神社本庁と日本会議と櫻井よしこ氏との関係に潜むどす黒く深い闇とは?(一部加筆版) | ワーカーズの直のブログ

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神社本庁と日本会議と櫻井よしこ氏との関係に潜むどす黒く深い闇とは?(一部加筆版)

富岡八幡宮境内で起きた殺人事件と神社本庁

 ワーカーズ紙とワーカーズ・ブログで既に2回神社本庁の腐敗・堕落を告発した。ついにそのどす黒く深い闇は、大事件として世の人の耳目を大いに引くまでに発展したのである。

 その事件とは12月7日夜、東京都江東区の富岡八幡宮境内で起きた殺人事件である。富岡八幡宮のまさに境内で姉の富岡長子宮司(58)が、あろうことか実弟の富岡茂永元宮司(56)に日本刀で切られて死に、弟はその場で妻をも殺して自刃した事件である。

 元宮司はこの犯行直前に全国の神社関係者などに二千八百通の手紙を送付していた。その手紙には「『約30年にわた る富岡家の内紛について、真相をお伝えします』などとして、神社の運営や相続をめぐる親族間のトラブルを告白。自らが宮司の座を追われたことについて『クーデターが画策された』などとし、関係者に対して富岡さんを神社から追放し、自分の息子を宮司に迎えることなどを要求。『実行されなかった時は、死後においてもこの世に残り、祟り続ける』」(産経新聞)等が書かれていたと報道されている。

 何と遺恨30年とは。「神聖」な境内で実姉を日本刀で切り殺し、そしてはたまた祟り続けると書きつける。何とも面妖で時代掛かった異様な文面である。富岡家は社家なのだが、数年前から富岡宮司代務者を誹謗中傷する怪文書が飛び交うなど、その闇は本当に深いのである。

 富岡八幡宮は弟の宮司を解任した後実父を復帰させて、神社本庁に対し7年前から富岡長子宮司代務者を宮司とするように要請していたが長らく認可されないため、今年9月に神社本庁を離脱し単立神社となった。

 この展開によりこれまで一縷の望みを繋いでいた元宮司が、宮司復活の道が完全に閉ざされた絶望から犯行に及んだと考えられる。まさに経典無き宗教の宮司の地位と神社の利権の頂点の地位とには大きな落差があったのである。

 神社本庁に根深く存在する男尊女卑の差別意識と宮司の利権構造は、八幡信仰の総本社・宇佐神宮でも同様な問題を引き起こしていた。したがって今回の殺人事件に関しては神社本庁も全く無関係でない。これについてはワーカーズ等の過去記事を参照のこと。

下鴨神社境内で億 ションの完成

 現在、神社本庁では土地転がし紛いの不動産取引を内部規則違反だと咎めた神社本庁の部長を懲戒免職した事件が裁判沙汰になっている。このように神社本庁の利権は賽銭や札等に限るものではない。次期宮司の指名権や神社境内や関連の土地に対する利権等があり、莫大な利権が宗教法人の名前故に無税の特権に守られて存在しているのである。

 

 
 例えば京都市左京区にある賀茂御祖神社は、通称下鴨神社として知られている。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社である。つまり下鴨神社の運営は神社本庁がしていたのだが、同時に下鴨神社境内に建設中のマンションに反対する地元住民らが風致地区条例に基づく許可を取り消すよう裁判を起こしていたことでも知られてい た。

 下鴨神社がこのような営利に走る行動をしたので、全国の神社においても境内に民間駐車場の土地の貸し出し等が多く発生したと伝えられている。まさに神社本庁の神社運営方針の原則が問われたものであった。率直に感想を言えば、私など呆れる他はない。

 住民らは建設地が世界遺産の周辺環境を保護するための区域「バッファゾーン(緩衝地帯)」内で、市が平成27年に出した許可で貴重な樹木の大量伐採が可能になり、世界遺産の価値を下落させると訴えた。この住民らの訴えは、ある時は世界遺産の名前を使い、ある時は神社運営の都合を持ち出すなどの、実に宗教法人の恣意性を突いたものである。

 注目された裁判は、今年3月30日に判決があった。京都地裁は判決で住民側の訴えを却下した。判決理由で久保田裁判長は訴えの根拠とした条例が「個別の景観利益の保護を目的とするものではない」として、住民には原告の適格がないとした。実に笑止である。

 こうして今年6月に世界遺産の神社境内に建ったマンションの特別な 「入居条件」を持った億ションは完成した。この億ションの敷地はそもそも下鴨神社が式年遷宮の費用捻出目的で貸し出したものなのだが、その条件とは「ご契約の際は、『糺の森保存会』もしくは『下鴨神社崇敬会』の終身会員になっていただくことが必須」ということでだった。

