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出版社のネット戦略を取材して

出版社のネット戦略を中心に取材を進めてきた。取材を通して見えてきたのは、各社の考え方により相当な温度差があることだ。これまでを振り返りながら総括を試みる。

まずネット事業を真剣に画策する出版社は年々増えている。これは断言できることだ。ただ業界全体を見れば、各社の考え方により相当な温度差があることも事実だ。今回、紙面に登場していただいた出版社は8社。業界動向など周辺取材でお世話になった出版社は4社。合計12社の協力を得ることができた。これは大きな収穫だったが、いきなり楽屋話をすると、実は今回の件で30社以上に取材依頼を提出している。つまり20社以上に固辞されたわけだ。

プロ野球の世界でも打率3割なら御の字なのだし、まぁ善戦したほうだと考えてはいるが、いろいろ四苦八苦する場面もあった。「ネットなんてまったく興味ございません」と露骨に拒絶反応を示す編集長もいたし、「それを聞いてどうする」となぜか凄まれることもあった。取材調整中に倒産してしまうところもあった。一方、中堅以下の出版社の多くが、「大手のようにネットにも手を伸ばしたいが、予算がないのでできない」という理由で取材を固辞した。

米国で開催された2010CESには電子書籍端末が多数出展されていたが、日本での市場の立ち上げは、まだ未知数。(写真はCYBOOK社のOpus)

のしかかる設備投資

取材時のやり取りを通して、まだら模様の業界地図を把握しつつも、巷間よく耳にする「出版社は保守的で、ネットメディアに対して無関心だ」という指摘には疑問を感じた。そのような指摘は私の知る限り、まったくはずれてはいないが、的を射ているようにも思えない。

というのも多くの出版社がネット黎明期からビジネスの可能性を模索してきた。しかし決め手となるビジネスモデルがなかなか見つからない。頓挫したり、出直したり、静観したりを繰り返しているうちに今日に至ってしまったというのが実状だろう。もともと出版社は新しいビジネスを生み出すことに長けている。実際これまでも多様なビジネスモデルを駆使して成長を遂げてきた。ところがネットに関しては打てば響くビジネスモデルを生み出せずにいる。

ちなみに政府やICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)業界もネットビジネスのあり方を議論中だが、いまのところこれといったアイデアは出ていない。ネット上にビジネスモデルを構築することはそれほど難しいことなのだ。逆にどこか1社がそのモデルを発見すれば、各社は堰を切ったようにネット事業を加速させるのではないか。

それはさておき、出版社にとって設備投資も無視できない。自分たちでビジネスをコントロールするには、サーバやデータベース、さらに著作物を保護する暗号化ソフトなど相応の投資が発生する。投資に見合った収益を得られればまだしも、当てが外れたら経営の根幹を揺るがしかねない。

財源に余裕のある大手出版社なら失敗を肥やしに再挑戦することもできるが、財源の乏しい中堅以下の出版社にとってネット事業はロシアンルーレットのようなもので、おいそれと乗ることはできない。

ある編集者は私にこう言った。

「ネットに敵愾心はないが、不信感は燻っている。“サイトを立ち上げて、コンテンツを上げれば、多くのユーザーが集り、広告収入も増える”なんて言葉に釣られて、結構なお金をつぎ込んできたが、広告収入など微々たるもので、そのくせ運用コストは膨らむ一方。肩透かしを食らった格好だ。ネット事業はそんなことの繰り返しで、期待が失望に変わっていった」

ネットに無関心な素振りを見せる出版社であればあるほど、ネットとの悪戦苦闘を繰り広げた過去をトラウマにしているような気がしてならない。

コミュニティ形成の趨勢

結局、受けてはもらえなかったが、マニア向け雑誌を発行する出版社にも取材を申し込んだ。というのも、雑誌はこれまでコミュニティ形成の役割も担っていた。例えば鉄道マニアは、鉄道雑誌から通な情報を得るとともに、同じ趣向の仲間を見つけ出し、その輪を広げている。

一方、現在はネット上のコミュニティも盛んだ。子育てやゲーム、釣り、スポーツなどそれこそありとあらゆるコミュニティが花開いている。次々と出現するネットコミュニティが雑誌のコミュニティ機能にどのような影響を与えているのか知りたかった。

ネットコミュニティの興隆が出版事業の打撃になっているのか、あるいはうまく連携して新たなビジネスを展開しているのか。取材をしていないので、詳しい内実はわからない。断言はできないが、おそらく打撃のほうが大きいのではないか。

