美容の世界で日露交流:ロシア初の日系美容室の挑戦

丸山香奈子撮影
 今年7月、モスクワ都心にロシア初となる日系美容室Kirameki Moscowがオープンした。ロシア在住の日本人の数は首都モスクワでも2,000人程度に留まる。そのような厳しい環境下で何故、日系美容室をオープンさせるに至ったのか。代表スタイリストの横山誠人氏にインタビューした。

W杯でのおもてなし

 日系美容室のロシア進出の契機となったのは、意外にも2018年のロシアサッカーW杯だった。横山氏はサッカー日本代表のサポーターとして昨年初めてロシアの地に足を踏み入れた。ロシア滞在中随所で、ロシア人の優しさや、彼らのおもてなしの素晴らしさに衝撃を受けた。たとえば試合終了後、横山氏が他サポーターとともに食事をしていると、ロシア人の男性に声を掛けられた。男性はその場の日本人全員にウォッカを振舞い「今日の日本の試合は素晴らしかったよ。そして何より日本の皆さんが遥々ロシアへ足を運んでくれたことがとても嬉しい」と言うと、横山氏が気付かないうちに全員分の支払いを済ませて帰って行ったという。

「この国に来るまでは怖い国という印象しかなかったロシア。そんなロシアの人が我々日本人のことをよく知ってくれていて、とても親しく思ってくれていることに深く感動しました」と横山氏は当時を振り返る。このロシア訪問をきっかけに初めてロシアの美容室事情を知り、美容師という立場でこの国に何か恩返しが出来ないかと思うようになった。

世界の美容師技術

 美容に敏感なロシア女性たちのために、首都モスクワの街は美容室であふれている。しかし残念ながら、ロシアの平均的な美容師技術は日本に比べて30年程遅れている、と横山氏は分析する。意外にも、世界には有資格者しか美容師になれない国はアメリカ、日本、韓国の3か国しかないとのこと。言うなれば、誰でも美容師になることが出来る世界に於いて、技術を向上させるためには、いかに新しい知識を習得し、様々な髪質に触れて経験を積んでいくかが大切だという。

 30年以上の経験があり、日本で2つの美容室を経営しているカリスマ美容師の横山氏も、25歳の時に初めてイギリスへ留学をして以来、技術向上のため海外への研修は欠かさない。「常に海外の技術や最新のトレンドを取り込んでいく事が大切です。その点でロシアの美容師の人々は外の技術に触れる機会が少ないのでしょう。しかしながら彼らが私の技術に非常に興味をもってくれているのをみて、機会さえあればこの国の美容技術は伸びると実感しました」と横山氏は語る。また、ヘア・カットに関しての遅れは否めないものの、ロシア人美容師のカラー技術の高さは一目おけると言う。「日本人に比べてロシア人の髪の色の幅はとても広い。その幅広い髪を扱ってきたロシア人美容師たちはやはり経験値が上だと思います」。髪の世界も奥が深い。

美容室オープンまでの道

 前例のない海外で新しくビジネスを行うことは容易なことではない。店を出すうえでの様々な法律や、カラー剤等道具の手配、そして従業員のビザの問題等、解決しなくてはならない問題が山積みだった。しかし、W杯後の横山氏の行動は早かった。モスクワの現地美容室を借りてカットを行う出張美容室イベントを3度開催。そして1年後にはモスクワ都心に美容室をオープンさせていた。「もちろん、大変なことは沢山ありましたが、ロシアに於いて日系美容業界のパイオニアになれるという夢でワクワクしていました」と横山氏は笑顔を見せる。

 準備の中でも特に苦労したのが、実際にロシアに常駐するスタッフを見つけることだったと言う。「実はFacebookで“ロシアに美容室を開きたい”という私の夢を投稿しました。そしたらその投稿が美容業界に一気に拡散されました。皆さんの心温まるサポートに、この美容室を絶対に成功させるぞ、と決意を新たにしました」と語る横山氏から、現在モスクワでKirameki Moscowを切り盛りする2名の常駐スタイリストを紹介された。

 店長の宮里氏は「ロシア行きをどうするか、お客さんに相談したところ、皆さん私の挑戦を応援してくれました。止めてくれるかなと思っていたので寂しい気持ちもあったのですが(笑)そんなお客さんの後押しもあって遥々ロシアまでやってきました」と語り、「これから寒く厳しい冬が来るロシアの中で、一歩入ると“日本”を感じられる安心感、そして日本クオリティの技術を届けられる場所にしたいと思っています」とメッセージを添えた。

 また清瀬氏は「2人体制でお店を回しているので、シャンプーからカット、カラーまで一貫してお客さんと接することが出来ることを嬉しく思っています。ロシア人のお客さんにも沢山来ていただき、日本のおもてなしのサービスを体験していってほしいです」と語った。

 モスクワ在住の日本人をはじめとした外国人、そして多くの現地ロシア人の人々に来店してもらい、日本の美容師技術でお客様を笑顔にしたいというのが美容室オープンに踏み切った第一の思いだ。しかし横山氏の夢はそこに留まらない。

「我々の存在が、ロシア人美容師たちの刺激となり、彼らとともにロシアの美容室業界の底上げを図りたいです。それが私の美容師として出来る国際交流の形だと考えています。そのために、まずはロシアの美容コンテストで優勝を狙っていきたいですね」と意気込む。

 将来的にはロシア人の美容師の卵たちに、日本の高い美容師技術を教えることで、ロシアにいながら世界で通用出来る美容師を育てていきたいと考えている。「きれいになりたい」という女性の思いを叶えるこの美容室には、大きな国際交流の夢も託されていた。

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