「テープを通したボタン」の意味とは──ナイジェル・ケーボンは語る
文●ASCII.jp編集部
2014年02月16日 16時00分
ファッションは敷居が高い、と思っている人は少なくないはず。皆さんも、「何でこの服がこんな値段なんだ?」と考えこんでしまったことがないだろうか。「このブランドは、今流行の誰々が手がけていて……」と言われても、知らない人にとっては「だったら安い服でいいや」と思うのもムリはない。
しかし、すぐれた機能に裏付けされた値段、というものもある。実用的なデザイン、丈夫な生地、驚きのアイデア……など、機能の一つ一つを解説してもらうと、ファッションに詳しくない人でも「なるほど、そうだったのか!」と感嘆できることだってあるのだ。
今回は、東京・中目黒の新店舗「Nigel Cabourn, THE ARMY GYM」オープンにあわせて来日したナイジェル・ケーボンさんにインタビューを敢行。ボタンの留め方一つにも理由があるという、マニアが語る服の楽しみをじっくり味わってほしい。
ミリタリーウエアは決して「ファッション」ではない──
テープに通したボタンにも意味がある
──あなたにとっては知っていることでも、我々にとってはどうしてこうなっているのか、わからなかったりするものがあるんですよ。たとえば、パーカーにフードってあるじゃないですか。あれって必要なのかな、とか思ったり……。
「必要だよ(キッパリ)。パーカーのフードには歴史的な理由がある。あれは機能的なんだよ。防寒のためでもあり、風雪をしのぐためでもあり、それに……(早口で一気に話しだす)」
──は、はあ……。そういう「機能的」な面が見えると、「だからこういう形になるのか」という理由が見えてくると思うんです。あなたがミリタリーウエアやワークウエアに惹かれるのも、その機能のためなんでしょうか。
「その通り。ディティールに宿る機能、機動性だね。ミリタリーウエアは決して『ファッション=流行』ではない。ミリタリーウエアは完璧に、実践的(practical)で、機能的(functional)なんだ。だからミリタリーウエアを見るだけで、誰が何のために着るものかがわかる。ジャングルに行くためのものなのか、飛行機に乗るためのものなのか。ミリタリーウエアは、それぞれが深い『ストーリー』を持っているのさ」
──機能が、服のデザインを形作るわけですね。
「だから、私はデザインの際にコンセプトをとても重視する。コンセプトをベースに服を作るんだ。例を挙げれば、ロバート・スコット卿の南極探検隊。彼らは今見れば驚くような(編注:今の水準から見れば簡素に過ぎる、ということだと思われる)服を着て冒険に向かったんだけど、それらは大抵ミリタリーウエアに影響を受けている。あるいは1953年のエベレストの登山隊だ。彼らは第一次大戦と第二次大戦のミリタリーウエアを合体させて、機能のいいところだけを拾った服で挑んだ。そういったものが、私のコンセプトになる」
──「コンセプト」ですか。
「それらの服には、ボタンの場所、生地の一つ一つ、全てに機能があり、意味がある。それがコンセプトになるんだ。だから、そのコンセプトから外れたデザインの服など作ったりはしない。私はファッション雑誌のためにではなく、『本物』(Real Thing)を作るために仕事をしているんだよ」
──一番最初に惹かれたミリタリーウエア、ヴィンテージクロージングは何でしょう。
「1979年に、パリのフリーマーケットでヴィンテージのミリタリーウエアを見つけたんだ。それは第二次大戦時代のRAF(Royal Air Force、イギリス空軍)のものだった。それを見て、本当に面白いと思った。ナイジェル・ケーボン・コレクションのインスピレーションの原点の一つ、と言ってもいい」
──それのどこに惹かれたのでしょう。やはり「機能」ですか?
「うん。そのウエアは、ボタンを糸じゃなくて、テープに通していた。こういうボタンのデザインは、今では市場にありふれているものだけど……これははっきり言っておきたい。世界で一番最初に、このボタンを軍事用途ではない衣類に取り入れたのは『ナイジェル・ケーボン』だよ。アイ・ワズ・ナンバーワン(笑)。翌年には、さっそく他のデザイナーも取り入れていたけどね。これは私が一番最初に採用したミリタリーのアイデアだけど、今になってもこれより素晴らしいアイデアはないかもしれないね」
──テープで留めるボタンには、どんな機能があるのでしょう。
「飛行機の中で作業したり、飛行機からパラシュートで飛び降りたりするときなど、ボタンにかかる負荷、あるいは風圧は、すさまじいものがある。強固に固定していないと、引っ張られたときにボタンが切れて飛んでいってしまうんだ。テープで留めているのはそこに理由があるのさ」
──初めて見たときから、そのボタンの機能を知っていたんですね。
「いや。それから1、2ヵ月後に調べて、理由を見つけたんだ。このことは自分にとっても素晴らしい思い出だし、そのテープのボタンは自分のスタイルの一つの象徴になったと言ってもいいかもしれない。それぐらいの発見だったんだよ」
──この小さなボタンにも、機能があって、そうでなければいけない理由があると。最新のコレクションからも、「機能がデザインを作る」例を教えていただけますか。
「私がよく使う、『ベンタイル(Ventile)』という生地について説明しよう。綿100%の素材なんだけど、もともとイギリスが開発したものだ」
──えっ、国が開発したんですか?