例えば男性同性愛者向け雑誌「薔薇族」。現在は廃刊・復刊を繰り返しているようだが、ウィキペディアには、ネットの普及による同誌文通欄の衰退が経営を行き詰らせたとある。かつて男性同性愛者はパートナーを探すために「薔薇族」を購読し投稿していた。しかしネットの登場でパートナー探しは簡単・迅速になった。ちょっと検索すれば目当てのコミュニティはすぐに見つかるし、いまでは同性愛者向け出会い系サイトまで用意されている。

同性愛者のコミュニティはかなり極端な事例かもしれないが、明確な意図を持つユーザーにとってネットコミュニティの効果は絶大だ。そのような状況の中、コミュニティ形成を売りにしてきたマニア向け雑誌がどのような取り組みをしているのか、将来展望をどう描いているのか、非常に興味深いところである。

プラットフォーム構築への取り組み

確固たる流通システムがない――。出版社がネットビジネスで苦戦する要因の1つはここにある。現在は、プラットフォーム構築に向けた取り組みが業界団体を軸に動き出している。

出版社のネット事業は、基本的に各編集部の戦略に委ねられている。A社のマンガ雑誌『B』の一部はネット上で無料で読めるが、『C』に出ているマンガは有料ということがよくあるが、それはそれぞれの編集部で戦略が異なるからだ。

出版社は不思議なところで、1つの企業であっても、編集部によってカルチャーがまったく異なる。極端な事例を上げれば、IT機器とインターネットを駆使して効率重視で作業を進める編集部がある一方、その隣の編集部はIT機器を一切使わず、紙と鉛筆のみで黙々と作業を進めていたりする。

実は私もかつて出版社に在籍し、政治・経済雑誌の編集記者をしていたことがある。当然ながら編集部内は政治・経済ネタの話題で持ちきりで、やって来る人たちもジャーナリストや経済評論家などいわゆる社会派ばかりだった。

一方、われわれと隣接する編集部ではインディーズロックの専門雑誌を発行。朝から晩までハードロックが鳴り響き、反骨精神むき出しの派手な服装に身を包んだ長髪、モヒカンのパンク連中が自分たちの音源テープを携えて四六時中ウロチョロしていた。まったくちぐはぐな風土が同居し、それでも1つの組織として機能するのが出版社なのである。

いま、ちぐはぐな風土と述べたが、換言すれば、徹底したボトムアップ経営と表現することもできる。出版社では、各人が各様のアイデアを温め、それを自由に表現している。そうすることで、奇抜な文化やブーム、流行を生み出し、ビジネスにつなげてきた。逆に言えば、ボトムアップを徹底しなければ、おもしろいアイデアを間断なく生み出すことはできない。

もちろんすべてのアイデアが成功するわけではない。むしろ失敗のほうが多いし、ときに不興を買うこともある。ただ、その中の1つでも当たれば、大きな成果として跳ね返ってくる。

こういう構造は、企業の研究開発のあり方と似ているし、玉石混淆の状態にあるネットの世界とも通底している。

ネット上に取次機能を

出版業界がボトムアップ経営で成功してこれたのは、現実世界に確固とした流通システムが存在したからだ。形にしたアイデアを市場に出せば、消費者の手に届くところに陳列され、売れたら売れただけ利益になる。こういう仕組みを定着させることで出版社のビジネスは維持されてきた。

ところが、ネットにはこのような流通システムがない。形にしたアイデアをアップして、多くのユーザーの評価を得ても、それが直接利益につながることはまずない。このような傾向はフリー経済圏として根付いたパソコン系ネットの世界で顕著だ。

集英社やサイゾーなどサイトのコンテンツを充実させ、戦略的にパソコン系ネットビジネスに注力する動きも出ている。扶桑社の「EFiL」のようにネットでの評判が雑誌創刊につながるなどフリー経済圏を応用したビジネスも生まれつつあるが、私が取材した印象では、出版社の多くがパソコン系とは一定の距離を置いているように見えた。

「ケータイはまだしも、パソコンはダメだ」とさじを投げる発言をあちこちで聞いた(ケータイ系ビジネスの模様は項を改めて示す)。

そのような中、出版業界一丸となった活動も出ている。例えば、日本雑誌協会(雑協)は昨夏に「雑誌コンテンツデジタル推進コンソーシアム」を設立し、ネットビジネスを本格的に検討。「ICT 利活用ルール整備促進事業(サイバー特区)」で「雑誌コンテンツのデジタル配信プラットフォーム整備・促進事業」を展開し、現在は検証作業の最中だ。3月24日には「日本電子書籍出版社協会」が設立され、デジタル書籍事業の環境整備を推進する。

