ネットは「アニメの全体」学べる小さな社会 「眼鏡」監督に聞く

文●ノトフ

2010年06月26日 14時00分

映像系ユニット・irodori制作による、3Dアニメーション映画「眼鏡」

 アニメは非常に沢山の人数によって作られている。

 30分サイズのテレビアニメでも、1話あたりにかかる人数は莫大だ。だが、2002年に発表された新海誠監督の「ほしのこえ」はほぼ1人で約25分の作品を完成させた。そのクオリティの高さで話題を呼び、個人制作(インディーズ)アニメブームが沸き起こった。

 そんな中、今回は「irodori」という映像ユニットに注目したい。その理由は、ユニットそのものが非常に大人数で、しかも定期的に作品を発表しつづけていることだ。

 irodoriが第1弾として発表したのは、3Dアニメ「眼鏡」。2008年9月から2009年8月の一年間、毎月20日に新作を発表しつづけ、話題を呼んだ。1話あたり数分とはいえ、毎月完成された話を発表するというのはかなり珍しい。

 作品は非常にエンターテインメントに富んだものになっていて、自主制作にありがちなアート的な分かりづらい作品とも違う。気楽に誰でも楽しめることが特徴の1つだ。

 と言うのは簡単だが、毎月決まった日程で、1つの集団がアニメを作りつづけるのは、並大抵のことではないはず。irodoriではなぜそれができるのか。その謎を、監督のたつき氏に伺った。自主制作アニメーションの難しさと可能性を感じてもらいたい。

プロは部品をつくり、ネットは全体をつくる

―― 現在、映像製作のお仕事をされているかたわら、irodoriとしての活動もされているわけですよね。プロとアマの作品づくりにちがいはありますか。

たつき 仕事でやるときは、エネルギーを一極集中して、専門的にクオリティを上げていくんです。でも、irodoriの場合は、エネルギーを平べったく使って作品を丸々一本作る感じですね。なのでirodoriの作品を見て、プロのアニメーションってこんなものなのかと思われると、それはちょっと違うと思うんですよね。

たつき監督

―― なるほど、「プロが作ったアニメーション」っていうと違和感がある。

たつき そうなんですよねえ。

―― ニコニコ動画で作品を発表しつづけていることで、プロとしての自分にフィードバックできたところってあります?

たつき 技術的なところはもちろんあるますけど、それよりも、一本の作品をちゃんと作っているんだぞってところですね。仕事だとどうしても部分的な作業になりやすいですから。1本のアニメを作っているというモチベーションにつながってます。

―― プロの仕事だと専門職ですからね。自分がやってる仕事が、作品のどんな部分を作っているのか、分からなくなるときがありそうですもんね。

たつき ですね。反対にirodoriは、仕事で出しているクオリティを、どうやって(作品)全体に出していけるのかっていう試みでもあります。

―― irodoriの活動を続けて、たつきさんの中で意識改革というか、変わってきたことってありますか。

たつき お客さんをあらためて再認識できたのは本当に嬉しかったですね。

irodori公式サイト

―― 再認識っていうのは、本当にお客さんがいるんだなという?

たつき そうです。これはニコニコ動画やイベントのおかげですね。動画のコメントで笑ってもらったり、ボロカスに言ってもらったり。イベントで直接「面白かったですよー」って言ってもらったりして。映像って、作った先に人がいることを感じにくい気がするので、お客さんの再認識は良かったと思います。

―― お客さんの顔が見えていいところって、モチベーションとか?

たつき そうです。ネットだと、作ってもお金にならないどころか、持っていかれているところも大きいですけど、メンバーもみんな作りたいから作りはじめてるんですよね。その最初のモチベーションに帰っていけているのはいいことですね。

―― 今、irodoriで制作をはじめたころとくらべて、モチベーションは変わりました?

