捗が周囲の人に依存するため計画的に仕事を進めることができない。自分がいくら要領よく仕事を片づけてもほかの人が遅ければ帰れないので、早く片づけようという意欲もわかない。また同僚に迷惑がかかることを気兼ねして、休暇の取得をためらう人も多い。

 第3に、分担があいまいだと仕事の成果や貢献度で評価することが難しいため、働いた時間やがんばりで評価しがちになる。そのため部下は自分の仕事が済んでもなかなか帰りづらいのである。なかには、がんばっている姿をアピールするために残業をする人もいる。

 要するに長時間労働を是正するには、仕事の分担を明確にすることが不可欠なのである。

「分化」すれば女性も活躍できる

 女性の活躍推進もまた重要な政策課題である。政府は指導的地位に占める女性の割合を2020年までに30%まで高める目標を掲げているが、現状ではそれに遠く及ばない。背景には管理職昇進を望まない女性が多いという現実もある。

内閣府男女共同参画局が『「2020年30%」の目標の実現に向けて』と題した資料が、PDFとして公開されている。

 昇進を望まない理由の1つとして、昇進すると忙しくなり家事や育児との両立が難しくなることがあげられている。とくに日本の管理職には本来の役割に加えて諸々の仕事が回ってくるため負担が大きい。そこで仕事を分化して部下に権限を委譲し、管理職はマネジメントの仕事に専念させれば、負担は大幅に減るはずだ。

 一人ひとりの仕事の分担を明確にし、必要な権限と責任を与えれば、職場全体の効率化が進んで残業が減り、管理職・非管理職ともに働きやすくなるのである。

 また女性の活躍を推進するうえで、セクハラやパワハラへの対策も欠かせない。そして、それも個人の未分化が深く関わっている。分担が不明確で権限も与えられていないと、部下は仕事をするうえで上司に依存せざるをえない。そこにつけ込んで無理な要求をしたり、公私混同したりする上司が出てくるのである。

企業の業績も上がることが判明!

 個人を分化すれば働きやすくなるだけではない。がんばって成果をあげれば直接報われるので社員のモチベーションが上がり、イノベーションも生まれる。仕事のムダを減らし、効率的に働こうという動機も生まれる。また、そのような条件が整った会社には優秀な人材が応募してくるし、人材の定着率も上がる。

 私がかつて全国の主要企業を対象に行った研究では、個人を分化した組織のほうが社員の仕事に対する満足度、私生活との両立に対する満足度、会社の利益への貢献度がいずれも高く、会社の業績も高いことが明らかになっている(拙著『なぜ日本企業は勝てなくなったのか ―個を活かす「分化」の組織論―』新潮社刊)。

 社員の和を大切にし、全社一丸をモットーにする経営は日本の強みだった。しかし、それだけでは通用しない時代になったのである。次回からは分化の効用について、いろいろと角度を変え、具体的な事例も交えながらくわしく説明することにしよう。

筆者プロフィール:太田肇

 同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科教授。1954年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。京都大学博士(経済学)。専門は組織論。近著『ムダな仕事が多い職場』(ちくま新書)、『なぜ日本企業は勝てなくなったのか―個を活かす「分化」の組織論―』(新潮選書)のほか『「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)、『公務員革命』(ちくま新書)など著書多数。