映画「塔の上のラプンツェル」のエンドソング「Something That I Want (サムシング・ザット・アイ・ウォント)」は、コミカルでかわいいイラストが印象的なエンドクレジットを飾る名曲で、英語の意味などわからなくても何度も聴いてしまいます。あまりに好きすぎるので、自分なりに訳してみました。
 

* * *
 

無邪気がとりえの彼女 *1
なんでも自分の力でやりたい彼 *2
彼女は外を眺めてるだけ *3
でも彼が出ていこうとしたとき *4
彼女もついてきた *5
だから彼は尋ねた「何を見つけに行くんだい?」
 

「欲しいって自分で思うものを見つけに行くのよ。 *6
これ私に必要だわって自分で思うものを、 *7
欲しいって自分で思うものを見つけに。
目に映るすべてのものが必要なの」
 

欲しいって自分で思うものを見つけに行くのよ
これ私に必要だわって自分で思うものを
欲しいって自分で思うものを見つけに
目に映るすべてのものが必要なの
 

夢みたいな未来ばかり追いかけてる彼
自分の意志に目覚め始めた彼女 *8
よし決めた! と思ったとたんに *9
だれかがやってきて思いもかけない道に導いてくれる
 

「欲しいって自分で思うものを見つけに行くのよ。
これ私に必要だわって自分で思うものを、
欲しいって自分で思うものを見つけに。
目に映るすべてのものが必要なの」
 

欲しいって自分で思うものを見つけに行くのよ
これ私に必要だわって自分で思うものを
欲しいって自分で思うものを見つけに
すべてのものが必要なの... だって
 

自分に嘘をついて生きるのは簡単なこと
あなたは空想の世界に閉じこもってるけど
あなたの必要なものが
目の前に立っているの、わからない?
 

欲しいって自分で思うものを見つけに行くのよ
これ私に必要だわって自分で思うものを
欲しいって自分で思うものを見つけに
目に映るすべてのものが必要なの
 

欲しいって自分で思うものを見つけに行くのよ
これ私に必要だわって自分で思うものを
欲しいって自分で思うものを見つけに
目に映るすべてのものが必要なの
 

* * *
 

以下は細かい注釈です。ラプンツェルとアナ雪の「ネタばれ」が含まれていますので、映画未見の方はご注意ください。オリジナルの英語歌詞については、申し訳ありませんが他のサイト等をご覧ください。
 

*1: 無邪気がとりえの彼女
  辞書を引くと、"with good [the best] intentions"「善意で (※ 結果はよくないことを暗示)」とあります。ようするに「よかれと思って」という意味で、自分がしたことの言い訳をするときなどに使う、ネガティブな含みをもつ表現です。
  英語歌詞では、この表現は副詞句ではなく、"a girl" にかかる形容詞句として (「心根はよい」という意味で) 使われているという違いがありますが、行動にうまく結びついていないことをかすかに暗示するのは変わりません。
  彼女 (= ラプンツェル) は悪い人ではない。それどころかまれに見る純真さを持っている。でも障害にはばまれて行動が伴わなかったので、彼女のよさが発揮されることもなかった、といったところでしょうか。
  "The road to hell is paved with good intentions." はことわざで、「地獄への道は善意という敷石が敷き詰められている; 約束や計画は実行されなければ無意味である」という意味だそうです。
  そういえば、アナ雪のテーマも、"An act of true love"「(だれもがすでに持っている) 真実の愛を、行動によって示すこと (の難しさ・尊さ)」でした。アナ雪の日本語吹き替え版では "an act of" の部分を省略して、単なる "true love"「真実の愛」が大切なんだということにしていたのが、すこし残念でした。凍りつく王国とアナが溶けだしたのは、アナが持ちつづけてきた真実の愛が、試練にうち勝って「発露」したときだったのですから。
 