プラットフォームの整備は非常に重要だ。これは現実世界で機能している確固たる流通システムをネット上に構築する取り組みであり、具体的には取次の役割を果たす。現実世界では、出版社がコンテンツ(雑誌や書籍)を生み出し、コンテンツを管理する取次を介して、全国の書店などに配送される。そして消費者は書店でほしいコンテンツを購入する。

これまでのネットには取次に当たる機能が存在しなかった。だからビジネスにならなかったわけだが、認証・課金・著作権管理を行うプラットフォームを出版業界が構築することで、ビジネス環境は格段に向上するだろう。

イメージとしては、出版社が生み出したコンテンツをプラットフォームに上げ、ユーザーはプラットフォームを介してコンテンツを購入する。出版社から見れば、より現実世界に近い流通システムができ上がるわけだ。

カギを握るのは標準化

ただ、現実とネットには違いもある。最大のポイントは標準化だ。現実世界において出版流通システムは唯一無二で、そういう意味では標準システムといえる。出版業界がシステムをコントロールすることもできた。一方、プラットフォームはどうか。出版業界で構築したプラットフォームは出版業界でコントロールできるだろうが、それが標準システムになるかどうかはこれからの話だ。

周知の通り、ネット上には無数のプラットフォームが存在する。グーグルの「ブック検索」も一種のプラットフォームだ。つまり出版業界がコントロールできないプラットフォームもたくさんあるわけだ。仮に、雑協加盟社が業界プラットフォームにしかコンテンツを上げないとなれば、大きなイニシアティブを発揮するかもしれない。課金代行の手数料を含め、いろいろなコントロールも利くだろう。

しかしボトムアップの風土が根付いた出版業界において、業界団体のトップダウン的な仕切りを黙って受け入れるだろうか。おそらくビジネス拡大の観点から各社(あるいは各編集部)は独自ルートでさまざまなプラットフォームと取り引きするはずだ。そうなるとプラットフォーム間の過当競争がさらに進み、ビジネスの行方も不透明なものとなる。

ICT(情報通信技術)の世界は標準を押さえた者がものを言う。ここでいう標準とは、ユーザーから支持されるデファクトスタンダードのことだが、グーグルがネット上に君臨できるのも、検索エンジンでデファクトスタンダードを取ったからだった。

出版業界がプラットフォーム構築に軸足を向けたことは評価に値する。とくにパソコン系ネットビジネスを推進する上で、大きな意味を持つことはまちがいない。一方、今後はプラットフォーム間の競争を視野に入れた綿密な普及戦略が求められる。デファクトスタンダード化に向けて、ユーザーの好感を得ていくことが大切だ。

モバイル系コミックが市場の牽引役

出版社のネット事業の中で、とりわけ目を見張るのはモバイル系コンテンツ配信だ。モバイル系コンテンツ配信は、コアコンピタンスの領域に入っていないものの、ビジネスとして成立する数少ないネット事業だといえる。これまでの連載で読者からの反響が最も強かったのもこの分野の話だった。

インプレスR&Dの調べによると08年度国内電子書籍市場の規模は464億円。そのうちモバイル系が86%(402億円)を占める。402億円のうち、実に82%がコミックの売り上げだ。無線ネットワークを活用した電子書籍端末の革新が急速に立ち上がっていることから、市場規模はさらに上ぶれしそうだ。まさに現在は「電子書籍元年」の只中にあり、巨大市場がいきなり勃興することだってあり得る。

いずれにせよ、その牽引役がモバイル系、とくにコミックであることに疑問の余地はない。ちなみにパソコン系コンテンツ配信においける08年度の売り上げは62億円で、07年度の72億円より10億円も減少。鈍化傾向は当分続くものと見られる。

そのモバイル系コミックだが、現状人気を博しているのは、ボーイズラブ・ティーンズラブと呼ばれる性描写をふんだんに盛り込んだ女性向けコミックだ。コミックに限らず、電子書籍で受けているコンテンツの大半がアダルト系だと言われている。

ユーザーの7―8割が20代(正確には20代後半)―30代の女性で、夜中の10時から深夜2時にかけてアクセスが集中する。人前では買いにくい、読みにくい内容のコンテンツをケータイでこっそり読んで悦に入る姿をつい想像してしまうが、このような傾向は何もモバイル系に限った話ではなく、パソコン系でも見られる。

