病院で患者に「様」をつけて接していたら、一部の患者の態度が横柄になったという投書が、2016年9月20日の朝日新聞(大阪)朝刊に掲載された。問題化したため、以前の「さん」づけに戻したら患者も軟化したという。

実は国の主導で、全国の病院で患者への「様」づけが促された時期があったが、「さん」づけに戻す院が増えているようだ。

暴力、セクハラと「モンスターペイシェント」化

新聞投書は、京都府の63歳の作業療法士が寄せたものだ。勤務先の病院の方針で、患者の名前を「様」づけで呼び始めたが、一部の患者はスタッフに暴言・暴力をはたらき、セクハラ行為をするほどにまで態度が悪化したという。病院内で議論の末、以前の「さん」づけに戻したら、患者の態度も徐々に変化し、「様」づけ前に戻ったとのこと。

投書者は、「日本のサービス業は素晴らしく、『お客様は神様』のような対応を受けることが多い」から、患者は無意識のうちに横柄になってしまったと見ている。「神様」のように扱われた患者が、病院スタッフとの間に上下関係を見出してしまったのだろうか。

実は患者への「様」づけは、厚生労働省の医療サービス向上委員会が2001年、医療機関に求めたのが節目となり、全国に広まった。

ところが、「様」づけに違和感を覚える病院が徐々に出てきたようだ。日本医療学会はウェブサイトで15年7月31日、「様」づけによって「『患者は顧客』であるといった言葉が当たり前のように広まった」とする記事を掲載。医療施設は国民皆保険にもとづく国民全員の「公共財」であるはずが、「私物化し、ちょっとしたことでも直ぐに苦情を行動に移される方」が一部で出始めたという。それが「円滑な日常診療を妨げ、多くの患者さんに迷惑を掛けてしまう結果となっている」とした。

「ごく一部のモンスターペイシェントと呼ばれる患者さんの対応に病院が振り回されてしまっているのが現状」

と憂慮し、そのため「数年前から徐々に元のように『・・さん』呼称に戻ってきているそうである」という。

「一部の間で『誤った権利意識』や『変なお客様意識』を助長」

国立病院機構・宇都宮病院は、「様」から「さん」に敬称を改めるとする文書を12年11月1日付でウェブサイトに発表した。その理由に「一部の人の『誤った権利意識』や『変なお客様意識』を助長している、との指摘もあります」「当院への投書の中にも『患者様』の呼び方を改めるべきとの意見があり、連携している医療機関からも同様の意見が寄せられています」といった点をあげている。

医療法人桜桂会・犬山病院(愛知県犬山市)は、加藤荘二院長名義で、「『患者様』から『患者さん』へ」というお知らせを08年4月に病院ウェブサイトに掲載した。そこで、

「医療はサービス業であり、患者さんは顧客(お客様)で、外来等の窓口に限ればデパートやホテルと同じように『様』でもおかしくはないでしょう」

としつつも、特に治療が長期にわたる場合は患者との関係に

「水平性(対等性)が要求されますが、『様』では上下関係が意識されたり他人行儀となったりで、治療への一体感が生まれません」

と主張している。加えて、「日常生活指導等をしたり、時には本人の意に反する入院(医療保護入院)をさせたり、さらには隔離や拘束することもある等、『様』づけでは実態には合いません」という理由から、「『さん』づけが自然で程良い呼び方と思われます」という。

敬称だけで心理はどう変わるのだろうか。「様」と「さん」ではないが、「さん」「くん」「ちゃん」それぞれが与える印象を比較検証した文献が、2011年の日本心理学会第75回大会で発表され、ウェブサイトにも掲載された。

検証では、敬称だけが異なる大学生の150文字程度の紹介文を、242人に読んでもらった。内訳は「さん」79人、「くん」78人、「ちゃん」79人で、紹介文はすべて同内容だ。すると、「さん」づけだった人には「厳しい」「大人びた」「かわいくない」「ユーモラス」という印象が多かったのに対して、「くん」だと「優しい」「生真面目」、「ちゃん」になると「フレンドリー」「かわいい」「幼い」と変わった。敬称によって、それだけで印象や態度を変えてしまうのかもしれない。