『散り椿』 辛口でごめんなさい。でも美しい映画でした。 | シネマの万華鏡

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映画記事は基本的にネタバレしていますので閲覧の際はご注意ください。

 

どうしようか迷いましたが・・・

このところ新作を観てはネガティブなことばかり書いている気がして、我ながら自己嫌悪。

『プーと大人になった僕』は大ヒット作ということで「少しくらい天邪鬼がいても」と安心して好きに書いてしまったものの、『散り椿』の場合は公開されたばかり、さすがにミソをつけるようなことは良くないかな・・・と思ったり。

でも、やっぱり書くことにしました。

映画の観方・感じ方は人それぞれ。実際この作品を高く評価されている方もたくさんいらっしゃるし、私の意見にかかわらず「評価は自分の眼で観て決めたい」と思っていただけたら嬉しいかぎりです。

 

享保15年、藩の不正を告発した瓜生新兵衛(岡田准一)は、追放の憂き目に遭う。藩を追われた後、最愛の妻・篠(麻生久美子)は病魔に侵され、死を前に最後の願いを夫に託す。それは、かつては新兵衛の友人で良きライバルでもあり、篠を奪い合った恋敵でもあった榊原采女(西島秀俊)を助けてほしいというものだった。

(シネマトゥデイより引用)

 

原作は昨年亡くなった時代小説家・葉室麟の同名小説。(原作未読)

監督は木村大作、脚本は黒澤明の助監督を務めていた小泉堯史。

 

「言葉」に幻滅

 

アクション・シーンには特にこだわりを持って製作されたらしい本作。

残念ながらアクションにはあまりウエイトを置いていない私には本作の目玉の部分の良さが分からず、逆に「言葉」の面でとても気になるところが多い作品でした。

 

些末な話ですが、まず敬語の使い方に違和感を感じた部分が一度ならずあったこと。

「兄上が自決され

「父上が亡くなられ(これは婚約者との会話なのでセーフかもしれません)

身内の会話ならここは敬語でいいんですが、そうでない人相手の会話で身内に敬語を使うのはおかしい。

逆に、同僚と主君の身内の話をする時に、

「弟君もおることだし」

という言い方は奇妙。「弟君もおられる」と言うべきじゃないでしょうか。

時代劇だからことさら言葉遣いが正しくなきゃいけないなんて決まりはありませんが、時代劇の場合には基本的に改まった言葉遣いが使われるだけに、美しくない日本語があるととても気になってしまいます。

しかもこの映画の場合とてもセリフが多いので、なおさら。

 

実は、セリフの多さも観賞中うんざりしてしまった原因のひとつでした。

特に、奥田瑛二演じる家老と西島秀俊演じる榊原采女の、状況説明そのもののような会話

腹黒いはずのご家老が、自分の手のうちを敵の榊原采女にしゃべる、しゃべる。

こんなになんでも話せる間柄なら、反目し合う必要はないのでは?

もしかして本心では2人、愛し合ってる?と悪い癖でつい勘ぐりたくなってしまうような語り合い方・・・さすがにそれは邪推もいいところでしたが。

 

それにしても、家老の石田の描き方がどういうのか・・・浅い。

敵に自分語りする上に、謀略の場に黒幕の彼自らが堂々と姿を現した時には思わず頭を抱えました。

しかも彼が黒幕であることをしっかり目撃している敵方の人間を、無傷で帰してしまうあたり・・・ありえません。

テレビシリーズのチャンバラ劇を観ているような安っぽさ。いやいや、テレビ時代劇には名作も多いので、この比較は適切じゃないですね。

とにかく、石田様のおマヌケがすぎまする。

腹にイチモツある役柄が似合う奥田瑛二ですが、今回は悪家老というより軽率な男に見えてしまった感・・・彼は本作最大の敵役なんですが。

 

そしてまた石田の不正が説明ゼリフで片付けられてしまうのも、何ともおざなりな気がして。

口で説明されるだけでは実感として迫って来ず、私なんぞ「ご家老ってそこまで言われるほど悪いことしてる?」という感覚しか持てませんでしたね。

私の理解では、石田は藩御用達の紙問屋・田中屋と組んで製紙業で藩の財政を潤わせ、自らもリベートを懐に入れていたようです。

でも、そういう独占業者って独占禁止法もない当時の社会では多くの藩にあったでしょうし、役人がリベートを取るのも、あまり度が過ぎなければごく当然のことだったんじゃないでしょうか。

領民が家老と田中屋のために苦しんでいる・・・といった描写がないと、主人公新兵衛たちの怒り正義が切迫したものとして伝わらないんです。

 

武士だけの閉じた世界

そう言えば、この映画には武家以外の人々の描写は全くと言っていいほどないんですよね。

私は時代劇の中でも黒澤映画が好きなんですが、それは、黒澤映画には名もない浪人や庶民の生活・表情が生き生きと描かれているから。初めて『七人の侍』を観た時に驚いたのもそこでした。

