PCのキーボードより優秀!? カシオのプレミアム電卓を衝動買い
文●T教授、撮影● T教授
2015年10月21日 12時00分
いまから30年くらい前に独ブラウンの電卓「ET55」に憧れ、ディーターラムズの創った機能美を気に入ってしまった筆者は、その後も何かの縁で出会った気に入った電卓はメーカーを問わずかなりの数を衝動買いしてきた。
しかし結局、手元に残ったのはブラウンの電卓が数台と英シンクレアの小型電卓が1台、同居人が家計管理に特別の思い入れもなく長く使っているキヤノンの電卓のみ。それが筆者宅の電卓のすべてだ。
ウェブ上の新製品ニュース(関連記事)で、カシオが「プレミアム電卓 S100」を発売することを知った筆者は、その日の内に予約し、発売日にゲットした。
商品の差別化の難しい昨今のICT(通信情報)業界は、なんたらアニバーサリーやプレミアム商品としての製品発表が多いが、S100もよくあるプレミアム商品らしく真っ黒のハードボックスに収まって出荷されてきた。
S100を箱から取り出した時の第一印象は“ずっしり”したその質量だった。すぐに自宅のキッチン秤で計測したところ、なんと実測で241gもあった。
これは歴史的なグッドデザイン電卓の1つでもあるブラウンの「ET66」の4倍近い重さだ。また表面積でS100の1.5倍以上もある思われるキヤノンの電卓「WS-1200H」よりも重い。
当然のことながら、電卓の許容重量はその電卓をどこで使うかで大きく判断基準の分かれるものだ。常時モバイル環境で使うなら明らかに重さは敵だが、自宅やオフィスなどの屋内だけで使用するなら、構造にもよるが逆に大きくて重い電卓が安定した入力操作の援助にもなるだろう。
アルミ製ボディーに硬めのスライドスイッチ
高級感あふれる外観デザイン
S100は一見したところ12桁のごく普通の電卓に見えるが、“プレミアム電卓”と言うだけあって構成要素も贅沢なスペックだ。
本体は切削アルミ製でブラック塗装、表面は極めて見事なヘアライン仕上げだ。マットなヘアライン仕様の美しいアルミニウム表面から飛び出ている中央が少し凹面のキートップも極めてシャープなデザインでソリッド感満載だ。
そして、キーを押した指先にハネ返ってくるタクタイル感は確実な入力感を満足させてくれる。キートップの表記印刷は単に表面だけの印刷ではなく、金太郎アメのように内部までまったく同じ表記が続くコストの高い構造だ。
それゆえ、長期間使用した場合に起こるであろう特定のキー表面印字が薄くなるとか消えてしまうというトラブルとは無縁だ。
小数点以下の表示桁数の設定や四捨五入、切り捨てなどを指定する2ヵ所のスライドスイッチも、簡単に触れた程度では動かないように適度な硬さにセットされている。頻繁に動かす物でもないし、何かの拍子に勝手に動いてもらっても困るものなので極めて納得できるハードウェア仕様だ。
机の表面と接する電卓底面には、広範囲にシリコン系エラストマー樹脂の滑り止めが張られている。電卓キーをタッチするスピードや個人の入力の癖などでも、滑り止めは極めて重要な機能の1つだ。一般的な電卓と比較すればかなり快適な仕様ではあるが、筆者個人的にはもう少し滑り止めの粘度が高いほうが安心感がある気がした。
底面の大きな滑り止めの下の方に2ヵ所あるビス穴も、小さくカットした同じエラストマー樹脂で隠蔽されている。この2個のネジを取り外すことで、底面が本体から分離し、メモリー保持のためのボタン電池(CR2015)の交換が行なえる。
もっとも、基本的にはソーラーバッテリー電卓なので、CR2025の交換は毎日累積で1時間使用しても7年後となる。
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5年という長期保証期間にプレミアムを感じる!
ハードウェアの仕様を除き、筆者が最初、カシオ S100がプレミアム商品だと感じたのはその保証期間だった。ICT系の多くの機器が半年から1年なのに、S100の保証期間は購入日より5年との記述があった。
当初はプレミアム商品であるがゆえの長期保証期間であると錯覚したが、その後、一般的に電卓の保証期間はおおむね3~5年が多いとわかった次第だ。
さて、電卓業界では滅多に聞くことのない“プレミアム”という表現であるが、その意味合いはなかなか複雑だ。
元々、一番先に100均ショップの餌食となったIT系商品である電卓の世界には“プレミアム”という言葉は似つかわしくない言い回しだ。
「特別な」とか「上等の」などの接頭語が付く商品が一般的にはプレミアム商品とされている。そしてその程度(プレミアム度)によって相場よりかなり高い上乗せ金額を支払う価値のある商品のことを「プレミアム商品」と呼ぶのだろう。
プレミアム度をアップする企業戦略はいろいろあるが、比較的安易で昨今流行っているのは、シリアル番号付きの数量限定発売や大量生産品と差別化したカラーリングなどのわかりやすくコストにあまり響かない仕様によるプレミアムモデルだ。
しかし、カシオ S100は既存モデルの焼き直しではないので、プレミアム感を創出するのは、S100モデルの純粋な品質、デザイン力、それを裏付けて信用を勝ち取る“電卓のカシオ”の製品コンセプトやブランド力になるだろう。
開発エンジニアや商品企画者の気合や思い入れといったメンタルな部分のメディアへの露出も重要になってくる。
筆者の知る限り、電卓販売会社で新商品を発売して話題になるのはブラウンと米国のHPくらいだと思っていた。残念ながらブラウンもHPも、過去に話題となったモデルの“復刻版”の発表以外では注目を集めるのが難しくなってきているのが昨今の現実だ。
そういう意味からカシオのS100は、99%過去の遺産におんぶにだっこの復刻モデルでないところが素晴らしい。
筆者所有の電卓とキーを押し比べてみた!
