アメリカの開発スタジオはいかにして時代劇風の侍ゲームを作ったのか?『Ghost of Tsushima』開発者インタビュー

インタラクティブな時代劇を実現する過程について

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IGN JAPANのレビューで9点を獲得し、世界各国のメディアでも高く評価されている『Ghost of Tsushima』はすでに、PS4のスワンソング(最後の傑作)と呼ばれ始めている。1274年の対馬を描き、侍を主人公にした「時代劇風オープンワールドゲーム」である本作。大きな特徴はなんといっても、アメリカの開発会社であるサッカーパンチ・プロダクションズが、日本を舞台とした作品を手掛けたことだろう。

本インタビューでは、『Ghost of Tsushima』のクリエイティブ・ディレクターであるネイト・フォックス氏がどのような時代劇に影響を受けたのか、『Ghost of Tsushima』でどのようなゲームを目指したのかなどについて訊いた。さらに、SIE JAPANスタジオの日本語版制作チームが本作にどのように貢献したのかも伺った。

※本インタビューにストーリーのネタバレは含まれていないが、スタッフクレジットのテキストに関する記述が含まれる。

影響を受けた作品について

まずはフォックス氏が日本の歴史や侍に興味を持ったきっかけについて質問した。

フォックス氏:「武士が登場する作品への愛着は、昔に読んだコミック『Usagi Yojimbo』から始まりました。剣豪宮本武蔵の生涯を大きく脚色した作品です。それから、圧倒的なインスピレーションを受けた作品として、古今無類の傑作劇画『子連れ狼』を外すわけにはいきません」

『Usagi Yojimbo』日系アメリカ人であるスタン坂井氏による作品で、擬人化した動物が宮本武蔵の物語を演じるコミックだ。偶然にも、『Usagi Yojimbo』の続編となるCGアニメシリーズ『Samurai Rabbit: The Usagi Chronicles』がNetflix向けに発表されたばかりだ。

 
『Usagi Yojimbo』

また、言うまでもなく『子連れ狼』は70年代に連載された代表的な劇画である。そして原作者である故小池一夫氏も、実は間接的に『Ghost of Tsushima』に関わっている。

日本語版制作チーム:「フィクションの時代劇を作るにあたっての『いろは』は故小池一夫先生のワークショップで(私たちは)事前に学んでいました」

『Ghost of Tsushima』をプレイして、何よりも強く感じるのは、黒澤明監督をはじめとする時代劇映画からの影響だろう。フォックス氏が具体的に影響を受けた映画についても訊いた。同氏が最初に挙げたのはやはり、黒澤監督の代表作である『七人の侍』(1954年)だった。

 
『七人の侍』(1954年)

フォックス氏:「この映画はあるべき侍の姿を教えてくれました。他の人々のために自分の命を捧げることができる、気高く、質実な戦士としての姿です」

『Ghost of Tsushima』では武士の「誉れある戦い」が大きなテーマになっていると言えるが、フォックス氏が『七人の侍』でみた侍像がインスピレーションになっているのかもしれない。

次に、フォックス氏は同じく黒澤監督の作品である『用心棒』(1961年)について語った。

フォックス氏「(『用心棒』は)諸国を放浪する侍というファンタジーを完璧な形で表現しきっていると思います。町から町への旅烏。揉め事があれば、知恵と(刀の)腕とで解決するのです」

確かに、フィクションで描かれたカッコいい侍は仕官している忠実な存在よりも、三船敏郎が演じる「三十郎」のようなキャラクターと言えそうだ。そういう意味で、『Ghost of Tsushima』の主人公である境井仁は、最初こそは武士の掟を重んじる存在だが、そこから徐々に逸脱して冥人(くろうど)に変貌する過程を描いている。

 

最後に、フォックス氏は『Ghost of Tsushima』における殺陣について、1963年の映画の三池崇史によるリメイク『十三人の刺客』(2010年)を参考にしていると語った。

フォックス氏:「『Ghost of Tsushima』での剣戟をどうすべきか。検討の土台になったのがこの作品です。リアルで血みどろなトーンの映画ですが、過剰な暴力を見せつけるようなことは決してありません」