本作で脚本を手掛けた小泉堯史が、黒澤明の未完脚本を完成させ、監督を務めた『雨あがる』も、庶民との交流の中に主人公の人間的魅力を描き出した温かく素晴らしい作品です。

 

 

一方、この作品では藩政の問題を武士の閉じた世界の中でしか描いていません

主人公新兵衛の妻・篠の実家の下男役には個性派俳優の柄本時生が出演していて、彼が武士とは違う視点を見せてくれるのか・・・と思いきや、出番は客の取次ぎくらい。

彼の個性が全く活かされていない上、結局、家老たちに苦しめられているはずの庶民の心情を語る人物は現れませんでした。

 

ただ、愛のために

もっとも、キャッチコピーが「ただ、愛のために―――」なだけに、愛をめぐる男女の関係性はとても切なくて、やはりここが本作のメインテーマかと。

久々の本格時代劇!ということで本作に惹かれながらも、唯一この時代劇らしくないキャッチコピーにひっかかりを感じていた私ですが、作品を観てこのコピーの的確さを思い知りました。

 

ベースの構図は三角関係

燃焼し尽くす恋も美しいものですが、想いを抑えに抑え、ままならぬ状況に耐えていく人の表情って、どうしてこうも美しいのか・・・そう思わせてくれる、秘めた愛の物語です。

 

しかし、1つの三角関係が時を経てもうひとつの三角形を生み出し、新たな愛の芽生えがじんわりとスクリーン上に浮かび上がって来た頃に、物語は終わります。

もう少し新たな恋の顛末を見守りたいのに!

でも、その名残り惜しさがまたいいところなのかもしれません。

 

もっとも、新たな恋の行く末にはたしかな希望が見えているようにも思えます。

というのは、新しい愛を見つけ、再び人を愛するということは、本作の「生きろ」というメッセージとしっかりと絡み合っている気がするので・・・

 

時代劇が似合う役者ってある

西島秀俊は時代劇が似合う、それも、正義とか忠君とかではなく身を切られるような叶えられない愛の悲劇が断然似合う・・・と思ったのは、仲間由紀恵と共演した『大奥』を観て。

生島新五郎こと西島秀俊があまりに色っぽくて、実話と全然違うじゃないのよ~と思いつつ、つい何度も観てしまいましたね、あれは。私の西島秀俊熱がピークを記録したのは間違いなくあの映画だった気がします。

 

 

『大奥』熱の後遺症もあって、今作も彼の登場シーンではかなり気分が盛り上がりました。

でも、彼は花を想うより花としてめでられる役のほうが似合う気もします。

 

岡田准一は今や時代劇に欠かせない人になりましたね。今回もアクションに裡に情念を秘めた表情に・・・オールラウンドに存在感を示していました。

とてもいい役者なんだけど時代劇は合わないかな・・・と思ってしまったのは、池松壮亮。

何でもこなせるカメレオン俳優として今最も注目されている俳優の1人ですが、現代的な美しさがある容姿だけに時代劇の中では浮き上がってしまうような? まあ、一つくらい合わないジャンルがあってもいいんじゃないでしょうか。

 

意外に時代劇が似合っていたのが黒木華。

宣材写真で観るよりも、本編で観たほうがずっと可憐。『リップヴァンリンクルの花嫁』みたいな現代の不思議ちゃんも良いですが、封建時代の静かに耐える女性も合いますね。

 

残る椿と散る椿

ただ、この作品を観た後にもっとも心に残り続けるのは、椿の美しさではないかと・・・

もしかしたら椿というビジュアルな要素こそが、本作が映像化される決め手になったのかもしれません。

 

『椿三十郎』の記事でも書きましたが、椿は武士道を象徴する花。

その所以は、はなびらを散らさずに首から落ちる潔さにあって、だから本作に登場する散り椿は「椿らしくない椿」ではあります。

ただ、この作品では「散らないはずの花が散る」ことに着目しているというよりは、「花が散る」という現象を人間のモータリティと重ね合わせ、人生の無常とそれゆえの生の鮮やかさを花の美しさの中に描き出そうとしている気がします。

 

しかしそれだけなら、椿ではなく桜でも良かった・・・敢えて桜ではなく椿である本当の理由は原作を読んでいないため分かりませんが、映画を観る限り、それは人生の無常と同時に再生する力を表現したかったからではないかと。

椿は桜と違って開花の期間が長く、いくつもの花を足下に散らせながらも、その上にまた新しい花を咲かせます。

そんな椿の持つ死と再生のイメージが、散りゆく人の後に残る者への想い、残された者の哀しみと生き続ける力を描いた本作のストーリーを生み出したんじゃないでしょうか。

 

椿の大木の前で繰り広げられるシーンはとても美しく、本作の白眉。

椿はシャネルのアイコンモチーフにも使われているように西洋でも愛される花ですが、日本の風景、とりわけ武士の物語には深い情感を添える花でもありますね。

椿のほかにも、竹林、紅葉、雪・・・と、日本の四季の移ろいを追った映像は、海外の人にも観てほしい美しさです。