*2: なんでも自分の力でやりたい彼
  "of one's own invention"「自分が発明した」。この表現、アナ雪にも出てきました ("a sun balm of my own invention"「私が発明した日焼けオイル」)。
  ラプンツェルは 18 歳になるまで、(にせの) 母ゴーテルのいいつけを守って塔から出ませんでした。18 歳までの彼女はゴーテルの産物だったといっていいでしょう。それにひきかえ彼 (= ユージーン) は、人の言うことに耳を貸すよりも、自分がしたいと思うことをし、なりたいと思うものを追い求める自信家です。
 

*3: 彼女は外を眺めてるだけ
  ラプンツェルにとって "out"「外」は、"look"「眺める」対象にすぎませんでした。
 

*4: でも彼が出ていこうとしたとき
  ユージーンにとって "out"「外」は、"walk"「歩」いて踏み込んでいくべき場所です。ここまでの 4 行で、ラプンツェルとユージーンのこれまでの性格の違いが描かれています。
 

なお、ラプンツェルとユージーンが歌う「I See the Light (輝く未来)」に、"♪ All those years outside looking in (一人 塔の中で)" という一節がありますが、この "outside" は「塔の外」ではなく、「かやの外 (仲間外れ)」という意味で使われています。
  きれいな光があそこからたくさん上がっていく。でも、私はその外にいて、遠い塔の窓辺からかいま見ることしかできなかった。"(on the) outside looking in"「外にとり残されて中を物欲しげ (切なげ) にのぞき込んでいる」心境です。

 

*5: 彼女もついてきた
  ここで、ラプンツェルに変化が訪れます。国王と王妃が 18 年にわたって放ちつづけてきた光が、彼女を行動へと導きます。
  ここで、あれ、おかしいなと思う人もいるでしょう。実際のストーリーでは、出ていく彼を彼女が追ったのではなく、彼女が彼に命令して外を案内させていたからです。でも、この歌詞はこの歌詞で許容できてしまいます。つまり、この曲は、映画を単純に要約してみせることを目的としているのではなく、この曲独自の価値を持っているのです。
  ラプンツェルとユージーンのような男女が現実にいたら、そんなことも起こるだろうなと思わせる、もっと言えば、ラプンツェルのような心境の変化を体験したら、自分もそんなふうに行動するかもしれないと思わせる、いわば説得力のある「現実バージョン」を見せてくれているようで、映画を楽しんだ人なら楽しく聴けると思います。
 

*6: 欲しいって自分で思うものを見つけに行くのよ
  直訳すると、「欲しいものが欲しいのよ」ということですね。
  「私は、他人から押しつけられたものではなく、自分が欲しいって思うものを手に入れたい (= 自己信頼)。だから私は、だれに何と言われようと、外に出てそれを見つけに行くのよ (= 精神的勇気)」という彼女の大切な決意を、彼に訴えているわけです。
  その重大さにハッとさせられる一方で、それをこんなにつたないストレートな表現で伝えるところに、彼女の可愛らしさを感じます。
  アナ雪でも、「自己信頼 (Self-Reliance)」というテーマはエルサの「Let It Go (レット・イット・ゴー)」で歌われていましたし、それを行動としてつらぬく「精神的勇気 (Moral Courage)」というテーマはアナが担っていました。もっとも、アナさんご自身は、"The picture of moral courage"「精神的勇気の化身」と言われるよりも、"♪ The picture of sophisticated grace"「優美の極みサナガラ (誰よりも魅力的)」と言われたいようですが...。
 

*7: これ私に必要だわって自分で思うものを
  前の行をわかりやすく言いなおしています。自分の欲しいものを目の前にすると、"I tell myself (that) I need this."「わー、これ、私に必要だと、私 (の身体) が私自身に語りかける」のだというわけです。この文の "this" を "something" に変え、先行詞として前に移動させたのが、元の英語歌詞 "Something that I tell myself I need" です (いわゆる「連鎖関係詞節」です)。"I tell myself I" の部分が生み出す、/aɪ/-/el/-/aɪ/-/el/-/aɪ/ という音の繰り返しが、面白い効果をつくり出しています。
 

