採卵から顕微授精までの最適な時間は? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、採卵から顕微授精(ICSI)までの時間による胚の状態を後方視的に検討したものです。

Hum Reprod 2016; 31: 1182(スペイン)
要約:2012~2014年にICSIを実施した3986件(採卵周期3178件、卵子凍結周期808件)を対象に、採卵からICSIまでの時間、裸化処理からICSIまでの時間、採卵から卵子凍結までの時間、裸化処理から卵子凍結までの時間、卵子融解からICSIまでの時間、採卵から卵子凍結卵子融解をはさんでICSIまでの時間、裸化処理から卵子凍結卵子融解をはさんでICSIまでの時間と培養成績および妊娠成績の関連を検討しました。採卵からICSIまでの時間は、新鮮卵周期で平均4時間58分、卵子凍結周期で平均9時間18分でした。採卵からICSIまでの時間と受精率および分割胚のグレードに有意差を認めず、妊娠率および生産率にも有意差を認めませんでした。これは、卵子凍結の有無にもよりませんでした。

解説:卵子の成熟には、核の成熟と細胞質の成熟があります。核の成熟は第1極体の放出により確認できますが、細胞質の成熟を非侵襲的に確認する方法はありません。これまで、採卵後2~3時間の前培養を経て体外受精あるいは顕微授精(ICSI)を行うのが良いとされてきました。トリガー後37時間以内では受精率が低いですが、38~42時間で良好な受精率となることが報告されています。また、採卵後6時間でのICSIが妊娠率増加につながるとの報告もあります(6時間未満あるいは6時間以上で低下)。このように、従来は適切なICSIの時間は狭いと考えられていました。本論文は、適切なICSIの時間はなく、新鮮卵では採卵からICSIまで平均5時間程度であれば、どのタイミングでも培養成績および妊娠成績に影響がないことを示しています。ただし、本論文は採卵後の卵子のエイジングを否定するものではなく、エイジングの影響をも打消すほどの良好卵子であれば成績に差が出ないことを意味しています。

従来行われていた方法は、経験論に基づくものであり、必ずしも証明されていません。本論文のように、従来の方法や考え方を否定する論文が次々と出てきますので、知識のアップデートを欠かさないようにしたいものです。かつての常識は、今の非常識であることがしばしばありますので、ご注意ください。