「イギリスは島国なので、船や飛行機から海に落ちてしまうことがある。イギリス周辺の海はとても寒いから、20分くらいしか命が持たない。そんな環境でも可能な限り生存率を高めるために、特別に開発されたんだよ(編注:このベンタイルで飛行服を作った結果、落水した航空機乗員の生存率をゼロから80%へと引き上げた実績があるという)。極限まで糸を打ち込んで、すごく高密度。なので、一切水が入らない。この生地がとても好きなんだ」
──そのベンタイルでエベレストパーカーが作られていますね。防水性にすぐれているためにこの生地を使うというのはわかるのですが、オレンジ色なのは理由があるんですか?
「もちろん。エベレストに登頂したエドモンド・ヒラリー卿も、オレンジのものを着ていた。エベレストは雪で真っ白だから、オレンジはとても目立つ。いざ遭難したとしても見つけやすい。色一つとっても、そういう意味があるのさ」
「私はメイド・イン・イングランドか
メイド・イン・ジャパンしか作らない」
──服の色にも、そんな理由があるとは知りませんでした。しかし、当時のウエアを忠実に再現すると、現代においてはかえって邪魔になってしまう要素もあるのではないでしょうか。大きすぎるとか、不必要だ、とか。
「正直に言えば、私はヴィンテージの服に、『現代においては邪魔になってしまう要素』というものを見たことがないよ。それらはポケットの位置一つでさえ、実践的で、機能的だから、周囲の環境に邪魔になるようなものはないんだ。さっきコンセプトの話をしたけれども、こういう気分だからこういうアレンジを加える、といったことはありえない」
──それでは、今の縫製技術など、最新のテクノロジーに興味はないのですか。
「いやいや。新しいテクノロジーで、ヴィンテージに見られるような形状のものを作ったとしたら、とても美しいものができることもあるはずだ。マッチングさせることで機能がより活きてくるというのなら、それは素晴らしいアイデアだよね。そういう理由があるならば、取り入れることを嫌がったりはしない」
──それにしても、あなたの作る服は過去のものにインスピレーションを受けているのに、どこか他にはないユニークな要素があると感じます。オリジナリティーを出すために、どこに尽力しているのでしょう。
「ええと……こう言うことができるかな、自分はミリタリーウエアのコレクターなんだけど、一目見ればその形状にどういう意味があるのか、どういう歴史があるのかがわかる。そのディティールから自分はインスピレーションを受けているんだけど、その結果、周りからはユニークなものに見えることがあるのかもしれないね。でも、私にとっては全て意味があってやっていることだ。たとえば、これは昨日買ったヴィンテージウエア。実に素晴らしい」
──これはなんですか? ミリタリーウエアには見えませんが。
「1930年代に、シベリア地方で使われていたハンティング用の服だね。ここはニットで、ここは革になっていて、ここも生地が違うんだよ……つまり、3つの生地の組み合わせでできているんだけど、素晴らしいアイデアだよね! この生地を見ているだけでも、4通りのデザインが思いつくよ。ちなみに値段は10万8000円だった」
──10万8000円ですか……。
「もちろん、理由がなければ買ったりはしない。それだけこの服は良いものなのさ。私はミリタリーウエアが大好きだけど、そこから派生したスポーツや狩猟用のウエアも好きなんだ」
──ところで、日本の服飾産業では、海外などに受注することで大量生産を可能にしている現状があります。それと引き換えに、昔ながらの技術が失われているのでは……と思うときもあるんですが、そのような事態についてはどう考えていますか?
「『最悪だ』と言いたいね。日本は優れたクラフトマンシップがあり、素晴らしい素材があるのに……何でそれを投げ捨てるんだろう。イギリスも日本も島国で、環境も似ているし、住む人々のメンタリティーも似ているところがある。例えば、イギリスのロールス・ロイスを考えてみてほしい。職人が手で作っているだろう。あれと同じように、ここにしかいない職人でないと作れないものが日本にはあるんだよ」
──ナイジェル・ケーボンには、イギリス生産にこだわった「AUTHENTIC LINE - BLACK LABEL / UK collection」だけではなく、日本で生産している「MAIN LINE - GREEN LABEL / JAPAN collection」というラインがあります。
「さっきも言ったように、日本には少数だけど、大きな力を持った工場があり、素晴らしい技術を持った職人がいるんだ。私はメイド・イン・イングランド、メイド・イン・ジャパンしか作らない。それには困難もいっぱいあるんだけど、私は戦っているんだよ」
Nigel Cabourn, THE ARMY GYM FLAGSHIP STORE
所在地:東京都目黒区青葉台1-21-11
営業時間:11:00〜20:00
電話番号:03-3770-2186
■関連サイト
■関連記事