コラム:クリントン氏のメール問題、FBIが語らなかったこと

Peter Van Buren
米大統領選で民主党の候補指名を確実としているヒラリー・クリントン氏が国務長官時代に機密性の低いメールサーバーを使用していた件について、米連邦捜査局(FBI)のジェームス・コミー長官は刑事訴追を行わない方針を示した。
これは重要なことではあるが、一方で、長官が触れなかった部分も同じくらい重要である。
●意図について何を語らなかったか
コミー長官によれば、クリントン氏の私用メールサーバーを介して送受信された時点で機密情報を含んでいたメールは約110通あったという。コミー長官は、クリントン氏に違法行為の意図はなく、また同氏の行動が「重大な過失」に至るという証拠は見つからなかった、と強調している。ただしコミー長官は、こうした判断の根拠を示していない。
機密が保護される政府システムとクリントン氏の私用メールサーバーのあいだに電子的な接続はない。これはつまり、クリントン氏やその通信相手が、機密指定された書類を元に情報を再入力(またはコピー&ペースト)しなければならない状況が110回もあったことを意味する。それ以外にデータを移す方法がないからだ。
その過程で、機密指定のマーク(「トップシークレット」といった表示)は除去されている(コミー長官は、当該サーバーには機密情報の指定があるメールもあったと話しているが)。
政府インテリジェンス・コミュニティーの監察官は、文書のなかには、北朝鮮の核兵器開発プログラムに関するものなど、最高機密に分類されていたものもあったと述べている。公開されたクリントン氏のメールのうち少なくとも47通は、情報公開法の公開除外条件である「B3 CIA PERS/ORG」を含んでいる。つまりその資料がCIAの人員に言及していることを示している。一部のメールは、氏名や役職に直接言及することを避けるため、「婉曲法」と呼ばれる曖昧な表現でCIAのスタッフに言及している。
コミー長官は、一部の情報の重要性を明らかにしている。「7本のメール・スレッドは、送受信の時点で、トップシークレット/特別アクセス制度レベルに分類される事項に関するものだった。クリントン氏は、それらの事項に関するメールの送信者として、また同じ事項に関する他者からのメールの受信者として、これらのスレッドに関与している。証拠をもとに考えると、クリントン国務長官と同じ立場の道理をわきまえた人であれば、保護されていないシステムがそのようなやり取りに不向きであることは分かったはずだ、という結論になる」
「機密」表示の有無は重要ではない。クリントン氏を含め、政府部内の機密情報取扱許可保持者すべてが署名する標準様式312号は、表示の有無にかかわらず機密指定された資料に秘密保護法が適用されると明記している。遡及的な機密指定の合法性については最高裁判所で争われたが、合法とする下級審の判決が支持されている。
コミー長官は、クリントン氏に法律違反の意図はなく、重大な過失にも相当しないと主張しているが、クリントン氏の行動とコミー長官の声明が整合しているとは考えにくい。
●偽証と捜査妨害の問題で何を語らなかったか
ヒラリー・クリントン氏の最も初期の声明では、私用サーバーでは機密情報を扱っていないとされていたが、後に「機密表示された」機密情報は扱っていないと修正された。
コミー長官は、他のユーザーの受信箱で見つかったメールや、クリントン氏によって国務省に転送されていないメッセージは、職務に関連するものだったと説明している。
しかしクリントン氏は、職務に関するメールはすべて転送したと主張していた。こうした矛盾にもかかわらず、偽証や捜査妨害は問題にされていない。
また、コミー長官によれば、クリントン氏の弁護士らは、国務省に転送していなかったメールをすべて消去し、司法当局による完全な復旧を妨げるような方法でディスクを消去していた。
「彼らが国家に提出していない、他の場所では発見されていない、それ以外の職務関連のメールが存在する可能性もある」と長官は話している。しかしいずれも、証拠隠滅という文脈では問題視されていない。
●過去の事例について何を語らなかったか
クリントン氏の事例に適用されている基準は、政府の他部門における秘密保護法違反に関する処理とは異なっている。
類例のなかでも、CIA職員だったジョン・キリアコウ氏(CIA職員の氏名が記された、機密表示もなく機密性もない名刺を1枚外部に見せただけで、連邦刑務所に3年間服役)の例、運輸保安局(TSA)の航空警察官ロバート・マクリーン氏(遡及的に機密指定された書類を暴露したことで解雇)の例は際立っている。
また、タリバン内通者に関して警告するためにアフガニスタンに派遣されている仲間の海兵隊員に機密情報を送信したジェイソン・ブレズラー少佐は、除隊を強いられた。デビッド・ペトレイアス元陸軍大将でさえ、Gmailアカウントで機密情報を愛人に漏らしたことで、限定的な法的処罰を受け、CIA長官の職を辞任している。
だが、恐らく将来的に他の者が国家レベルでのセキュリティ違反に関して「ヒラリー式の抗弁」を試みることを牽制するためか、コミー長官は次のように述べている。
「確認しておくが、今回の結論は、類似の状況において、このような行為をおこなった者が何の責任も問われないということを示唆するものではない。むしろ、彼らはセキュリティ上の、あるいは行政上の処分を受けることが多い。しかしそれは今ここで判断することではない」
●情報公開法の問題について何を語らなかったか
コミー長官はクリントン氏の行為と情報公開法との関連についても触れていない。
クリントン氏の長官在任時、またその後しばらくの期間、国務省は、要請に応じて提出できるような同長官のメール記録は持っていないと主張していた。
国務省がクリントン氏の私用サーバーを捜索できないという意味で厳密には事実なのだが、こうした声明によって、ジャーナリストや民間の市民、そしてしばらくの間は連邦議会に対してさえ、合法的に閲覧できるはずの文書が開示されなかったことになる。
国務省内部の監査官は、こうした行為が連邦記録法違反に当たると判断している。
●そして今後何が語られるか
大統領選挙に向け、優位に立つクリントン氏とその側近たちについて、コミー長官は、米国の機密を扱ううえで「極めて不用意」であったと表現した。
現在の政治状況のもとでは、これはクリントン候補の支持者にとって全般的には良いニュースだと受け止められるだろう。今や基準は「有罪判決を受けないこと」まで下がっているからだ。一方、共和党候補指名を確実としたドナルド・トランプ氏の陣営は、自分たちの訴えを強めていくために、もちろんこの件を大きな争点にしていくだろう。
その正否はともかく、機密資料の扱いに関してクリントン氏が刑事訴追を受けることになると考えていた人はほとんどいない。
だが、FBIが取り上げなかった問題はくすぶり続ける。11月の大統領選で、有権者の大多数がこの問題を解決済みと考えるとしても、新大統領が就任する1月、連邦議会の共和党議員が同じように感じてくれる可能性は低いだろう。
(注記:イラク戦争における国務省の役割を批判した拙著が出版された後(出版はクリントン国務長官時代だったが)、同省は筆者を解雇しようとしたが成功しなかった。筆者は自発的に退職した。)
(7日 ロイター)
*筆者は、米国務省に24年間勤務。著書にイラク再建の失策を取り上げた「We Meant Well: How I Helped Lose the Battle for the Hearts and Minds of the Iraqi People(原題)」などがある。最新刊は「Ghosts of Tom Joad: A Story of the #99 Percent(原題)」。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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