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ホンダ 新型「シビック」のMT(マニュアル)車が売れている理由

ホンダの新型「シビック」が2017年9月29日に発売され、堅調に売れている。受注台数は発売後約1か月で1万2,000台に達した。

ホンダ 新型「シビックセダン」(左)、「シビックハッチバック」(中央)、「シビックタイプR」(右)

ホンダ 新型「シビックセダン」(左)、「シビックハッチバック」(中央)、「シビックタイプR」(右)

新型シビックは全幅が1,800mmに達する3ナンバー車で、価格は最も安いセダンが265万320円、5ドアのハッチバックは280万440円、高性能なタイプRは450万360円に達する。ボディサイズや価格を考えると、日本では売りにくいクルマに属する。

加えて、シビックは同社の「N-BOX」や「フィット」に比べて従来モデルの保有台数が少ないので、乗り換え需要も期待しにくい。こういった潜在的な違いまで含めたうえで見れば、とりあえずの受注は好調といえるだろう。

6速MTの受注比率は「36%」に

ホンダ 新型「シビックハッチバック」の 6速MT

ホンダ 新型「シビックハッチバック」の 6速MT

新型シビックの受注については、もうひとつニュースがある。6速MT(6速マニュアルトランスミッション装着車)の受注比率が高いことだ。5ドアハッチバックではCVT(無段変速AT)と6速MTを選べるが、6速MTが35%に達するという。

新型シビック全体の販売比率は、CVTと6速MTの「ハッチバック」が60%、CVTのみの「セダン」が25%、6速MTのみの「タイプR」が15%なので、新型シビック全体で6速MTの比率を割り出すと36%となる。

ホンダ「シビックタイプR」の6速MT

ホンダ「シビックタイプR」の6速MT

この6速MTの受注比率は高い。今は運転免許を取得する時に、約60%が「AT限定免許」を選び、MTを運転できないユーザーが増えた。これにともなって、軽自動車やミニバンなど売れ筋カテゴリーにMTを設定しない車種が増加しており、今では新車として売られる乗用車の約98%がAT車になった。MTの比率はわずか2%だ。それなのに、新型シビックではATが64%にとどまり、6速MTが36%と高かったために、一部のメディアがそれを報道した。

わずかな市場にも関らず6速MTを投入したことがきっかけに

ここで、改めて注目すべきは「新車販売される乗用車全体の約98%がAT車」という点だろう。MT車の車種数はそこまで減ってはいないが、選べるのはトヨタ「86」、日産「フェアレディZ」、マツダ「ロードスター」といった2ドア、3ドアボディのスポーツカーが中心だ。このほか、マツダ「アテンザ」「アクセラ」「デミオ」「CX-3」のクリーンディーゼルターボ搭載車(ガソリンエンジン車の6速MTは少数)、ホンダ「フィット 1.5RS」など、探せばMT車も用意されるが、その数は限られていて、ほとんど売れていない。売れないから、販売比率には反映されないという事情もある。

ホンダ 新型「シビックハッチバック」のエクステリア

ホンダ 新型「シビックハッチバック」のエクステリア

ホンダ 新型「シビックハッチバック」のエクステリア

ホンダ 新型「シビックハッチバック」のエクステリア

そこへ、新型シビックの1.5Lガソリンターボエンジンを搭載する5ドアハッチバックが、6速MTを設定したから注目された。新型シビックは居住性が前後席ともに快適で、荷室も使いやすく、なおかつ動力性能に余裕があって前述の6速MTを選べる。実用的な室内空間、適度にスポーティーなエンジン、6速MTの組み合わせが、クルマ好きの間で話題を呼んだ。

新型「シビック」の顧客層を販売店へ聞いてみると

新型シビックハッチバックの価格は前述の280万440円と安くはないが、同じエンジンを搭載するホンダ「ステップワゴン スパーダ」、あるいは日産「セレナ ハイウェイスター」など、好調に売れるミドルサイズのミニバンと同程度だ。

ホンダ 新型「シビックハッチバック」イメージ

ホンダ 新型「シビックハッチバック」イメージ

従って、子育て世代を終えて、車内の広いクルマを所有する必要性が薄れたミニバンユーザーは購入しやすい。大半はフィットなどのコンパクトカー、場合によってはN-BOXのような車内の広い軽自動車に乗り替えてしまうが、好きなクルマに乗りたいと考えるユーザーもいるだろう。この時に注目されるのが、若い頃に憧れたり、あるいは所有した経験のあるシビックというわけだ。

1999年に発売されたホンダ「シビックタイプR」(EK9)

1999年に発売されたホンダ「シビックタイプR」(EK9)

正確に言えば、シビックが若いユーザーの間で人気を得ていたのは、1995年に発売されて2000年に終了した6代目のEK型までで、7代目以降は人気を下降させた。6代目までのユーザーが大人に成長して、大きくなったシビックに回帰したということもあるだろう。