アルファポリスは小説などの投稿作品をネット(パソコンのサイト)に上げ、読者の評判をベースに書籍化するかどうか判断している。投稿で目立つのは30代―40代女性の恋愛小説で、おしなべて性的描写が利いているそうだ。それらの作品を支持する読者も30代―40代女性がメインだという。

以上の点を踏まえると、ネットコンテンツのヘビーユーザーは20代後半―40代女性であるといえそうだ。では、男性ユーザーはどうしているのか。ケータイでアダルトコミックを読む層は少ないようだが、ネット上(とくにパソコン系)には過激なポルノ映像が氾濫しており、そのほとんどが無料で手に入れられる。おそらくそちらに耳目を注いでいるのだろう。こう考えると、女性は有料で、男性は無料でネットコンテンツを享受しているという見方もできそうだ。

プラットフォームが機能

話は変わるが、なぜモバイル系コンテンツ配信はビジネスになるのか。出版社がネットビジネスで苦戦するのは、ネット上に取次機能を果たすプラットフォームが未整備だからだが、それはパソコン系を念頭に置いた指摘であり、実はモバイル系では適切なプラットフォームが構築されている。

現在、モバイル系プラットフォーム事業者として存在感を強めているのが大日本印刷系のモバイルブック・ジェーピー(MBJ)と凸版印刷系のビットウェイで、電子書籍の取次機能を積極的に果たしている。

具体的には、出版社のコンテンツを一元的に管理し、販売集計や決済代行を実施。さらに出版社が最も気にする不正流通対策や出版社がほしがる正確なマーケティング情報を提供するなどその貢献度は決して小さくない。このようにモバイル系では信頼できるプラットフォームが構築されており、それがビジネスの活性化に寄与している。

先述した08年度国内電子書籍市場規模で如実に現れたモバイル配信とパソコン配信の大きな開きは、とどのつまりは取次機能を果たすプラットフォームの有無に起因する。ネットビジネスにおいて、プラットフォームの有用性がこれまでになく重要になっているわけだ。

では、モバイル系で実績のある両社がパソコン系に参入すれば、パソコン系も活性化するのではないかと、つい考えてしまうが、事はそう単純でない。パソコン系はあまりに自由すぎて(野放図すぎて?)、取次として必要なコントロールを実施するのが、不可能ではないが非常に難しい状況にある。さらに市場の伸びが鈍化する中、リスクだけやけに高いパソコン系に参入するのは得策でない。

以上の観点から言っても、出版社のネット事業の主流は当面モバイル系が軸となりそうだ。ただ、モバイル事業が将来の屋台骨を支えると期待する出版社は、私の取材した限り皆無だった。「利益は出せるが、柱にならない」というのが彼らの本音だ。

売るもの尽きてデジタルに

現在、出版業界の注目を一身に浴びているテーマ、それがデジタル書籍端末だ。周知の通り、米国ではアマゾン・ドットコムの「キンドル」やアップルの「iPad」をはじめ多彩な端末が登場。“デジタル書籍元年”と呼ぶにふさわしい雰囲気に包まれている。

この流れは早晩、日本にもやってくるだろう。デジタル書籍が日本に定着するかどうか現時点ではわからない。ただ、少なからずインパクトを与えることは断言できる。期待と不安の入り混じった面持ちで趨勢を見守っているというのが出版業界の現状だ。

私は1月に渡米し、ICT動向をウオッチしてきたが、日本で騒がれているほどデジタル書籍端末の普及は進んでいない。米国においても“今後の普及が期待される”という感じだ。私は米国でも先進的とされるサンフランシスコやシリコンバレーを回ったが、結局ユーザーに出会うことはなかった。

ただ昨年末は、感謝祭やクリスマスのプレゼントとしてデジタル書籍端末がよく売れたようで、人気が高まっていることは確かだ。

余談をすると、くだんのデジタル書籍端末ユーザー、米国ではまったく見かけなかったが、日本では結構見かける。出版関係者が調査目的で利用するのはわかるが、一般ユーザーも意外にいるから驚く。私の知る限り、彼らは一様に本好きだ。要するに部屋の中は本だらけで足の踏み場もないという類に人たちがデジタル書籍端末に好感している。確かに1つの端末に約200冊分のデータを格納できるのだから部屋の整理には役立つだろう。

私自身は、日本におけるデジタル書籍端末が米国のように進むとは見ていない。だいたい再販制度が維持され、古本屋が発達した日本において、デジタル書籍端末にどれほどのニーズがあるのかよくわからない。ケータイや小型パソコンなどネット端末過多の状態にある日本のユーザーがこれ以上の端末を欲しているとも思えない。過去を振り返っても電子本の機運が高まった時期はあった。しかし普及に至ることは一度もなかった。