 JR西日本不動産開発の販売担当者は「契約の際にお客様の信仰チェックなどはありません。神道ですから、寛容さがある。他の宗教を信仰する方でもご入居いただけます。ただ、神社の整備計画の一環で建設されたので、神社を支えたいという意識のない方との契約は難しい」とのことである。ではこの後で紹介するが、櫻井よしこ氏の場合は一体この原則に照らしてどうだったのか。

神社本庁と日本会議と櫻井よしこ氏の関係

 さて話題が変わる ようだが今年の11月27日、日本会議・日本会議国会議員懇談会の設立20周年記念大会が東京都港区で開かれ、憲法改正実現に向けた国民運動の推進に取り組む決意を明記した宣言文を採択した。当然ながら櫻井よしこ氏も出席している。この事を取り上げたのは、富岡八幡宮の境内で殺人事件を起こした富岡茂永元宮司がなんと日本会議の著名な神社関係者の蕃活動家だった事実を紹介したいためである。彼がこの集会に出席していたかは、私に今確認は出来ない。がしかし彼が出席していなかったとはほとんど言えないであろうと考えている。何しろ彼は支部長に就任していたほどの著名な活動家だったのだから。

 安倍晋三首相は自民党総裁として大会にメッセージを寄せ、「自民党は国民に責任を持つ政党として(国会の)憲法 審査会の具体的な議論をリードし、歴史的使命を果たしていく」と訴えた。自民党の下村博文元文部科学相も大会で「来年の通常国会にはわが党として憲法改正案が憲法審査会に提案できるよう頑張りたい」と語った。

 櫻井よしこ氏は安倍総理大臣の代理人であるかのように演題に登場して「現代の日本人に必要なものは、現実を直視する力である」と提言し、「誇りある国づくりへ!」と憲法改正に向けて全力を尽くすよう呼びかけたのである。この決定的な発言に注目せよ!

 この記念大会には国会議員約60人を含む約2千人が参加した。神社本庁と日本会議は一心同体の組織であることはよく知られている。それもそのはず、神社本庁と日本会議には国家神道を今日の日本に復活させたいとの野 望があるからである。そしてこの神社本庁と日本会議の広告塔として活躍しているのが、誰あろう櫻井よしこ氏本人である。

 この櫻井よしこ氏の公然たる顔が満天下で知られている一方で、他方で櫻井よしこ氏が殆ど知られていない顔を持っていることは実に奇妙なことである。

櫻井よしこ氏のジャーナリストの基本からの逸脱

 2015年、櫻井よしこ氏は『日本人に生まれて良かった』を出版している。この本自体は青春期をハワイで過ごした事で英語は分かるものの、日本文化の理解に関しては大きな欠落がある。しかも帰国後も大して研究もしたことがないことがはっきり分かる、実に無残としか言いようがないお粗末な本である。

 2013年に出版の『迷わない。』によると、ハワイ州立 大学を卒業して「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙の東京支局に就職した。それ以降のことはこの本に書いてあるが、そこに実父や実母の名前は書いていない。支局長のポンド氏のことは実に好意的に書いている。その人からジャーナリストの基本を仕込まれたからである。この新聞は宗教紙ではなく、また宗派「クリスチャン・サイエンス」の教義を直接宣伝しようとしている訳でもないが、宗派創始者エディの要請により、日常的な宗教関係の記事を毎号載せていた。現在はオンライン新聞であるが、統一協会との関連はあるだろう。

 では仕込まれたその基本とは何か。その基本の第一は、取材相手に借りを作らないことで、取材の時にお茶一杯の代金も払ってもらってはならないという事から始まっ て厳しいものであった。もう一つ大事な事は取材の仕方であり、事前に質問を用意しておき最初は軽いものから次第に相手を追い詰めてゆくプロセスを繰り返し情報を精査する事とである。また文章道は「要を得て簡」であり、「大事なことは最初に書け」であった。

 これらの基本から櫻井よしこ氏を批評すると、戦時下にハノイの野戦病院で出生したので、当然のことながら戦後は大分県中津市に海外からの引き揚げ者として帰国したのに、その後母の実家に近い新潟県長岡市へ引っ越したとだけ書く。なぜ最初に中津市だったかは全く不明なのだ。しかもその本で実父のことはほとんど書いていない。その一方で父はアジア各国で貿易業を営み、ハノイを拠点としていたとだけ書く。中津市は父の実家なのかは全く不明である。つまり櫻井よしこ氏の父の国籍は謎であり、一説にはぴー屋を経営していた台湾人との説もある。この点について櫻井氏は一切語らない。それ故、櫻井氏が語らない以上、真相は一切不明である。しかし他方で『日本人に生まれて良かった』を書く面妖さである。