たつき また違うモチベーションがある気がします。活動をはじめたころは、「お客さん」よりも「こんなのが作れるんだ」って感動してましたけど、それが今は作品の感想を返してもらって、それが次につながったりしているのが面白いですね。

マメに発表していくことです

―― irodoriを始められたキッカケをうかがえますか。

たつき 学生のときは、短くてもいいからお話を一本作りきりたかったんです。そのころにはもう新海誠さんとか、個人のクリエイターがすでにいらっしゃった。僕らは仕事をするかしないかくらいで、自分たちがこの先どうなってくるんだろうっていうときでした。「1人で作った!」というものが珍しくなくなっていき、バンド活動みたいになってくんじゃないかなと。

―― 「ドラム募集!」みたいにメンバー募集したりとか。

たつき そうそう。アニメーターいないかー、とか、撮影募集中ー、とか。いつかひとりでもサクサク作れるようになるだろう。でも、そういう時代の前に、一度多人数での制作の流れがくるんじゃないかなと。

声優さんもネットで募集

―― 新海さんのころにはまだ、そうやってたくさんのメンバーが集まって自主制作をするモデルって、なかったですよね。

たつき もう今から3年くらい前ですかね。個人でアニメを作るっていうのは増えてきてましたけど、チームはあまり見なかった気がします。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りました。

―― それは気楽に作りたかったとか、そういう思いですか?

たつき 目が肥えてくると、作品をつくっても「自分はもっとできるはず。まだまだ良くなる」って言い出して、発表しなくなっちゃうんですよね。だったら毎回習作でもいいから、お話がつながるくらいの最低限の質はキープしつつ、どんどん実験的なことができればいいなというスタンスが強いです。

「お話がつながるくらいの最低限の質はキープしつつ、どんどん実験的なことができればいい」

―― 最低限の質をキープしながら、まずは発表が大事と。

たつき そうですね。発表しないとお客さんとの距離感だけがどんどん離れていっちゃう気がします。

―― とはいえ、まずやってみるっていうのもクリエイターとして難しいところもありませんか。

たつき 実際に制作をはじめると、完璧を目指すようになってしまって。それをちょっと何とかしようと思って、今月20日にアップするからそのつもりでやろうぜって話をして、無理矢理アップしたのが眼鏡の第1話でした。

―― なるほど。出来たらアップするじゃなくて、期限を決めたんですね。

すさまじいペースで作品を作りつづけている

たつき 作品はなるべく見てもらって、それに対する反応をフィードバックしてくほうがいいと思ってます。マメに発表していくのはつらいことだし、恥ずかしかったりもしますけど、大事なのかなって気がするんですね。

―― 作品を発表してフィードバックを受けるのが大事っていうのは、他の経験から得たものですか?

たつき 僕が中高生のころは、パソコンが普及しはじめたくらいで、「これで色々出来るぞ。何かやろう」って気持ちが常にあったと思うんです。でも、すぐに頓挫したり撃沈したりして(笑)。そういう経験が良い方向に生きてきた気はしますね。

仕事が終わってからもアニメ作りやるような人を

―― irodoriのメンバーは、それぞれにキッチリした役割がありますよね(公式サイト)。こういう少人数のチームだと、みんなオールラウンダーでやってそうなものですが、最初から役割をきめて人を集めたんですか?

たつき そうですね。今のチームに足りないところを考えながら、半年一年くらい黙々と作ってると、ポコッとそういう人が出てくる。すかさずガッと捕まえるって感じです。

スタッフのプロフィール

―― そこでたつきさんはどんな役割を?

たつき みんなで何かやろうってなったとき、頓挫する理由って、1つのパートを完全に誰かに依存することだと思うんですよ。人に頼みつつも、最後の最後で間に合わないってときは、自分で処理できると違いますよね。ぼくはそういう立ち位置でやってます。

―― なるほど、専門のみなさんにキャラクターデザインをやってもらったり、背景作ってもらって。それをまとめつつ、足りないところに力を注いでいくと。そんな複雑なことをやりながら、毎月決まった日にアップするのは大変じゃないですか?

