○ 性的指向とは、恋愛・性愛対象として「どの性別の人を好きになるか/ならないか」という根本的な傾向のこと。性的指向が他者から「感染」することはない。
○ 異性の人しか好きにならない人は「異性愛者」、同性の人しか好きにならない人は「同性愛者」、異性の人を好きになることも同性の人を好きになることもある人は「両性愛者」と呼ばれる。
○ 「生物学的に異常」という表現がそもそも成り立ち得ない。近代以降の生物学はダーウィンの進化論を原理とするが、進化論は「環境に適応した動物が生き残る」という事実判断を示しているのであって、種や個体の在り方について「正しい/誤り」「正常/異常」などという価値判断を示しているわけではない。
○ ナチスドイツのように「優秀な遺伝子」の繁殖を至上命題とする「優生学(優生思想)」ならば事情は異なるが、生物学は「子孫繁栄」を種の目的として掲げているわけでもない。
○ 「性行為が生殖に結び付かないのに性欲がある」個体を「異常」とみなすならば、同性愛者だけではなく、不妊症の男女もまた「異常」ということになる。「生殖に結びつく能力を持たない」個体を「異常」とみなすならば、同性愛者一般ではなく、不妊症の男女(性的指向は問わない)のみが「異常」ということになる。
○ 生物学と異なり、医学では「正常/異常」という表現を使用し得る。
○ 1974年にアメリカ精神医学会は『DSM(精神障害の分類と診断の手引)』第3版で同性愛を治療対象から除外し、1993年にはWHO(世界保健機関)も『ICD(国際疾病分類)』改訂第10版で「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とはならない」と結論した。
○ 日本でも1994年に厚生省(現:厚生労働省)が『ICD』を公式基準として採用し、1995年には日本精神神経医学会が『ICD』を尊重するとの見解を示した。
○ 性的指向に「正常」も「異常」もないというのが現代医学の「常識」である。この「常識」を覆そうとするのは自由だが、同性愛が治療対象(医学的に「異常」)であることを証明するのは難度の高い試みだろう。
○ 「アブノーマル(異常)」が「ノーマル(正常・まとも)」の対義語であることを踏まえれば、仮に発言者に悪意がないとしても、「同性愛は異常」という主張は必然的にネガティヴな表現として理解される。
○ 同性愛には「異常(アブノーマル)」として排斥されてきた歴史もある。不特定多数を「誤解」させたいわけでもなければ、同性愛者が少数派であることを強調したい場合には最初から「少数派」や「マイノリティ」という単語を使用する必要がある。
○ 既述したように、「同性愛は生物学的に異常」という主張は「私が信じるところの『生物』の在り方として同性愛は異常」という思想的メッセージにすぎず、「同性愛は医学的に異常」という主張は事実に反している。現代の社会において「同性愛は異常」という主張は差別的発言として理解される。
○ 法務省人権擁護局の『主な人権課題』に基づけば、特定の人種や性別、性的指向を理由とする差別的発言は人権侵害にあたると考えられる。
○ 同性愛者や両性愛者は、誰もが自分の性的指向をカミングアウトしているわけではないし、誰に対してもカミングアウトしているわけでもない。実のところ、それは異性愛者も同様である。異性と交際・結婚していることは異性愛者である証とはならない。
○ 「同性愛は異常」という主張は、自分の周囲に同性愛者はいないと思い込んでいる人ほど発しやすい。しかし、実際には同性愛者や両性愛者はごくありふれた存在で、複数の調査によれば人口比3〜6%程度は存在するとされる。
○ 目の前に同性愛者がいる可能性を考慮せずに「同性愛は異常/気持ち悪い」と発言することは、実は目の前にX県出身者がいるのに「X県出身者は異常/気持ち悪い」と発言するのと同様、他者を侮蔑する行為である。偶然、その場に同性愛者やX県出身者がいなかったとしても、目の前にいる人の家族や友人が同性愛者やX県出身者かもしれない。
○ 日本の同性愛者や両性愛者の男性の中には、異性愛者の男性の約6倍もの自殺未遂経験者がいる。
○ 誰も他人の心の内を透視できないので、内心で何かを思う分には誰からも何も問題視されようがない。ただし、「同性愛は異常/気持ち悪い」という発想が「黄色人種は異常/気持ち悪い」「男性は異常/気持ち悪い」などの発想と同様の差別的思想であることはそろそろ理解されるべきだろう。
○ 自分が同性の人を愛せないことと、「同性愛は異常/気持ち悪い」と思うことは異なる。性的指向の合致しない人に恋愛・性愛の感情を抱かないのは自然だが、自分と異なる性的指向を嫌悪することは差別的思想によるものである。
○ 「同性愛は異常」と主張する人は、以下のいずれか、または複数の誤謬を自然なものと信じ込んでいる。
○ 実際には、生物の目的は生物学では説明されないし、同性愛は障害でも病気でもないし、同性愛者を気持ち悪いと思うことは自然な感情ではなく主観的な偏見である。これらの事実を示されたとき、事実を受け入れるか、それとも受け入れるのを拒んで「差別主義者」として生きるかは各自に委ねられている。
海老名市議が「同性愛者は異常動物」とツイートを投稿し、岐阜県職員がツイッターでそれに賛同して問題になっている。 だが一番衝撃が走ったのは、ツイートは許されないが、「同性...