 この本は青春時代をハワイで過ごしその後、日本文化を深く認識することがなかった櫻井氏の浅薄さを証明する本である。ヘーゲルにならえばまさに浅薄隊長ド・フリースならぬ櫻井よしこ氏である! 本当は櫻井氏は、なぜこんな無内容な本しか書けなかったかについて、まず自分の本の読者には充分に「要を得て簡」な説明をする必要があると私は考える。

 さらにはこれより重大なジャーナリストの基本を逸脱 する行為がある。それ故、私は告発しなければならない。それは櫻井よしこ氏は今や安倍首相応援団の筆頭格で神社本庁や日本会議等、様々な民間右派組織の広告塔を勤めていることに関連してのものである。

櫻井よしこ氏の東京都の一体どこに住んでいるのか

 先に紹介した『迷わない。』には「私は神社のすぐ脇に住んでいます」(同200頁)とある。この記述を読んだ人は、櫻井よしこ氏は神社の近くに住んでいると読み取るだろう。勿論、これ以外の読み取りは真実を知らない人には出来ない。しかし事実は東京都港区の一等地にある素盞嗚尊を祀る有名な赤坂氷川神社の境内に住んでいるのである。

 確かに神社のすぐ脇に住んでいる事に間違いはない。一私人が宗教法人である神社の 境内に自宅を建てているなどと一体誰が想像できるだろうか。実に想像を絶することである。しかもその家は赤坂氷川神社の木々茂る東側入り口から境内に入ると、社殿の方へと向かう道脇に衝立で囲われた一軒家である。建物は白を基調とした外観の巨大な鉄筋コンクリート造りで表札こそ掛かっていないが、そこが本名・櫻井良子の自宅なのである。

 リテラの調査では、登記簿に地上2階地下1階、総床面積約520平方メートルの、単なる一私人の邸宅とは思えないような豪邸である。因みにこの建物には建築した2004年の翌年、05年に1億7千万円の根抵当権がついていたが、僅か6年で抹消されている。

 勿論、問題はその豪邸が建っている土地だ。こちらも登記簿を見ると、赤坂氷川 神社の所有である。つまり櫻井氏は衆議院議員会館近くの徒歩圏である一等地である赤坂氷川神社の境内の一角を借りて、この巨大な鉄筋コンクリートの建物を建ているのである。

 ここで考えなければならない事は、櫻井氏の評論活動と神社との関係だ。櫻井氏が大分前から全国で約7万9千の神社を統括している宗教法人・神社本庁と一緒になって改憲や歴史修正主義的活動に取り組んできた事は周知の事実である。さらに昨年1月からは、全国の神社の境内で行われた憲法改正実現のための「1000万人」署名運動がある。これは神社本庁が改憲団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の運動の一環として行っていたものだが、同団体は神社本庁も参加する日本会議の団体であり、櫻井よしこ氏はその共 同代表を勤めている事もこれまた公然たる事実である。

 したがって人は櫻井氏のこのような神社界(神社本庁)と一体化した言論活動と神社の土地を借り、巨大な建物を建てているということは何か関係があるのではないかと考える。勿論、寺社が敷地を借地にしているケースは珍しくはないが、借地上の建物は「非堅固建物に限る」「木造家屋に限る」という条件が付いているケースも多く、私人にこんな巨大なコンクリート造の建物を建てさせるというのは珍しい。では地代は一体いくらなのか。

ここでこれらの疑問に追及したリテラの過去記事を引用する

 当然の疑問を抱いたリテラ編集部は取材を開始した。まず土地を貸している氷川神社に電話で問い合わせてみた。すると電話口の担当 者は櫻井氏の自宅の土地が神社の所有物であることは認めたが、「櫻井先生の自宅以外にも境内に3つのお家が建てられております。いずれも地代をいただいています」と無償提供ではないという。また櫻井氏の言論活動と関係があるのではないか?という質問については「当神社と櫻井さんに個人的なつながりがあるからとか、櫻井先生が神社界に力をいれているから土地を貸しているということではない」と強く否定した。

 ところどころ、櫻井氏の事を「櫻井先生」と呼んでいることが気になるが、氷川神社は櫻井氏を敷地内に住まわせていることと櫻井氏の活動は無関係だというのだ。しかし一方で、櫻井氏は自らの言論活動の中で氷川神社とその国家神道礼賛の主張を、土地を借りていることは隠し たまま、PRしたことがある。

 櫻井氏の言論が地主への利益誘導ではなかったとしても、思想的な影響はどうなのか。櫻井氏はかなり前から改憲を主張していたし、タカ派的な論客ではあったが90年代頃まではここまで戦前回帰、国家主義的な思想を声高にがなり立ててはいなかった。むしろ、薬害エイズ事件などでは、国家犯罪を追及する姿勢も見せていた。