たつき 毎月20日にアップすると決めてるんですが、毎月19日は吐きそうになりますね。平日だったりすると、そのあと会社に行かないといけないし(笑)。

―― キッツいっすねー(笑)。周りのメンバーもよく音をあげませんよね。

たつき 最初にメンバーを選ぶときに、なるべく変態っぽい人を選びました(笑)。こいつはモノ作るのやめられないなって人から声をかけてますね。

―― 一生、何か作りつづけるような人たちですね。

たつき 作品作りが性(さが)になっているような人をなるべく選んだ結果、見事に変態ばっかり(笑)。仕事終わってからも、制作するんですもん。

キャラクターデザインは平安さんのお仕事

―― すぐお金になるモノでもないし、ほんと、好きな人じゃないとつづけられないですね。

たつき それでも、お話がしっかりあって、楽しんでもらえるモノがキープできるといいですね。

―― そのためには何が必要ですか? irodoriみたいにつづけていくためには。

たつき 作ったものを見てほしいって気持ちは誰でも持っていると思うので、気軽にジャンジャンやってみることじゃないでしょうか。

―― それは普段、仕事でやっている映像制作とは真逆ですよね。

たつき プロになると、簡単に発表はさせてもらえないですよね。思いついてから作るまで、時間がかかるわけですよ。そういうところがクオリティにつながっているとは思うんですけど、昨日思いついて今日作ってみたよっていうものも、出していきたいじゃないですか。そういうスタイルは楽しんでいきたいです。

「この20分間は楽しめたよ」という感動を

―― irodoriさんの作品はアート方向じゃなくて、エンターテインメントですよね。好きでやってるっていうスタンスになると、アート的な「俺の作品を見ろー!」みたいなテイストになりがちですけど。

たつき やっぱりエンターテインメントがやりたいですね。笑えるものだけじゃなくて、こう思ってほしいなって思いで作ってみて、判断はお客さんに任せるのが楽しいですよ。それに反応がすぐに分かりますし。ニコニコ動画は「このカットでこう思うのか」とか。

irodori第2作「たれまゆ」もエンターテイメントなアニメ

―― ニコニコ動画は反応が早いし、時間ごとに感想がちがうのが面白いですね。

たつき ニコニコ動画だと、多少分かりづらい要素も入れられるのが面白いんですよ。気づきづらいネタを仕込んでおいても、10人見れば1人くらい気づいて突っ込んでくれるんですよ。「おおー、よく見つけたなー」みたいな(笑)。そういう対話、ゲーム感覚の感じでやってます。

―― なるほど。そんなチームirodoriはどういった方向へ進もうと? 独立とか。

たつき 分かりませんね。流れに身を任せつつですけど、エンターテインメントだけはちゃんと最後までやっていきたいです。メンバーもそれぞれ野望があるので、irodoriを通して叶っていくといいです。

―― たつきさんの野望は?

たつき 今は、その場その場で思いついたことをやっているのですごい幸せなんです。お客さんも支えてくれるし恵まれてるなぁって思いますね。達成したいことは、「眼鏡」は20分の作品になっていて、この長さはテレビの30分枠のサイズなんですね。

 ということは、絵の質や動きはプロの作品に及ばないにしても、20分間という、プロが作ったアニメと同じ時間をどっかの誰かに楽しんでもらえたかもしれないってことですよね。それが面白いなと思ってるんです。

 「ジブリやピクサーはもちろんすごいけど、irodoriの作品でも、この20分間は楽しめたよ」って言ってくれる人が、1万人に1人でもいいからいてくれたらいいなって野望はあります。

―― すごくクリエイター魂を感じます。いいですね。

たつき チームって方向だと、まだゴールの前例がないですよね。そこが面白いところでもあり、大変なところなんですけど。

―― 外から見てて思うのは、自分たちの作品を売っていくことじゃないですか?

たつき 映像は無料で見られるものっていう刷り込みが大分ありますけどね。

―― irodoriも無料じゃないですか。でもDVDを買ってくれる人がいるのが面白い。

たつき 無料で見ている人って、最後まで見てオチまで分かってるけど、面白いと思ってくれれば買ってくれるんですよね。僕もそういうところはあって、この人いいなって思ったら、持っていたいと思います。自分の作品を見ている人に、購入したい、所有したいとうレベルまで好きになってもらえるのは、最高に嬉しいことだと思うんですよ。

CDやDVDは動画の中で宣伝している


著者紹介――ノトフ

 老舗ニュースサイト「かーずSP」かーず氏の弟子としてライター活動を始める。ブログは「はつゆきエンタテインメント」。

 自主制作番組「はつゆきラジオ」や、ニコニコ生放送などで主に活動中。最近は女装をして、ネットで顔出しをすることで一部の人に面白がられている。


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