それではなぜこの時期に機運が高まったのか。

台風の目とされるキンドルを提供するアマゾン・ドットコムの関係者は「当社はもともと本屋から始まったが、現在は家電製品や食品、ファッションなども手がけている。物理的に売れるものはだいたい揃えたので、デジタルコンテンツに軸足を向けるようになった」と話す。

見方によっては、不承不承の営為とも受け取れるが、そこには期待もあるようで「日本の紙の書籍は低価格路線になりにくかったが、デジタルコンテンツなら低価格路線を打ち出せる」(同関係者)としている。

そのキンドルだが、誤解されている面もあるという。「キンドル」というと07年に発売された端末をすぐに思い浮かべるが、実はソフトウェア機能の総称なのだそうだ。「08年以降、キンドルはiPhoneやブラックベリーなどにも対応している。われわれの目的はデジタル書籍の売り場を広げることで、端末を提供することではない」(同関係者)と説明する。

あまり知られていないことだが、同社はデジタルコンテンツをパッケージ化する事業も展開中だ。印刷工場を欧米に所有し、コンテンツホルダから預かったデジタルデータを紙の書籍にして消費者に販売するなど売り方のバリエーションを拡大している。

世界で進む書籍のデジタル化

デジタル書籍の文脈で言えば、昨年はグーグルの「ブック検索」問題で大きな波風が立った。すったもんだの末、日本の著作物は対象外となり、とりあえず収束したが、火種はいまも燻り続けている。

一方、グーグルのプロジェクトに触発される形で、各国でも書籍のデジタル化が進展。日本では国会図書館が蔵書のデジタル化に注力している。これまで1億円程度の予算しか付かなかったデジタル化事業だが、09年度補正予算で一気に126億円まで拡大。75万冊の蔵書をデジタル化する方針だ。

ただ国会図書館が実施するデジタル化は現状、画像化(スキャン)のみだ。欧米ではスキャンと同時にOCR(光学文字認識)をかけてテキスト化まで行う。テキスト化することでネットでの全文検索も可能になるが、日本語のOCRはアルファベットに比べて精度が低い。グーグルが日本の著作物を対象外にした理由も実はこの辺に隠されていそうだ。

グーグルは独自の装置を開発しており、その実態はベールに包まれているものの、スキャンではなくカメラを駆使した画像化を実施している模様だ。事情通によると、数台のカメラを使って極めて精度の高い画像を作成し、OCRをかけているという。精度の高い画像を作成することでOCRの精度も格段に向上するが、それは精度の安定したアルファベットだからできる話だ。

ところでグーグルはOCRも独自開発しているようだが、日本語向けOCRの開発には相当苦戦しているはずだ。欧米の著名なOCRメーカはアビー(ABBYY)、アイリス(I・R・I・S)、ニュアンス(Nuance)の3社だが、どこも日本語OCRを手がけられずにいる。この事実からもグーグルの苦戦が察せられる。日本語OCRはそれほど難しいのだ。

日本語OCRのトップメーカーであるパナソニックソリューションテクノロジーの佐藤哲郎プロダクト第2グループOCR開発チームチームリーダーは「日本語はカタカナ、ひらがな、漢字、数字、英語が複雑に組み合わさっており、世界一OCR化の難しい言語だ」と述べる。

例えば漢字の「夕」とカタカナの「タ」はほとんど同じ形だが、意味はまったく異なる。日本語は日本人でなければ判別できない活字が多様に組み合わせる上、半角・全角が入り混じるなど構造が非常に複雑だ。文章として判読するには98%以上の精度を要するが、日本語OCRは内容によって90%程度しか出ない。意味不明な文字が全体の1割もあれば、とてもじゃないが読めない。

佐藤氏は「日本語OCRのさらなる精度改善は大変難しい」と話す。新しい手法を導入することで、これまでうまく認識していたものが認識できなくなるなど兼ね合いが微妙なのだ。現状デジタル書籍関連で新たなOCRニーズは出ていないという。「今後はケータイをかざすと看板の文字がテキスト化され、関連データが表示されるといった空間情報の分野で利用が進むのではないか」と予想する。

日本語が本来的に有する特殊要因を、いかにデジタルで再現していくか。このハードルは意外なほど高い。

この記事は「電経新聞」の長期連載企画『どう向き合う ネットとマスコミ』のうち、出版産業にかかわる部分(第35回~38回、2010年2月22日号~3 月15日号に掲載)を再構成したものです。

■関連サイト
電経新聞社 WEB DENKEI

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