性的指向とは何か ○ 性的指向とは、恋愛・性愛対象として「どの性別の人を好きになるか/ならないか」という根本的な傾向のこと。性的指向が他者から「感染」することはない。 ○ ...
そうやって正義面をしたいなら、「同性愛は正常だから受け入れろ」じゃなくって、「異常でも受け入れるのが人倫だろ」くらい言いなさいよ。
それでも同性愛は異常である。(ソクラテス
異常じゃなくていい。反社会的。
同性愛のどこがどう「反社会的」なのか論証すべき。 それなしに「反社会的」と断定して片付けるのは、結局のところ、「私は同性愛を反社会的だと思い込んでいます」程度の主張にす...
14歳の女性と和姦性交することは反社会的でしょうか
「同性愛は反社会的」という話とどこがどう関係あるんでしょうか
「反社会的」という言葉の定義のすり合わせを行おうとしています
だとしたら、「同性愛は反社会的なのか」も「14歳の女性と和姦性交することは反社会的なのか」もどちらも価値判断を導くための質問なので、どちらかの(あるいは両方の)質問に対す...
通じる人には通じるのですが、通じない人には通じないのです 例えば「あ・・・(察し」という淫夢語は、何も知らない人には「?」でしょう。 しかしまあネットに浸かっている人には...
そんな話はどうでもいいです。 なぜ「同性愛は反社会的」だと思うのか、論証してください。 「『同性愛以外の何か』が反社会的かどうか」はその議論に無関係ですから。
人に求めるばかりなんですね
同性愛は「反社会的」、という主張が発端ですからね。 主張の根拠を訊ねるのは当然のことかと。
質問に答えていただきますと大変幸甚に思います
だとしたら、「同性愛は反社会的なのか」も「14歳の女性と和姦性交することは反社会的なのか」もどちらも価値判断を導くための質問なので、どちらかの(あるいは両方の)質問に対す...
だとしたら、「同性愛は反社会的なのか」も「14歳の女性と和姦性交することは反社会的なのか」もどちらも価値判断を導くための質問なので、どちらかの(あるいは両方の)質問に対す...
藤原信頼「同性愛が」 源頼朝「異常?」 武田信玄「そしたら」 織田信長「わしらも」 徳川家光「異常」 西郷隆盛「だな」 注:) 藤原信頼 : 後白河法皇と「君臣合体」した...
西郷隆盛のお相手は僧月照だな。ともに入水して月照は死に西郷だけが生き残っている。 それから藤原信頼を出すんだったら日記『台記』を遺した藤原頼長も出そうよ。 信頼は後白河...
悪左府さんは素敵すぎて一言では収まらないっす。ネットには素敵な悪左府さんがたくさんいるのでそっちを見てください。 藤原頼長・前編 ~私が支持されないのはどう考えても世...
異常ってのは異常だと思うつまり異常だと思わない方が異常なんだという個人的な異常に対するいわば異常感覚なるものを一般的な異常という概念にすり替えているものであるから異常...
「異常」って言葉を否定的な雰囲気で使う人もいると思うが、 たんに割合が少ないってだけの意味で使う人もいるってのが大きいと思う。 たとえば人口の5%にみたないのは異常くらい...