*8: 自分の意志に目覚め始めた彼女
  直訳すると、「彼女は自分自身が導いた結論に到達しようとしている」。
 

*9: よし決めた! と思ったとたんに
  直訳すると、「なんて言えばいいのかわかったと思ったとたんに」。
  ここまで、英語歌詞の主語は "she" (= ラプンツェル) か "he" (= ユージーン) でした。または、ラプンツェルが自分を指して言う "I" でした。
  ところが、この行で主語がさりげなく "you" に変わっています。この "you" は、一般的 (普遍的) な真実を述べるときに使われる主語で、あえて訳すなら「人は」となります。「よし決めた! と思ったとたんに、だれかがやってきて思いもかけない道に導いてくれる "ものよ"」という誰にでも当てはまる法則 (聴き手が自分にも訪れるかもしれないと思う法則) を、歌い手が語り始めています。そして、この行以降、(リフレインによる繰り返しを除いて) "she" や "he" は登場しません。つまり、物語を語るのをここでやめて、映画のエッセンスを聴き手の心に直接訴え始めているのです。
 

以降の歌詞は、グレイス・ポッターさんから聴き手へのメッセージです。自分も "Good intentions" や "True love" を発揮できる人間になれたら、と思います。
 

* * *
 

私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。彼ら何者ぞやと気慨が出ました。今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものは実にこの自我本位の四字なのであります。
夏目漱石『私の個人主義』 -> 青空文庫
 

あなたは御自分の詩がいいかどうかをお尋ねになる。あなたは私にお尋ねになる。前にはほかの人にお尋ねになった。あなたは雑誌に詩をお送りになる。ほかの詩と比べてごらんになる、そしてどこかの編集部があなたの御試作を返してきたからといって、自信をぐらつかせられる。では (私に忠言をお許し下さったわけですから) 私がお願いしましょう、そんなことは一切おやめなさい。あなたは外へ眼を向けていらっしゃる、だが何よりも今、あなたのなさってはいけないことがそれなのです。
リルケ『若き詩人への手紙・若き女性への手紙』(高安国世訳) 新潮社
 

To believe your own thought, to believe that what is true for you in your private heart is true for all men, -- that is genius.
我と我が思想を信じ、我が一個の心において我にとって真なるものは、また万人にとって真なりと信ずること--これすなわち天才である。

Emerson『Self-Reliance』(平田禿木訳)  -> 国会図書館 (七八ページ『自信論』)
 

「仰{おお}せはいちいちごもっともでござる。しかし浮世の過しがたさに、このようにしているのです。もしこのようにしなければ、どうやって妻子をば養い、自分の生命をつなぐことができましょうか <中略>」と。
  これに対して、露伴は次のような批評をしている。知的生活の根源にかかわる問題であるから、原文のまま引用してみよう。
「何時{いつ}の世にも斯様{こう}いふ俗物は多いもので、<中略>。しかし折角{せっかく}殊勝{しゅしょう}の世界に眼を着け、一旦それに対{むか}つて突進しようと心ざした者共が、此{こ}の一関に塞止{せきと}められて已{や}むを得ずに、躊躇{ちゅうちょ}し、徘徊{はいかい}し、遂に後退するに至るものが、何程{どれほど}多いことであらうか。額{ひたい}を破り胸を傷つけるのを憚{はば}からずに敢{あえ}て突進するの勇気を欠くものは、皆{みな}{こ}の関所前で歩{ほ}を横にしてぶらぶらして終{しま}ふのである。芸術の世界でも、宗教の世界でも、学問の世界でも、人生戦闘の世界でも、百人が九十九人、千人が九百九十九人、皆{みな}此処{ここ}で後へ退{さが}つて終{しま}ふのであるから...

渡部昇一『知的生活の方法』講談社 (※ 幸田露伴の引用については文献にあたって訂正を施しました)
 

世俗のことわざに、「口もきけず、耳も聞えない人にならなければ、一家のあるじにはなれない。」と言っている。
この意味は、人が自分をそしっても耳にも入れず、その代わり自分も人の悪いところを言い立てなくなれば、自分の思うところをなしとげることができるというのである。こういう人を一家の大人{たいじん}とするのである。

『正法眼蔵随聞記』(水野弥穂子訳) 筑摩書房
 

波騒{なみざい}は世の常である。
波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚{ざこ}は歌い雑魚{ざこ}は躍る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。水のふかさを。