時代劇のかっこよさを再現した新鮮な着眼点

『Ghost of Tsushima』における殺陣は、筆者がゲームで見た中で最も時代劇らしいものであり、斬るか斬られるかの真剣勝負を見事に演出している。

 

フォックス氏:「私たちの目標は、時代劇での戦いの感覚をインタラクティブな媒体で生み出すことでした。その実現のためには、最終的にふたつの守るべき掟にたどり着きました」

サッカーパンチ・プロダクションズが守ったふたつの掟を以下に紹介しよう。

一、 刀の致命的な切れ味を尊重する。刀で数回斬りつけられれば、(主人公でも敵役でも)人は死ぬ。

一、 主人公は、静穏を保つ。静を破り、一瞬の正確な一撃で敵の命を奪う。

フォックス氏:「剣術の専門家を起用してモーションキャプチャーを行いました。ふたつの掟に則るには、実際の人間による動きを表現する必要があったからです」

 

フォックス氏の言う通り、『Ghost of Tsushima』における太刀捌きは人間らしい動きで、人間離れした要素はほぼない。斬られてしまえば死んでしまう人間同士の戦いは、まさに時代劇のような迫力と緊張感があった。

フォックス氏:「『Ghost of Tsushima』は往年の時代劇映画へのオマージュです。私たちは、時代劇が本来持っている芸術としてのパワーを、インタラクティブなメディアで表現したかったのです。息詰まる緊張や血飛沫が飛び散る剣戟から、風に揺れる草原を馬に乗って駆ける感覚まで、数々の名作が持っている“あの感じ”を捕えたかったのです」


時代劇のような世界観や殺陣のゲームが国内のメーカーからもほとんど出なかったのは不思議といえば不思議だ。『Ghost of Tsushima』の日本語版制作チームも、サッカーパンチの新鮮な着眼点に感心していたらしい。

日本語版制作チーム:「フレッシュな目線で時代劇を見ていて、それが現代でも通用するクールな物だという考え方と、日本の作品ではあまり扱われない鎌倉時代をあえて拾ったところが新鮮でした」

史実ではなく、エンターテイメント

それでも、異国の文化や歴史を作品に落とし込むのは、憧れだけでは到底不可能だろう。日本人にとっても、鎌倉時代を舞台としたゲームを作ることは容易ではないはずだ。しかも、蒙古軍の襲来を描くとなると、さらに蒙古帝国の研究までしなければならない。

Ghost of Tsushima Coming Summer 2020 to PS4

フォックス氏:「制作にあたり幸いにも数々の歴史コンサルタントと協力することができました。当時の宗教の詳細についての専門家や刀を使った戦い方の専門家、モンゴル語の専門家などのご協力で世界観をよりリアルに表現できたと思います。また特にモーションキャプチャーのセッションではモーションコンサルタントに協力いただけて、非常にありがたかったです。セッションではアクターの方々に長い弓の引き方や膝のつき方などを教えていただけました」

フォックス氏はさらに、Stephen Turnbull著『The Mongol Invasions of Japan, 1274 and 1281』という参考文献が開発陣によく読まれていたことを教えてくれた。

だが、作品舞台を入念に研究しているとはいえ、サッカーパンチの狙いは史実を再現した作品を作ることではなかったという。

フォックス氏:「本作の着想の元になったのは史実の出来事ですが、本作はオリジナルのフィクション作品です。本作に登場する人物や場所のほとんどは我々の創作で、主人公の境井仁が侍から冥人へと変化してゆく物語を伝えるために生み出されたものです」

日本語版制作チーム:「プロジェクトに関わり始めた当初は特に、歴史的な点について多くの指摘を行いました。ただ、開発会社の姿勢はその頃から一貫しており、『史実の再現ではなく、時代劇の興奮の再現を目指す』、『日本の文化や歴史には敬意を払いつつ、歴史的な正確さよりもゲームとしての面白さを目指す』、『日本だけではなく、世界中の人々に遊んでもらいたい』などの方針がしっかりしていましたので、我々もそれに従って、指摘や提案を行いました」

 

