「損得勘定と信念は「別の脳」:倫理の神経科学」の写真・リンク付きの記事はこちら

人間の良心にとっては安心できる話だ。倫理的な意思決定に関する神経生物学の最新研究によると、人が持つ「ゆるぎない価値観」は実際に神聖なものであり、「立派な心がけのふりをした単なる損得勘定」ではないという。

『Philosophical Transactions of the Royal Society B』誌に1月23日付で掲載された研究の中で、エモリー大学の神経科学者グレッグ・バーンズらのチームは、女性27名、男性16名の被験者に対して、価値観に関連するいくつかの見解を提示し、また、fMRI(機能的磁気共鳴画像)を使って被験者たちの脳活動を調べた。

これらの見解とは宗教的なものだけでなく、さまざまなカテゴリーのものだった。「M&Mチョコレートの全部の色を楽しく味わえる」という些細なことから、「子どもを売っても問題ないと思う」というようなものまでだ。

これらの見解に関して選択を行った後、被験者は最高で現金100ドルを獲得するチャンスと引き換えに、自らの信条とは逆の見解を記した書面にサインをするよう持ちかけられた。サインした場合、そのサインした紙と100ドルの両方を持ち帰ることができる。サインしたことは、自分の良心だけが知ることになる。





「実利的動機」と「義務に基づく道徳的動機」との対立は哲学の古典的テーマであり、古くはジェレミ・ベンサムイマヌエル・カントにまでさかのぼる。ほかにもこの問題に取り組んでいる研究者はいるが、倫理的妥協が現実として起こりうる状況に脳画像技術を組み合わせた研究は、これまで誰も行っていないとバーンズ氏は言う。

「紙にサインするという行動には意味がある。誠実さが問題になってくるからだ。たとえ100ドルを提示されても、ほとんどの被験者は、進んでお金のほうを取る見解と、お金よりも優先するべき見解とを区別した」

お金のほうを選んだとき、被験者の脳は共通して実利の計算に関連付けられている領域に活動の兆候を示した。一方、お金を拒んだときは、また別の領域に活動が集中していた。その領域とは、抽象的な規則の処理と理解に関与していることが知られる腹外側前頭前皮質、および倫理的判断に関与しているとされる右側頭頭頂接合部だ。

つまり、自分の価値観をお金で売ることを拒んだとき、それは価格の問題からではない。「実利的な物事のエリアがある一方で、またそれとは別に、断定的な物事のエリアが存在する」とバーンズ氏は言う。「その人にとって神聖な価値観については、コストと利益という文脈で考えてみることすらできない」

バーンズ氏は目下、それぞれの価値観が社会的に支持されている程度によって、倫理的判断がどのように変化するか、また、強固に根ざした倫理規範の前に、それとは対立する筋道の通った論理が突きつけられた場合、脳内で何が起こるかという問題について研究を進めている。

「論理は規範に関わる(脳の)ネットワークに訴えかけるのだろうか。それとも報酬と損失に関わる系に訴えかけるのだろうか」

「神聖な規範」が長期間、それこそ何年、おそらくは何世代にもわたって、個人のみならず集団全体に実利的なメリットをもたらしているのか否かという問題は、目下の研究対象からは外れているが、これについてバーンズ氏は、規範がもたらすメリットのひとつは単純さだとの見解を示している。

「十戒とは、それらの問題は報酬と損失ベースで考えるには難しすぎるために存在するのではないか、という仮説を私はたてている。『姦淫するな』という規範があるほうがずっと簡単だ。意思決定が簡単になるのだ」

TEXT BY Brandon Keim
TRANSLATION BY ガリレオ -高橋朋子/合原弘子




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