吉川英治『宮本武蔵:08 円明の巻』 -> 青空文庫
 

Give the world the best you have and you'll get kicked in the teeth. Give the world the best you have anyway.
世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。

ケント・M・キース『逆説の10ヵ条』 -> ウィキペディア
 

なぜ、君は待たなかったのか、その重みが、
耐えられぬものとなるまで、その時、
その重みは逆転するのだ、
それはただそんなに純粋だから
そんなに重たいのだ。
--リルケ『鎮魂歌』--

鈴木秀子『死にゆく者からの言葉』文藝春秋
 

And Ella continued to see the world not as it is, but as it could be, if only you believe in courage and kindness and occasionally ... just a little bit of magic.
ケネス・ブラナー (監督) (2015)『Cinderella』
 

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YouTube【📢】【仏1📢仏2📢】【西📢】【カラ📢】【WDAS📢】【アコ+Jake📢】【原曲📢

「アコ」(グレイスさんの弾き語り) は見られないようなのでリンクを外しました。

 
コードとカタカナ歌詞はこちらです。
 
 

英語版 (Tangled) を何度も数え切れないくらい観た方はこちらをどうぞ。難易度高めです。

Oh My DisneyDisney Style では、ラプンツェルの名言 "Best day ever!"📢 が上のページ以外でも事あるごとに使われていて(*) 笑ってしまいます。これなど真っ先に書いたと思われます。
  ユージーンで笑いたい方はこちらをどうぞ。
 
(*)  What's in a name? That which we call a rose
By any other word would smell as sweet
名前がなんだというの? バラと呼ばれるあの花は、
ほかの名前で呼ぼうとも、甘い香りは変わらない。

シェイクスピア『ロミオとジュリエット』(河合祥一郎訳)
 
... 『赤毛のアン』の第 5 章📢 (アニメ版📢では第 4 章) を思い出しますね。

 
似たテーマの映像作品には『リトル・ダンサー (Billy Elliot)』などがあります。

この映画をモチーフにしたと思われるのが、『ちいさなプリンセス ソフィア (Sofia the First)』の「まほうのアイスダンス (Lord of the Rink)」というエピソードです。
  同じテーマをもつ第 1 話「プリンセスのすること (Just One of the Princes)」は、公式ページの「関連動画」から無料で観ることができます。

 
 

* * *
 

 

    朝、メアリーとローラが連れだって学校に向かう。
  遅刻ぎみなのであせっているメアリーの後方で、ローラは木の枝を片手に地面の草を払いながら歩いている。
Mary: Laura, will you come on? We'll be late for sure.
メアリー: 遅れちゃうわよ。なにぐずぐずしてんの?
 
Laura: I'm looking for something.
ローラ: 探してるのよ。
 
Mary: What?
メアリー: なにをよ?
 
Laura: I don't know.
ローラ: わからない。
 
Mary: Well, how can you be looking for something if you don't even know what the something is?
メアリー: どうかしてるわ。わからなかったら探しようがないじゃないの。
 
Laura: I'll know it when I see it.
ローラ: なにかいいものよ。
 (直訳: それを見ればそれ (探してるもの) だってわかるわ。)
 
Mary: Laura, sometimes you don't make sense. Come on.
メアリー: ローラって変ね。気が知れないわ。早く。
 
Laura: Okay, I'm coming.
ローラ: 行くわよ。つまんないな。
 

 

    ローラがメアリーに追いつく。
Laura: You know, sometimes you don't make sense, either.
ローラ: あたしも姉さんの気が知れない。
 
Mary: When don't I?
メアリー: あらどうしてよ。
 
Laura: Every morning you're always in a hurry to get to school.
ローラ: だって学校に行くとき、いつもいそいそしてるわ。
 
Mary: Well, I like school.
メアリー: 学校好きだもの。
 
Laura: That's what I mean. You don't make sense.
ローラ: そこなのよ。だから気が知れないって言うの。
 

 
『大草原の小さな家 (Little House on the Prairie)』、第 12 話「メアリーの失敗 (The Award)」