ただし、販売店に尋ねると、約半数はホンダ以外のメーカーからの乗り換えだという。日産「セレナ」やトヨタ「ヴォクシー」といったミニバンから、フォルクスワーゲンなどの輸入車まで、新型シビックを買うユーザーの内訳はさまざまだ。

6速MTが売れている理由

ホンダ 新型「シビックハッチバック」走行イメージ

ホンダ 新型「シビックハッチバック」走行イメージ

6速MTの比率が高まった理由は、多岐にわたる。シビックのスポーティーなイメージと相性がよいこともあるが、それ以上に6速MTの選択肢が減ったことがあげられるだろう。確かに「AT限定」の運転免許などによって今はAT車の売れ行きが下がったが、実用的で適度に運転の楽しいMT車を求めるユーザーも相応に残っている。ATしか設定のないミニバンで我慢していたクルマ好きが、子育てを終えて、再びMT車に乗ってみたいと思うこともある。

それなのに、AT限定免許の普及期に「これからはMTなんか売れない」とばかり、日本車はMT車を次々に廃止した。MT車の需要減少を上回る勢いで、MT車の品ぞろえが激減したから、新型シビックに需要が集中したのだ。

こういったメーカーのラインアップに関する反応は、大げさというか過剰で、スポーツクーペにも当てはまる。1990年代の中盤からミニバンや背の高いコンパクトカーが増え、1998年には軽自動車の規格が一新されて売れ行きを伸ばすと、クーペなど運転の楽しいクルマは一斉に姿を消した。これも、需要の減少を上回る勢いだ。その結果、悪循環を招いて、スポーツクーペやMT車にとどまらず、クルマ好きの全体数まで減らした面も否定できない。

言い換えれば、新型シビックの6速MTが多少なりとも人気を高めた理由は、「ほかに買いたくなるクルマがない」という不満の裏返しだ。日産「ノートe-POWER」が好調に売れる背景にも、同社の「ティーダ」が廃止されたり、「キューブ」の設計が古くなって「ほかに欲しい日産車がない」という不満がある。

メーカーは、「シビックが堅調に売れている」「ノートe-POWERの販売が絶好調」と喜んでいたが、もう少しユーザーの目線で「なぜ売れているのか」を考えてもらいたい。今の自動車業界と車種のラインナップに失望して、仕方なく消去法的に選ぶユーザーも大勢いるからだ。

過去のシビックユーザーを振り向かせるような施策を

ホンダ 新型「シビックハッチバック」走行イメージ

ホンダ 新型「シビックハッチバック」走行イメージ

メーカーが運転の楽しいクルマを減らして、ユーザーも実用指向でクルマを選ぶようになった今、3ナンバーサイズに拡大された新型シビックの需要は長続きしないかもしれない。現行のマツダ「アテンザ」も、2012年の発売直後は1か月後の受注が7300台に達して6速MT比率が13%といわれたが、今は1か月の販売台数が350台前後だ。発売時点で目標とした1000台を大幅に下回っており、新型シビックもこのまま放置すれば同じ状態に至りかねない。

必要なのは、現状(正確に言えば直近の過去)の分析は悲観的に行い、将来の計画は前向きに立てることだ。新型シビックの現状分析では、需要は長続きしないと考えたい。放っておけば「そういえば発売当初は6速MTが好調に売れたが、今は低迷状態で、もはや二度とシビックが国内で売られることはないでしょう」で終わってしまうのではと危惧する。

ホンダ 新型「シビック」イメージ

ホンダ 新型「シビック」イメージ

だから、今後の計画は前向きに立てたい。2018年に入れば当分の間、ホンダでは新型車が過疎状態に入るから(「CR-V」の発売は春以降)、たとえばシビックハッチバックの6速MTをベースに、もう少しスポーティーな特別仕様車を設定するなどだ。人気のさらなる盛り上げを図るために、ユーザーから若い頃のシビックのエピソードとか、一緒に撮影された写真を募集して、Webサイトなどで公開してもよいだろう。昔、シビックを所有したり、憧れた人が、もう一度シビックに戻りたくなるように演出するのだ。

売れ行きが伸びるかどうかはわからないが、最もダメなのは何も手を打たないことだ。それは、往年モデルを含むシビックと、シビックユーザーに対して失礼でもある。ボク達の思い出が詰まったシビックを、うまく盛り上げていってほしい。

渡辺陽一郎
Writer
渡辺陽一郎
「読者の皆さまに怪我を負わせない、損をさせないこと」が最も大切と考え、クルマを使う人達の視点から、問題提起のある執筆を心掛けるモータージャーナリスト
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桜庭智之(編集部)
Editor
桜庭智之(編集部)
自動車専門メディアで編集者として10年間勤務した後「価格.comマガジン」へ。これまで、国産を中心とした数百の新型車に試乗しており、自動車のほかカーナビやドラレコ、タイヤなどのカー用品関連も担当する。
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