 それが2000年代に入ると、GHQによる神道指令は誤りだったとの論陣を張って、極端な国家主義や歴史修正主義を声高に叫び始め、その思想をどんどんエスカレートさせていった。氷川神社の敷地に家を建てたのは、その極端な右傾化の真っ直中のことだ。ここに何かしらの“縁”がなかったと、果たして言い切れるのだろうか。

 ここはやはり、櫻井氏本人に聞いてみるしかないと、以下のような内容の質問状(要約)を送った。

・ご自宅の土地はH神社(質問状では実名)の所有ですが、地代はいくらですか。
・H神社所有の土地を借りることになった経緯をおしえてください。
・「別冊正論」の3月発売号〈一冊まるごと櫻井よしこさん。〉に登場し、プライベートについても公開されていますが、神社の敷地内に住んでいることを隠し、〈東京都心ながら静かで緑の多い住宅地〉に住んでいるとしています。その理由はなんですか。
・神社本庁および神社が担っている改憲や戦前回帰運動に協力し、その主張と内容を一にする言論活動を行なっていることに、神社から土地を貸与され、敷地内に建物を建てているという 関係が影響を及ぼしているのではないですか。
・直接的な影響はなかったとしても、利害関係にある宗教団体の運動に協力し、その主張に沿った言論を展開することは、ジャーナリストとしての独立性、倫理に反していると考えますが、いかがですか。
・言論活動を検証してみると、以前は、ここまで右翼的、戦前回帰的な主張はしていませんでした。この主張の変化に、H神社との関係、もしくは神社本庁との関係が影響を及ぼしているのではないですか。

 しかし残念ながら、締め切り期限を過ぎても、櫻井氏からの返事はなかった。

 ただ、少なくとも櫻井氏が神社の境内の土地を借りるというある種の利害関係にあること、その言論や活動がこの十数年の間に急速に右傾化し、今や神社本庁 と完全に歩調を一にしていることはまぎれもない事実だ。……。

 新右翼の鈴木氏が〈怖いし、過激だ〉という今の櫻井氏の思想はどこからきているのか。なぜ、ジャーナリストが神社本庁や日本会議と濃密な関係を築き、極右の女神的存在になってしまったのか。少なくとも、その主張がいったい誰を利するのかを、われわれはよく見定める必要があるだろう。  (編集部)

櫻井よしこ氏は自分を見失っている

 リテラの過去記事は実に秀逸である。この記事は櫻井よしこ氏と神社本庁・日本会議の黒く深い闇を鋭く抉り出している。このような当然な公開質問状に答えずにいるとは、櫻井よしこ氏もこれで終わっている存在だと言えるであろう。まさにそれは虚像なのである。

 櫻井よ しこ氏は「私の家は曹洞宗」(『迷わない。』194頁)と書き、「日本人の宗教観は、どこかの宗教に属しながらも、自然の摂理としての神を感じとり、その大きな秩序の中に自分自身を位置づける、ということではないかと感じています。その意味では、神道が基本ではないでしょうか」と書いている。まさに櫻井よしこ氏は無知を告白したのだ。

 まさにこの記述は、櫻井よしこ氏が青春時代の貴重な日々をハワイで過ごし、その後深刻な学習もせずにいた事、つまり国家神道の何であるかについて全くの無知蒙昧の発言として記憶すべき決定的な発言だ。つまり櫻井氏は神道一般と国家神道との違いも理解していないのである。したがって国家神道の下に各宗教が統合された事実も知らない!

 こ んな櫻井よしこ氏はこんな浅薄な認識から国家神道の復活についての発言を繰り返していた事を、私たちは知らなければならない。まさに彼女にとって無知は力なのである。

 櫻井よしこ氏は、『迷わない。』においても「神社を支えたいという意識」を積極的には一切語っていない。そうだとしたらなぜ赤坂氷川神社の境内に借地権により鉄筋コンクリートの建物を建てて住んでいるのかを明瞭に語らなければならないのではないか。そして公開質問状に答えないのであれば、それに替わる自己弁明をするべきである。つまりはまさに櫻井よしこ氏はリテラから追及されたこの問題の核心から逃げているのである。

 問題の核心は、これは神社本庁の櫻井よしこ氏に対する利益供与であるか否かである。 

 私がこれに付け加えたいのは、東京支局のポンド氏から厳しく仕込まれたはずの「ジャーナリストの基本」であるお茶代一杯ももらってはならないとの教えに対して、つまり『迷わない。』で書いたあの教えの前で恥じ入る自分はいないのかという問いだけである。

 赤坂氷川神社の境内に自分は特権的な待遇で住んでいながら、その決定的な事実を隠蔽しつつ、国家神道の復活を呼びかけるなどは、全くの論外であることを櫻井よしこ氏は知らなければならない。櫻井よしこ氏はジヤーナリスト失格者なのである。