筆者は本作のレビューでも「彼らの目的があくまでフィクションを作ること、そして楽しいゲームを作ることにあったことは明白だ」と書いていたのだが、「歴史の再現」よりも「面白さ」や「わかりやすさ」が最優先されたわけだ。その例として、日本語版制作チームはキャラクターの「頭部」について教えてくれた。

日本語版制作チーム:「鎌倉時代では、公家も武家も庶民も烏帽子をかぶっているのが当たり前だったのですが(実際に、ばくちで負けた人が、下着まで取られて烏帽子だけになったという記述があるほどには必須のものでした)、世界に流布している『侍』のイメージとは合わず、また日本人でもそれが『当たり前』と思える方は多くないだろうとの判断から、より一般の『侍』イメージに近い、もっと後の時代を参照した『頭部』になりました」

"音"へのこだわり

「わかりやすさ」と「らしさ」のバランスの難しさは、シナリオの和訳においても重大な判断基準になってくるだろう。シナリオのローカライズも日本語版制作チームが直接行い、先述したように故小池一夫氏のワークショップを通して時代劇の作風を学んでいたのに加え、本、ドラマ、映画、漫画などを片っ端から漁って知識を詰め込んだという。さらに、作業中は日本中世史を専門とする本郷和人氏に歴史的な専門用語や当時の文化についてアドバイスをしてもらっていたという。

日本語版制作チーム:「(大変だったのは)時代劇らしさとエンターテインメントが両立する絶妙な中間ポイントを探ることでした。古典芸能に寄りすぎると言葉が古くなりすぎて耳で聞いても理解できなくなる一方、エンタメに徹し過ぎると言葉が現代的になり『らしさ』が失われてしまいます。そこで時代劇らしさを出しながら最近の人の耳にもなじむようなセリフにするため、台本を作る時は日本語の単語1つひとつを最初に使われた時代から調べ、鎌倉・室町時代辺りから始まり現在でも生きている言葉をなるべく選んでセリフを組み立ていくことにしました(どうしても見つからない時は現代に近い言葉を引っ張ってきたりもしています)。おかげで想定していたよりも膨大な時間がかかりました」

確かに、『Ghost of Tsushima』における台詞回しはいかにも「それらしい」感じがするのである。一方で、従来の時代劇よりは圧倒的にわかりやすい印象を、筆者は受けていた。

日本語版制作チーム:「また一部に、韻文の翻訳が出てくるのですが、プレイヤーの体験としては面白いものであるものの、翻訳の整合性を取るのに多少苦労しました」

 

これはおそらく、各地にある絶景の前で和歌を詠むミニゲームのことを指していると思われる。こちらのミニゲームでは景色を眺めて、木や水に太陽などにフォーカスを絞り、選んだものに応じて和歌が三段階で変化するという内容だ。それぞれ3択から1つ選べるので、合わせて27パターンの歌を詠むことができる。この27パターンをすべて和歌として成り立たせるのはそれだけでも大変そうなのに、英文からの翻訳であると思うと気が遠くなる。仁が完成した和歌を古語で読み上げると、括弧書きで現代語訳も表示されるので、いかにもそれらしいと同時にわかりやすく伝えるというコンセプトは、ここにも貫かれている。

翻訳のスタイルが細部まで徹底されたこともあって、『Ghost of Tsushima』は台詞も含めて「時代劇らしさ」あふれる作品となっている。もちろん、翻訳だけでなく、声優の貢献も大きいはずだ。

日本語版制作チーム:「本作が時代劇であることを鑑みて、かなり早い段階から音響監督(レコーディング・ディレクター)の方には作品の方向性について検討していただきました。時代劇に合う発声やセリフ回しは現代劇とは異なりますので、それを念頭に置いていただいてキャスティングをご提案いただきました。そのうえで、主要キャラクターについてはオーディションを開き、日本のローカライズチームが最終決定を行いました」

また『Ghost of Tsushima』におけるサウンドはキャラクターの「声」だけでなく、自然の「声」も非常に重要な役割を担っている。SIE JAPANスタジオ、クリエイティブサービス部のサウンド課は、サッカーパンチ・プロダクションズとの協力で、日本の自然や動物の音を収録した。

 

