「今後は“原発”に反対しますよ」という雑な文章 | 三角絞めでつかまえて2

「今後は“原発”に反対しますよ」という雑な文章

※今回の記事は、ちょっと面倒くさい感じの文章なので、そういうのが苦手な人は読まない方が良いと思われます。

昨日、「時間がなくて…」とか書いたんですけど、「そういえば、これだけは残しておこう!」と思ったので、一応、アップしておきます。

先週のタマフルでは、佐々木中さんのお話も素晴らしかったし、橋本名誉P「プロレスメン」推しもグッときたんですけど…。実は僕が一番胸を打たれたのは、宇多丸師匠がオープニングトークで「(原発は)やっぱ間違ってねぇ?」的な話をしてくれたことだったんですよね(今、ラジオでそれを話すのはいろいろとリスキーだと思うだけに)。

もちろん「電力どうすんだ!」問題もありますし、いろいろ大変なんでしょうけど、さすがにもう“今まで通りの原発のある暮らし”なんて、心情的に無理じゃないですか…。というか、ここ最近で、僕自身、小さいころは原子力…というか“核”というものがスゲー怖かったことを思い出したんですよ。

僕と同じ世代の人(72年生まれ)は同意してくれる…かしら。なんか小学生のころって「核の恐怖」的な話をやたら観たり聴いたりしたんですよね(今の子もそうなのかな?)。「はだしのゲン」を読むのはデフォルトとして、やたら原爆展に連れて行かれたり、親に「映画を観に行こう」と言われて一緒に行ったら「にんげんをかえせ」とか「トビウオのぼうやはびょうきです」だったり。「ザ・デイ・アフター」が公開された時は、CMを観るのも怖かった…。少年ジャンプでは「飛ぶ教室」なんて漫画が連載されて、読むとイヤな気持ちになったものです(名作だけどネ)。


「ザ・デイ・アフター」はこんな感じの映画でした↓ 今、観るとやっぱり古いなぁ。




僕は小学校3年から神奈川県横浜市金沢区に住んでたんですけど、近所にあった米軍小柴貯油施設が爆発した時は「とうとう核戦争が始まった… ((((;゚Д゚))))」と心底怯えたのを覚えております。だから、60年代が舞台なので時代背景は少し違うんですけど、冷戦の緊張下で過ごす少年たちを描いた「マチネー/土曜の午後はキッスで始まる」を観た時は、小学生のころに“核の恐怖”に怯えていた自分を思い出して、なんか泣けたりしたワケですよ。


「マチネー/土曜の午後はキッスで始まる」はこんな映画…って、予告編だと伝わりづらいなぁ。




ところが! いつしか「…でも、大丈夫なんですよね?」的な気持ちになっていて、高校の時にRCサクセションの「サマータイム・ブルース」を聴いていたにも関わらず、いつの間にやら知らんぷりですよ。「東海村JCO臨界事故」が起きた時も「大変だなぁ(モグモグ」と傍らにはポテトスナックとジュースですよ。だって、よく考えるのは面倒くさいから。いや、本当に我ながら最低ですな… (´・ω・`)

で、今回、「原発が危ない!」ってことになった日は、夜通しネットで「東海村JCO臨界事故」「もんじゅ」「原発ジプシー」について調べたりして、ツイッターニュース速報+を見て「もうダメなのかもしれない…」と絶望感に包まれて、寝ている奥さんやお腹の子どもに申し訳なくなったりして、1人ションボリしたりしたワケです。要はバカ丸出し状態だったんですが、ハッキリ言ってこんなことになったのは「僕だけのせいじゃないけど、十分、僕のせいでもある」んですよね…。

だからね、今度はノド元を過ぎても忘れないようにしようと。具体的に何をして良いのやらサッパリですが、もう少し勉強して、ちゃんと反対していこうと。もしかしたら、僕は今、中途半端な知識と覚悟で非常に恥ずかしい文章を書いているのかもしれませんが、でも、今は心からそう思うので、書き残してみました。以上、こんな駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました m(_ _ )m