「快適になるな」と銘打たれたパーカがある。あるメディアによれば「エルメスのバッグなみ」のウェイティングリストをつくったアパレルメーカー「American Giant」の“重すぎる”フーディだ。

「快適がいい、なんて誰が決めた? 全米で大人気「人類史上最高のパーカー」の重み」の写真・リンク付きの記事はこちら

サンフランシスコのアパレルスタートアップ「American Giant」が、その名を一気に全米中に知らしめたのは、2012年12月に『Slate』の「テクノロジー」欄に掲載された記事だった。「史上最高のフーディ アメリカン・ジャイアントはいかに人類最高のスウェットシャツをつくったか」と題されたその記事は、こう始まる。

「10月のある日、バイナード・ウィンスロップというアントレプレナーから電話がかかってきた。その男は、自分が人類史上最高のフード付きのスウェットシャツをつくったと言う。その主張があまりに愉快だったので、彼のプロダクトと会社『アメリカン・ジャイアント』についてあれこれ聞いてみた。どこにも行かないソツない社交辞令のつもりだったが、話を聞き始めるや否や、この会社のストーリーには抗えない魅力があることに気づいた」

筆者のファルハド・マンジューは、そこから、アメリカン・ジャイアントの製品が、素材も含めてすべて米国で生産されていること、使い捨てにされるのではなく長く着てもらうようにつくられていること、そのスウェットのフーディを元アップルのインダストリアルデザイナー、フィリップ・マヌー(最初のiPhoneのタッチモジュールをデザインした)を招き、あたかもテックプロダクトのようにつくり上げたことなどを枕に、生地、ジッパー、縫い糸といったディテールを通して「人類最高」たる所以を解き明かしていき、さらに、オールアメリカン・プロダクトであることへのこだわりが、単に愛国的な身振りではなく、よりアジャイルな開発・生産を行うのに最も効率的で理にかなったものであることを伝えている。

この記事は、またたく間にセンセーションを起こし、オンラインでのみ購入できるこのパーカーは、あっという間に生産が追いつかなくなり、(あるメディアによれば)「エルメスのバッグなみ」のウェイティングリストをつくりあげることとなった。

このアパレルスタートアップのサクセスストーリーは、その後多くのメディアにおいて語られ、『WIRED』US版も2014年に記事を掲載し「史上最高のパーカーのアップル並みの製作プロセス」といった切り口で紹介したほか、2016年のいまなお、人気ファッションメディアrefinery29.comでも取り上げられるに至っている。

「refinery29.com」の記事は、「史上最高のパーカーを嫌いになりたかったのだけど…」と題され、かつてシリコンヴァレーのスタートアップで働いたこともある筆者コニー・ワンが、西海岸のケアフリーなカルチャーに若干嫌気がさしている立場からクサしてやろうと原稿を書き始めるのだが、いざそのパーカーを着てみると、たしかに、悪くないかも…となっていくさまを綴ったもので、最終的に彼女は、「これだけのクオリティ、倫理性、製造の確かさ、見栄えのよさを、この価格(編集部註:彼女が着たのは89ドルのジッパー付きのもの)で実現したものには出合ったことがない。テック野郎ども、今回はあたしの負けね」と結論するに至る。

PHOTOGRAPH COURTESY OF AMERICAN GIANT

ちなみに、ファッションの流行に至極疎い、この原稿を書いているぼくが、このブランドのことを知ったのは、「wired.jp」内で紹介した「偉大なるオタク、かくあるべし──11のファッション&ガジェット」と題された記事を通してだった。

そのときは、まだアメリカン・ジャイアントがどんな会社で、そのフーディにまつわるバズも知らずにいた。ただ、一見して、「お! かっこいいかも! しかも安い!」と、あまり深く考えることなく購入してみたのだった。記事中の写真を見ていただくとお分かりいただけると思うのだが、それはいかにも着やすそうに見えるのだ。たしか2〜3週間でつつがなく日本に届いたはずだ。受け取った箱を持ってみて、まず驚いたのは、その異常な重たさだった。

白状するともっとライトでフィット感のあるヤツを想像していた。ところが、ヘヴィーコットンを使ったそれは、やたらとヘヴィーデューティで、相当にゴツい。というか本当にゴツゴツしているのだ。「えー、ハズれかあ」と若干気落ちしながらパーカーを取り出した箱を見て、もう一度驚いた。その箱にデカデカと書いてある文字は、一瞬ちょっと目を疑うものだった。

「DON’T GET COMFORTABLE」

と書いてあるのだ。ん? 快適になるな? なんだそれ?と一瞬混乱したものの、やたらと重く重厚なパーカーとその言葉とを眺め返していくと、次第に何やら力強いメッセージ性が込められているのがわかってくる。それは、「便利さ」や「快適さ」の名のもと使い捨てを繰り返す「消費サイクル」と、それをドライヴさせている製造業へのアンチテーゼであり、ものづくりを、いや、「働く」という行為そのものを、正道へと戻さんとするマニフェストでもある。「快適さ」が「善」であると誰が言った? 言われてみれば、たしかにそうだ。あらゆるものが「快適」を目指してつくられていることを、ぼくたちは当たり前のように当たり前だと思っているけれど、果たして本当にそれは「当たり前」で、すべてがそうあるべきなのだろうか。

購入するときにはよく見もしなかったブランドサイトのなかに「マニフェスト」という項目があることに遅ればせに気づく。開くと、以下のような文面が太ゴシックで大書されている。

COMFORTABLE ISN’T COMFORTABLE
COMFORTABLE NEVER GOT UP BEFORE DAWN
COMFORTABLE WON’T GET ITS HANDS DIRTY
COMFORTABLE HAS NOTHING TO PROVE
COMFORTABLE CAN’T GET THE JOB DONE
COMFORTABLE DOESN’T HAVE NEW IDEAS
COMFORTABLE WON’T DIVE IN HEAD FIRST
COMFORTABLE ISN’T THE AMERICAN DREAM
COMFORTABLE HAS NO GUTS
COMFORTABLE NEVER DARES TO BE GREAT
COMFORTABLE FALLS APART AT THE SEAMS

DON’T GET COMFORTABLE

快適は快適ではない
快適は日の出前に起きたりしない
快適は手を汚さない
快適は何も証明しない
快適は仕事を成し遂げない
快適は新しいアイデアを生まない
快適は頭から突っ込んでいくことをしない
快適はアメリカン・ドリームじゃない
快適にはガッツがない
快適は偉大であろうとしない
快適は崩れ落ち粉々になる

快適でいるな

やや鬱陶しいマニフェストであるのは認めよう。それでも、こうした価値観を背景に生まれたことを知れば、このパーカーのずっしりとした重たさの意味はおのずと知れる。それは楽をせず、身を粉にして働く人たちのワークウェアであり、ファウンダーのウィンスロップが、50年代にアメリカ海軍で着られていたスウェットにインスパイアされてこのブランドを立ち上げたことを受けていうならば、一種の「戦闘服」ですらある。そう、スウェットは、そもそもが「汗」という意味だ。

というわけで、ぼくは、アメリカン・ジャイアントを、仕事の現場に着ていくことにならざるをえない。それは単にギークっぽさの演出でもなければ、おしゃれを決めこむための「ファッションアイテム」でもない。汗をかく準備はできている。そういうメッセージを、そこに込めざるを得ない、というのが、このフーディがユーザーたちに求める要請なのだ。

ゆえに、この「史上最高のフーディ」にはひとつだけ致命的な欠陥があることになる。家でのんべんだらりと着るには、やっぱりちょっと「重い」のだ。

「American Giant」によるプロモーションムーヴィー。

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