サウンド課:「日本の環境音、野鳥の鳴き声などを収録して送ってくれないかというメールから『Ghost of Tsushima』の環境音収録コラボレーションが始まりました。GDCでサッカーパンチ・プロダクションズのオーディオディレクターのBrad Meyerと直接会ってどのような素材が欲しいのか話を聞きました。帰国後、Bradから必要な音素材の詳細資料が届き、その資料をもとに、どこで、どんな音が収録できるかプランを始めました」

この経緯から、オーディオディレクターとして長年の経験を持ち、コナミにも務めていたMeyer氏は「日本の環境音」にかなりのこだわりを持っていたことがわかるだろう。

次にサウンド課が具体的にどのような環境音を収録したのか、そして収録場所についても教えてくれた。

サウンド課:「環境音の収録ロケは数回に分け、ゲームで使いやすいように季節ごとに数回収録を実施しました。収録時のロケーションは山梨、静岡、千葉など、あまり移動に時間がかからず、できる限り静かな場所を探しました。環境音は、森の中、湖、沼地、海岸、田畑や草原、山間部の集落など、資料にあった景色、天候、季節、時間帯に合う音を目指して収録し、収録後のポスト処理後にライブラリ化しています。野鳥や動物については、屋外での収録が難しいので、野鳥園、野鳥公園などで収録しています。ゼミ、コオロギ、カエル、カラス、ニホンジカなど、野鳥以外にも日本を感じることができる音もライブラリに含まれています」

 

人間味あふれる武士道物語を描く

ゲーム内で季節が変わるわけではないし、現実の対馬はもちろん日本の本土ほど多様な景色があるわけではない。だが、ここでもサッカーパンチ・プロダクションズはエンターテイメント作品を作ることにこだわりを見せ、ゲームではより多様な景色、そして景色に合わせた環境音を取り入れている。

 

フォックス氏:「本作での“対馬”は、『デジタル写し絵のように』実際の対馬をコピーして作ったわけではありません。むしろ、中世期日本の雰囲気を味わっていただくことを目的としており、そのために日本各地のさまざまな地形や植生を取り入れています。風に揺れる草原、雪に覆われた峰、鬱蒼とした竹林までもが、私たちの"対馬"には用意されています」

しかし、エンターテイメント作品であるとはいえ、時代劇の魅力に迫ること、そして侍や武士道の物語を描くというスタンスは変わらない。

フォックス氏:「本作の物語は、主人公の仁が侍から冥人へと変わってゆく心の変化を描いたものです。その中では『兵の道』(つわもののみち)と呼ばれた、いわゆる武士道が大きな意味を持っているのですが、当時の武士の在り方や武士道を詳細に説明するのではなく、それが個人としての仁の心に与えた影響をとりたてて描くようにしました」

蒙古の襲来に伴い、対馬の多くの人々が命を落とした『Ghost of Tsushima』のストーリーにおいても、仁は仲間が血の海に沈められた光景を見るわけだが、そのときの彼の気持ちは、想像するだに恐ろしい。

PS4 Exclusive Ghost of Tsushima Has Gone Gold

フォックス氏:「1274年に元軍が対馬へ侵攻した際に、80騎の侍が所領を守るために迎え撃った小茂田浜(当時の佐須浦)を私たちは実際に訪れ、その地に立ったときには、何とも言えない畏敬の念に打たれました。取材チームの全員にとって、間違いなく深い印象を残したと思います」

​​​​​​『Ghost of Tsushima』をクリアすると、スタッフクレジットと共に、元寇で亡くなった対馬の人々のことを偲ぶ言葉がある。対馬の取材旅行に同行した日本語版制作チームの石立氏は、以下のように述懐している。

石立氏:「取材中にちょうど対馬の神社の祭事があったのですが、取材チームのリーダーがその厳粛さに感動して、自分のポケットマネーから『元寇で亡くなった方々の子孫に寄付したい』とサッカーパンチ名義で神社へ寄進したのにはちょっと感動しました(私も同額を奉納しました)」

『Ghost of Tsushima』は7月17日、PS4向けに発売される。詳しく知りたい人はレビューも読もう。


©Sony Interactive Entertainment LLC.

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Ghost of Tsushima

Sucker Punch | 2020年6月26日
  • Platform / Topic
  • PS4
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