筆者の個人的感覚では、ブラウン電卓のよさとカシオS100のよさはかなり異なる。ブラウンは電卓としてのミニマルデザインであり、全体のカラーリングや特徴あるM&M’sのチョコレートのようなキートップ、パワーオンオフスイッチ横の空間の美学とシンプリファイだろうと理解している。
一方、カシオ S100は電卓生産50年のカシオの製造哲学の反映商品だ。例えば、小さなキートップのいずれかのコーナーを押しても、均等にキートップ全体が見事にバランスして沈み込むこだわりだ。
同社では「V字ギアリンク構造薄型アイソレーションキー」と呼んでいる。古くからのパソコンユーザーであり、キーボードにこだわりのあるユーザーならカシオS100のアプローチは非常に納得の行く物だ。
実際にストローク動作のまったく期待できないスマホ液晶上の電卓キーボードは除いて、自宅にあった、ブラウン、キヤノン、カシオの三者の物理キーボードを使って、面白半分でストロークの均等性のテストをやってみた。
まったくの予想通りだったが、カシオ S100以外のブラウンの銘器 ET66、キヤノンの往年のベストセラー電卓 WS-1200Hはキートップの真上ではなくコーナーのどこを押してもキーは傾いて斜めになったまま押し込まれる構造だった。いずれも数字入力は問題なく、正しく押したキーの数字が入力されていた。
“キートップというものは場所を問わず、どこかが押されれば、傾くことなく静かに水平に沈み込むのが素晴らしい”という感覚は、筆者を含め多くのパソコンユーザーが抱いているいいキーボードのフィーリングだが、電卓の場合は、傾いても実際の誤入力が起こっている訳ではないので、キートップの傾きは実際には大きな問題はないはずだ。
問題は、正しく予定通りの数値が入力できたかどうかではなく、キートップが斜めに傾いたままでも入力ができることに対する不確実性からくる“入力できていないのではないか?”との不安感を操作する人間が抱いてしまうことだろう。
多くの人は外観デザインの雰囲気で、その動きに期待したりしなかったりする。筆者が、アマダナの電卓を好きになれない理由は、まさに一見してパソコンキーボードの品質を期待する外観をしているのに、実際にはキートップのどこを押しても斜めに傾いたままキー入力ができてしまう安価な電卓キーのような不釣合いさが駄目なのだ。そういう観点でみる限り、S100のキーボードは極めて秀作だといえる。
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大きくて、余裕があって、見やすい液晶表示
カシオ S100は表示装置に関しても極めて工夫を凝らしている。大きな12桁表示の液晶は、上下のスペースを大きく確保し、演算結果やプロセスの視認度を上げている。
キヤノンのWS-1200Hも数列の上部スペースに関しては同様のアプローチであるが、下部のスペースが不足しているので、少数点などの視認性に関して多少劣る結果となっている。
また、S100は液晶の数字を表示するデジタル文字ラインは真っ黒ではなく、万年筆のインクの濃いブルーブラックのようなカラーで、少しスリムで大きな数字は極めて見やすい印象を受ける。
さらに、液晶の表面ガラスには両面のARコート(アンチリフレクション)処理を施すことにより、オフィスの蛍光灯の映り込みなどを抑えこむことに成功しており、斜めからの視認性も極めて高い。
プレミアム商品には“隠れたギミック”も必要だが、カシオ S100はその点も抜かりがない。S100を演算途中で放置しておくと、約5~6分で省エネ機能が働き、液晶画面が消灯するが、その前に約1秒ほど「CASIO」と一瞬だが表示される。筆者は気付かなかったが、同じように衝動買いした知人が教えてくれた。
電卓をよく使う職業の方にはぜひ使っていただきたい!
電卓が初めて登場した1960年代、一桁1万円と言われた時代から、一桁10円時代を越えて、いまカシオは、一桁2500円時代までさかのぼって行った。
すでに電卓はスマホの一機能となった今、万人がS100の価値を理解するのはなかなか難しい。品質の違いによるマンマシンインターフェースの変化に興味のある人には楽しいガジェットだ。
そして違いがわかり、興味ある人が持つ喜び、使う喜び、語る喜びを楽しむには最適の逸品だ。
■関連サイト
今回の衝動買い
アイテム:カシオ計算機「S100」
価格:ヨドバシ・ドット・コムにて3万20円で購入
T教授
日本IBMから某国立大芸術学部教授になるも、1年で迷走開始。今はプロのマルチ・パートタイマーで、衝動買いの達人。
T教授も関わるhttp://www.facebook.com/KOROBOCLで文具活用による「他力創発」を実験中。
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